武闘大会
スタジアムにつくと参加者達の視線がいっせいにこっちへ向く。
別に俺を見ている訳じゃない。後ろに王様がいるからだ。
「リッヒデンバーグ様」
すると豪奢な鎧をまとった髭のおじさんが近寄ってきた。
「グスダフか、まさかお前が参加するのか?」
「申し訳ありません、バウリーグ様がどうしてもとおっしゃりまして……」
「お前を誘った覚えはないぞ」
するともう一人、今度は若い男が現れた。王様と似たような黒い鎧をまとっている。
「バウリーグ、どういう事だ?」
「私が此度の大会で優勝して父上の汚名を晴らして差し上げるのです」
要するにこの少年は王様の息子、つまり王子様。そんな人が死人の出る大会に出場するというのだから、周りは気が気じゃないだろう。
「父上だって参加なされたのだ。文句は言わせませんよ」
「はあ、好きにしろ…」
王様は悩ましそうに呟く。確かこの人は以前大会に出て優勝したが聖剣を引き抜けなかったのだったか。
「私めが御子息を負かしますゆえ、剣の師である私ならそう角もたたんでしょう」
「頼む」
お目付け役っぽいじいさんと王様がこそこそと結託する。息子の扱いには苦労しているようだ。
「これはこれは、軍事王殿に千年騎士長殿がこんなところで密談とは穏やかではないですな」
さらになんか来た。
青い髪を横に撫で付けたキリリとした眉のハンサムな男、その爽やかな風貌に反して胡散臭そうな笑みを浮かべている。
男の鎧にある意匠、見覚えがある。
「勇者教か」
苦々しい声でグスダフと呼ばれたじいさん騎士が呼び捨てる。
「確か君は…ハルシャークといったか」
「おお、まさか王に覚えていただいているとは、恭悦にございます」
「白々しい、あれだけ派手に動いておいて、性懲りもなくまた大会を荒らしに来たのか」
「我らはただ救いを求めているのです。国が乱れているからこそ満たされぬ者が集まるのではないですか?王よ」
「なんたる不遜な態度、誰のお陰でこの国が保たれているのか…!!」
「急くなグスダフ」
王様が老騎士を手で制す。
「我々は限られた資源の中、手を取り合って生きていかねばならぬのだ。貴様らは欲望のままにただ理想論を振りかざしているだけではないのか?」
「アウステラの王たるものがなんと惨めな。おお勇者よ、理想をかかげたからこそ大義をなした貴方を御子息は否定なされたぞ!されど、ご安心ください、勇ましき貴方の聖剣に群がる愚か者は全て私が排除してご覧にいれましょう!」
芝居がかった宣言にその場の空気が凍りつく。
この男は今、堂々と優勝すると言ってのけたのだ。
「ふん、貴様のようなげせんな輩に遅れをとろうものならこのグスダフ、剣を置き鍬を握っても良いわ」
「俺が王となれば勇者教など根絶やしにしてくれる!」
「いいえ、聖剣を抜くのはこの私よ!」
ここで場違いな奴が乱入してきた。
というかヘカテリーヌだ。
その登場に一同は虚を突かれて固まってしまう。
「お前の出る幕ではない、詐欺師の娘は引っ込んでいろ」
「やれやれ、末裔というだけで幅を利かす連中だけでも目障りなのに偽物まで現れるとは。やはり真の勇者は初代アウステラ様ただお一人」
「はっ、終わった後のあんた達の吠え面が目に浮かぶわ」
というかこいつ、けっこう有名人なんだな。
「おいヘカテリーヌ、こういうのは黙ってた方が強者っぽいぞ」
「何よ、あんたまで私が負けると思うわけ?」
いや、ここに来る前に見た勝敗予想では俺より低かったし…。というか最下位だったし。
あまり知り合いに恥をかかせるのもあれだ、なんとか隅っこの方に移動させる。
「なんであんたがついてくるのよ」
「私はこの男を監視しているのだ」
「あんたなんかしたわけ?」
「まあ、ちょっとな…」
現在俺は殺人の濡れ衣を着せられている。
何とかして真犯人を見つけねばならないのだが、試合にもでなければならない。
『えー、皆様長らくお待たせいたしました。ただいまより聖剣武闘祭を開催いたします』
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ!!!!
