新たな日々
「そろそろいくぞー」
「ちょっと待ってー」
里美が姿を消してから一週間と少し、俺達はようやくいつもの平穏を取り戻し日常へと帰還しようとしていた。
ただ里美の記憶が消えてしまったのが心配ではあるが。
「何かあったらすぐ俺を頼れよ」
「うん」
正直何ができるでもないが里美の為なら命をかけても惜しくはない。
二人で木漏れ日の中を歩く。なんてことのない日々が今はとてもいとおしく思える。
「おーい、そこの二人~」
そんな二人の一時を邪魔する声が響く。
「おはようさん!」
「おう」
「おはよう、茂庭君」
中学から付き合いのある茂庭 駆流、高校デビューしてパリピになった後も律儀に話しかけてくる。
まあ俺と話してる方が何かと気が楽なんだろう。パリピも片手間ではすまないということか。
適当に会話をしつつ学校へ向かう。
「?」
下駄箱を開けると何かが足元に落ちる。
拾うと手紙のようだった。
「なんだそれ?」
「下駄箱に入ってた」
「まじかよ、ラブレターじゃん!」
「ないない」
「曜ちゃん、ラブレター貰ったの?」
「だから違うって」
それにしてもなんだろう。手紙を貰うなんて初めての筈なのに、この感じは……。
とりあえず手紙は鞄にしまって階段を上がる。
その後、中身を確認した
『車に気をつけて』
なんじゃこりゃ。
差出人の名前もない。
いたずらかなんかか?
「なんだこれ?」
「わからん」
二人で首を捻るが結局なぞなぞの答えはでない。
「下に何か書いてあるよ」
「下?」
里美が口をはさむが、書かれているのは一文だけだ。
「ここ、たぶん何か書いて消したんだよ」
よく見ると確かに薄く、文字の残りかすのようなものがあった。
『…方……きです』
だが薄すぎてよくわからん。
十中八九いたずらの類いだと思うが妙に気になるな。
そして俺の予感は当たることになる。
この日の帰り道実際に事故にあいかけたのだ。
俺は差出人を探そうとしたが手がかりが少なすぎて結局たいした事はできなかった。
もやもやは残るが諦めるしかなかった。
「……てるか、聞いてるか、曜!」
「なんだよ……」
「だから、今度の体育祭だよ。実はそこで俺、告白しようと思ってんだ」
「ほーん、おめでとさん」
「さんきゅー…ってなんでやねん!頼むから真面目に聞いてくれよー」
お前のくそつまらんギャグを聞くこっちの身にもなりやがれ。
「そういうのは陽キャのお友だちとやってくれ」
「いや、お前体育祭実行委員じゃん?」
そういえば知らない間にそんなことになってたな、俺は案外忙しいんだが。
「てか、それとこれとどういう関係が?」
「知らんのか?我が帝陣学園体育祭には優勝した後に告白すると必ず成功するというジンクスがあるんじゃー!」
「それで?」
「だからほら、…ちょちょいと点数を水増ししてさ…?」
「その後、胸はってお付き合いできるのか?」
「いやー、今は正論聞きたくなーい!」
「だいいち優勝した後って、6分の1は成功するじゃねぇか」
「お前にはわからんのよ、ちょっとでも可能性をあげたいこの恋心……あー、待って待って」
「付き合いきれん」
俺はこの後その実行委員の会議があるのだ。色恋話に花を咲かせている場合じゃない。
「ん?」
「どした?」
「いや、今の人、なんか…」
背中にチクッと刺さった気がした。
「あー、ありゃ、佐竹先輩だな」
聞いたことがある、確か去年のミス帝陣コンテストで優勝した人だ。俺も会場にいたからよく覚えてる。
「なんか雰囲気変わったな」
「そーなのよ、まあ今の感じも俺は嫌いじゃあないけどな」
「お前、好きな人がいるって…」
「それとこれとは別だって、先輩は雲の上、アイドルみたいな存在だからな」
確かに俺とあの人ではすむ世界が違うだろう。ましてや恋愛沙汰などあるはずもない。
「んで、佐竹先輩がどうしたのよ?まさか、お前も恋しちゃったのか?」
「アホ」
恋愛脳の友人はほっといてさっさと会議室に向かおう。
「片倉」
廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。聞き馴染みのない声だ。
「どうせだし一緒に行こーぜ」
横に来たその人物を確認する。髪は短めで肌は日に焼けている、見るからに運動部にいそうな体育会系女子。確か同じクラスだったはずだ。名前は…たぶん大崎。
「いやー、まさか片倉が実行委員になるとはね、そういうタイプにみえなかったから」
「自分でもそう思うよ」
「何それー」
大崎はクスクスと笑う。
同じ実行委員ではあるがクラスで目立たない俺にもこうして話しかけてくるあたり、行動力のある人なんだろう。自分でも自負しているかもしれない。正直話すこともないし、沈黙が続くと申し訳ないのでこういう人は苦手だ。
「…片倉ってさー、何部だっけ?」
「帰宅」
「あー、だと思った」
ならなぜ聞いた?
