犯人探し
この日の実行委員会議は物々しい空気の中行われた。
毎年使っていた体育祭用の看板と入退場のゲートが無惨な形で見つかったのだ。
「誰がこんなことを…」
二年リーダーの相馬が苦虫を噛み潰したような声で呟く。
誰がやったのか。
それらは体育祭用の第2倉庫に保管されていて普段は鍵がかかっている。
鍵は普段職員室で管理され、誰もいなくなった夜中は在中の用務員が見回りをしているらしい。
俺にわかるのはこれくらいで犯人に至るような証拠は特にない。
「犯人はわかったんですかー?」
一年生の中から声が上がる。
「あまり大事にはしたくないんだ、警備を強化すれば再発は避けられるしね」
「でも、これって器物損壊罪ですよね」
ざわざわっと教室内がざわめく。
「お前ら、静かにしろ!」
武藤教師のいかつい一声が響く。
「そういうことは俺達教師が担当する、お前らは委員会の仕事に専念しろ」
とはいえ気にするなと言われれば気になるのが人のさが。噂に戸はたてられない。
「壊されたものはどうするんですか?」
「いちおう無くても問題ないけど、工芸部に修理を依頼してるよ」
苦心しつつテキパキと返答していく委員長。
「という訳で今日は他にも壊されたものがないかチェックしようと思います」
半数が教室を出て倉庫に向かう。もう半数は残って当日までの役割分担を決める。
俺は倉庫組に配属され廊下をいく。船頭は大浦副委員長だ。
「誰がやったんだろ…」
「お前か?」「ちげーし笑」
やはり話題は破壊事件のことでもちきりだ。
「なんかミステリー小説みたいだね」
葛西さんが隣で呟く。
「冗談じゃねぇよ」
相馬がそれに毒づいた。この事態に相当憤っているらしい。
だが味気ない日常で事件が起きたことで興奮している奴も中にはいるようだ。
「ミステリーなら怒ってる人は大概殺されちゃうからねー」
殺人事件じゃねーよ。
それでもまだ話を続ける葛西さん、以外と胆が据わっているのかもしれない。
「でも警備を強化するって言ってたし、大丈夫でしょ」
大崎が相馬をなだめるようにフォローする。
「第一発見者が犯人て線もあるよね」
第一発見者か……そういえば誰が見つけたんだろう。
「誰でもいい、俺達の体育祭を邪魔する奴は絶対許せねぇ」
「犯人の動機はなんなんだろう、SNSに喧伝するような書き込みは無かったんだよね」
葛西さんは自己顕示欲の暴走説を検証したらしい。というか仕事が早い。
「体育祭が嫌だとか?」
「クラスのオタクどもか、卑怯なことしやがって、来るなら直接こい!」
言われてるぞ駆流……。
「こらそこ、口じゃなく手を動かしなさい!」
常套句でしかられる相馬達、俺は喋ってないから大丈夫、大丈夫だよな?
