事件とあと
俺(犬)が事件の犯行現場をおさえた翌日、学校中がその話題で持ちきりだった。
昨日の夜の出来事だというのに瞬く間に浸透していったようだ。
それも当然かもしれない。体育祭実行委員の顧問が体育祭を邪魔しようと暗躍し、さらに生徒が濡れ衣を被せられたのだ。
ただ教師を悪とみなして騒ぎすぎている奴もいるのでなんだか忍びない。
「片倉」
珍しく教室に俺の名前が響く。
疑いが晴れて登校してきた相馬が弾ける笑顔でそこにいた。
「お前が何かしてくれたんだろ?」
声が大きい、近くにいる奴に聞こえちゃうだろ。
「なんもしてねぇよ」
「またまたー、謙遜すんなって」
背中をバシバシ叩かれる。
「片倉のおかげなの?」
「片倉って誰?」
「マジかよ、スゲー」
ヒソヒソ。
「あんたがなんかしたの?」
大崎までやって来たことでさらに周囲の関心がこっちに向く。目立つのは嫌なのに。
「だから違うって、相馬の勘違いだよ」
いちおうこの場は収まったがそれでも人の口を塞ぐことは難しい。誰が言ったか、風の噂となって校内を駆け巡った。
「よう曜、一躍有名人だな」
教室で肩身の狭い思いをしていると駆流が話しかけてくる。
「やめろ、お前が近くにいると目立つだろ」
「そんなに誉められると照れるぜ」
こいつに雷落ちないかな。
「ありがとな、俺のためにここまでしてくれるなんて。何したか知らねぇけど」
駆流は制服の裾で涙をふくパフォーマンスをみせる。
こいつの周りだけ蚊が大量発生すればいいのに。
とはいえこいつの為じゃないと言えば嘘になるのもまあ確かだ。
「感謝してんならちゃんと告白しろよ」
「うっ、…わかってんよ」
駆流は視線をそらす、その先には思いを寄せる新田さんがいた。
里美と仲良さげに会話している。彼女は里美の数少ない友達だった。ちょうど俺にとっての駆流のような。
今日は例の事件のせいか委員会が無かったのでクラス練習の方に参加する。
内容はムカデ競争だ。
「声だしてくぞーー!!」
「おおーー!!」
二年生は男女別に行われる。事件解決の波及効果で生徒のやる気は凄まじいものになっていた。
駆流は男子の中で率先して声を出しチームを引っ張っている。
例え体育祭が開催できても優勝できなければ例のジンクスにはあやかれない。ようやく本気になったらしい。背中を押したかいもあるものだ。
その熱意は皆に伝わり量をます。というか例のジンクスはだいたいの人が知っているので、「ああ、好きな人がいるんだなぁ」と生暖かい目で見ていた。
と、ムカデの列が足をもつれて転んでしまった。
「いってぇ」
「ちっ」
「めんどくせ…」
クラスとは、言わば強制的に組まされたチームだ。だからどんな状況でも一貫になるということはないのかもしれない。やる気の波に乗れない連中も一定数いる。
駆流の件がなければ俺もきっとそっち側だっただろう。
それでもつっぱるのも面倒で、自分の役割くらいは無難にこなすのだ。
体育祭を中止にしようなんて奴はまず現れない。
だというのにどうして武藤先生はあんなことをしたんだろう。それが小骨のように喉につっかえてどうにも吐き出せなかった。
「だいじょぶか?」
「え、うん…」
駆流が転んだ生徒を励ましている。
「ちょっと休憩しようぜー」
元根暗の甲斐性か、その辺りにも目端がきくのだろう。
俺は転んで汚れた足を洗いに水道に向かった。
そこに見知った人物がいた。
副委員長の大浦先輩だ。
「片倉君…先生を背負い投げで退治したってほんとなの?」
どこでそんな話になったのか詳しく聞きたい。
しかしすっとんきょうな事を話す先輩の顔はどこか浮かないものだった。
「何かあったんですか?」
「……武藤先生は…私達柔道部の顧問なの…」
ああ、そういうことか。
「あの、俺は…」
「いいの、気にしないで。貴方は正しいことをしたんだもの。でも腑に落ちなくて…」
「何がですか?」
「先生はとてもいい人で、真面目で、あんなに体育祭に乗り気だったのに…どうしてだろうって」
動機は俺も気になっていた。ただ先生の個人的な理由など推察できる筈もないだろう。
「それにおかしいと思うの」
「おかしい?」
「事件が起きてから倉庫の鍵は先生が管理していたわ。それなのにまた倉庫で何か壊されたら一番に疑われるのは先生の筈でしょう?」
確かにそうだ。一度目は倉庫、二度目は教室、そして三度目は倉庫に戻っている。
だが体育祭に使う殆どの備品は倉庫にあるのだ。破壊したいならどうしても手を出さざるをえない。
「私が部員だから先生に偏見を持っているだけなのかしら?」
「いえ、筋は通ってると思います」
「そう…、ありがとう。話せてなんだかスッキリしたわ」
先輩は笑顔を見せるがまだぎこちない。
「大浦ーー!」
先輩を呼ぶ声。見ると戸沢委員長だ。
「片倉君、カポエィラで先生とやりあったってのは本当かい?すごいね」
さすがにそれはおかしい。
「それデマですよ」
「ははは、だろうね。大浦、そろそろ練習再開だよ」
「うん」
大浦先輩は校庭へと走っていった。
「彼女の言うことにはあまり耳をかさない方がいい」
すると委員長が突然そんな事を口走った。
「大浦はね、武藤先生が好きなんだよ」
「え?」
え?
「好きって、あの好きですか?」
「体育祭のジンクスは知ってるかい?」
「はい」
「大浦はそこで先生に告白するきだったみたいだ」
「えーーーー!?」
衝撃の事実だった。そんな漫画みたいなことが身近で起きていたとは。もしかしてそれを察して先生は体育祭を中止に?さすがに荒唐無稽か。
「まあ、今となっては無理だろうけど」
「先輩は先生が犯人だと思いますか?」
「君は違うのかい?」
「いえ、それは……」
「実際証拠は上がってるからね…ただ…」
「ただ?」
「犯人は一人とは限らないだろ?」
それを聞いてはっとする。そりゃそうだ。
「まっ、実行委員長としてはこれで終わって欲しいけどね」
そう言って先輩も走って去っていった。
事件は終わったのか、そうじゃないのか。
明るみにでなければ事件にはならない。それを人は平和と呼ぶのかもしれない。
一抹の不安を残して今日も一日が過ぎていく。
その日の夜、もう一度犬になって倉庫を見張ってみたが結局何も起こらなかった。