「私さー、陸上の方もあるからこっち顔出せない時あるかもだけど、そん時はよろしくね」
ならなぜ立候補した?
駄目だ、クエスチョンマークが止まらない。やはりこういう手合いは苦手だ。
「でさー」
「そーだねー」
「だからさー」
「わかるー」
「これがさー」
「なるほどねー」
もはや話し半分で相槌をうちながら、なんとか会議室に辿り着いた。
中に入るとクラスごとに決められた席に座る。
「君がFクラスの実行委員かい?」
「そうですけど…」
「俺はEクラスの相馬!体育祭といえば文化祭とならぶ青春の一大イベントだ、一緒に頑張ろうぜ!」
一大イベントなのに並んでるのか。
誰かと思えば隣のクラスの奴か。妙に暑苦しい奴だな。
「わかりますー、絶対成功させたいですよね!」
するとうちの大崎も食いついた。
お前さっきあんまり顔出せないって言ってただろ。
相馬となのる人物もやたらがたいがいい。体育会系同士気があったんだろうか?
「葛西もそう思うだろ?」
相馬は隣にいた女子に話しかける。女子の実行委員だろう。あまり運動するタイプには見えないが。
「私は男子の絡みが見れればそれでいい」
「そうか?女子にも積極的に参加してほしいんだが」
「そーだよー、皆で楽しまなきゃ」
会話が噛み合っていない気がするが、おそらく気のせいじゃない。
この二人にはあまり近づかないようにしよう。
とはいえやはり体育祭実行委員になろうという奴は皆運動部だったり、行動的なやつばかりだ。
中には真面目系の奴もいるが正直やっていける気がしなかった。
「おらー、皆席につけー」
すると黒板の前にジャージを着た熊のような男が立つ。体育教師の一人で、直接授業を受けた事はないが、名前は確か武藤だったか…?
「それじゃあ早速だが委員会を始める。今日は初日だから役職決めと委員会の仕事についてざっくり説明する。んじゃ、まずは各学年話し合ってリーダーと副リーダーを決めてくれ、男女で別れてた方が好ましいな」
「俺がやろう!」
手をあげたのは相馬だ。一番乗りだった。
特に反対意見もなくさらっと決まる。
「あっ、じゃあ女子は私やろーかな?」
次に手を挙げたのは大崎だ。
だからおめーは陸上もあるんだろうが。
でもそういうと帰宅部俺がなんかやらされそうなので黙っておく。
「でも大崎って陸上部も副部長でしょ?大変じゃない?」
と思ってたら同じことを考えてる奴がいた。運命だろうか。
「蠣崎…」
しかしどうやら二人は知り合いらしい。
蠣崎と呼ばれた女子はセミロングの髪を緩く巻いていて、大崎よりも見た目に気を使ってそうだ。
「代わりに私がやるわよ」
「でも…」
大崎は難色を示す。だが蠣崎の提案に不備はない。たぶん。
大崎は答えを迷って視線を泳がせる。すると横で見ていた俺と目があった。
さっきまでのはつらつとした様とはうってかわって沈んだ表情をしている。
そこまで副リーダーになりたいものなのだろうか?
