文化祭
夏休みが過ぎて9月になり、先輩のお婆ちゃんは例年通り亡くなられた。先輩が法事で実家に帰り、そして戻ってきて、10月になって世間は冬支度を始めるころ。
わが帝陣学園は文化祭の真っ最中だった。
「こっち、マヨネーズ足んないんだけど!」
「誰か向こう手伝ってぇ!」
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
普段は堅苦しい教室も今はメイド喫茶に早変わりだ。
まあ俺は普段とたいして変わらず目立たない裏方でせこせこホットケーキを焼いているのだが。
「曜、そろそろ時間だぞ」
「いまいく」
メイド姿の駆流が呼んでくる。俺はエプロンを脱いで次の当番の人に代わって貰った。
「似合ってるぞそれ」
「うるせぇ、お前ばっか楽してんじゃねぇぞ」
「良かったじゃんか、青春(笑)っぽいぞ」
「他人事だと思いやがって…」
「お待たせ」
里美も遅れて合流する。
やはりフリフリのメイド服を着ている。二人は宣伝を兼ねているのだ。
「メッチャ似合ってんじゃん、やっぱこれだよなー」
「ありがとう、茂庭さんもかわいいよ」
「くー、俺の中で何かが目覚めそうだぜ!」
「そうか、警察の世話にはなるなよ」
「お待たせしてすみません、ご主人様」
「お、おう、いやご主人様じゃねーけど」
里美はスカートの裾をちょいと摘まんで恭しくお辞儀をする。それはお姫様の作法じゃねーの?よく知らんけど。
とはいえメイド服に身を包んだ里美は普段の3倍程輝いて見えた。
「伊達さんもミスコン出れば良かったのに」
「私なんかじゃ無理だよ」
ミスター&ミス帝陣コンテスト、なの通りこの学校で一番の美男美女を決める大会だ。男の方は知らないが女子は現在2年連続で佐竹先輩が優勝している。
「それにしても佐竹先輩の復活っぷりはスゲーよな、半年前なんか3連覇は絶望的って言われてたのに」
「まあ見てみればわかるさ」
現在そのコンテストの決勝戦が行われている。その会場に俺達は向かっているのだ。
「うわっ、スゲー人だかり」
体育館前にやって来ると既に会場には溢れんばかりの人が集まっていた。
「こりゃ入るのは難しいかもな」
「あれお義兄ちゃんじゃん」
「君は…」
声をかけてきたのは佐竹先輩の妹だった。
「遊びに来たの?」
「うん、お義兄ちゃんは…もしかして入れないの?ならこっち来て」
妹の紫澄ちゃんに連れられていくとそこは関係者入口だった。
「良いのか?ここから入っても」
「彼氏なら良いんじゃん?」
まだ誤解を解いていなかったらしい。だがこの際だ有効活用させてもらおう。
「お、おい、誰だよこの子、佐竹先輩に似てね?」
後ろで駆流が騒いでいるが面倒なので放っておこう。
「うっわー、お姉さんスッゴいスタイル良いー、まさかお義兄ちゃんの愛人?」
何を言ってるんだこの子は!
「えーと、私と曜ちゃんは家族みたいなものかな?」
「え!?まさかお姉ちゃんの方が愛人?!」
「いいから、もう行くぞ…」
「愛人?お義兄ちゃん?」
未だに混乱中の駆流を置いて俺達は控え室まで向かう。
そこには先輩とご家族がいた。
「綺麗」
「ああ」
先輩はドレスで着飾っていて、とても同年代とは思えないほど大人びて見えた。
「里美ちゃんも似合ってるわよ」
微笑むと花が咲き誇るように周囲が明るくなる。
「お姉ちゃん、絶対優勝だよ!」
「うん」
先輩は最後にもう一度微笑んだ後、颯爽とステージに向かっていった。
そして宣言した通りぶっちぎりでグランプリに輝いた。
「凄いね先輩」
「そうだな」
里美と並んで壇上を見上げる。
紙吹雪の舞う中、スポットライトに照らされら先輩はこの世の物ではないと思えるほど輝いて見えた。
隣で泣いたり笑ったりしていたのが嘘のようだ。
「キャー!!」
すると男子の優勝者が先輩の手を取った。
会場は歓声で包まれる。
そういう演出なのだろう、そのまま手を引いてステージの中央へと出てきた。
「あーあー、彼氏としてどう思います?」
まあ平静でいられると言えば嘘になる。だがここで騒いだところで先輩の恥になるだけだ。
その後はたいした波乱もなく表彰式は無事終了。俺はクラスの仕事があるのでそのまま会場を後にした。
こうして慌ただしかった一日が終わり来客が次々に校門を出ていった後、学生達の祭りはここから始まる。
後夜祭という名のラストパーティーが始まるのだ。
