正体
初めに固く冷たい石の感触を感じる。
どうやら横になっていたようだ。
起き上がって周囲を見るとほどほど広いスペースに石柱が数本たっている。
そういえば俺はスタジアムの控え室に……?
「そうだ!ヘカテリーヌ!」
慌てて時計を見る。意識がとんでからまだ10分ほどだ。
俺は慌ててスタジアムから飛び出した。
町は不気味なほど静かだった。
事件の発端であるスタジアムから皆逃げ出したんだろう。
だがモンスターによって大きな壁に閉じ込めれたこの国に逃げ場などない。
まして結界が破られれば大惨事になる。
俺は記憶を便りに聖剣広場へと駆け出した。
しかし直ぐに行き止まりにぶつかる。目の前に出現したのは人の壁だ。
パニックになった人々が我先にと逃場を求めて行き乱れる。
「我々が対処いたします!皆さんは家の中に退避してください!」
警備員らしき人が声をかけているが誰も耳をかさない。雑踏に紛れて届かないのか。
しかしこのままではまともに進めない。
「!?」
突然袖を引かれる。
そして路地裏に連れ込まれた。
「ジャンガルーガ!」
「ついてこい」
ジャンガルーガは細い道を迷うこともなく歩いていく。
「お前…怯えて縮こまってたんじゃ」
「うるせぇ、やることができたんだよ…」
暫く歩くと巨大な破裂音のような物が聞こえてきた。
「ついたぜ」
細い路地を抜けて大きな道に出る。
しかし広場は掘り返したように瓦礫で埋り、聖剣の刺さる石柱は半分以上沈んでしまっていた。
まさか、もう魔方陣は破壊されてしまったのか?
ボゴォーーーーーン!
再びの衝撃、いったいなんの音だ!?
「上だ」
上空を見上げる。
夕焼け色の空を舞台に動き回るいくつもの影。
「あれは……キルシュア!」
ギャリドゥーにハルシャーク、ボダッルフォ、他にも腕に覚えのあるであろう戦士達が黒い仮面の少女と戦っている。
「俺は行くぜ、あいつらの仇をとらねぇとな」
ジャンガルーガもそれに混ざろうと走り出す。
俺は周囲を見渡してヘカテリーヌを探す。
いない…?
どうやら俺の方が先に来てしまったらしい。
ドガァアーーン!!
再びの衝撃の後それぞれが屋根に落下してくる。
全員そこかしこに傷を負っている。
人数には大きな差があるのに押しきれないのか。
「ここには貴重な物が多いんだ!壊したら国際問題だぞ!」
すると広場の隅っこで偉そうなおじさんが叫んでいる。
ここ中央区には図書館や博物館など世界的にも貴重な資財が保管されている他にも、病院、学校といった施設が多く集まっている。
もしかして、そのせいで派手に暴れられないのかもしれない。
こうしている間にも再びキルシュアと戦士連合が衝突を繰り返す。
「キルシュアーー!俺だ!話を聞いてくれ!!」
だが声は空しく響くだけだ。
くそっ、俺には何もできないのか?!
辺りを見回して見知った顔を発見した。
「王様!」
黒い鎧を着こんだ軍事を司る三王の一人。
「貴重な建物のせいで全力が出せないんだ、なんとかならないのか」
「外交も司法も他二人の領分だ、せめて我が軍が戦えれば……」
現在兵士の殆どが国民の安全確保に散らばっているらしい。
「じゃあ、その王様達に話をつけてくれ」
「報告はした、これ以上は越権行為だ」
「返事は?!」
「審議中だ、こんな事態は我々も始めてなのだ」
王様は苦々しげに絶えず爆音の響く空を見上げる。
「ならば、この俺自らが国敵を駆逐してやろう」
横から名のり出たのは王様の息子バウリーグだ。
「やめろ、お前では敵わん」
「俺なら建物を壊しても言い訳できます!国の一大事なのですよ?!それにあいつらは連携がなっていない、直接俺が指示してやりますよ」
そういって王子様は剣を抜いて颯爽と歩いていく。
その時物陰で何かが動いた気がした。
なんだ?あれ。
暗闇に浮かび上がる模様。魔法発動のサイン。いったい何を狙って……。
「まずい、戻れ!!」
声をかけてももう遅い。魔法は空中を走って一直線に延びていく。
その先にいるのは、バウリーグ。
グヲァオォン。
「父上ぇぇ!?!」
王様が身を投げ出して魔法から王子様を守った。
青い炎に焼かれて地に伏す。
「父上!父上!」
バウリーグが必死に呼び掛けるが返事はない。
俺は魔法の放たれた物陰を睨む。しかしそこにはもう何もなかった。
王子様を狙った…?まさか、暗殺?
