帰郷
例のデート擬きの後、先輩はまた今までのそっけない態度に戻ってしまった。
里見も悲しそうだ。
しかし今はただやるべきことに集中するだけだ。
進展と言えば、俺は『速読』のスキルを手にいれた。
一定の期間中に本をたくさん読むと手にはいるらしい。
ただ同じく隣で本とにらめっこしていたはずの先輩は会得できなかった。
速読は特技系のスキルなのでもしかしたら先輩は相性の悪い魔法系の適正なのかもしれない。
そのせいで意図せず時魔法を使ってしまったのだろうか?
「そういえば、こうなったきっかけって思い当たりません?」
読み終わったタイミングをみて話しかける。
こういう話題でもないと最近は会話もままならない。
「…今年の9月頃、祖母が亡くなったの」
思ったより重い話になりそうだ。
今年、ということはその出来事も何度も繰り返しているのだろう。
「祖父も先に亡くなっていたから住人のいなくなった家を売り払うことになって、それで倉庫を片付けている時に、見つけたの」
「見つけた?」
「おまじないの本、その中にあった時を戻すおまじないを使ってみたの」
「それが原因?」
「どうかしら、ただの子供向けの小冊子よ。バカみたいよね、高三にもなって…」
「お祖母さん、好きだったんですか?」
「うん、大好きだった…」
きっと優しい人だったんだろう。甘える先輩の姿が思い浮かんだ。
そしてゴールデンウィークが過ぎ、6月、7月が過ぎ、夏休みになった。
先輩は一時、親ごさんと一緒に実家に帰ることになった。例のお婆ちゃんのところだ。
「ごめんなさい」
「しょうがないですよ、こっちは俺に任せていっぱい甘えてきてください」
「貴方私のことをなんだと思ってるの…、それより夏休みぐらい貴方も羽をのばしなさい」
「大丈夫ですよ、特にすることないですし」
「あのね…、里美さんもそう思うでしょ?」
「曜ちゃんのしたいようにするのが一番だと思います」
「はあ…、もういいわ」
溜め息をつきながら先輩は大きな荷物を転がして帰っていった。
「さてと」
早速異世界の門を潜り図書館を目指す。
もうすぐ目標の半分を消化する。このペースなら年内に間に合うかもしれない。
分厚い背表紙の本を手にとって席につく。速読を使えばいつもの倍以上の速度で読み進められる。
目と文字に意識を集中することおよそ10分。百科事典程の書籍も簡単に読了してしまった。内容は殆ど頭に入ってないが。
「って先輩!?」
気がつくと佐竹先輩がいつものように横に座っていた。
「どうして…実家に帰ったんじゃ」
「貴方を働かせて自分は里帰りなんて、そんなことできるわけないでしょ」
「でも…お祖母さんは…」
「良いのよ、もう何度もあったから」
それはそうなんだろうが。
「どうせもうまにあわないし」
そう言って先輩は本に目を落とした。
仕方なく俺も再び席についた。
刻々と時間は進みこの日もまた閉館時間となった。
「先輩、今日何冊読みました?」
「……20くらいかしら」
「嘘ですよね?全然ページ進んでなかったじゃないですか」
何度も席をたち、足を揺すっていた。やはり実家が気になるのだ。
「今さら蒸し返さないで、無駄だから」
「今の先輩ならいてもいなくても一緒ですよ」
「っ…」
「今からでも遅くないんじゃないですか?」
「何よ、私をたすけてくれるんじゃなかったの?なら今はこっちに残るのが正解でしょ!」
「助けたいからですよ、今回助かったら、ほんとにお祖母さんにはもう会えなくなります」
「……もう夜遅いもん」
「明日行きましょう」
そして次の日。
「やだ、いかない」
「……先輩」
案外意地っ張りな人だ。
「どうしてそんなに行きたくないんです?」
「だから、自分だけ休む訳には…」
「俺もちゃんと休みますから」
「ウソつき」
ばれたか。
「じゃあ俺も一緒に行きますよ」
「え」
この応えは予想外だったのだろう、口を開けて停止する先輩。
まあ俺も破れかぶれだったが。
「そんなの、駄目よ。何日かかると思ってるの…」
どうやら先輩の親御さんの実家はけっこうな田舎にあるらしい。
せめて一瞬で移動できればいいのだが。さすがにそんな魔法みたいな事は……。
「そうだ!魔法だ!」
「きゃ!」
先輩は魔法系の適正がある。一瞬で移動できる魔法だってあるかもしれない。
早速異世界図書館にいってみると、時魔法と違いあっさり見つかった。
「何々?」
モンスターの落とす羽からとれるだしを飲む、だって?
