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聖剣祭

ガツン ガツン ガツン。

力いっぱい降り下ろした金槌が赤熱する鉱石を叩いて火花をちらす。

吹き出す汗に目を細めながら狙いを外さぬよう指先に神経を研ぎ澄ます。

ガツン。

「あっ」

金打ちの衝撃に耐えきれず手を話してしまった。

カンッカンと金槌が床を叩く音が響いた。

直後。

バッリィーンッ。

「っ…」

鉱石が大きな音と共に弾けとんだ。

鍛錬失敗による消滅である。

「今日はもう帰れ」

師匠筋であるグラナの檄がとぶ。

長い間力んだせいで痙攣している指をマッサージしながら転がっている愛用の金槌を拾い上げた。

ゴールデンウィークに入ったので俺は鍛治師としての腕を上げるべくグラナ師匠の元に通っていた。

「俺からすりゃ全員下手くそだ、気にすんな」

師匠の下手くそな励ましが疲れてだるい意識にちょうどよく馴染む。

「こんにちはー」

すると男だらけのむさい空間に響く澄んだ声。

「どうしたの?汗だくじゃない」

金色の髪をなびかせるそいつの名はヘカテリーヌ、自称勇者のお人好しだ。

「それにしても相変わらずボロい家ねー」

「あ?文句あんのか?」

「まあまあお茶をどうぞ、お前もいるか?」

「ありがとう、って熱い!」

師匠はどんなに熱くても冷たい物は飲まないという謎の拘りを持っている。

俺もここにいる時はそれに習っていた。

「バカじゃないの?」

そう言いながらヘカテリーヌもちびちびと舌をつける。

「それで何のようだ?」

「今は聖剣祭の真っ最中よ、こんなところで引きこもってる男二人を連れ出しに来てあげたの」

いい迷惑だ。

「それで本音は?」

「……カード探すの手伝って」

そんなことだろうと思った。

聖剣祭の目玉イベントはスタジアムで行われる武闘大会で、優勝すると賞金が、その後王様と戦って勝つと聖剣を引き抜く『聖抜』の儀式に挑戦できるらしい。

ただそれに出場するためには街中に隠された30枚のカードのどれかを見つけなければいけないのだった。

「しょうがねぇな」

「ほんと!」

こいつにはなにかと世話になっているしこういうところで少しずつ返していかないとな。

「ちょっと行ってきます」

「俺は行かねぇぞ」

「はなから期待してませんよー」

「んだと糞ガキ」

眉間に皺を寄せる師匠に見送られながら俺達は町へとくり出した。

「何かあてはあるのか?」

「無いわ」

「マジか」

この広い町でヒントもなく闇雲に探し回らなければいけないのか…。

とりあえずその辺のレンガとかどかしてみるが見つかる気配もない。

こんなところもう誰かが探してるだろう。

「誰もいかないような所はないのか?」

「ん~~」

ヘカテリーヌが唸っていると白いフードを被った集団が物凄い勢いで駆け抜けていく。

「なんだありゃ」

「勇者教よ」

「勇者教?」

ヘカテリーヌは疎ましげにそいつらをねめつける。それだけでまあろくな集団でないことは察せられた。

「勇者を神と崇めてる連中よ、新しい勇者が生まれるのを拒んで毎回邪魔してくるの」

どこにでも信者というのは生まれるものらしい。

確かにこっちは二人、とても数で対抗できるとは思えない。

すると白ローブ達の勢いに煽られて女性が転倒してしまった。

「大丈夫ですか、ちょっと、謝っていきなさいよ!!」

ヘカテリーヌが慌てて介抱する。

「うう…」

「この人、お腹が…」

よく見ると女性の腹部が不自然に膨らんでいた。

「痛い…産まれそう…」

「うそっ!?どうしようっ!?」

病院まで運ぶしかないか。

「俺が背負っていく、お前はカード探しを続けろ」

「でも…それじゃあ不安定じゃない?」

「けど……」

「私も手伝うよ、その方が安全でしょ?」

俺は周りを見渡してそこらじゅうに立てられている聖剣祭の旗を一本拝借する。

これをタンカにして運ぶのだ。

「ゆっくりな、あんまり揺らすなよ」

「うう~、赤ちゃんだいじょぶかな~」

二人でできるだけ早く運ぶ。なんとか病院までたどり着いた。

「お前はカードを探しに行け」

「でも~、お母さんが~赤ちゃんが~」

「聖剣を抜いて勇者だって認めさせるんだろ?」

ガチャ。

すると思っていたよりずっと早く妊婦さんは分娩室から出てきた。

魔法の力で効率が上がっているんだろうか?

