死闘
花屋のイスマさんが一撃で相手をほふった後、熱狂も冷めやらぬ内に次の試合が始まる。
「あっ、あいつ」
画面に写ったのは初日に役員のふりをしてカードをだましとったあの男だった。
もう一人は勇者教のローブを被っている。
『試合ぃー開始!!』
白ローブは果敢に切り込んでいくが男の下卑た笑みを崩すことすらできない。
「あいつ…以外とやるわね、ムカツクー」
「ありゃあ何か言われたな、怒りで太刀筋が鈍ってやがる」
解説おじさんが言うには男が白ローブに挑発を仕掛けたらしい。
「なにそれ卑怯じゃない!」
姑息ではあるが盤外戦術も立派な作戦ではある。
「頑張れ勇者教の奴!」
「お前それで良いのか…?」
しかしヘカテリーヌの応援虚しく白ローブが負けてしまった。
「それにしても勇者教は負けが続いてますなー、やはり数が多いだけで真に己を磨いているものはいないのですな」
「アイドルごときにうつつをぬかす貴方に言われたくありませんね」
「グッ……」
勝利した選手が控え室に戻ってくる。
ヘカテリーヌは口笛を吹く男を睨みつけた。
「んん~?誰かと思えば俺にカードをプレゼントしてくれた間抜けじゃねぇか、駄目だぜ~、ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「ざーんねーんでーしたー、私も出場者ですよーだ」
煽り方が小学生レベルだ。
「ほー、なら俺と当たるまで負けんなよ、観客の前でまっぱにしてやるからよぉー、がッはッはッは」
「なっ!?」
顔を赤くして体を守るように抱き抱えるヘカテリーヌ。男は笑いながら去っていった。
「信じられない、あいつ絶体殺す!」
「嫌なら帰んな嬢ちゃん」
突然声をかけてきたのは全身傷だらけの大男、豊かな髭を三つ編みにしている。ギョロリとした瞳で俺達を見下ろした。
「モンスター相手に尊厳なんざ糞も同じよ、臓物ぶちまけて死んでいった奴なんて飽きるほど見たね。服が切れるのを嫌がってまともに戦えねぇ奴なんざ糞にも劣る」
「………」
ヘカテリーヌは歯を軋ませて大男を睨みあげる。だがその横顔には動揺が見える。
男の言い分は至極真っ当だ。
里美を助けるために潜った洞窟でモンスターは恐怖を集めるために捕らえた人々を死ぬまで閉じ込めていた。
命がけの戦場で綺麗事は通用しない。
「それが嫌なら家に引っ込んで尻でもふってな」
「うっさいわね!」
しかしヘカテリーヌはそんな正論をはね除ける。
「私は、私が欲しいもの全部手にいれる!皆に勇者だって認めさせる!そして皆を幸せにする!あんたが何を言おうと、誰がどう思おうと、絶対にね!!だから、その目かっ開らいてよーく見てろ!!!」
その啖呵に控え室は静まり変える。
ただ観客の声援が低くこだましていた。
「は、威勢のいい奴から死んでいくんだよ」
そう言い残して大男は去っていった。
『続きましてー自称勇者のおてんば娘、ヘカテリーヌ選手対、エルクシスが誇る史上最年少指揮官、イクス選手の対戦です』
「あ、私」
「頑張ってこいよ」
「うん」
颯爽と歩いていく後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
「まったく、あれの頑固さには呆れるばかりだ」
隣で王様が嘆息する。
「信じるものは違えどその気持ちは尊いものですよ。まあ相容れませんがね」
勇者教のハンサムは以外にも好意的な発言をする。
固唾を飲んでモニターを見上げるとちょうど入場してくる所だった。
そして毎度の如く歓声が……。
BUUUUUUUUUUUUUUUU!!!
沸かなかった、勝るとも劣らないブーイングの嵐が会場を包んだ。
「おい、なんだよこれ!」
「当然だろう、あの娘は恐れ多くも勇者を詐称しているのだ、この始まりの町でな」
だとしてもここまで嫌われるものなのか?
