食事とお風呂
それからも俺と先輩の図書館通いは続いた。
学校から帰ってくるとただひたすら本と相対する。
先輩とは一言も交わさずにもくもくとページをめくった。
夜7時になり先輩は帰り支度を始める。俺は里美に作ってもらった弁当を図書館内の決められたスペースで広げる。
「たまには帰らなきゃ駄目よ」
先輩が帰り際そう声をかけてきた。
「帰ってますよ」
「そうじゃなくて、伊達さん一人で食事じゃかわいそうでしょ、貴方も」
一応じいさんがいるが、確かに二人きりにしておくのは不安だ。
「それに貴方が私に付き合う必要もないでしょう。ここを紹介してくれただけで充分だわ」
それは聞き捨てならない。
「貴方は自分の時間を過ごして。他にしたいこともあるでしょう?」
「無いんすよ、これが、全く」
あっけらかんと言い放った。
「俺って趣味とか将来の夢とか前々無いんすよ。だから毎日暇で暇で」
別に先輩に気を使っている訳ではない。それはどうしようもない事実なのだ。
「それに先輩は俺を里美を事故から救ってくれた。だから俺のくだらない時間なら自由に使ってください」
こうしてわけわからん古文書の解説なんかを読み漁っている方がよほど有意義に感じられる。
「そう…わかった…」
そのまま先輩は図書館を立ち去った。
そして次の日。
「貴方の家に泊めて欲しいの」
「え?」
放課後家に来た先輩は大きな荷物を抱えていた。
「その方が効率的でしょ?貴方だけ遅くまで残らせるのは申し訳ないし、もうすぐゴールデンウィークだし」
「い、いや、親御さんは…?」
「快諾してくれたわ、こうなってからは家にこもりがちだったし、迷惑はかけないわ、お金も入れるし」
「え、ええと」
「いいんじゃないかな?」
横で話を聞いていた里美が笑顔で受け入れる。
「人は多い方が賑やかでしょ?」
「…はあ、わかった」
とりあえず空いている部屋に案内する。
「一番離れた部屋にしてもらえる?」
先輩は人と関わるのを極力避けようとする。そうしなければリセットに耐えられないからだ。
それでもこうして入居を決めてくれたのだから多少は心を開いてくれたのかもしれない。
その期待に応えなければと思う。
荷物を置いて今日も里美の部屋から異世界に向かう。
「私にも手伝えることないかな?」
「弁当作ってくれるだけで充分だよ」
「……そっか」
確かに人手は多いに越したことはない。
だが俺はあまり里美を向こうに行かせたくなかった。
里美のいない一週間が、記憶を無くした時の当惑が頭にこびりついていた。
うつ向く里美を背にゲートを潜る。
先輩は何も聞いてこなかった。
今日も今日とてところ狭しと並んだ書物達と格闘する。
これまで500冊程目を通したが、先はまだまだ長い。この日も成果はあげられないまま日が沈んでいく。
晩飯時となりもはや定位置となりつつある飲食スペースで弁当を広げる。
いつもと違うのは隣に佐竹先輩が居ることだ。
内心ドキドキしつつ包みを開ける。
今日のおかずはハンバーグだ。
しばし疲れを忘れ舌鼓をうつ。
「美味しい…」
「でしょう?」
里美の料理はプロレベルだからな。
しかしそれ以降会話はぷっつり途切れてしまう。
こういう時何を話せばいいのだろう。
コミュ力の低さに定評のある俺には東大首席合格より遥かに難しい難問だ。
「進み具合はどうですか?」
「ぜんぜんね」
「そうですよねー」
…………………。
「最近、暑くないですか?」
「そうね」
…………………。
「ずっと座ってると肩こりません?」
「そうね」
「あ、じゃあ揉みましょうか?」
「大丈夫」
……………………。
話そうとしても会話は途切れ途切れになってしまい自分の下手くそさがよくわかる。
自覚していながら特に直そうとは思っていなかったが、ここに来てちょっと後悔した。
結局会話の弾まないまま弁当箱は空になった。
その後は再び読書モードになり閉館時間と同時に退館した。
