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祭りの前

謹慎になり暇をもて余していた俺の元に一通の電報が届く。

駆流によると武藤教師が復帰したらしい。これで戸沢は吠え面をかいていることだろう。

そして再び行動を起こす筈だ。起こしてくれなきゃ困る。

俺はこれまでと同じように犬に変化して夜の学校に向かった。

茂みに隠れじっとその時を待つ。遠くで犬の遠吠えが聞こえる。姿を真似ただけなので何て言ってるのかはわからないが。

今宵校庭は月明かりに照らされてよく見通すことができる。

これなら奴を見逃すことはないだろう。

しかし待ちぼうけしている間に月が雲に隠れてしまった。

視界に薄闇のベールがかかる。

とはいえ近くまでよればわかるだろう。

そしてその時は訪れた。

そろりそろりと周りを確認しながら近づいてくる影が一つ。

充分に引き付けてから俺は勢いよく飛び出した。

「わっ!?」

「!?」

誰もいない校庭に驚声が響いた。

鋭い牙で肉に食らいつく。

「いてぇ、いてぇって」

耳に馴染んだ間抜けそうな声。

影の正体は駆流だった。

「いってぇ、なんだこの犬」

なんだとはこっちのセリフだ。どうしてこんなとこにいるんだ。

「おい、なにやってるんだ!!」

警備をしている用務員が叫びながら駆け寄ってくる。

万事休すか…。

その時、視界のはしに何かが写った。

俺は反射的に駆け出した。

もはやすがれるものならなんだっていい。一縷の望みにかけて俺は全力でかける。

向こうもこっちに気づいたのか逃げるように背中を向けた。

慣れない四つん這いではなかなか距離を詰められない。

それでも懸命に走り続けた。

こけそうになりながらなんとか体勢を維持する。

よく見ると目の前で揺れているのはスカート、女子生徒か。

戸沢じゃないのか?

もうなんでもいい。とにかくかける。

(あいつ外に出ようとして…)

