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遺跡

そして季節は11月。リセットまで残り二ヶ月をきった。

今日もいつもの通りに図書館にやって来た俺達の目の前には一冊の本が置かれている。

タイトルは『古代魔法の消失についての考察』。

10万冊あった古代魔法の書籍の最後の一冊だ。

まさかこんなことになるなんて思っても見なかった。

ここに至るまで時魔法についての記述は見当たらない。この一冊にもそれがなかったら俺達はここに来て手がかりを完全に失うことになる。

そっと表紙に触れて本を開く。

とはいえ俺達に立ち止まることは許されない。

なれた手つきでページを捲っていく。俺の速読も熟練度があがり、これくらいなら5分もかからないだろう。

そうして最後のページをめくり終えた。つまりそういうことだ。

「曜君…」

先輩の悲痛な呟きに首を横にふって答える。

俺達は頼るものが何もなくなってしまった。

「くそっ」

憤りを机にぶつける。閑静な館内に鈍い音が響く。

「お客さま」

役員が咎めようと声をかけてくる。だが今の俺にはどうでもいいことだった。

「こちらへお越しください」

なんだろう、警察を呼ぶのだろうか。逃げないように奥に連れ込むつもりなのか。

逃げ出す算段をつけていると、どうも俺の予想は的はずれであることに気づく。

通されたのは表と同じく本に囲まれた空間。

だがここのは一つ一つ丁寧に保管されているようだった。

「これらは劣化が酷かったり、貴重だったりして一般には公開されていない書物達です。御二人は熱心に調べものをしていらっしゃるようなので、館長の計らいでこちらを開放することにいたしました。くれぐれも取り扱いには注意してください」