突然だが、この帝陣学園後夜祭で校庭の中央にて行われるキャンプファイヤーにはとある伝説がある。
夜の7時ちょうどにこの炎を見ながら告ると成功し、さらに未来永劫結ばれるという。
そして3年生にとってはこれがまさに真のラストパーティー。故に最後の望みをかけようと皆決死の覚悟で行動を起こすのだ。
というわけで学年一の座を三年間ほしいままにしつつ未だに彼氏がいないという佐竹紫摺はここぞとばかりに欲にまみれた男どもに言い寄られているのだった。
「ごめんなさい、友達と約束してて…」
「そこをなんとか、5分、1分、いや10秒でいいから!」
既に別の男から同じようなことを10回は聞いている紫摺はこの惨状に辟易していた。
「おいおいやめたまえ、困っているじゃないか」
助けが来た、と天を仰ぐように声の主を見た彼女の顔は一瞬で愕然に歪む。
そこにいたのは今年のミスター帝陣グランプリで優勝した男。
全ての女性が自分に好意を抱いてると思っているような男で、正直苦手だった。
ステージの上で手を引かれた時は背筋が凍るかと思った。
「美しい女にはそれにみあう男が居るものさ、だろ?」
「えーと、君、彼女いなかったっけ?」
「大丈夫、きっとわかってくれるさ」
いや、訳がわからない。
どうしよう全然話が通じそうにない。
助けを求めて回りを見ると遠くから何かが近づいてきていた。
「な、なんだ?」
それはわが帝陣学園が誇るマスコット、ミカドくんだった。
その異様さに呆然としていると着ぐるみは突然腕をつかんで走り出す。
「え!?何?!」
「おい待て、うわっ」
急発進に慌てて男は足が絡まり転倒してしまう。
その隙にどんどん距離を離していく。
ついには完全に振り切って誰もいない教室でようやく立ち止まった。
「はあ、はあ、…あの、助けてくれたの?」
「俺ですよ、先輩」
すると着ぐるみの中から聞きなれた声がする。
頭部を外して露になったのは片倉 曜その人だった。
「片倉君!?」
「はー、あっつ」
下も脱いでようやく見慣れた男の子の姿になる。
「ちょうどいいところにこれが落ちてたんで、迷惑でした?」
「ううん助かった、ありがとう」
「こっからでも見えますね、キャンプファイヤー」
窓際に寄ると陽気な音楽が聞こえてくる。
外には曲に合わせて踊る人影が見えた。
「片倉君は誰か誘わないの?里美ちゃんとか…」
「がらじゃないっすよ」
「よくないぞ少年、青春は一度きりなんだから」
酷い皮肉だ、自分はこの一年を何度も繰り返して来たのだから。
だけど今年は新しいことにたくさん出会えた。
こんな冗談を言えるようになったのも目の前で黄昏る少年のおかげなのだと想うと胸が熱くなる。
「じゃあ先輩、踊ってくれますか?」
「え?」
その少年が手を伸ばしてくる。ダンスのお誘いだ。
「私で…良いの?」
「はい」
少年は目をそらさずに微笑む。普段あまり笑わないので少々ドキッとした。
誤魔化すように手をとり踊り始める。
「けっこう上手いね」
「練習してきたんで」
練習?やっぱり誰かを誘うつもりだったのだろうか。
音楽に合わせて心臓の鼓動は早まり続ける。
肌に触れる彼の手が熱い。
限界に達する寸前、ちょうど一曲が終わりを迎えた。
曲と曲のインターバル。
時刻はちょうど7時になる。
それと同時に曜はひざまずいた。
「俺と付き合ってください」
見上げる少年の目は真っ直ぐ自分に向けられている。
「1年後も10年後もずっとあなたといたいです」
心拍が最高潮まで高まり、瞳からは滴がこぼれ落ち始めた。
「先輩?」
人の最大の弱点は幸せだという。誰もこの幸福感から逃れられない。
最初は断るつもりだった。
いや直前までその決意が揺らぐことは無かったのに。
もしリセットされてしまったら。
この気持ちが世界のどこからも消え失せ、自分の中にだけ残ってしまったら。
ずっとそう思ってきたのに…。
気づけば少年の手をとっていた。
その手を払い除けることなど自分にはできなかった。
そのままきつく抱き締められる。
「先輩、好きです、大好きです」
「私も…大好きだよ」
それはひかれあう磁石のように、お互いを想う気持ちが自然と二人を結びつける。
やがて影は一つとなり、唇が重なった。
もう何も考えられない。ただ熱い唇の感触と愛しい人の存在だけが脳内を占拠していた。
やがて曲が始まり、終わって、また始まり。
最後の曲が流れきった後、二人は教室を後にした。
こうして帝陣学園文化祭は幕を下ろしたのだった。




