闘い
『それでは、一回戦第二試合、スっタートっです!』
開戦の合図に沸き立つ群衆。
俺は静かな場所を探して、赤い髪の少女に会った時のような路地裏に来た。
「いったい貴様は何をやっているのだ?」
王様がたずねてくる。
「だから犯人を探してんだよ、あんたこそ暇なのか?」
「私はお前を監視しているのだ」
「んなもん他の奴にやらせりゃ良いだろ」
「他の者は出払っている、町中の治安を守らねばならんからな」
それで王様がこんなしたっぱみたいなことやってんのか。健全なんだかそうじゃないんだか。
俺は再び思考の海に潜っていく。
警備がいっぱいいっぱいなのは今日が祭りだから。犯人はきっとそれを狙ってきた。
ただ逆に人が多すぎて動きづらくなっている筈だ。
女の子は黒いローブを被っていたし尚更だ。
それでも祭りの日を狙ったのはなぜだ?
思い当たるのはテロだ。
国の大イベントで不特定多数の人間を死傷させる。政治的パフォーマンス。もしくは愉快犯。
後者は少女の行動にも合致している気がする。
彼女の行動はまったくの不可解だ。論理感が欠如している。
「なあ、他にも大きな事件は起きてるか?」
「今のところはないな」
愉快犯にしては被害が少なすぎる気がする。警備が頑張っているのかもしれないが、彼女のスピードは桁違いだ。どうもしっくりこない。
ワアアアアアア!
また遠くで歓声が沸き上がった。あんなに叫んで喉は大丈夫なんだろうか。
………。
今、町中の人が注目しているものがある。それは武闘大会。
もし俺がテロリストなら絶対にあそこを狙うと断言できる。
そして中継を見ていた人は恐怖に憑かれ町中はパニックになる。
当然警備の手は行き届かなくなり、何かを狙うなら絶好の機会だ。
パズルのピースがはまる感覚がした。
だがそれでも不可解な事がある。
それはやはり、なぜ少女は兵隊を殺したのかだ。
テロを行うならそれまで目立つのは避けるべきなのに。
少女の殺人は俺達にバレてしまった。
どす黒い血の池を、横たわる青白い人体を俺に見せた。
「見せた…?」
そうだ、遺体を処理しようと思えばできた筈だ。
にもかかわらず少女はそれをしなかった。
俺が見つけるように、見せつけるように。
自分の存在を誇張すかのように。
ダイイングメッセージだって見えていた筈だ。なのに残した、なぜ?
駄目だ。
ワカラナイ。
「何をそんなに悩んでいるんだ、お前は?」
「あのメッセージは、意味の無いものかもしれない…」
「意味がないだと?有り得ない、あれは国にとってとても重要な……」
「重要な?」
やっぱりわかってんじゃねぇか。
「教えてくれ!あと少しでわかりそうなんだよ!」
「っ………魔方陣だ。国をモンスターから守る結界を制御する魔方陣」
魔方陣……それを少女は狙っているのか?
いや狙っていることを教えた?
実は別の何かを狙うため?
「遺体はわざと放置されていたんだ。メッセージは陽動かもしれない」
「だとしてもだ、元々我々は町全体を守っている。どこかに注意しても他をおろそかにはしない」
それもそうだ。変に事件を起こせば監視が厳しくなるだけ。
ならメッセージの意味は…正しい?
そういえば、そもそも赤毛の女の子が犯人だと決めつけていたが、証拠は有ったっけ?
単に無関係なら遺体を放置しようと関係ない、薄情ではあるが。
「スタジアムに戻ろう」
「いったい何がしたかったのだ、お前は?」
だとすれば残るはスタジアムのテロ問題だけだ。
俺が犯人でないと証明する手がかりはこれしかない。
こうして俺達は再び地下控え室に戻ってきた。
「どこいってたの?」
「散歩」
怪しい奴がいないか控え室を見て回る。一度疑いだすとみんな怪しく見えてしまう。
てゆうかフード被ってる奴多いな。
殆どが白に蒼の十字模様、勇者教の連中だ。
きっと数にものをいわせたんだろうが、毎回これでは厄介極まりないな。
そのせいで顔もみえない奴が多数。
さすがにテロリストが大会に参加しないだろう事を願う。
白フードの他に黒フードも三人程見つけた。
赤毛の少女も似たような格好をしていた筈だ。
あの強さだし参加者でも驚かないが、あの中にいるんだろうか?
ワアアアアアアァァ!!!
