心の行方
突風のような攻撃がヘカテリーヌを襲う。
なんとか受け流すものの、その表情は苦痛に歪む。
ハルシャークの言う通り黒ローブの攻撃は目で追うのがやっとの早業だ。やっぱりあいつが赤い髪の少女なんだろうか、だとしたらヘカテリーヌは……。
「妙だな…」
妙?
解説おじさんがいつものように独り言を始める。
この人失格になったのにどうしてまだ居るんだ?助かるけど。
「黒ローブは確かに速ええ。けどそのわりに攻撃がお粗末過ぎる。とても熟練した戦士の動きじゃない」
そうなのか?よくわからない…。
「確かに嬢ちゃんにすらさばかれ始めてるな、まあ昨日エルクシスの坊主に散々やられたから嬢ちゃんが慣れてきたってのはあるが」
ヘカテリーヌもちゃんと成長しているらしい。
「ということは、何かのアイテムでスピードを上乗せしていると?」
「それにしても技術に差がありすぎる。そんなレアアイテム素人にゲットできるとは思えんが」
俺だけ会話に混ざれていない、ちょっとさびしい。
三人の疑問は直ぐに解き明かされることになった。
ワアアアアアアアアアアアアアアオオオオ………!!?
防御に慣れてきたヘカテリーヌが逆襲に転じた。
刺突をいなしてからスキルを発動、ローブを剥ぎ取った。
そしてついにその正体が明らかになる。
「あれは……!!」
そこにいたのは俺のよく知るもの。おそらく、この世界で一番、俺が理解しているであろう存在。
「なんだあの格好は」
「ヒュー」
「破廉恥な……」
ローブの下にあった顔は見たこともない。
だがその女性が身に付けている物には見覚えがあった。
あれは――――――――――俺のビキニアーマー。
その姿に男性客は色めきだつ。煽るように歓声をあげた。
相手の選手が動く度に豊かな胸がたゆんと揺れる。その様がよくわかる。
「見た目はともかく凄い鎧だな、いやある意味見た目もだが……」
「あそこまでスピードに補正が入るのはなかなか見ねぇな、高いぜありゃあ」
なんだろう、なんか、凄い嬉しい。
だが喜んでいる場合じゃない。今は敵の装備なのだ。
あれはヘカテリーヌにぶん投げられてからいくら探しても見つからなかった。
あれ?自業自得じゃね?
『ヘカテリーヌ選手、怒濤の攻撃を見せるがことごとく空を切る!』
「なんだか嬢ちゃんの攻撃も単調になったな」
絶対怒ってるよ、あれ……。
押されはじめて冷静さを取り戻したのか再び攻勢に出るヘカテリーヌ。このままいけば勝利は堅いだろう。
ほっと胸を撫で下ろす。
だが次の瞬間不思議なことが起こった。
「!?」
突然ヘカテリーヌの動きが止まって敵の攻撃が脇腹を切り裂いた。
「ヘカテリーヌッ!?なんでっ……」
「ありゃあやばいな、早く止血しねぇと最悪死ぬぞ」
どうして、どうして急に動きが止まったんだ?
「がーはっはっは!!」
控え室に響く下品な笑い声。卑怯者のジャンガルーガだ。
「どうやらトラップを解除しわすれちまったみてぇだ、運のねぇ小娘だぜ」
「てめぇ……」
「待て、失格になってもいいのか」
ハルシャークが腕を押さえる。別に良いさ。俺に失うものなんか何もない。
「君の敵う相手じゃない」
今度は強く止められる。俺に振りほどける力じゃない。
「そうさ、喧嘩を売るなら弱い奴に限る、お前らみてぇになぁ」
こいつ……。
「弱い奴は満たされることなく死んでいくしかねぇんだよ!」
俺の中で何かが壊れた。
振りほどける筈のないハルシャークの手を弾いて、ただ目の前のダニを駆逐することだけが頭にあって。
頭蓋をかち割ろうと硬く握った拳を振り上げて。
それを突き出す寸前。
誰かの手がそっと腕を引き留めた。
はっとして我に返った俺は後ろを振り返る。
しかしそこには誰もいなかった。
ふと目に入ったモニターに懸命に剣を奮うヘカテリーヌが見えた。
だが懐の傷は深い。
動く度にダラダラと赤いものが溢れてくる。
そんな状態でまともに動けるはずがない。
細かい傷が少しずつ増えていく。それが確実に彼女の命を削り落としていく。
「もういい!諦めろ!!」
叫ぶがここから届くはずがない。
もっと近くにいこうとフィールドへ向かう。
だが兵士に止められてしまう。
「放せよ、あいつが、あいつが死んでもいいのかよ!!?」
暗い登場口の向こう。今もなお弱さに抗おうとする少女の姿が見える。
痛い筈だ。苦しい筈だ。
だが一瞬目があった時、彼女はフッと微笑んだように見えた。
「ヘカテリーヌぅぅぅーーーーー!!!」
直後。
ビキニアーマーは散り散りになって消えていった。
「お前が小娘の為に作った物が小娘を殺すわけねぇだろ」