「モンスターを倒さなきゃいけないの?」
「いえ、簡単な素材ならその辺で売ってるはずです」
近くの店に赴くとやはりおいてあった。
「5本で3000パニーね」
コインを渡して品物を受けとる。
「毎度あり~」
「お金、大丈夫?」
だんだん財布が心もとなくなってきた、また師匠の剣を売ろうか。
「そういえば最近町の様子が変じゃない?」
確かにみんなピリピリしている気がする。
どうやら聖剣祭で何かあったようだがずっと図書館に籠りきりだった俺達にはなんの事だかさっぱりわからない。
元世界に戻って鍋に水をはって火にかける。
一時間ほど待つとみどりいろに変色してきた。
「これ、飲むの?」
「お願いします」
器に移し先輩に手渡す。
若干躊躇した後勢いよく飲み干した。
ゴホッゲホッ
「ダイジョブですか!?」
背中をさする。
「どんな感じですか」
「なんか…文字が浮かんでる」
「それが呪文です読んでください」
「ほんとに?」
「?、じゃなきゃ使えませんから」
先輩はなぜか躊躇しているみたいだった。
「…えーい、しょうがない」
先輩はげきをいれると呪文を唱えた。
『我こそは翼の主 今こそ星天を越え飛翔せよ』
すると世界が紫に輝いた後、気づけば見たこともない場所にいた。
「ここは…」
「お婆ちゃんの家だわ」
振り替えると昔ながらの藁じき屋根を構えた邸宅がいけたかだかにそびえていた。
「ていうか俺まで来ちゃったんですけど」
「…一緒に行くって言ったじゃない」
それはそうなのだが、俺が教えたのは個人が移動する魔法じゃなかったか?
まあいいか。
ガラララ。
すると家の扉が開いた。出てきたのは白髪の老人だ。
「お婆ちゃん…」
「なんだ、誰かと思えばワシより男を選んだ跳ねっ返りかい」
そう言うとまた家の中に戻ってまった。
思ったより豪気なお婆ちゃんだ。後2ヶ月たらずで亡くなるとは思えない。
するともう一度扉が開いて今度は男の人が出てきた。
「紫摺!」
どうやら先輩のお父さんらしい。
「どうしたんだい、いきなり行かないって言い出したと思ったら…、いや、いいんだ、お金は足りたのかい?」
「うん、ごめんなさい、わがまま言って…」
「むしろたりないくらいだよ、えっと、君は…?」
「片倉 曜といいます、佐竹先輩とはええっと……」
「お付き合いしてるの」
「そうです、お付きあエエエエ!?」
その方がわかりやすいでしょ、と耳打ちしてくる先輩。
「そうか、君が、娘がお世話になってるいるね」
「いえ、こちらこそ…」
こうなったら自棄だ。
「家にお入り、君達どうしてはだしなんだい?」
そういえばいきなりのことで靴を履くのを忘れていた。
水で洗ってから中にはいると暖かい空気がジンワリ漂ってくる。
「紫摺が来ないからお義母さん寂しがっててね、さっきも軒先に紫摺が来てるって教えてくれたんだよ」
わざわざ報せに戻ったのか、どうやらツンデレ属性の持ち主らしい。
居間に出ると先輩のご家族が腰を落ち着けていた。
「どなた?」
その中の一人が、先輩のお母さんだろうか、俺の顔をみて首を傾げる。
「紫摺の恋人だそうだ」
「マジ!?」
大袈裟に反応したのは先輩を一回り小さくしたような少女、妹さんだろうか。
座蒲団から飛び上がって子犬のように走りよってくる。
「ねー、もうキスした?お姉ちゃんのどこが好き?下着の色教えたげよっか?」
「ちょっと、紫澄!」
「せからしか、そげなこと聞くもんでなか」
するとお婆ちゃんの叱責がとんでくる。
「まあまあ、こういうのが気になる年頃ですから」
「おっフォローしてくれるんだ、やっさしー、私とも付き合っちゃう?」
「紫澄、そんなにくっつかないで!」
「焼き餅だ、お姉ちゃんも乙女ですな~」
「まったく、せからしか…」
一通り騒いだ後俺はお婆ちゃんにつれられて家の裏手にある畑に来ていた。
そこで一心不乱に鍬をふる。
「ふん、最近の若いのにしちゃなかなかじゃあの」
普段体を動かしていればこれくらいはできると思うが、これもお婆ちゃんなりのエールなのかもしれない。
「ウチは女ばかりやし、紫信は細っぱりけぇの」
隣では先輩のお父さんも鍬を握っているが、とんでもなく腰が逃げていた。
腕も細いし座り仕事の人なのだろう。
「あの…変わりましょうか?」
「いや、毎年の事だから、たまには体を動かさないと、痛っ!?」
腰を押さえて膝をつく。どうやらぎっくりらしい。
肩をかして近くの椅子まで歩いて向かう。
「まったく、ふがいなか」
「うう、面目ない…」
水筒を開けて渡す。お婆ちゃんは畑いじりに戻ってしまった。元気な人だ。
涼しげな風が火照った体を撫でる。汗が冷えて心地がいい。
見渡すと辺りは山ばかり。初めて来た筈なのに何故か懐かしさを感じる場所だ。
「君からみて紫摺はどうだい?」
不意にお父さん話題をふってくる。もしかしたら二人きりになるタイミングを狙っていたのかもしれない。
「素敵な人だと思います」
率直な感想を述べた。
「最近、あの子は変わった、いや戻ったかな?」
先輩は何十年と同じ時間を繰り返して、全てを諦めてしまった。
家族からすれば突然人が変わったように見えただろう。
「今回も君が説得して連れてきてくれたんだろう?」
「違いますよ、本当は先輩も来たかったんです」
「…そうかい、あの子は優しいからなぁ」
先輩は優しい、周りの期待に応えようとして、辛くても他人を尊重して。
一人で抱え込んで、いや抱え込むしかなくて、壊れないように受け入れて諦めた。
きっと俺の知らない先輩がまだまだたくさんいる。だからもっと知りたい。抱え込んでいるなら一緒に支えたい。
「あの子をよろしく頼むよ」
「…はい」
「いつまで休んどるんじゃ、早ようこっちこんかい!」
「はーい」