「父上、父上!」
「ここは危険だ、何処か安全な場所に…」
「いやだぁ!父上!」
「バウ…リーグ…」
「!?」
王様の唇だけが微かに動く。
「王無くして民は迷い、民無くして王はならず…だ、もっと…人を、頼れ…」
「父上!?」
「後を…頼む」
そのまま王様は動かなくなった。
「父上ぇ、父上ぇぇ!!」
バウリーグの絶叫だけが寂しく響くだけだった。
「バウリーグ…あんたがやるしかない」
「無理だ!俺は、俺は駄目な奴なんだ!後継者の中でも一番無能で……」
「だから、人を頼れって王様は言ったんだろうが!」
「?!」
「俺にだってできることは殆どない、けどそれでもどうにかしたいんだよ!だから……頼むよ」
「……俺に…何ができるって言うんだ…」
俺に法律のことはよくわからない。完璧には解決できない。ならごり押しだ。
「魔法だ、魔法で建物を守れないか?」
「だがそれには数が必要だ…国内だけではとても…」
「今は祭りの最中だ、観光に来てる魔法使いだっていたはずだ」
「それは…だけど…」
「まだ問題があるのか?」
「国が運営する軍と民間の冒険者は仲が悪い……」
「今そんな事言ってる場合か!」
「……わかった、けどどうやって集める?」
「俺っちに任せな」
突然現れたのはサングラスにアフロという愉快な男。
「俺はさすらいの実況者、その名もジッキョー、宜しくー!!」
「あんたならできるのか?」
「俺様のスキル『音波』は遠くまで声を届けられるー、国ひとつくらいお茶の子よ!」
「バウリーグ」
王子様はこくりと頷く。
「Ok、あんたのバイブス、轟かせちゃいなYo!」
『皆の者聞こえるだろうか、この国を治める三王の一人軍事王の息子バウリーグだ』
王子様の声が空気を伝って広がっていく、近くにいるとちょっと煩い。
『現在、この国は…前代未聞の危機に襲われている。そこで皆の力を借りたい。戦えるものは民官問わず中央区聖剣広場前に集まってほしい』
「ふー、これでいいか…?」
「まずまずだな」
「バウリーグ様~」
叫びながら駆け寄ってきたのはアイドル好きの老騎士だ。
「グスダフ!」
「放送を聞きつけ急ぎ参ったしだいです。しかし宜しいのですか?冒険者の力を借りるなど」
「今はいがみ合っている場合ではない。時代は変わる、変えねばならぬ。この俺が、父上に代わって」
「なんと…」
さっきまでうだうだ言っていた癖に。
「それよりこれから人が集まってくるはずだ、お前にはその統率を任せたい、頼めるか?」
「お任せを」
そう胸を叩いて老騎士は去っていった。
「次はどうする?」
「……今戦っている奴らを軍人にできないかな」
「本気で言っているのか!?」
「その方が都合が良いんだろ?」
「確かに緊急時故に言い訳は効くが、しかし……」
「難しいか?」
「…えぇーい、わかった!特例としてあやつらを緊急召集したとみなす」
「そんな事できるのか?」
「俺は無能だが、責任は取れる立場だからな」
ふっ、なんか様になってきたな。
「それだけでいいのか?」
「とりあえずは…」
そう言うと王子様は王様を抱えあげた。
「俺は父上を病院に連れて行く、ここは任せたぞ」
「ああ、任された」
そして俺達はそれぞれの行き先へ走り始めた。
俺は屋根に登って空を見上げる。
そしておもいっきり背中を反らして空気を吸い込んだ。
「ギャリドゥーーーーーーーーー!!!」
叫ぶと直ぐに傷だらけの髭もじゃ大男がやって来る。
血が滲んでいてさらに傷が増えたようだ。
「なんでぇご主人、ここは危ないぜ?」
「朗報だ、全力でやっていいぞ」
そう言うとギャリドゥーは髭面を歪ませて満面の笑みを見せる。
「マジですかい?」
「マジだ」
「ヒャッハァァーーーー!」
そして一目散に駆け出した。ところを呼び止める。
