勝ち目
ヘカテリーヌを医務室に預けてから共有スペースへと帰ってきた。
そのまま向かうのは酒場エリアだ。
そこでは髭を編み込んだ全身傷だらけの大男が待っていた。
「約束は約束だ、何でも言えよ」
ヘカテリーヌが勝ったことで賭けは俺の勝ち、このおっさんに何でも言うことを聞かせられる権利を得た。
当然、次の言葉は決まっている。
「あんたは俺の奴隷な、命令には絶体服従!」
「ああああああああああああああああ?そっれは酷くねぇか?」
「約束は約束だ」
「この鬼!悪魔!魔王!」
「少年、流石にそれは…」
さっきまで俺達の肩をもってくれていた騎士様も引いていた。
だが俺に改める気はまったくない。
「まずヘカテリーヌが起きたら謝ってもらう」
「わかったよぉ……グスン」
俺はやることがあるのでここはさっさとおさらばする。
「お前は以外と容赦ないな…ってどこへ行く!?」
今一度控え室から飛び出して町へと繰り出す。
「相手の情報を探す」
「対戦相手か、なぜ今さら……」
確かに今さらだ。けどヘカテリーヌがボロボロになってまで掴んだ勝利を、俺が簡単に手放していいとは思えなかった。
「確か名前はトーレンスっていったか」
それ以外はおそらく俺より強いだろうということしかわからない。
つまり何も対策できないという訳だ。
とりあえずその辺で売っていた武闘大会を特集している雑誌を手にとって見る。
「トーレンス…トーレンス…、あった」
砂漠の国からやって来た弓の名手。優れた聴覚で獲物を仕留める。
弓か……。
はたして一対一の対決で遠距離武器を使うだろうか?
フィールドは遮蔽物のない直径50メートル程の円だ。試合開始時はお互い20メートルくらいの位置にいる。弓兵にとってはふりな状況だろう。
だとしたら別の武器を使ってくる可能性が高い。それでもほぼ勝てないだろうが。
結局のところ、シンプルな戦場でいかに奇想天外な勝負ができるか。
俺の闘いはそれに尽きる。
尽きるのだが、やっぱりそれがむずかしい。
現実の物…防犯グッズとか持ってこれないだろうか?
チラリと横を見る。
「なんだ…?」
現実世界に戻るにはこの王様をどうにかしなければならない。
いっそ連れていってみようか。でも何するかわからんしなぁ。
とりあえずこの世界で出きることを考えるしかない。
ひとまず俺はグラナ師匠の元に向かった。
「誰かと思えば糞弟子とバカ王じゃねぇか」
「師匠、決闘の勝ち方を教えてください」
師匠の答えはシンプルだった。
「知るか」
「師匠…武闘大会…見てます?」
「興味ない」
だろうな。
特に趣味もなくボーッと生きて、たまに剣を打ったと思ったら駄作扱いで壁にぶん投げる。
我が師匠ながら生態が謎だ。
「おい、ここの老人とどういう関係だ」
すると王様が耳打ちでたずねてくる。
「さっきから言ってるだろ、俺の師匠だよ」
「なるほど、この師の元にこの弟子ありというわけか」
どうゆう意味だコノヤロウ。
「さんざん立ち退きを要求しているのにいっこうに受理しようとしない」
あー、この家無駄にでかいもんな、その癖有効に使っている訳でもない。たまに利用する俺としてはありがたいが。
「それは持ち主の自由だろ」
「無駄にしていい資源などないのだ、お前にはわからんだろうがな」
理解させる気もないだろ。
「しかも土地の管理書が古すぎて処理するのが大変なのだ。戸籍も曖昧で今何歳なのかもわからん」
なんじゃそりゃ。
けど確かにじいさんの事を俺はなんにも知らない。
まあきいても教えてくれないだろうが。
「師匠って今何歳ですか?」
「5000から先は数えてねぇ」
やっぱりはぐらかされた。
諦めて俺は壁に刺さった剣を見に行く。
相変わらず吸い込まれそうな完成度だ。今の俺など足元にも及ばない。
「相変わらず腕だけは良いな」
王様も隣で感嘆している。
これでも師匠からしたら駄作扱いだ。
いったい満足のいく品はどれだけのものなのか。
「これ使ったら勝てますかね?」
「お前じゃ振ることもできねぇよ」
まあそうだろうな、儚い夢だった。
「第一、俺達の仕事は作ることであって振るうことじゃねえ」
言われてしまった。
「それでも勝ちたいんです」
ヘカテリーヌは戦いぬいた。俺はあいつに恥じない自分でいたい。
「なら、相手の土俵で戦うんだな」
「?」
それはダメだろ、勝てるわけないぞ。
それ以降師匠は奥の部屋に引っ込んでしまった。
やっぱり自分で探すしかないか。
俺はいくつか素材を集めて作業を開始する。
持ってこれないならここで作ってしまえばいい。
ガツン ガツン ガツン。
しかし出来るのは歪な剣や盾ばかりだ。
鍛冶師が作業する時、皆匠の神様の力を借りているらしい。
だからある程度決まったものしか作れない。
新しいものを産み出すには全て自分の力で行わねばならない。つまりプロセス自体を変えなければならないのだ。
「フレイ!」
以前覚えた火炎系初級呪文。
これで素材を熱していく。
温度が低いと変形しづらく俺のレベルじゃたいてい失敗してしまう。
「フレイ、フレイ、フレイ!」
ある程度熱したら叩く。
バリーン。
けれど素材ごと大破霧散してしまった。
「くっそー、やっぱダメかー!」
力いっぱい尻餅をつく。全てを放り出すように腕をめいっぱい広げる。
「お前、鍛冶師だったのだな」
「ん?ああ…」
ずっとその様子を見ていた王様がそんなことを言う。
見習いどころか駆け出しも駆け出しだけどな。しかもスランプ中。
処女作になったビキニアーマー、あれは改心の出来だった。
あの手応えが忘れられない、もう一度味わいたい。
けどそれじゃあダメなんだ。作り手は使い手の事を第一に考えないと良いものは作れない。
まあ今はそれを考えても仕方ない。一回戦に勝つ方法を考えないと。
「トーレンスは前回も出場していた。その時は弓を使っていたな」
へー、あのフィールドで弓ですかい、そうとう腕に自信があるんだなー。
「あれ?どっちかに肩入れはしないんじゃなかったっけ?」
「……ただの独り言だ」
王様は表情を隠すようにそっぽを向いた。
弓……、弓か……。
「あっ」
俺はようやく師匠の言葉の意味を理解した。




