リタイア
観客の中にどよめきが走る。
試合開始の合図とともに 俺の対戦相手、ウォルレンが黒いローブを剥ぎ取ったからだ。
そして中から飛び出したのは、白銀の毛皮を纏う狼の頭だった。
縦に割れた瞳は真っ直ぐに俺を捉え、呼吸に合わせ口を開くと瑞々しい舌がかいまみえる。
間違いなくあれは本物だ。
BUUUUUUUUUUUUUUU!!!
「!?」
すると突然どよめきがブーイングへと変わった。いったいどういうことだ?
「頑張れーカタクラー!!」「犬野郎をぶっ殺せー!」「早く倒してー!」「カタクラー!!」
なんだこれは、どうなってんだ。
次々と浴びせられる罵倒の声にウォルレンは不愉快そうにシワを寄せる。
すると突然襲いかかってきた。
剣を抜いて上段から降り下ろす。
俺はそれを愛用のトンカチで斜めに弾いた。
大丈夫だ、トーレンスさんの弓よりは速くない。
歓声が沸き上がる、それでもまだブーイングが混ざっている。
彼自身が嫌われているのか、それとも別の理由なのか俺にはわからない。
だからローブを着ていたのか、正体がばれないように。
ならなぜ脱いだ。
再びウォルレンが向かってくる。今度は右斜め下からの切り上げ。
鋭い切っ先は俺の首数ミリ手前で止まった。
狼の顔と数センチの間合いで睨み合う。ギラリと光るあぎとに原始的な恐怖を感じる。
だがその目は心を写すように揺れていた。
「なぜ…よけない…?」
「あんたが嫌われている理由が知りたい」
そう言うと狼剣士は距離をとった。
「知れたこと、この顔が恐ろしいからだ」
確かに外で会ったら魔物と勘違いしてしまうかもしれない。
喋る魔物を見たことがある俺はぶっちゃけ判別ができない。
町の中でもたまに見かけるが内心ちょっとびびる。
だがこの国は聖なる結界に守られていて魔物は入ってこれない。今ここにいるいじょう、彼らが魔物でないことは明らかな筈だ。
もしかしたらお祭りのテンションと観客の一人という安心感や集団意識で普段溜め込んでいたものが爆発しているのかもしれない。
「こうなることがわかってて、どうしてローブを脱いだ?!」
さらに攻撃をいなしながら質問する。
数度剣撃を弾くとウォルレンは口を開く。
「お前と共にいた金髪の女だ」
「!」
「彼女は人々の罵声を声援に変えてみせた。…だから」
自分もそうなりたいと思った。
「そうか…」
「おかしいか、そうだろう、笑え」
「違うね、俺が笑うのはあんたが…最高だからさ」
「!」
疑問は消えた。後は戦うだけだ。
ギリギリで剣をいなす。目が慣れたとはいえ俺はただの素人、剣と矢の起動も違う。
徐々に切っ先が肉を持っていき始める。
負けじと俺も手を出す。拳術初級スキル『通打』。
毛で被われた横顔にクリーンヒット。
お互いに吹っ飛ばされた。
なんとか体勢を立て直して相手を睨み付ける。
ウォルレンもちょうど同じタイミングでこっちを見た。
血のにじむ顔はさっきまでとはうって変わって楽しそうだ。
たぶん俺の口角も上がっているだろう。
観客の声はもう聞こえなかった。
再び走り寄る狼剣士、初撃と同じ大上段。俺も同じように迎撃の体勢をとる。
「!」
しかしそれは陽動、起動はそれて右腕に落ちてくる。
戦闘経験の差か完全に出し抜かれた。
「くっぬぉ!」
だがこっちにだって経験値はある。戦闘じゃない。
鍛冶師としての、失敗の差がなぁ!!
ガツゥーン。
鈍い音が響く。無理矢理腕を振って金槌を刀身に当てた。
当然それで防げるはずはなく、金槌は弾かれ剣は腕を切り落とさんと迫る。
そして肉に食い込む間際音をたてて崩れさった。
「!?」
予想外の出来事にウォルレンの動きが止まる。
これを待っていた!
すぐさま後ろに回りこみ、腰の剣を喉笛に押し付けた。
「………まいった」
『勝者ぁーー、カタクラーー!!!』
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!