こうしている間にも俺の試合が刻一刻と近づいている。
「なあ、もう俺犯人じゃないだろ?」
「それは私にはわからない」
この無能め。
「スタジアムのセキュリティはどうなってる?」
「万全だ」
さすがにここ全部を俺が守ることはできないので、そこはこいつらに任せるしかない。
俺が見れるのはこの控え室くらい。
ここは大きな共有スペースの他に個人部屋も用意されている。
しかし当然他人の控え室には入れない。
その他にも飲食ができるスペースや体を動かせるスペースもあった。
「参加者の身分は把握してるのか?」
「いいや、だが持ち物は全て確認済みだ」
「兵士に敵が紛れていたら?」
直後、勢いよく壁に叩きつけられた。
「我らを愚弄するか!」
「けど…兵士の中にも…勇者教がいた」
統一鎧の他に青十字のワッペンをぶら下げてる奴が何人かいた。
「ちっ、あいつら無駄にでかくなりおって手がつけられん。勇者様の威光をかさに着る羽虫どもめ……」
そうとう苦労させられているのだろう。王様の声には実感がこっもっていた。
「安心しろ、スタジアムの兵士に勇者教の者はいない。反発も有ったがな」
その辺は配慮してあるらしい。
とりあえず入れる場所を一通り見て回ったが特に気になる物はなかった。
犯人がまだ捕まってない以上どこかに潜伏して機会をうかがっている筈だが…?
「これ、どうぞ」
「え」
突然目の前に差し出されたのは一輪の花だった。
それを持っていたのはエプロン姿のお兄さんだった。
「お久しぶりですね」
「え…あっ!」
確か記憶を失った里美を元気づける為におもむいたデパートにある花屋の店員さんだ。
「思い詰めた顔をなさっていたので、この花はリラックスできますよ」
鼻腔をくすぐる香りは爽やかで全身の筋肉が弛むようだ。
「王様もご無沙汰しております」
「ああ、いつも君の店には世話になっている。親御さんにもそう伝えてくれ」
どうやら王族にもつてがあるらしい。
ここにも花を飾りに来たんだろうか。
『続きましては一回戦第八試合、まだまだ続きますよー
!お馴染み、花屋の跡継ぎ息子、イスマ選手対!!山育ちは伊達じゃない!殺人拳法の使い手、クロックス選手です!!』
「おや、出番みたいですね」
「え、出場してるんですか?」
「ははは、貴方もここにいるということはそうなんでしょう?」
それはそうだが、俺は成り行きで。
「まあ、お暇でしたら見ていってください」
そう言って花屋さんは悠々と登場口まで歩いて向かった。
「まさか出場しているとはなぁ」
隣で王様も驚いていた。
「その花どうしたの?」
試合を観戦しようと巨大モニターのある共有スペースに戻ってくる。
「お前にやるよ」
俺が持っていても仕方ないし。
「あ、ありがと…」
ヘカテリーヌは花を受けとると髪に差し込んだ。
「…似合う?」
「あー」
そういえばこいつデパートで買ってあげたリボン全然使ってねぇな。ひょっとして余計なお世話だったか?
地味にショックを受けていると試合開始のアラームが鳴った。
相手は殺人拳法とやらを使うらしいし大丈夫だろうか。
その相手は威嚇するようにシャドウボクシングを繰り返している。
対して花屋のイスマさんは構えをとったまま動かない。
武器を持っていない所をみるに格闘術を使うのだろうか?
だとしたら同じ拳法家相手では不利じゃないか?
と、ここで相手が動いた。一直線に走り寄っていく。
ようやくイスマさんも最初の構えを解いて、右の拳を引く。
直後、スタジアムに轟音が響き渡った。
最初は何かが爆発したのかと身構えた。
花屋さんの拳が放った音だと気づいたのは敵が吹き飛び、試合終了の鐘が鳴った時だった。
ワアアアアアアアアアアアアアァァ!!!
控え室にも動揺が走る。
「なんなの、あんなスキル見たことない」
一緒に見ていたヘカテリーヌも驚きわなないている。
だがイスマさんは花屋で、戦闘系の適性はないと言っていた。つまり初級スキルしか覚えられない筈だ。
「ありゃあ拳術の初級スキル『通打』だぜ。とんでもなく鍛え上げられてるがな」
近くにいたおっさんが解説してくれる。いるよなこういう人。
つまりイスマさんはそれしか覚えられない初級スキルを限界まで鍛えたということか。
本人がフィールドから帰ってくる。
「いやー、もう少し戦いたかったんですが…」
「すごいですね、イスマさん」
「はは、ただの悪あがきですよ」
彼は昔、格闘家を目指していたが適性もなく諦めたと言っていた。
それでもできることを積み上げてきたのだ、その努力は凄まじいものだろう。
控え室にいた何人かも称賛の拍手を送った。