後日、師匠はめんどくさそうにそう言った。
お前の思いがヘカテリーヌを助けたんだと―――――。
鎧を失った相手は戦意を無くしてギブアップ、ヘカテリーヌが勝者となった。
そのまま、俺は彼女を出迎える。
「あんたの鎧のせいで手こずったじゃない」
頭をはたかれた、全然力が入っていなかった。
彼女を力いっぱい抱き締めたかったが今はそれどころじゃない。
「ちょ、ちょっと…」
直ぐに医務室に連れて行き回復魔法をかけて貰う。
「どうですか?」
「かなり酷いね、だいぶダメージが蓄積しているようだ。医者としては棄権をすすめるがね」
「それじゃあ勝った意味がないじゃない、なんとかならないの?」
「何度も言ってるが回復魔法は万能じゃないんだよ。使いすぎると体がサボって自己治癒力が落ちてしまうし、表面的な傷しか治せない。疲労も和らげるだけ、甘く見ちゃいけないよ」
「でも……」
「まあ、最終的な判断は任せるけどね」
ヘカテリーヌはベッドで横になると緊張が解けたのかすやすやと眠ってしまった。
俺は一先ず控え室に戻る。
「嬢ちゃんは?」
「寝てるよ」
「ちっ、もう少しだったのによ」
性懲りもなくジャンガルーガが煽ってくる。
しかし不思議と怒りはどこかへ失せていた。
「お前は何の為に勝ちたいんだ?」
「あ?」
「そこまでして勝って、お前は何を得ているんだ?」
「勝つことが全てだろうが!勝者は全てを手にいれ、敗者は奪われる!それが現実だぁ!」
理屈はわかる。だが言うほどこいつは何かを得ているんだろうか?
むしろ何もないからこそ理屈をこねるしかできないように見える。
上を見上げてもがくのでなく、下を見下ろして怯えている。
その気持ちはどこかわかる気がする。
俺はあそこまで周りをコケにはできないけれど。
「負けた時に差し伸べてくれる手の方が嬉しいと思わないか?」
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ!」
突然ジャンガルーガは怒り散らす。
「さっきから知った風な口ききやがってぇ!世の中を知らねぇ糞ガキの癖に!良いぜ奪ってやるよ、お前の大事なもん全部!それでまだ今の台詞が吐けるか楽しみだぜ!!」
そして奥のエリアに消えていった。
「諦めなさい、救いは求めてこそ訪れるものです。あの者の耳には汚物が詰まっている」
「あいつはたぶん奪われたことがあるんだろうな」
だから現実を憎んで、全てを憎んでしまう。自分が同じことをしているのに気づかずに。
「どうせたいしたことじゃねぇよ、少なくともご主人が気にすることじゃねぇ。人生なんざ酒のんで笑ってりゃあなんとかなる。それが嫌ならさっさと死ねばいい」
「いえ、やはり信仰こそ全てです、神は信じるものこそをお救いになられるのです!」
「俺は殴り合えればそれでいいかな」
ここの奴らは濃すぎて参考にできない気がする。
「何やら騒がしいことになっているようだね」
すると聞き覚えのある声がした。その持ち主は確か…。
「トーレンスさん」
一回戦で戦った砂漠の狩人だった。
「どうしてここに?」
「そろそろ放送が流れる筈だよ」
『続く第七試合は二度目の三つ巴!首狩貴族ラパールト選手対!またまた正体不明!?キルシュア選手対!敗者復活!トーレンス選手です!』
「という訳さ、もし勝てばまた君と当たるかもしれないね」
そしたら棄権しよう。
「アテンションプリー、武の祭典に集まった諸君!」
突然、エリアの中央に訪れた男が演説を始めた。
「遥か遠い砂の国からやって来た弓を愛し愛された男トーレンス!」
ビシッとトーレンスさんを指差す。
「正体不明?ノンノン。人に歴史あり、その名が存在を証明しているキルシュア!」
そしてもう一人の黒ローブにも同様のパフォーマンスをとる。
しかしキルシュアは無視して登場口へと向かい始める。
今、赤い髪の毛が見えたような……!もしかしてあの子か!?
しかし確認しようにも既にフィールドに向かってしまった。後にするしかない。
「君達の人生を見せてくれ、私はそれを終わらせたい!」
また濃い奴が現れたなー。
「終わらせたいというのは殺したいということかな?」
「それでは、楽しみにしているよ」
そう言ってフィールドへ歩いていった。
人の話を聞かないタイプだ。
「やれやれ、それじゃあ行ってくるよ」
「頑張ってください」
「フフ、敵にエールとは余裕だね」
不敵に笑ってトーレンスさんも後に続いた。
『それでは準備が整いましたー。第七試合ぃーーー、レディゴー!!!』