想像もしていなかった事態に俺も先輩も反応が追い付かなかった。

だが次第に状況を飲み込み顔がほころぶ。

「「ありがとうございます」」

「入退室の際は声をお掛けください」

俺達は手袋とマスクをつけてさっそく手をつけ始めた。

所々読めない部分もあったが細心の注意をはらってページを捲り続けた。

そして一ヶ月程がたった時。

「曜君!」

先輩の歓びが滲んだ声が響く。

急いで彼女の元へ急ぐ。

そして手元にある本をのぞきこんだ。

『時魔法のありか』

確かにそう書いてある。

「先輩…」

「…うん」

二人でページを捲っていく、そこにはこう綴ってあった。

『その秘術、封印せしものを開闢の祠に奉じる』

「開闢の祠…」

その言葉は今までも何度か出てきた。

場所もなんとなく把握している。

だがそのためには町の外にでなくてはならない。モンスターの蠢く外に。

「行こう、曜君」

先輩の手が俺の手の上に重ねられる。

「先輩だけは死んでも守りますから…」

「駄目」

即行で否定された。

「私一人生き残っても意味無いよ…」

重ねられた手にぎゅっと力がこもる。

その通りだ先輩を置いていってはいけない。それでは今までと変わらない。

俺は先輩と未来を生きたいのだ。

「行きましょう、二人で」

お互いの手を握りしめ胸の前に持ってくる、その温もりに誓いあった。

一週間ほどかけて入念な準備をしたのち門外に出る。他の冒険者に協力を依頼しようとしたが、ヘカテリーヌ含め何やら忙しくしているらしかった。

その後はとにかく走る。

モンスターにであってもただただ走り抜けた。

途中でトラップにひっかかったりもしたが、二人で協力してなんとか切り抜けた。

こうしてやっとこさ目的地までたどり着く。

「ここが…遺跡…?」

石畳は所々禿げ、目につくものといえば数本の石柱と屋根のない崩れかけの建造物ひとつくらい。

思ったよりずっとこじんまりとした場所だった。

だがここが大昔に作られた場所であることは疑いようがない。

その証拠に今まで追いかけてきていたモンスターがパッタリ見えなくなった。何かの力が働いているのかもしれない。

もうあまり時間がない、さっそく遺跡の調査を開始する。

とはいえ見るものもあまり多くない。変な模様がかかれているだけで後は見たままの場所だ。

半壊した建物の中には登れそうな階段があるがこれも途中で崩れている。

もしかしたら崩れる前は塔のような造りでもっと高いところまで行けたのかもしれない。

石畳の下に何か埋まってないかと石板をずらしてみるが、特に何も見当たらなかった。

いろいろ探したが結局何も見つからない。

この場所に時魔法が封印されたのは大昔だ。もしかしたら現在に至るまでに、既に持ち去られたか、あるいは消失してしまったのかもしれない。

「ふー」

額に浮かぶ汗を拭いながら大きく息を吐き出す。

ふと先輩を見ると例の建物の壁を凝視していた。

「どうしたんですか?」

「この模様、どこかで見たことない?」

「?」

壁に描かれた模様。不規則で意味はわからない。だが、言われてみれば確かに見覚えがある気がする。

だが何万冊と読んだ書籍の記憶が邪魔をしてなかなか思い出せない。

「わかった、小冊子よ、お婆ちゃんの!」

「!」

あの子供向け雑誌の付録にでもありそうな冊子か。正直あまり覚えてないが、先輩がそういうのなら疑う理由はない。

「やっぱり、何か関係あるのか」

その線で再び遺跡内を見て回る。

「これ、使えないかしら?」

先輩が指差したのは石柱の一つ、全部で5つあるが、完全に残っているのは3つ。現しているのはおそらく自然世界の象徴。水、木、先輩の目の前にある火。

そして例のおまじないは火を扱うものだった。

ものは試し、他に手がかりもない。できることは全部やろう。

紙に戻りたい時間を書く。詳しい時刻はわからないので『ここが現役だった時代』とした。

二人の髪の毛を一本ずつ挟んで石柱に乗せる。

回りを三周してから呪文を唱えた。

「「モドレドレドレモドレドレ」」


…………………。


……………。


………。


「何も……起こらないか」

「……」

半信半疑ではあったが、思っていたよりショックだった。

これからどうすれば良いのだろう。

祈る気持ちで天を仰いだ。

そして見えた。

「!!」

さっきまで途中から崩れていた塔が、完全な威構を取り戻していた。

天を貫かんとする猛々しさにしばし唖然とする。

「すごい…」

先輩と目配せしうなずきあうと塔の中に侵入した。

さっきまで崩れそうだった階段を登っていく。

てっぺんまでくると扉が一つ待ち構えていた。

その奥は白く輝いていてうかがい知ることはできない。

だがここまで来て退き下がる気など毛頭ない。

先輩と手をつないで同時に光の中に飛び込んだ。

続いて立ちはだかったのは三方に別れた道。おそらく迷路状になっていると思われる。

「どうする…?」

「こういうのは壁に沿って進めばいいんですよ」

迷路の壁の内側は常に一筆描きになっているので道ではなく壁に合わせて進めば、遠回りはしても必ずゴールにたどり着ける。上とか下に行かなければだが。

ふと時間が気になり右腕の時計を見た。

「!!」

短針も長針も絶え間なく回り続けている。

ここは時魔法を封印した神殿のような場所だ。時速も一定ではないのかもしれない。

「いったん戻りますか?」

気づけば半日以上動きっぱなし。

そろそろ日も暮れる頃だ。

「そうだね」

俺達はいったん塔を出て、先輩の移動魔法で王都まで帰った。

「お帰りなさい、今日はお鍋だよ」

家につくと里美が出迎えてくれた。

「最近寒いからなー」

「何か手伝おうか?」

「いえ、もうすぐなので席で待っていてください」

鍋を持って席に向かう。

香しい臭いが鼻腔をくすぐる。

「「「いただきます」」」

「じいさんは?」

「ちょっと体調が悪いみたい」

そうか…、あの人ももう年だからな…。

まあ年甲斐もないじいさんだし性欲が湧けばまたひょっこり出てくるだろう。

「うまいな、これ」

「そのお野菜、先輩が育てたんだよ」

「えっへん…フフ」

先輩はアパート裏手の小さい畑で野菜やフルーツを育てている。

お祖母さんに教わったのか作業する姿はいたについている。

「里美ちゃんもこのお出汁、市販のじゃなくて自前なんでしょ?」

「私というか…曜ちゃんのお母さんに教わったもので」

うむ、我が家の味といえばこれだろう。この香りを嗅げばそこが実家だ。

「里美ちゃんの方がすごいよ」

「先輩の方がすごいです」

「里美ちゃんが」

「先輩が」

「里美ちゃん」

「先輩」

鍋に舌鼓をうっていたら何やら不穏な空気になっていた。どういうことだ。

「曜ちゃん」

「曜君」

「「どっちの方が美味しい!?」」

「ええ…」

身を乗り出して訪ねてくる。どうしてこうなった…。

「ええっと」

じー。

二人とも真剣な眼差しだ。これは俺も正直に答えるしかあるまい。

「里美かな…」

「ほんとに?」

「う、そ…」

やはり母親の味に勝るものはない。

「今度先輩にもお教えしますから」

「うん、頑張る」

先輩は里美から料理を教わっているらしく最近メキメキと腕をあげていた。

「そうだ、今度のクリスマスなんだけど、私ちょっと用事があるから家を空けるね」

「一緒にいられないの?」

「すいません、友達に誘われちゃって」

てへへ、と申し訳なさげに笑う里美。おそらく俺達に気を使っているんだろう。

「初詣は一緒に行こうね」

「はい」

締めに雑炊を食してそれぞれ解散となった。里美はそれをじいさんに持っていくそうだ。

俺は癖になってしまった日課の読書をしながら夜を過ごしていた。

コンコン。

「どうぞー」

扉を開けて先輩がはいってくる。

そしてベッドに寝転ぶ俺に覆い被さってきた。

頭を撫でると頬擦りしてくる。

胸の奥が暖かいもので満たされ自然と顔がほころぶ。

そのまま俺は本に目を落とす。

言葉を交わさなくてもお互いを感じられる。

「初詣…行けるといいな…」

ふと先輩が呟く。

リセットは年を越すと4月1日に戻される。先輩はもう何十年も正月を迎えられていない。

その言葉以上に重い意味を持っている筈だ。先輩の肩は震えていた。

「行けますよ」

もう一度頭を撫でる。すると今度は手を押し上げてきた。先輩の顔が至近距離に見える。それでも止まることはなくやがて唇がぶつかる。

「ん…ん…」

世界の全てがその一点に集束する。

世界の全てが先輩になる。

無駄な思考は消え去り、ただその甘美な感触を貪るようにお互いを求めて唇を這わせる。

心臓は活性を増し血液が下半身に集まり衣服を持ち上げる。

先輩の細い指先が肌をなぞりながら下がってくる。

敏感になった器官を刺激しようというのだろうか。

そしてズボンの中に侵入する。

「明日も早いですし、もう寝ましょう」

先輩を持ち上げて名残惜しいが口先を離す。

そのまま立ち上がって部屋の電気を消した。

「そろそろ…二人きりの時は敬語はやめて欲しいな…?」

耳元でささやいてくる。視界が悪いので、耳が敏感になっている。くすぐったい。

「先輩が卒業して先輩じゃなくなったら、そうしますよ」

照れ臭くって暗闇に逃げ込むように誤魔化した。

横になった後もう一度口づけを交わして、お互いの吐息を聞きながら眠りについた。


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