決戦
登場口を通ってフィールドまで向かう。
ワアアアアア……
観客の声は止むことなくスタジアムを震わせている。
今からあの人の前で試合をするんだ。そういえばそんなのは高校の合唱コンクール以来か。あれはクラス全員だからもしかすると初めてかも知れない。
ヘカテリーヌはこのほぼ全員を敵にして闘ったんだよな…。
気づくと震えは止まっていた。
「やあ」
すると話しかけてくる声。
「カタクラといったかな、王様と一緒にいたみたいだけどそっちの人なのかな?」
対戦相手のトーレンスだ。背中には大きな弓を背負っている。
そっちの…とは王族の関係者という意味か。そういう風に見られてたんだな。
「いえ、違いますよ」
「そうなのか、親しげだったからついね」
そういえば流れでそのままため口で話していた。まあ今さら直すのもおかしいしこのままでいいか。
「王族の方を傷つけるのは気が引けるからね」
「自信満々ですね」
「フフ、そうでもないさ」
対戦相手に話しかける辺り余裕がみてとれる。
まあ彼我の力量差は明らかだししょうがない。俺の勝算はそこにこそある。
「それじゃあ一つ賭けをしませんか?」
「賭け?」
「同じような戦いじゃ客も飽きるでしょう?」
「なるほど、続けたまえ」
「俺からは絶体に攻撃しません」
トーレンスの眉がピクついた。
「貴方の持っている矢、全部うち尽くしても俺を倒せなかったら俺の勝ちです」
「君は……俺を舐めているのか?」
俺の提案にトーレンスはご立腹のようだ。それは自分にとても有利な条件だ、と思っているからだろう。
有利なら普通は喜ぶ筈だ。だが怒るのは強者としてのプライドがあるからだろう。
その方が好都合だが。
「駄目ですか?」
「……むしろこちらが確認したいぐらいだ、いいだろう、愚かな過去を恥じるがいい」
トーレンスは見捨てるように先へすすんだ。これで賭けは成立した。
俺もその背中を追いかけて光差すフィールドに足を踏み入れた。
ワアアアアア……。
『さぁー、皆様お待たせいたしましたぁー!!一回戦最終試合!砂漠の狩人トーレンス対、駆け出し鍛冶師カタクラ!様々な思いが交錯し散っていった今日この日は、いったいどのような結末を迎えるのでしょうか!??』
トーレンスは背中の弓を持ち構えて矢を装填する。
俺は少し離れた位置。腰の剣は抜かず力を抜いて開始の合図を待つ。
静寂は俺の耳がおかしくなったのか、観客もこの緊張感に引き込まれているのか。
いつの間にか空は薄闇に染まり、フィールドの端が松明で照らされている。
視界は少し悪い。
『試合っっ開始ーーー!!!』
直後、音速の矢が放たれた。
見てからじゃ間に合わない。
俺は反射的に横へ飛び退いた。
なんとか最初の一撃をかわした。
しかし体勢が整わぬ内に次次と矢が飛来する。
それらも右に左に、全力で跳躍して回避する。
『トーレンスの速射がカタクラを追い詰める!防戦一方かーー!!?』
「ほう、思ったよりやるじゃないか」
何か呟いたみたいだがよくわからない。
淀みない動作で再びトーレンスは矢を発射した。
「休む暇も、ねぇなっ!」
しかし真っ直ぐ飛んでくる矢は少し動けばかわすことが出来る。
今までは。
「!?」
真横を通り過ぎると思われた矢は急に角度を変える。
その起動は俺の額を貫いていた。
かんっ。
念のためにつけておいた額当てに矢尻がぶつかり高い音をたてた。
脳が揺さぶられて景色が回る。
暖かいものが垂れてくる。口に入ると鉄の味が広がった。
「どうした?ほんの小手調べだぞ?」
トーレンスは既に矢をつがえ、微笑みながらこっちを狙っている。
おそらく今のはわざと額当てにぶつけたんだろう。遊ばれている。
それがなんだ、無駄撃ちは好都合、そう自分を奮い起たせる。
「まだ笑えるか、その余裕いつまで持つかな?」
右に左に、不可思議に急旋回する矢が逃げ道を塞いでいく。
まるで蟻地獄のようにじわりじわりと追い詰められていく。
「だったらっっ」
盾を構えて強引に突破を試みる。
「無駄だ」
「うわぁっ!?」
突如、強力な衝撃が襲い盾を弾き飛ばした。
野ざらしになった体に無数の矢が群がる。
「くっそおおおぉぉぉーー!!」
剣を抜いて闇雲に振るう。いくつかを弾き、いくつかは肉を抉っていった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「君は運が良いな、この大会は毒が使えない。だが速射、連射、曲射、そして強射。どうした?まだまだこんなもんじゃないぞ」
全身がヒリヒリしやがる。まるで砂利の海を泳いだ見てぇだ。
残り何本だっけ?3本くらいから数える余裕がねぇ。
「あんたと当たって運が良いわけないだろ……」
「ふっ、誉めても手を抜いたりはしないぞ」
トーレンスは矢を4本同時につがえる。
ちっ、会話で時間を稼ぐのも無理か。
「次は重射ってか…?」
「残念……葬射だ」
4本の矢はそれぞれ正面、右、左、上へ発射される。そして弧を画いて軌跡は俺の少し後ろで交錯する。
そして気づいた。
逃げ場が無え!?