「いったい何をしたんだ」
「わざと武器の鍛錬を失敗したんだ、すると木っ端微塵になるわけさ」
「最悪の鍛冶師だな、絶対に仕事をたのみたくない。まあ、俺の依頼を受ける奴も少ないがな」
「俺でよかったら、駆け出しだしあんま居ないけど」
というわけでなんと二回戦も突発してしまった。
満足感を感じながら控え室に戻ってくる。
『続きまして……三回戦ですが、複数の失格者が出たことによりサイゾー選手、ラウンド選手が不戦勝となります。そぉーーーしてぇー、三回戦第三試合はーー、ジャンガルーガ選手対ヘカテリーヌ選手の対戦となります!!!』
「あ…」
勝負に夢中ですっかり忘れていた。ヘカテリーヌの為に時間を稼がなければならなかったのに。
急いで医務室に向かう。
そういえばいきなり開けるとまた着替え中かもしれない。
俺は一度立ち止まってドアをノックする。
しかし返事がない。
もう一度繰り返すが結果は同じだ。
「開けるぞー」
そろそろりと扉を開け中を覗き込む。
隙間から彼女の顔が見えた。
医務室に入る。
ヘカテリーヌはベッドに横になっていた。
医者も近くに腰かけている。
「先生、容態は?」
質問に医者は首を横に振った。
「………試合は?」
「諦めなさい」
「でも、さっきあった時は元気そうで」
「無理をしていたんじゃ、お主に心配させたくないとな」
なんだよ…それ。
ベッドに目をやる。
寝顔は穏やかだが、血が足りてないのか死んだように青白い。
考えてみれば当然だ。一回戦も二回戦もこいつは血まみれになって戦っていた。
「命は、大丈夫なんですか?」
「それは問題ないよ、しっかり休めばね」
そうか…。
コンコン。
すると部屋のドアがノックされる。
「ヘカテリーヌ選手、あと5分で入場しないと失格になりますよ」
兵士の声だ。俺は扉を開けて中に入れる。
「出場できますか?」
医者は俺の時と同じように首を振った。
それを確認すると兵士は部屋を出ていく。しばらくしてアナウンスが流れた。
『えー、ヘカテリーヌ選手は怪我の影響で体調が悪化したため三回戦は棄権することになりました。よってジャンガルーガ選手の不戦勝となります』
俺はただ立ち尽くしているだけだった。
「こいつをお願いします」
「うむ、君もあまり思い詰めんようにな」
俺は医務室を出て薄暗い廊下を歩く。
すると何かにぶつかり床に転がった。
「おー、わりぃな、存在が小さすぎて気づかなかったわ」
誰だっけ?こいつ。
「いやー、まさかあれだけ啖呵きっといて不戦敗とはなー、一生分笑かして貰ったわ!せっかく公開でレイプしてやろうと思ったのによー、こんなことなら医務室で寝てる時にヤっとけば良かったぜ」
何を言ってるのか、頭に全然入ってこない。俺は立ち上がってそのまま歩き始める。
「おい!ちっ、なんだありゃ、面白くねぇ」
共有スペースに出るとモニターに試合が映っていた。どうやらエキシビションマッチが行われているらしい。
解説おじさんとハルシャークが戦っている。
俺はそれをボーッと眺めていた。
どれくらいの時間がたったのだろう。
足音が聞こえる。
そして聞き馴染みのある声。
そっちを向くとヘカテリーヌが立っていた。
透き通るような蒼い瞳からは涙が流れていた。
「なんで……起こしてくれなかったの」
「………」
言葉がでなかった。
俺は彼女から顔をそらす。
俺も泣いてしまいそうだったから。それを彼女に見せたくなかったから。俺にそんな資格無いのだから。
「どうしてよ…」
「…ごめん」
間違った事をしたとは思わない。
あのまま試合に出たとして満足に戦える筈がない。
ただ謝りたかった。
彼女の心に謝りたかった。
「私が、どれだけ勝ちたかったか…、知ってるでしょ……!」
よく知ってる。どれだけ馬鹿にされても、傷ついても立ち止まることなく言い続けた。自分は勇者だと。そんなどを越した純粋さに俺は引かれたというのにそれを裏切った。
それだけじゃない、今や負けた人達の思いも背負っている。
「ごめん…」
「う…う、うう…、ぅあぁーーん!」
ヘカテリーヌは俺にしがみついて子供のように泣きじゃくった。
泣いて、泣きやんだと思ったら、また泣いて、俺はそんな彼女をただ抱き締めていた。
『それでは今日のラストゲーム!そのベールはいつ脱がれるのか?!正体不明のスピードスター、キルシュア選手対!スミス オブ デストロイ!空前絶後の鍛冶師見習い、カタクラ選手の登場だァァーー!!』
「俺も棄権するよ」
「…ダメ、…行ってきて」
未だ涙声のヘカテリーヌが俺の胸に顔を押し付けてそう命令する。
「じゃあ、離れてくれ」
そう言うと彼女は立ち上がる。
長い間泣き続けて瞳は赤く腫れている。
「嬢ちゃんの事は俺に任せな」
いつの間にか来ていたギャリドゥーがそう申し出た。
「じゃあ頼む」
「あっ…」
フィールドに向かおうとする俺をヘカテリーヌが意味深な声で引き留めた。
「その……別に、怒ってないから、しょうがないって思ってるから…、だから、…ありがとう」
彼女は優しいからきっと気持ちが整理できればそういうと思っていた。
だからそれに甘えてはいけない。
「行ってくる」
「うん」
俺は再びフィールドに向かっていった。




