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勇者

新しく現れた戦士達も次々に力尽きていく。最後に残ったボダッルフォが壁にめり込み動かなくなった。

「アアアアアアアア、アアアアアアアアァァァーーー!!」

誰も暴徒と化したキルシュアを止められない。

「もうやめろ!」

俺は彼女の前に躍り出る。

「どうしてだ!どうして、こんな事を……」

「アアアアアア、アアアッ」

キルシュアは不気味に喘ぐだけだ。仮面で表情はみえない。

もしかしたらもう言葉は聞こえないのかもしれない。

「!?」

そんな彼女が突然グラリとバランスを崩した。

なんとか踏みとどまるが口から血の塊がこぼれ落ちた。

「アアアッ、アアアッ」

戦いのダメージ?そんな感じじゃない。

まさか、今の状態は彼女を自傷させるんじゃ……。

「もうやめよう、ここまでして、お前は何の為に戦ってるんだ」

「アアアア、アアアアアアアアァァァーーー!!」

再び赤い咆哮が発射される。しかし狙いが外れて俺の数センチ上を掠めていった。

「もう無理だ、諦めろ」

一歩、一歩彼女に近づいていく。

そして両の腕で包み込んだ。

「居場所がないなら一緒に暮らそう。俺や里美と一緒に向こうのアパートで。そこなら、誰もお前を襲ったりしない」

「アア、あ…」

強ばっていた彼女の体から力が抜けていく。

そして角が徐々に引っ込み始めた。

言葉が通じたのか…!

よかった、これでやっと…。

ボゥワァーーァン!!

「!?」

突如彼女が青い炎に包まれた。

攻撃を受けたのだ。

「キルシュアッ!」

「アアアアアアアア、アアアアアアアアァァァーーー!!!」

俺は勢いよくなぎ払われた。

そのまま瓦礫の上は転がっていく。

「キル…シュ…ア」

霞む視界の中で彼女は聖剣に近づいていく。

そうか、魔方陣が目的だったっけ…。

その前に一つの影が現れた。

揺れる金色の髪。

ヘカテリーヌだ。

「に…げろ」

お前じゃ敵わない。下手をしたら命すらあやうい。

祈るように彼女を見つめる。

すると向こうも俺を見た。

よほどひどい格好に見えるのか、その綺麗な顔は悲壮に歪む。

そして俺から視線を外し何かを決意したようにキルシュアを見据えた。

やめろ。やめてくれ…。

ヘカテリーヌはゆっくりと前進する。

そして正面にあった崩れかけの石柱に飛び乗った。

そこにはあるものがつきたっている。

大昔、魔王を倒した勇者が次の勇者の為に残したという伝説の聖剣。

「アアアアアアアアーーー!!」

そこにキルシュアも襲いかかる。

ヘカテリーヌはゆっくりと柄に手をかけた。

まるで自分がそれを引き抜く事を知っているかのように。

その悠然とした態度は有事にあって神々しさすら感じさせた。

そして二人が衝突する瞬間、勢いよく聖剣を引き抜いた。

直後、激しくぶつかり合う。

澄みわたるような音が辺りを凪いだ。

「うそ…だろ…」

誰かが呟きをもらす。

嘘ではない、確かにヘカテリーヌは聖剣を手にした。

「勇者…」

「勇者様……」

ぽつり、ぽつりと呟きが増えていく。

それはやがて大きなうねりとなって広場を満たした。

「勇者だ!勇者様だ!」

「勇者様が助けに来たぞー!」

倒れて動かなかった戦士達も次々に立ち上がっていく。

希望という感情がエネルギーになって俺達を動かす。

ヘカテリーヌが聖剣を掲げると夜のとばりが落ちた広場に目映い閃光がほとばしった。

そして人々は高らかに歓声をあげた。

その様子は水晶に写し出され国中に知れわたる。

もはやこの国に敗北を予感する者は誰もいなかった。

「アア、アア」

それに混じるようにキルシュアの怯えるような呻き声が聞こえた。

しかし人々の雄叫びに紛れて直ぐに聞こえなくなった。

輝く剣を携えたヘカテリーヌがキルシュアに近づいていく。

それに応じるようにキルシュアもヘカテリーヌに走りよる。

「待ってくれ!」

俺の声は歓声にかきけされて届かなかった。

そしてヘカテリーヌの降り下ろした聖剣がキルシュアを裁断した。

広場にさらに大きな歓声が響いた。

「アア、アッアア……」

体を斜めに切り裂かれたキルシュアは大きく跳んで建物の向こうに消えた。

「魔物が逃げたぞ!追えー!追えー!」

そして国中総出の大捜索が始まった。

「大丈夫?」

人々が去っていくなか、ヘカテリーヌは俺に駆け寄ってくる。

「…どうして止めたの?」

「…聞こえてたのか」

「うん……でも…」

彼女は切ってしまった。

それを否定したくはない。

彼女はようやく待ち望んだ勇者になれたんだ。その最初の一太刀を汚したくなかった。

だから、これは俺一人の問題だ。

「どこいくの?」

「帰るんだよ、お前ももう休め」

そう言って俺は彼女と別れてキルシュアを探しに向かった。

あてなど特にない。

どこにいるのか見当もつかなかった。

ただ俺の足はただ一ヶ所に向いていた。

そこに彼女がいる保証なんてない。

だからこそ俺はそこに向かうしかなかったんだ。

「キルシュア…」

そして、彼女を見つけた。

苦しそうに壁に横たわっている。

地面は血で汚れていた。

それはまるで、彼女が殺した兵隊達のように。

そこは彼女と初めて会った場所。

いりくんだ路地裏の曲がり角。

「大丈夫か?」

額から生えていた角は既に引っ込み、仮面は外れて潰れた右目と綺麗な黄色の左目が露になっていた。

しかし限界が近いのか顔は吹き出すような汗と深いシワで覆われていた。

俺は意を決して彼女に近づく。

そして覚えたての回復魔法をかけた。

効果は少なく応急処置でしかないが確かに効いている。魔物には効かない回復魔法がだ。

「ここに来たってことは教えてくれるんだろ?」

お前が何者なのか、何が目的なのか。

キルシュアは息を絶やしながら少しずつ話始めた。

「私は…呪われて…る…魔物に…見える…呪い」

「そんな…いったい誰が…」

「お母…さん…」

なんなんだ、どうして彼女がこんな目に合わなければならないんだという感情しかわいてこなかった。

いつしか俺の目からは涙が零れていた。

それをキルシュアはその手で拭う。

「貴方は…おかしい…」

そうだ、俺には彼女が魔物には見えない。異世界の人間じゃないからか?

「会えてよかった…」

そう言う彼女の目にもうっすらと水滴が浮かぶ。

「なんで、人間を襲うんだ…?復讐…なのか?」

「やれって…言われた…居場所…くれた…人」

「お前はあっちを探せ!俺はこっちに行く!」

人の声だ。近い。

「勇者は…ダメ…」

「え?」

次の瞬間キルシュアは勢いよく跳び去った。

それと入れ代わるように追っ手がやって来る。

「魔物を見なかったか?!」

「ああ、あっちに行ったよ」

「そうか、助かる」

俺はその場を後にして現実世界へと帰った。


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