「おそらく会場の熱気が変な一体感を生み出してヒートアップさせてるんだろう」
解説おじさん……。
とはいえ俺は見守ることしかできない。
気になるのは相手の選手だ。ヘカテリーヌより一回り小さい、身に纏う鎧はまるで玩具のようだ。
「あの子、強いのか?」
「当然だろう、エルクシス自衛隊は高度な教育を受けた精鋭部隊だ。さらに最年少指揮官とは…、私も話でしか聞いていないが」
『しあーーい………………………開始っ!!』
そこからは一方的な展開だった。
イクス少年の繰り出す剣技をヘカテリーヌはなんとかきり抜けようとする。
だが常人場馴れしたスピードに血飛沫が舞う。
その度に割れんばかりの歓声が響いた。
なんとか攻撃を繰り出そうとするが隙を生むだけで、手痛い反撃をくらう。
それを繰り返す内に選択肢がなくなり防戦一方になった。
「……っなんとかならないのか?!」
「無理だろうな、フィールドに持ち込めるのは限られた装備と自分の技量だけ、実力差がもろに出ちまうからひっくり返すのはまず、不可能だ」
「そんな……」
徐々に赤く染まっていくヘカテリーヌ。
「がーはっは、だから言ったんだ、ここは女の来る場所じゃねぇってな」
さっきの髭三つ編み大男が大きな口を開けてわめき散らす。頬が上気して赤くなっている。手には酒瓶、酔っているのか。
「まだわからないだろ、致命傷は避けてるんだ」
「バァーカ、あの坊主が手を抜いてンだよ!」
そんなバカな、今ですら目で追うのがやっとなのに。
「服が斬れて露出が増えてっからなぁ、ガキには刺激が強すぎたな、あはっ、全裸になりゃあ勝てるんじゃねぇの?女にはお似合いの戦法だろうよ、がッはッはッは!!」
「いささか酔いすぎのようだな?私が冷ましてやろうか?」
すると口を挟む人がいた。
男と同じくらいの大体躯。黄色味のかかったフルフェイスのごつい鎧。顔は見えず性別もわからないが、兜にこもりながら透き通るような声をしていた。
「小国の竜騎士様か、俺に何の用だ?」
「口が過ぎる、貴様の弁は不快だ」
「俺は事実を教えてるだけだぜ~?ヒックははは」
「戦場に男も女もないのだろう?同じ命をかける者同士、敬意を払うべきだ」
「なーら賭けようぜー、試合の勝敗をよー、俺はガキに賭ける、あんたは女の方な、負けた方は言うことを一つ、何でもきくー」
「なっ、私は貴様の態度が……」
流石に騎士様もヘカテリーヌが勝つとは思ってないようだ。
「いいぜ、その賭けのってやるよ」
「少年!?」
「はーはっはっははは、いいねぇ~、都合のいいバカは大好きだー、今聞いたからな?後から謝っても遅いからな?」
「はっ、こっちの台詞だぜおっさん」
吐き捨てると俺は再びモニターの前に戻る。
やはり状況は変わっていない。
「大丈夫なのか?少年」
すると心配なのか騎士様も隣にきた。
「別に、信じてるだけですよ」
俺は技術も知らなければ駆け引きもわからない。
これはただの意地だ。
そしてもっと意地っ張りな奴を俺は知っている。
ヘカテリーヌの瞳はまだ死んでいない。
優勝して、勇者として旅立つ、その自分の姿しか映っていない。
「これは…」
何度でも、何度でも、立ち上がる、その度に。
人々の非難は声援へと変わっていく。
ヘカテリーヌっ!ヘカテリーヌっ!ヘカテリーヌっ!
初めは諦めていた者もその姿を見て奮い立つ。
そんな奴を、勇者と呼ぶんじゃないか?
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!
そしてついにはイクス少年が降参して勝負は決着した。
俺は登場口まで迎えにいく。
体は傷だらけで目を背けたいほど痛々しい。
けど背けられるはずもなかった。
その顔いっぱいに弾けた笑顔は何よりも代えがたいものだったからだ。
「ヘカテリーヌっ!?」
直後彼女は倒れ込む、急いでかけよって支えた。
「はぁ……はぁ……、……やったよぉ…!」
「ああ、見てたよ。おめでとう」
そのまま彼女は俺の腕の中で眠りについた。




