参加
聖剣祭は三日目を迎え町はさらなる盛り上がりを見せる。
しかしそれと反比例するように俺の気分はだだ下がりだった。
聖剣祭の武闘大会に出場することになってしまったからだ。
「あー、どうにかして棄権できないかなー」
「試合に行かなきゃ不戦敗になるだろ」
「マジっすか」
「えーもったいない」
「あのな、俺はまともに剣も振ったこと無いんだ、勝てるわけないだろ」
「むぅ…」
ヘカテリーヌは納得いかないようだが俺の心はもう決まった。
「てゆうかお前ら、俺の工房を溜まり場にしてんじゃねぇ!用がないなら帰りやがれ!」
グラナ師匠に怒鳴られ俺達は祭りで賑わう町に放り出された。
『まもなく聖剣武闘祭が開催されます。選手の方はスタジアムまでおこしください』
「だってよ」
「もういいわ、行ってくる」
ヘカテリーヌは剣をならして去っていく。一人になった俺は祭りを見物しながらあてもなくぶらぶらと歩いていた。
武闘大会は死人が出るレベルの激しいイベントらしい。それに観客が熱狂するのだから案外この町は物騒なのかもしれない。
門の中にいると忘れそうになるがこの世界はモンスターがはびこり結界の中でしか生活できない程閉ざされている。
血なまぐさい事も日常茶飯事なのかもしれない。
そんな大会に参加してヘカテリーヌは大丈夫なのだろうか?
あいつは勇者を自称しているがお世辞にも強いとは言えない。
「様子でも見に行くか」
確か大会の様子は町中に置かれた水晶のモニターで中継される筈だ。
「やッべ、どこだここ…」
考え事をしながら歩いたせいか、いつのまにか知らない場所に来ていた。
そもそも俺はこの町のことをまだよく知らない。
頼れる人はいないかと辺りを見回す。
路地の中に入ってしまったようで祭りの最中だというのに人影はない。
しかし細い道の先にようやく一人発見した。
「すみませーん」
その人は黒いフードを目深にかぶっていて怪しげな雰囲気を漂わせている。
すると強い風が吹いてフードの中が少し見えた。どうやら赤い髪をした女の子のようだ。
しかしかわいそうな事に右目が潰れていた。モンスターにやられたのだろうか。
「あの…道をききたっいっ…!?」
目と目があった瞬間、女の子は驚きに目を見開いた後、物凄い速さで駆け寄ってきた。
いつのまにか俺の首には黒い剣が突きつけられている。
「えと…スタジアムはどっちでしょう?」
「貴方、私が何に見える?」
俺の質問とはまったく関係ない答えが返ってきた。なんだその質問は、いくつに見える?みたいなのの進化系か?
何に見えるか……近くだとより鮮明にその顔が見える。燃えるような赤髪、潰れた右半分、吸い込まれそうな黄色い瞳。
「可愛い女の子…かな?」
そう言うと少女は勢いよく身を引いた。引かれたかな?
「………」
剣を鞘に納めフードを引っ張って顔を隠す。わずかに見える首もとが朱に染まっていた。
ひょっとして、照れてる…?
「あっ」
すると少女は一瞬で姿を消してしまった。
「まいったな……」
道をたずねたかったのにあてが外れた。仕方がない、知ってる道に出るまで歩くしかないか。
それにしてもあの子はいったい誰だったんだろう。
さっきのことを思い出しながら歩いていると、ちょうど少女がたっていた辺りにやって来た。
そして見つけた。
「っ……!?」
鼻孔を強烈に突き刺す異臭。
濃密な鉄分の臭い。
曲がり角の先は真っ赤に染め上がっていた。
その中に男性が二人倒れている。
「死んで……?」
足がふらつく、視界が歪む。
呼吸が、乱れる。
「誰かー、誰か来てくれー!!」
夢中で叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
「誰かー!!!」
どれぐらい叫んだだろう、喉が荒れて声が枯れる頃、ようやく憲兵隊がやって来た。
「犯人は見たか?」
やはりあの少女がそうなんだろうか。
この惨状を見ていない筈がない、少なくとも関わりがあるのは間違いない。
「たぶん…」
「話は駐屯所で聴こう、たてるか?」
「ああ、できれば何か飲ませてくれ…」
案内されて俺は薄暗い部屋に通された。なんだか取り調べされるみたいだ。とりあえず目の前にあった果実水を飲み干す。
キィィ。
軋むような音をならして扉が開く。黒光りする鎧を着込んだ男が入ってくる。
そいつは俺を見るなり嘆息する。
「また君達の仕業か…」
そういえばこの人、初めてこの世界に来てモンスターの自爆に吹っ飛ばされた後、事情を聞きにきた人じゃないか?
