春
先輩の移動魔法で遺跡まで直行する。昨日と同じように儀式をこなし塔に登る。
そして迷路の部屋へとやって来た。だがこの前来たときとは形が変わっているようだった。
だとしても例の攻略法なら問題ない。
右側の壁を見ながら進んでいく。
左右を囲む壁は高く上れそうにない。天井には不思議な模様が描かれていてそれが輝き日の差さない室内を照らしている。
曲がり角、曲がり角、また曲がり角。そして気づいた。
「行き止まりがない…」
普通、迷路は行き止まりを繰り返して正しい道を選んでいくものだ。
まさかずっと正しい道順を選べている?
現実的じゃない。
迷いを圧し殺しながら足を動かす。それでも立ち止まる事はできない。もう時間がないのだ。
「待って」
後ろから袖を引っ張られる。
「何か聞こえる」
何か…?
落ち着いて耳をすませる。確かに一定間隔で音が響いてくる。これは……足音?
俺達以外にも誰かいる?
相手が人ならいい。だがそれ以外なら。
先輩を後ろに下がらせて背中の剣を抜く。
コツン コツン コツン。
足音は徐々に近づいてくる。俺達の前から。接触は必至だ。
正面には曲がり角。剣を構えながら息を殺す。
そして壁に隔たれた向こう側、しかし鮮明に見える距離で音が響いた。
現れる影、それに合わせて剣を押し付けた。
ギギィン。
金属が衝突する高音が轟く。
「「え?」」
そこにいたのはよく知る顔。親の顔より見た姿。
出会ったのは、俺自身だった。
「どういうことだ?」
「それはこっちの台詞だ」
自分だが自分じゃないちょっと似てる自分。
まさかこんな経験をする日が来るとは。
ここは時間の流れが狂っている、そういうこともあるのだろう。
「ところでそっちの人は見たことないんだけど」
今喋ったのはヘカテリーヌだ。
こっちとは組み合わせが違うようだ。
「佐竹先輩…だよな?まさかこんなとこで会うとは」
向こうの俺は先輩との関わりがないようだ。
「そっちは今いつ頃なんだ?こっちはもうすぐクリスマスだが」
「高二の6月だな」
「6っ!? なんでそんな早く…」
「てきとうに歩いてたら…」
まじかよ、こっちは何ヵ月も図書館に通いつめたのに…。
まあそのおかげで先輩との距離を縮められたのだが。
『時魔法はそれを望む者を嫌う』
いつかの昔に聞いた言葉を思い出した。
首をふってそれをかきけす。今さら何を後悔するのか。時間はかかったが俺達は確かにここまできたのだ。
とはいえこの先はどうしたものか。
「ここに来るまでに行き止まりってあったか?」
「いいや」
やっぱりここはただの迷路じゃない。やみくもに進んでも意味がないんじゃないか?
「もしかしてそっちのスタートが私達のゴールだったりして」
ヘカテリーヌがそんな事を言い出す。確かに他に出入口といえばそれくらいだろう。まてよ……スタートがゴール……?
「もしかしたら…進む必要はないのかもしれない」
「どういうことだ?」
「昔言われたんだ。『時魔法は望む者を嫌う』だから直ぐに引き返せばいいんじゃないか?」
「でも前に来た時は引き返したよ?」
「あれじゃ遅すぎるんじゃないか?やってみないとわかんないだろうけど…」
「まっ、とりあえずやってみようぜ」
こういう時周りに自分がいると心強い。これで2票。
「私は曜君を信じるよ」
3票。
「しょうがないわね」
全会一致だ。
俺達は別れてもと来た道を引き返す。
入ってきた扉をくぐり、ターンして舞い戻る。また道順が変わっているがそれに惑わされてはいけない。そしてさらにUターン、三度目の扉をくぐった。
そしてさっきまでとは違う場所に出た。
「やった!」
やっぱり俺達は最初からゴールの前にいたんだ。背を向けるかたちで。
そこは今までより遥かに開けたスペース。人数がいれば野球でもできそうな広さだ。
そして反対側に扉が開いているのが見えた。
「急ぎましょう」
俺達は走ってそこまで向かう。そしてちょうど半分を通りすぎた時だった。
「なんだ!?」
ゴゴゴゴゴギゴギゴゴグギゴゴゴヒヒギゴゴゴッッ………。
大きく揺れる地面。
「止まるな、走れ!!」
必ず何か来る。
俺達にとってよくないものが。
揺れに足をとられながらも必死に前へ進む。そしてそれは来た。
壁に埋まっていた巨人がそのビルのような腕を降り下ろした。
「曜君!?」
「先に行ってください!」
なんとか寸前でかわすが風圧と砂煙で視界が悪い。
「いや!一緒じゃなきゃ意味ない!!」
「わかってます!後で追い付きますから、今はっ…!」
先輩は俺を必要としてくれている、それは自惚れじゃない。
二人で未来を歩むと決めたのだ。俺達はもう、どちらか一人では駄目なのだ。
再度、巨人の腕が降り下ろされる。視界の端で先輩が扉をくぐった。
これを退けさえすれば……。
「後ろーーー!!?」
微かに声が聞こえた。
ぐちゃ。
ガバリ。
暖かい日差しに寝ぼけまなこをやかれて身を起こす。
ジリリリリリリ。
隣で目覚まし時計がけたたましく鳴り響いている。どうやらこいつが心地よい眠りを妨げた犯人らしい。
俺は復讐を果たすべく時計の頭部を強めに叩く、それで音は鳴りやんだ。
日付は4月1日。二年の始業式は明後日で今日は休日、だというのに目覚ましをきるのを忘れていたらしい。
とはいえ意識は未だまどろみの中にいる。
もう一度惰眠を貪るべく俺はベッドに横たわる。
そういえば何か大事な事を忘れている気がする…。
しかし春の心地よい日差しに包まれて、風に舞い散る桜の如く夢の中に落ちていくのだった。