今日は6時間で40冊。目がショボショボするが全く達成感はない。
これは何か新しい手を考えなくてはいけないかもしれない。
さしあたっては人数を増やすことだろうか。
最初に浮かんだのはヘカテリーヌの顔だった。けれど首をふってかきけす。
あいつには何度も助けられたし、もうすぐ聖剣祭もある。
これ以上迷惑はかけられない。
グラナ師匠はこういうのは好かないだろうし剣を売ってお金にさせて貰っているので無理強いもできない。
こっちに来てまもない俺には頼れる人はいなかった。まあ向こうにもいないが。
そんな事を考えながら廊下を徘徊していると里美と佐竹先輩にでくわした。珍しい組み合わせだ。
「何かあったのか?」
「ううん、一緒にお風呂に入ろうと思って」
「お、お風呂か、ごゆっくりー」
俺はささっとシャワーで済ましてしまったが女の子同士だし積もるものがあるのだろう。
二人を見送ったあと俺は影に潜む何者かの肩を掴んだ。
「離せ小わっぱ、男にはたどり着かねばならん楽園があるんじゃ!」
「戯れ言は俺を倒してからにするんだなクソジジイ」
そして、俺とじいさんの血で血を洗う死闘が幕を開けた。
「そこをどけ!お前だって見たいはずじゃ!一糸纏わぬJk達のキャッキャウフフな光景を!」
長い時を生きてなおこんこんと沸き続ける欲望をたぎらせた男が叫ぶ。
「ああ見たいね、ただ俺は、見られる側の気持ちも考えろっつってんだよ!」
それを若き衝動を押さえ込んで制止する。
そんな男達の戦いなど露知らず少女達はその柔肌を隠す布切れを一つずつ脱ぎ落としていた。
「先輩大人っぽいですね」
「…そう?」
蛍光灯の光を反射して白く輝く肌に黒いレースの下着。均整の取れたプロポーションは女性でも見とれるほどだった。
「いつも引きこもってるからガリガリだし肌も青白いでしょ?」
「そんなことないですよ、私なんてバイトで日焼けしちゃって、お肉もついてますし」
「少しくらいついてた方が男の子は好きみたいよ」
実際、目の前の少女の肉体は起伏に富み男だろうが女だろうが視線を奪われる。
「そっそうですか」
伊達里美は赤面して俯いてしまう。このての話は苦手なようだ。
見た目と違い内面は初で可愛らしいのだなと紫摺は苦笑する。
何十年と年を重ねた自分とは大違いだなと。
そのまま浴場に入り体を洗って湯船に浸かる。
暫しゆったりとした時間が流れた。
「あっあの、問題は解決しそうですか?」
すると慣れない様子で話題をふってくる少女。
またも苦笑する。まるで誰かさんのようだ。
「残念だけど、まだまだかかりそうね」
「そうですか…」
……………………。
「最近、暖かくなって来ましたね?」
「フフ」
「?」
話題の選び方まで同じだ。ついに堪えきれなくなってしまった。
この二人は本当に似ているようだ。二人とも優しい。
こんなやさぐれた私に不器用でも関わろうとしてくれるのだから。
だからこそこれ以上巻き込みたくないと思ってしまう。
「ごめんなさいね、片倉君を借りちゃってて」
「えっなんで曜ちゃんが出てくるんですか!?」
「ちゃんと返すから」
「べ、別に私の物じゃないですし、それに今まで独り占めしてきたと思いますから…」
「そんな事ないわ、これからの時間の方がずっと長いんだもの」
「先輩、なんだかお婆ちゃんみたいです」
「おば………」
佐竹紫摺は絶句する。確かに精神的にはお婆ちゃんと孫くらいの差はあるかもしれないが、直接言われたダメージは想像を遥かに越えていた。
そのまま浴場には沈黙が訪れる。
遠くで犬が吠えるのが聞こえた。
水面がぶつかる音とお互いの呼吸が唇にかかる音だけが耳を撫でる。
このまま湯船を出て眠りについて今日は終わり。そう思って腰を上げようとした時だった。
伊達里美は片倉曜とは一味違っていた。
「先輩、私のおっぱい揉みませんか?」
「は?」