「まだ何か?」
「あの子を、キルシュアを捕らえる事はできないのか?」
「なぜだ?」
「…お前も見ただろ、普通に話して飯食って、なのにどうしてって思わないのか?!」
ギャリドゥーは腕を組んで数回頭をひねる。
「どんな理由があろうとなかろうと、あいつは魔物だ。人と魔物は相入れねぇ」
「でも、理由がわからないままだ」
「世の中わからねぇ事なんざ腐るほどある。それでも俺らは決断しねぇといけねんだ」
そう言ってギャリドゥーは再び戦場に戻っていった。
宣言が伝わったのか徐々に各々のスキルが凄みをます。
その風圧に耐えながら上空を睨むとキルシュアが押され始めたのがわかる。
これでよかったのだろうか。
このままだと彼女は殺されるだろう。
けど、他に良い方法が思いつかない。
俺にできることはもう何もない。
上空でキルシュアがなぶられているのがわかる。
なんとかいなしているが周りは彼女の敵だらけだ。ハルシャークが剣を弾いたところで、ボダッルフォが上から殴り落とした。
力なく墜落するキルシュア。地面に衝突すると小さなクレーターができた。
震えながら立ち上がろうとする彼女に戦士達は群がりそれぞれの武器を突き付けた。
気づけば俺はその武器達と彼女の間に彼女を守るようにして立っていた。
「なんのつもりですか?」
ハルシャークがたずねてくる。
「俺は、こいつにききたいことがある」
「ききたいこと?」
「キルシュア!どうしてこんな事をするんだ?!お前は…本当に魔物なのか?!」
「当然でしょう、どこからどう見ても」
「俺はキルシュアにきいてるんだ!…どうして俺を殺さなかった、何か事情があるのか?!」
しかしキルシュアは何も答えない。
「もういい、魔物を擁護するとは邪教徒の振る舞いだ!」
額に槍の切っ先が入る。
「なぜ、避けないのです?」
「…信じたいからだよ、ハルシャーク」
「アアアッ!」
「!?」
後ろから聞こえた悲鳴に咄嗟に振り返る。
目の前でジャンガルーガがキルシュアを羽交い締めにしていた。
「逃がさねぇ、一緒に地獄へ行こうぜぇ…」
そしてジャンガルーガの体が光り出す。
「まさか、自爆!?」
ハルシャークの言葉にその場にいた全員が退避する。
どんどん輝きは強くなる。
俺は何もできずに立ち尽くしていた。
「に…げ、て」
キルシュアがそう呟いたように聞こえた。。直後その額から何かが飛び出した。
そして真っ赤な髪がジャンガルーガを串刺しにして引き剥がすと口から真っ赤なエネルギーを放出して空高く突き上げた。
「ちくしょう……ちくしょーーーーーーうぅ!!!」
そして遥か上空でジャンガルーガは塵となって消えた。
「アッアアッ…」
キルシュアは不気味な呻き声を発する。その額にはどす黒い二本の角が生えていた。
「キルシュア…どうし」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァーーーーー!!!!!」
「!?!!」
突如巨大な金切り声をあげる。そして大きく開けた口が赤く輝いた。
直後、圧縮されたエネルギーが俺めがけて発射された。
何が起きたかもわからない内に横合いから誰かが俺を突き飛ばしてその攻撃を代わりにくらった。
何度か地面を転がった後、それがギャリドゥーだと気づいた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアァァァーーー!!」
再びの絶叫、手当たり次第にエネルギーを放ちまくる。
「やめろ!キルシュア!」
するとハルシャークにぶん殴られる。
「だから言ったのです、あれは魔物だと…」
「アアアアアアア、アアアアアアアアア!!」
俺にはもうその言葉が否定できなかった。