どこへ逃げても矢がそこを通過する。
急速に狭まる視界の中に、ほくそ笑むトーレンスが見えた。
つられて俺も笑う。
これぐらい予測済みだ!
握り拳を振りかぶる。胸中にスキル名を抱いて、それをのせるように振り抜いた。
体がふっとんで、矢の檻から脱出する。
「これは…!?」
ゴロゴロと地面を転がり砂煙を上げる。
傷口がすりきれて真っ赤な道ができた。
「まさか、スキルを自分に撃って回避に使うとはな」
拳術初級スキル『通打』、衝撃により骨が軋むようだ。
「どうやら、相手を舐めていたのは私のようだ」
背中の筒から矢を一本取り出す。
焦点の会わない視界でなんとか残りの矢を数える。見えたのは7本。
「だが、勝つのは私だ」
そして弓につがえる。
来い、骨が折れても全部かわしきってやる。
矢が放たれた。
「?」
だがそれはてんで方向違い。俺のはるか前方に突き刺さった。
「憤り回転する地の蛇よ 楔の牙を回天する星に刻め」
まずい…?
俺は悪寒を感じて走り出す。しかしすぐに見えない壁に遮られてしまった。
「私が無闇に弓を引いていたと思ったか?」
『あーっとぉ、トーレンス、魔法で相手を足止めだーー!!これまでに放った矢が魔方陣を描くぅーーー!!!』
逆側に手を伸ばすとすぐに見えない壁に阻まれてしまう。
動けるのは精々1メートルくらい、とてもじゃないが矢は避けられない。
「くそっ!」
「フフ、降参するかい?」
『通打』で半透明の壁を殴り付ける。しかしびくともしない。手首がいかれそうだ。
くそっ…、何か方法はないのか!?
辺りを見渡しても使える物は何もない、有ったとしても壁が邪魔して届くはずもない。
触れるのは精々足元の地面くらい。
「………!」
もしかしたら……。
砂の中にキラキラと輝く粒がある。
俺に出来るだろうか……。
もうそれしか思い浮かばない。
やるしかない!
「フレイ!」
唯一使える攻撃魔法で地面を熱する。
「フレイ!フレイ!フレイ!」
「穴でも掘る気か?まあ最期まで戦おうという姿勢は評価しよう」
トーレンスは残りの矢を全て弓につがえると夜空に向けて解き放った。
「フレイ!フレイ!フレイ!」
星々に混ざった矢は重力によって飛翔をやめると、今度はそれに乗って大地へと落ちてくる。
『見上げれば やがて 降りそそぐ死』!!
『これは!!?放った矢が!!!分裂したぁーーーーーー!?!逃げ場はないっ!!!!』
焼かれた大地が赤く輝く。
俺は愛用の金槌を取り出してそれを数回叩いた。
直後、矢の雨が周囲を蹂躙した。
『これはなんという雨あられ!今宵を締めくくる最終決戦!矢の弾幕により幕を降ろしたーー!!』
「けほっけほっ」
『!?!』
視界を奪うほどの砂煙が晴れると、そこには武器なオブジェが屹立していた。
『これはいったい?!カタクラ選手はどこへ!?』
そしてオブジェが砂のように崩れて文字通り砂に戻ると、中から現れたのは、もちろん俺だ。
「なんとかうまくいったみたいだな」
砂にも鉱物は含まれている。俺はそれを武器に変えたのだ、無理矢理だけど。
『絶体絶命の大大大ピンチを乗り越えたカタクラ選手!!いったい勝利はどちらの手にわたるのでしょうか!?』
そのままの位置で睨み合う。
トーレンスの背に矢は一本も残っていない。
賭けは俺の勝ちだ。
「!?」
しかしトーレンスは近くにあった矢を一本拾い上げた。
どくんっと心臓が跳ねる。
そして弓につがえた。
賭けはただの口約束でしかない。
あくまでルール上は降参するか死んだ方の負け、まだどちらも満たされてない。
汗が頬を伝う。
もう俺に打つ手はない。体力は限界で腕も上がらない。
そしてトーレンスはそれを天高く打ち上げた。
さっきの技がくる、そう思った。
バンバンバン。
そして矢は夜空で爆散する。
それらは闇夜に文字を浮かび上がらせた。
『まいった』
それはまるで花火のように見上げる人々を照らす。
「おめでとう」
気づくとトーレンスが目の前にいて手をさしだしていた。
俺はその手を握り返すことで応える。
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁぁぁ!!!!!!
この日一番の歓声が響き渡った。
 