耳が壊れんばかりの大歓声が響き渡る。
ここはスタジアムの地下なので観客席から直接声が届くようだ。
『一回戦第一試合、グスダフ選手対ロルリィ選手!』
「呼ばれた方は登場口までお越しくださーい!」
「対戦順ってどうやって決まるんだ?」
「さっき抽選会があったわよ、あんたはいなかったから余ったところに入ったけど」
「まじか、どこで見れる?」
「上」
ヘカテリーヌは天井を指差した。つられて視線をやるとでかでかとトーナメント表が描かれていた。首が痛くなりそうだ。
天井いっぱいに描かれたそれを端から追いかけていく。
どんっ。
「すいません」
「気を付けろ」
上ばかり見ていたせいで人にぶつかってしまった。
「なんでこんな仕様にしたんだ」
「私にきくな」
「ぶつかりそうになったら教えろよ」
「善処する」
気をとり直して捜索を再開する。
どうやら俺は最後の方らしい。
相手の名はトーレンス。
「知ってるか?」
「主催者として一方に肩入れすることはできない」
「いや、ヘカテリーヌにきいてるんだ」
「確か…あの人よ」
指差したのは壁に寄りかかっている色黒の男性。目は黒い布で覆われていた。あれで見えるんだろうか。ひょっとしたら盲目なのかもしれない。
しかし見た目からは戦闘スタイルなど伺いしれない。
体は隆々とした筋肉で覆われており、間違いなくまともにやりあえば俺が負ける。
こうなったら先に犯人を見つけて、一回戦は棄権するしかない。
「お、おい、どこへ行く!?」
俺は控え室から飛び出した。
「おい、あまりうろつくな」
「今捜査はどうなってる?犯人は見つかりそうか?」
「そんなこと教えられる訳ないだろう!」
俺にできるのは赤い髪の女の子を探すことだけだ。あの黒いローブは町中だと目立つと思うが、だからこそその辺にはいないだろう。
あとヒントになりそうなのは『まほう』というダイイングメッセージだが、そのまま魔法になるのか、別の何かなのか。
魔法とあの少女が結び付くとは思えない。だとしたら何を伝えたかったんだ?
「なあ、死んだ兵隊さんのメッセージ、どういう意味かわかるか?」
「……わからん」
「今の間はなんだ?」
「わからんと言っている」
こいつ…本当は気づいてるんじゃないのか?
「気づいてんなら俺は関係ないってわかるだろう」
「それはどうだろうな」
……メッセージの意味に気づいても犯人を特定できない?俺とあの子の共通点…なんだ?
俺は魔法なんてまともに使えない。魔法じゃないのか…。
メッセージは犯人の特徴をとらえた物ではないってことか?
犯人は『まほう』で始まる何かを狙っている?
ワアアアアアアアァァ!!
「!?」
突然歓声が沸き上がる。
現在町の至るところに水晶モニターが浮かんでおり武闘大会が生中継されている。
『あーっとぉ、これは大番狂わせだ!アウステラ騎士団のご意見番グスダフ選手、剣士系アイドルロルリィ選手に押されているゥ!』
あのじいさん苦戦してんのか。大会を盛り上げる為に忖度してんのかな。
周りではアイドルのファンらしき人達が奇妙なダンスを踊っている。
「並みいる敵を斬り倒す!」
「戦うアイドルロ・リ・リィふぅー!」
「あいつらめ…またあんなことを…」
王様は頭を悩ませているようだ。
まあけっこう場所とるからなぁ、あれ。
「グスダフ氏め、ロリリィちゃんを傷つけたら許しませんぞ!」
「しかしグスダフ氏はファンクラブ会員ナンバー一桁台の古参、さぞお辛いでしょうなぁ」
今のは聞かなかったことにしよう。
しかしこれだけ人が多いと犯人もまともに動けないだろう。
わざわざこの日を狙ったんだろうし、いったい何が目的なんだ?
するとまたもや人だかりにぶつかる。
「今度はなんだ?」
「聖剣だ」
よく見ると人々は皆空を見上げている。俺も同じように顔をあげるとそれはあった。
石柱の天辺、陽光を受けて輝く両手剣がまるで人々を見守るように突き立てられていた。
「……?」
なんだろう、妙な既視感が俺を襲った。
どこかで、見たことがある?
「それにしても警備が多いな」
石柱の周囲にはバリケードが敷かれ20メートル以内には近づけないようになっていた。
「当然だ、あれは現存する勇者の遺物なのだからな」
「でも抜けないんだろ?」
「そういう問題ではない」
よくわからないが、まあ落書きとかされたら困るもんな。
警備の人達を見るとあの血だまりに沈んでいた姿が重なる。暫くは避けた方が良さそうだ。
ふと、疑問が浮かんだ。
そういえばあの人達はどうして殺されなければならなかったんだろう。
犯人はそうすることで何か得をしたんだろうか?
姿を見られたから?いやそれなら俺も殺されていた筈だ。
『私が何に見える』
あの質問が何かの切っ掛けだったのだろうか。兵隊さん達は答えを間違えたのか?そんなことで殺したのか?
何か重大な事を見落としている気がする。
ワアアアアアアァァっと、再び歓声があがる。どうやらじいさん騎士が勝ったみたいだ。
町は熱狂に包まれる。
だが俺はどこか上の空だった。




