終わり
拝啓 天国のお父様 お母様
このような不出来な息子になってしまい申し訳ありません
顔向けするのも恥ずかしいですが
少ししたら私もそちらに向かうのでどうかこの不出来な僕を遠慮なく殴り付けてください
里美さんのお父様お母様には殺されても仕方ないですがあの世では死ねないのが残念です
それではここらで筆を置こうと思います
生きたくても生きられない人達がいるなか 私のような者がこの年まで生き長らえてしまったことはまことに恥ずかしいことです
しかしここらでおいとましようと思うのでどうか 私がいなくなることで少しでも世の中が平和になることを願います
縄を引っ張って強度を確かめる。遺書というものをはじめてかいたがあれでよかったのだろうか。
縄の先にはわっかが着いていて、ここに顔を入れて台から飛び出せばこの世からも飛び出せる。
一斉一代の船出だというのに心は穏やかだ。
もはや波立つだけのエネルギーも渇れ果てただけか。
もうなんでもいいや。
わっかの下端に首を乗せる。
もしあの世があるのなら里美に会えるだろうか。
そんな資格はないのかもしれないがどうか一目だけでも神が許してくれたらいいな。
縄をぎゅっと掴む。
その手が震えていた。この期に及んでまだ未練があるのか。ただびびっているだけかもしれない。
最期くらい男らしいところを見せてほしい。
奥歯をぎゅっと噛み締めると台を掴む足に力を込める。
こんっこんっ。
すると部屋のドアが叩かれた。
この貸家に俺以外の人間と言えばいつからいるのかもよくわからないじーさんだけだ。
あの世への旅を変に引き留められても困る。
俺は台から降りる。縄はそのままでもいいだろう。あのもうろくじーさんに見つかるとは思えない。
こんこんっ
「はーいはい」
ドアを開けると案の定向こうにはじーさんがいた。
「どしたの、朝御飯は食べたでしょ?」
「なーんかのー、最近ばーさんの顔見とらん気がしてのー」
ばーさんの顔なんか一度も見たことないよ。
「散歩にでも行ったんじゃないの?じーさんも行ってきたら?」
「ほーじゃなー、たまには向こうに戻るのもいいかもしれん」
向こう…?気のせいか。
「そんな訳なかろ、異世界、ラージャベルルクじゃ」
「!?」
聞こえる筈のない言葉が聞こえた。
「じーさん…いや、今、戻れるって…」
「ああ、戻れるぞ、イタタ」
勢い余ってじーさんの肩を掴む。老人に対して配慮が足りないかもしれないが俺にそこまで余裕はなかった。
「今すぐ行って里美を助けてくれよじーさん!!」
「さすがにこの年ではな~」
「そんな…」
ガクンっ、と膝から崩れ落ちる。
俺じゃあゲートを通ることはできない。
もう他に打つ手はないのか…?
「簡単じゃよ、お主が往けば良い」
「行けるなら行ってるさ!俺には適正がないだよ!」
なんて使えない人間なんだ俺は。
ぎゅっとこぶしを握りこむ。爪が肌を傷つけるだけで何も掴むことはない。
もし生まれ変われるのなら、次はもっと人の役に立つ人間になりたい。
「だから、生まれ変わればよかろう」
「は?」
「神には話を通してやる、ただし何に生まれ変わるかは運次第じゃ」
「じーさんあんた何者なんだ…」
フェフェフェと笑うだけで質問には答えない。この老いぼれじーさんを本当に信じていいのだろうか?
「わかった」
迷う理由など無かった。
全てを諦めた先に見えた一筋の光。どうせ死ぬつもりだったんだ。なら手土産の一つ位持っていっても損はしない。
「本当に良いのか?目覚めたら虫けらかもしれん、畜生かもしれんのだぞ?里美ちゃんも既にこの世のものでは無いかも知れん。忘れて今の人生を生きるというのも悪くは」
「それは、最悪だよ、じーさん」
俺は再び台に登り縄を握りしめる。
もう迷いは無かった。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
勢いよく台を蹴り飛ばし、次の瞬間俺の人生は終わりを迎えた。