「お二方にこれを」

元妊婦さんが差し出したのは武闘大会の参加資格を得られるカードだった。

「ごめんなさい、さっきまでのは演技なんです。助けていただいた方にこれを渡すのが私の役割です」

お姉さんは聖剣祭を運営する役員の一人だそうだ。

こういう見つけかたもあるんだな。

「良かったな」

「うん」

ヘカテリーヌは満面の笑顔でカードを胸に抱く。

俺達は早速大会の本部に向かった。

「見つけました」

「はい、承りました」

役員にカードを渡して受付終了、これで晴れて参加資格を得られたわけだ。

「クックックッ」

すると突然役員が不気味に笑い出す。

「ざーんねーんでしたー」

「!?」

すると突然光だし姿が変わっていくではないか。

現れたのは清潔な印象だったさっきまでの男性とは真逆の、毛を散乱させてアンバランスな野性味たっぷりの毛皮と豪華な装飾品に身を包んだ見るからに下品な男だった。

男はカードをヒラヒラと見せつけるように揺らしながら、意地の悪い笑みを浮かべる。

「俺の為にカードを探してくれてありがとよ」

「なっ、あんた本部の役員じゃないの?!」

「おいおい、このなりでそう見えるのか?」

「さっきまでは違っただろ」

「騙されるほーうが悪いんだよー」

そう言うと男はすたこらと走り去ってしまう。

「あっ、待て!」

そのままカードを本部に渡してしまった。

『お知らせします、ただいま9番のカードが見つかりました。残りは18枚です』

「そんな……」

驚きに嫌悪に迷い、さまざまな感情が入り雑じった表情でその様子をただ眺めるヘカテリーヌ。

男はちらりとこっちを見るとニヤリと笑いその後雑踏に消えていった。

悔しさに唇を噛む、その顔を俺は両手で挟み込んだ。強めに。

「ぬぁーにすぅるのよー」

「落ち込んでる場合か、さっさと次にいくんだよ」

「……それぐらい、わかっとるわ!」

ヘカテリーヌは俺の手を払い除けると走り出す。

「さっさと見つけて祭りを満喫するのよ」

「おう」

しかしどこを探してもカードのカの字も見当たらない。

『27番が見つかりました。5番が見つかりました。12番が見つかりました。残りは6枚です、頑張ってください』

アナウンスが流れる度焦りが込み上げる。

しかしカードのーの字も見つからない。

「こーなたったらあそこしかないわ」

「あそこ?」

ヘカテリーヌはどこかに向けて走り出す。その後に俺も続く。

たどり着いたのは中央区にある大図書館だった。

中に入るとその光景に足がすくむ。

どこを見ても本、本、本。

背丈の何倍もある棚にびっしりと隙間なく収められた本の群れ。それが視界を飛び越えて続いている

「まさか……」

「ええ、ここを探すの。たぶんまだ誰も見つけてない筈よ」

確かに外の喧騒などどこ吹く風、ここはまるで別世界のように静かだ。

それもそうだろう、この場所に隠されたたった10センチ程のカードを見つけようなんて奴がいる筈もない。

最後の望みをかけて探しに来たであろう人影もちらほら見えるが皆死んだような目をしていた。

「いくわよ」

それでもヘカテリーヌは希望を失うことなく手近なところから本を抜き取っていく。

「いくわよっつってもなぁ……?」

なんだろう、この感じ、似たようなことが前にもあったような?

そんな筈はない。図書館に来たのだってはじめての筈だ。

しかしそんな事実とは裏腹に俺の足は誘われるように本の森を進んで行く。

そして目についた一冊を手に取った。

古代魔法、どっかで聞いたような聞いていないような。

表紙に触れ、慣れた手つきでページを捲っていく。そして。

「あった……」

16と書かれたカード。確かに聖剣祭のマークが描かれていた。

どこかぼんやりとしつつヘカテリーヌに伝えに行く。

「ヘカテリーヌ」

「何よ、さぼってないでちゃんと探して…」

「見つけた」

「へ?」

俺は手にもったそれを彼女に見せる。

「う……そ……」

彼女は目を見開いてカードを凝視する。目の前の現実を受け入れられないようだ。まあ俺自身もそんな感じだが。

しかし次第に呑み込みはじめたようで、パッとその顔に花が咲いた。

「っっいやったあああぁぁぁーーーーーーー!!」

思いっきり抱きついてくるヘカテリーヌ、歓声が全ての本を震えさせた。

周囲では拍手が巻き起こる。さっきまで探していた人も最早見つかったことそのものが嬉しいのか手を叩いて祝福してくれた。

そして後で司書さんにめちゃくちゃしかられた。

「本当に良いの?」

本部に向かう途中ヘカテリーヌがそんなことを聞いてくる。

「だって、あなたが見つけたんだし…」

「お前がいなかったらそもそも探してねーよ」

俺はカードを投げ渡す。

「わっわっ」

彼女はそれを胸に抱くと優しく微笑んだ。

「ありがとう」

俺はこの時この笑顔が見たかったんだとようやく気づいた。

ヘカテリーヌは本部の役員にそれを渡す。一度騙されたというのにやけにあっさり渡してしまう所が彼女らしい。

『16番のカードが見つかりました。残りは1枚、いったい誰が見つけるのでしょうか』

アナウンスを聞いてようやくほっと一息ついた。

「俺が見つけたんだ!」

「いいや、俺だ!」

すると近くで言い争いが聞こえる。どうやらカードの取り合いをしているようだ。

残りは1枚だし、どちらも必死になっているんだろう。

すると引っ張りあっていたカードが手からすり抜けて宙を舞う。風にのってふわりふわりと空中散歩。

そして着地したのは俺の頭だった。

それを手に取り思案する。いったいどちらに返せば良いのだろう。

「こちらへどうぞ」

すると本部の人が声をかけてくる。

この人なら問題ないだろう。

カードを渡すと腕に変なスタンプを押された。

「受付完了です」

「え?」

『ピーッ、22番のカードが見つかりました。これにて全てのカードが見つかりましたので聖剣武闘祭第一幕を終了とさせていただきます。皆さまのご健闘、心より賞福致します。ガチャ』

そして盛大なファンファーレが鳴り響いた。

「ええ………えええええええええええええええぇぇ!?」

俺の驚声も鮮やかな夕焼けの空に響き渡った。





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