女子生徒が向かっているのは校門だ。外に出られたらさすがにまずい。

だが、体力の限界が近い。

走り続けて乳酸のたまった足はふらついて力が入らない。

そしてついに四つの足は絡まり、バランスを崩してしまった。

くそっ、ここまで来て…。

「させっかよ!」

正面に躍り出たのは、駆流だ。

行く手を阻むように大の字に手を広げる。

それを見た女子生徒が急ブレーキをかけた。

今しかねぇ。

俺は崩れた体勢を無理矢理起こして、最後の力で思いっきりアスファルトを蹴った。

そして筋ばった腕に食らいついた。

「ギャーー!!?」

野太い声が月夜に響く。

俺は振り回される腕についていけず、アスファルトに叩きつけられた。

「づっ……」

「だいじょぶか、犬公」

鈍痛に耐えながら駆流に支えられてよろよろと立ち上がる。

そして追いかけていたものの正体をしる。

それは、女子生徒の格好をした戸沢委員長その人だった。

「こりゃいったいどういうことだ?」

遅れて駆けつけた用務員さんが驚きの声をあげる。

「それを見てください」

駆流がアスファルトを指差す。そこには戸沢が持ってきたものが散乱していた。

ナイフ、ゴム、懐中電灯、カラースプレー、ガムテープ、そして体育祭を中止しろと書かれた紙。

慌てて隠そうとするがもう遅い。

「君、ちょっとこっちに来なさい」

そのまま校舎につれていかれた。これで全て終わった筈だ。

ちなみに駆流もこっぴどく怒られていた。犬の俺はおとがめなし、今度何か奢ってやろう。

そんな顛末で今回の事件は幕を下ろしたのだった。

その後、戸沢が全てを吐いたことにより俺の冤罪は晴れ、謹慎は解け、無事元通り学校に通えるようになったのだった。

「学校いきたくない…」

「駄目だよ曜ちゃん」

「わかってるけどさ」

「俺に感謝しろよ、俺が戸沢を捕まえてやったんだからな!」

「お前じゃなくて犬がだろ」

「え?なんで知ってんの?」

「てゆうかなんでお前学校に行ったんだよ」

「そりゃ犯人を捕まえる為よ」

「…まあ、少しは役にたったかな」

「少しとはなんだ少しとはー」

そんなくだらない会話もなんだか懐かしさを覚える。

これもまた日常へと戻っていくんだろう。

学校につくとこの前のような険悪さはきれいさっぱりなくなっていた。

話題は既に戸沢の事に移っているようだ。

そして授業を終え実行委員会に向かう。

「片倉、俺を殴ってくれ!」

教室に入るやいなや相馬が懇願してくる。

「一度でもお前を疑った俺が憎い、だからお前の手で殴ってくれ!」

めんどくさいので殴っておいた。

その後も何人かが俺の元に来て謝っていった。

律儀なやつらである。

最後に来たのは大浦副委員長だった、現在は戸沢の代行を務めているが。

「少し、話ができないかしら?」

俺達は連れだって教室を出た。

「まずは…ごめんなさい」

そう言って深々と頭を下げる。

「しょうがないですよ、じゃなきゃ戸沢先輩を疑う事になりますし」

「ううん、きっと私は戸沢君を買い被っていたの」

彼の事が好きだった、見る目ないでしょ、と先輩は続けた。

「大浦先輩は武藤先生が好きなんだって戸沢先輩は言ってました」

「え?…確かに尊敬はしてるけど」

「体育祭で告白するんじゃないかって」

「そう…それは…戸沢君のことなのに」

そうだったのか、もしかしたら戸沢は大きな勘違いをしていたのかもしれない。

「どうして戸沢君はこんなことをしたのかしら…」

だが今となってはどうしようもないことだ。

「戻りましょうか」

「そうね」

教室に戻る途中、ふと一つの疑問が浮かんだ。

武藤教師が犯人にされた時点で戸沢の目的は達成されていた。罪を被せ、大浦先輩の告白も阻止できた。最高のハッピーエンドだった筈だ。

なのに何故、俺を犯人にしたてあげ事件を蒸し返すような事をしたんだろう。

俺が武藤教師の冤罪まで晴らすことを危惧したんだろうか?

しかしこれといった理由は思い浮かばない。

戸沢の早とちりという可能性もある。なんせ思い込みの激しい人だ。

そして教室に戻ると毎度のごとく仕事を始める。

今日の課題は借り物競争のお題を考えることだ。

当日会場にありそうなものってなんだ…?

ビデオカメラ、水筒、ハンカチ?

「好きな人とか?」

頭を悩ませていると葛西さんが提案してくる。確かに物である必要はないかもしれない。

そういえば葛西さんの言った通り犯人は女装していた、案外鋭い人なのかもしれない。

「男子がね、恥ずかしがって男友達を連れていくの。そこから二人の距離は縮まって…」

ただの妄想だった。

「プロティンとかどうよ」

「そんなの持ってきてるの相馬くらいでしょ」

すると相馬と大崎も話に入ってくる。

「私はいいと思うなー」

案の定、蠣崎も。

皆で顔を付き合わせて思案する。

一人でやるより効率が良いかもしれない。

「じゃあダンベルとか」

「それもない」

「私はありかな~」

「棒とか…玉とか、ふふふ」

そうでもないかもしれない。

皆で意見を出しあっていると時間は速く過ぎるようであっという間に終業時間となった。

お題のカードもなんとか書き終わって提出する。

「明日からはゴールデンウィークです。皆さんが頑張ってくれたお陰で、休日に登校する必要はなさそうです」

大浦委員長代行の言葉で教室内に喚声が沸き上がる。

なんだかんだ皆休みたいのだ

「そしてさらに一週間後には待ちに待った体育祭です。いろんな事がありましたが皆さんとなら成功できると信じています」

先程よりさらに大きな喚声があがった。

急遽委員長になったとは思えない気丈な態度には感心せざるをえない。

大浦先輩を中心に委員会のメンバーはより一貫となった気がする。

これも問題を乗り越えたという一体感のなせる技なのだろうか。

そして俺達は多少の満足感を胸にそれぞれの帰路につくのだった。


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