今俺達がいるのは第二倉庫、校庭の隅にあり見はらしは悪くないが逆にここまで警備はこなさそうだ。監視を掻い潜って潜入するのはそう難しくないのかもしれない。
探偵気分に浸りながら備品を触っていく。
ハードルや棒倒しの棒など不備がないかチェックする。
「ん…」
綱引きで使う太い綱に触れたときなんだか違和感がした。
鍛冶師になってからというもの、物体の構造がなんとなくわかるようになった。
その感覚にしたがってよく調べてみると、見つかった。
「大浦先輩、これ」
副委員長を呼んで品を出す。
綱の中央には勝敗を分かりやすくするためにカラーテープが巻かれている。
それを剥がしてみたところ、中が切れかかっていた。
「これは…大変ね」
もし力いっぱい引っ張っている最中に綱が切れでもしたら、均衡が一気に崩れて左右にふっとんでしまうだろう。
頭でもうったら目も当てられない。
他の綱も確かめてみたが切れ込みが入っているのは最初の一本だけだった。
「よく見つけられたな、すごいぜ片倉」
「たまたまだよ…」
相馬が労いの言葉をかけてくる。
「本当ね、ありがとう」
「いえ…」
大浦先輩にも誉められた。第一印象は厳しそうだったが笑顔は柔らかいものだった。
それ以外は特に問題はなく俺達は教室に戻る。
「それにしても、今回のは悪質ね。下手をしたら入院者が出てたわ」
確かに本番中に大怪我を負う人が出たら、そこで体育祭が中止になってもおかしくない。
最近はそういうのに煩いイメージがあるし、練習中でも危ういだろう。
教室に戻るとトイレで不在の大浦先輩の代わりに二年リーダーの相馬がこの事を報告する。
再び実行委員会には不穏な空気が立ち込め始めた。
「これ、やばくね…?」
「なんで?」
「だって綱だぜ?」
「だからなんで?」
ザワザワザワ……。
「静かにしろ、今日はとりあえず解散とする。それと今回起こったことは委員会だけの秘密にする。先生達が判断するからみだりに人に話すんじゃないぞ」
「………」
「返事は?」
「はい…」
とはいえ話が広まるのも時間の問題だろう。
「鍵はどうした?」
「大浦が、まだ戻ってきてないですね」
「そうか、いちおう鍵は俺が預かっておく」
次の日登校してみるとやはり話題は昨日のことで持ちきりだった。
「おい曜、なんかいろいろやべーらしいな」
早速、駆流が話しかけてくる。
「お前が看板壊した犯人を綱でグルグル巻きにしたけど結局斬られたんだって?」
なんかいろいろ間違っている。
「体育祭が中止になるとか言ってる奴もいるしよ…」
「そんな話は出てないが」
こいつは告白の事もあってなにかと不安なんだろう。
それくらい自力でやれとも思うが、こいつにとっては一世一代の大勝負だ。背中を押すなにかがほしいんだろう。
警備を強化すると言っていたしこのまま何もなければいいのだが。
しかしやはりというか今日の会議でも問題は露見した。
一年生の教室にあったムカデ競争の縄がズタズタにされていたのだ。
「犯人はわかったんですか?」
「今調査中だ」
相馬の質問に武藤教師が簡潔に答える。人によっては片手間にも感じるだろう。
「手がかりとかないんですか!」
「お前らは自分の仕事に専念しろ」
相馬はくってかかるが軽くあしらわれる。
「やっぱ納得いかねぇ!」
会議の後相馬の憤りは爆発した。
「俺達で犯人を見つけようぜ、俺達の体育祭は俺達で守るんだ!」
その提案に何人かの生徒が集まる。
「でも、どうやって?」
「それは……夜中にパトロールするとか」
「さすがにそれは…」
「夜はちょっと…」
「おいおい、実行委員がそんなんでどうする」
「そうよ、このままだとほんとに中止になっちゃうわよ」
「それは…」
「教師に無断でやったら怒られるんじゃ…」
賛成派は蠣崎など少数にとどまっている。
「片倉、お前はどう思う?」
「え?」
すると突然帰ろうとしていた俺に矛先が向いた。皆の視線もいっせいにこっちをむく。背筋を冷や汗が伝った。
「…き、聞き込みとか?」
「それだ!」
適当に言ってみたのだが、なんか肯定された。
「俺達は事件についてなにも知らなすぎる、まずは状況を把握しないとな」
その言い分に一同が頷く。
「大勢で動くとばれちまうから少数精鋭でいこう、俺と後は……」
「はい!」
真っ先に立候補したのは蠣崎だ。こいつ相馬が好きなのか?
「よし、大崎、今日は部活休むって先生に伝えといてくれ」
「私もね~」
「あ、うん…」
この三人同じ部活だったのか。
「それじゃ行こうぜ片倉」
「は?」
俺は行くとは言ってないんだが?
ていうか蠣崎にメッチャ睨まれてるんだが?