確か3人いる王様の一人だとか。以外と暇なんだろうか?
「俺は見つけただけだ」
「それは私が判断する、前科があることを忘れるな」
「前科だと、何の話だよ」
「マジックショップで安物を売り付けただろう」
「!?」
それは里美を助けるために訪れた店のことか、幸運の種を買うために当時ヘカテリーヌが着ていた金色に塗っただけの鎧と交換した。
「あれは…店のお婆ちゃんも了承した。正当な取引だ」
「法律上はな、だが悪質極まりない。やはり勇者を自称するような詐欺師はこの町にふさわしくない」
「人を助けるためにやったんだ、あいつは悪くない!」
「なら、君は悪いのかね?」
こいつ、誘導尋問かよ。わざと煽って口を滑らせようってのか。
落ち着け、こいつの思い通りになってたまるか。
「それとこれとは関係ない事だ。本当の犯人を取り逃がしても良いのか?」
「本当の犯人とは?」
「現場で赤い髪の女の子を見た。黒いローブで右目は潰れていた」
告げ口するようで気分が悪いが正直に話すしかない。
「…他には?」
「………」
記憶の山を掘り起こす。真っ赤な血のイメージが強烈すぎて他の印象が薄い。血…?
「現場に何かかかれてたような…」
「ああ、死亡した兵のメッセージだろう、それは報告を受けている」
そうだ、確か血で『まほう』とかかれていた。いったいどういう意味なんだろう。
「後は…私は何に見える、ときかれた」
「…どういう意味だ?」
「わからん」
「話にならんな」
黒い鎧の王様はため息をつく。
「お前の身柄はここで受からせて貰う」
「は?どういう事だよ!」
「今は国賓級の客人も多く訪れている。何かあれば我が国の沽券に関わる」
「だから俺は何もやってねぇって」
「犯人はみなそう言う、疑わしい者を野放しにはできん。祭りが終わるまではここに居てもらう。飯は三食、特別に豪華にしてやろう、おやつもつけてやる、どうだ?」
どんだけ俺を外に出したくねぇんだ。
「家族がいるんだ、俺が戻らないと心配する」
「私から話しておこう、なんならそいつもここに連れてこようか?」
くそっ、完全に頭が凝り固まってやがる。
何か良い方法は……。
「そうだ、これを見てくれ!」
俺は腕に描かれた奇妙な模様を見せる。
「それは…まさか」
「俺は聖剣武闘祭の参加者だ。不当な疑いのせいで参加できなかったとわめきたてるぞ!」
こいつらは祭りに関わることに敏感になっている。要はビビっている。武闘大会は祭りのメインイベントだ。自分達のせいで欠場者が出ることは避けたいんじゃないか?
「………」
腕組みをして深いシワを作る王様。少し理由が弱かったか…?
「いっぱい騒ぐぞー、すれ違う人皆に話すぞー…」
「…………良いだろう」
よっしゃ。
「ただし私が監視につく、そして負けたら戻ってきて貰うぞ」
「はぁ?」
なんだその条件は、不当にも程があるだろ。しかしこれ以上は譲歩されなさそうだ。こうなったら大会中にあの少女を見つけるしかない。
そうして俺は王様と二人で人力車に乗りながらスタジアムに向かうのだった。
ほんと暇だなこのおっさん。