しかしそんな顔を向けられると無視もしづらい。
「どうするんだ、リーダー?どっちもやる気はあるみたいだけど」
とりあえず上司の判断を仰いでみる。
「むむむ、そうだな、陸上部に手伝ってもらう事もあるかもしれないし、大崎にはその時に頑張ってもらいたいな」
「わかった…」
リーダーの弁に渋々といった様子で了承した大崎。
「それぞれのリーダーは決まったかな?」
すると教壇に立って仕切り始める上級生。
「改めて、全体のリーダー、実行委員長を務めます、戸沢です。よろしく」
戸沢となのる男子生徒は眼鏡をかけ、目鼻立ちの整った容姿をしていた。しゃべりもハキハキしていて有能そうだ。モテるんだろーなー。
「かっこいい…」
大崎の呟く声が聞こえた。お前さっきまでの暗さはどこ行ったんだよ。ほんと女子の事はよーわからん。
「副委員長の大浦です」
隣にたった女子生徒は後ろにまとめた黒髪とすらりとした体型が目を引く。なんとなく厳しそうな印象を受けた。
「それじゃあ、大まかな仕事の流れを説明するね。俺は去年もやってるから質問があれば後で受け付けます。……」
という訳でこの日は説明を聞いたあと解散となった。初日だから楽なもんだ。ただ集まりは明日もあるらしい。当分の間これが続きそうだ。
部活のあるものは部室や更衣室に向かい、帰宅部の俺は下駄箱に直行する。
「曜ちゃん」
すると横合いから風の音より聞いた声。里美だ。
「待っててくれたのか、別にいいのに」
「今日はバイトが休みだったから」
「俺もいるぜーって、あからさまにがっかりした顔すんなよっ!」
「こちとら一仕事終えて疲れてんだよ」
「毎度ご苦労様です、片倉社長」
駆流は肩をもみだすがブレザーの上からなのでなんの刺激もない。
「おう、茂庭じゃんか、何話してんだ?」
「相馬、お前実行委員だったのかよー」
急に会話に割り込んでくる相馬。というかこの二人知り合いだったのかよ。
こういう場面に出くわすと駆流が住む世界を変えてしまった事を実感する。
「お前こそ、片倉と知り合いだったのか」
どうやら同じことを考えていたようだ、運命だろうか。
「ぐふふふ」
腐女子、じゃなかった、少し離れた所で葛西さんが不気味に笑っていた。もうこの話はよそう。
「片倉、リーダーって呼んでくれて嬉しかったぜ、今後ともよろしくな」
「あーおう」
こういう気持ちを素直に吐露できる手合いは苦手だ。まったく違う生き物を見ている気分になる。だが少し羨ましくもあった。
「何話してんのー?」
すると大崎までやって来た。なんなの?君ら磁石とのハーフなの?違うわプラスとマイナスは相容れねーもん。所で最近はダブルって言うらしいな。どこもかしこも配慮で大変だ。
「お前さん達、部活は良いのか?」
許容オーバーでおかしな思考に飛んでいた所で、駆流が解散を促した。
「それもそうだな」
「また明日ねー」
離れていく二人。
「悪いな」
「そう思うなら相談に乗ってくれ」
なんだよ、感謝して損した。
「何か困ってるの?」
里美が先を促す、別にいいのに、里美は優しいなー。
とりあえず歩きながら暇潰しにでも話を聞いてみる。
「俺好きな人がいるっつったじゃん?うまくいくと思うか?」
知らねーよ。
「誰の事が好きなの?」
「いや…その…あらたまってきかれると…」
「今さら恥ずかしがってんじゃねーよ!」
なんなんだこいつは…。
「新田さん…同じクラスの」
「へー」
記憶の引き出しを探る。朧気だがそんな人物がいたような気がする。確かあまり目立たないおとなしい感じの子だ。
「お前全然好み変わんねーな」
「うるせぇ」
こういうところを見ると中身は変わってなくて安心する。
「だけど、もうただ見てるだけの俺じゃないんだ、今度こそ告白したいんだ」
「ほー」
それでもこいつはこいつなりに変わろうとしているんだ。
友達としてそれは素直に応援してやりたい。
「どうして今回はそこまでやる気なんだ?」
「お兄ちゃんって呼ばれたんだ」
「は?」
「これはほれてまうやろーー!!」
「あー、イケルイケルー」
「なんだよそのやる気のない肯定は!?」
意味がわからないので、知恵袋にでも相談してほしい。きっと解答は日本語喋れとかだろうが、友達が正気に戻るならショック療法も致し方ない。
「違うんだって、新田さんお兄さんがいるらしくて、間違って呼んじゃったんだよ。その後の恥ずかしがってる顔といったらもう可愛くてさー」
「そうか、俺はてっきり同級生を妹にしたい変態なのかと」
「そんな訳ないだろー。まあ、悪くないとは思うが」
「悪くないのかよ。付き合えてもぜってー呼ばせるなよな。そっこーで別れることになるぞ。なあ、里美?」
「そうだね。…曜…お兄ちゃん…?」
「……これは惚れるな!」
「だろ?」
しかしこんなふざけた話もできなくなる事態が訪れるなど、この時の俺は想像もしていなかった。