すごい怖い。
「なんだ、用事でもあるのか?」
「あんたも実行委員なら付き合いなさいよ、相馬君が誘ってるんだから」
お前どっちがいいんだよ。二人きりになりたいけど断るのは許せないってか?複雑な乙女心かよ。
「三角関係キターー」
葛西は涎をふけ。
なんだかんだで三人で廊下をいく。
とはいえ俺は二人の後をついていくだけだが。
用務員室につくと初老の男性が応対してくれた。
「あの、実行委員なんですけど、事件があった夜の事を聞きたいんです」
「なんだ、刑事ドラマみてぇだな。いいぜ、なんでも聞いてくれや」
以外と陽気なおじさんのようだ。
「ええっと、まずは事件についてどれくらい知ってますか?」
「なんかいろいろ壊されてたんだってな、確か武藤先生が見つけたって聞いたぜ」
そうだったのか、どうして普段使わない第二倉庫を開けに行ったんだろう。体育祭が近づいてるし別に不思議でもないが。
「じゃあ普段の見回りについて教えてください」
「あー、恥ずかしい話なんだが、普段はさらっと歩いて終わりなんだよな。ただ一時間くらいで校内を一周するんだが倉庫の鍵は毎回職員室にあったぜ、昨日は武藤先生が持ち帰ってたがな」
監視の目を掻い潜り看板やゲートを破壊し太い綱に切り込みを入れ一時間以内に戻ってくる。そんなことが可能か?いや、何回かに分けた可能性もあるか。見つかったタイミングによっては2日以上かけた場合も考えられる。
「そうですか、怪しい人影とか見ませんでしたか?」
「んー、ん、んー?」
なんだか歯切れが悪い。どうしたんだろう?
「ありゃあ、女子のスカートに見えたんだが、最近目が霞んでなぁ」
それが本当なら大きく進展することになるがどうだろうか。
「わかりました、二人は何か聞きたいことないか?
「私はないかなー」
「校内を回るルートは決まってるんですか?」
「一昨日まではそうだな、昨日は変えてみたんだがうまくいかんかったなー」
「それは…ルートをあらかじめ知ってたやつの犯行ってことですか?」
「ははは、なら俺か他の用務員仲間が犯人だな、だとしたらごめんよ」
「そうですか…」
「ありがとうございました」
話を終え俺達は再び廊下をいく。
「けどさ、ほんとに用務員が犯人ならあの人の言うことも嘘かもしれないよね?」
「俺は…あの人は嘘を言ってないと思う」
「そうだよね!疑うよりは信じないと!」
お前はもっと自分を信じろ。
「これからどうするの?」
「そうだなぁ…」
正直さっきの話で犯人を絞れたかというとそうでもない。女子生徒をみたというのが本当なら変わってくるが…。
「君達何やってるんだ?」
「!」
そこにいたのは委員会のリーダー、副リーダーコンビだ。
「先輩達は…買い物ですか?」
その手には大きなビニール袋が握られている。
「ああ、体育祭で使う備品があんなことになっただろ?だから代わりを調達してきたんだよ」
よく見ると袋の中には太い縄が数本入っていた。
「それで、君達は何やってるの?まさか犯人を探してるんじゃないでしょうね?」
「そ、それは…」
「あの、相馬君はただ体育祭を成功させたいって、それだけで…」
「それは私達も同じよ、でもね犯人探しだけがその方法じゃない。私達が騒ぎ立てたら一般生徒が不安がるでしょ?もう体育祭は始まってるの、当日に向けて盛り上げていくのも実行委員の仕事よ」
先輩は練習風景を動画サイトにUPしたりSNSを使ったりといった考えを聞かせてくれた。
なるほどそういう戦いかたもあるのか。
「あんまり周りを疑うのも健全じゃないしね、そういうのも含めて先生達は自分に任せろって言ってるんじゃないかな?」
「………」
こう諭されては相馬も何も言い返せないようだった。




