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始まりの感触

「私、勇者みたいなの…」

昼下がりの穏やかな日差しが心地よい風を運んでくる下校中。

いつものようにどこのユーチューバーがいいだの、近くのコンビニの店員が最低だの俺のくだらない話をニコニコしながら聞いてくれていた《里美》は、今日だけは何故か神妙な面持ちで、生理でも来たのかなと不思議に思っていると、ふと近所の公園に差し掛かったとき、クラスの糞ビッチどもとは違い何の手も入っていなそうなその白く細い綺麗な指先でちょんと、俺の黒い制服の袖を摘まんできた。

そうして二人で公園の中まで入っていく。

回りには幼い頃遊んだブランコやシーソーがきぃきぃと、世代交代した現在の幼児たちによってきしんでいる。きっと俺の親世代もこうやって時を過ごしてきたんだろうなと柄にもなくノスタルジックな気持ちになってみたりする。

そうこうしてるうちにいつのまにか公園の中央までつれてこられていた。

目の前では幼なじみがうつ向きがちに胸の前で手をこまねいている。

自然と年の頃よりも成長した胸部に目がいってしまう。

里美の豊満なおっぱいはクラスの男子の間でもよく話題になる。

その度になんだか黒い感情がもやもやと立ち込めてくるが、クラスカーストの下層を生きる俺に口を挟む度胸はない。

何より彼女は別に俺のものではないのだ。

しかしこれからはそうではなくなる予感がじりじりと俺の後頭部をかけずり回っていた。

ぶっちゃけこれ告白でしょ!?キターーーーー!!!

わずかに上気した頬、汗ばんだ肌。間違いない。

恋愛の知識がドラマやアニメ等しかない俺の直感が猛烈に反応していた。

「あのね…」

ドクンっっと心臓が跳ねるのを感じた。ライト兄弟が初めて大空に飛び立った瞬間もこんな気分だったに違いない。

いや落ち着け、彼女はおそらく今、身体中の勇気を振り絞って俺にその心の内を明かそうとしてくれているに違いない。

ならばその一言一句を聞き漏らさないよう、生涯忘れる事の無いように聞き届けなければ。

「うん…、何?」

俺はニッコリと微笑んで、彼女を真綿で包み込むように、精一杯悪魔で紳士的に彼女の二の言を待った。

「私、勇者みたいなの…」

「もちろんOKだよ!」

「え?」

「え?」

こうして上記の告白が生涯忘れる事の無いよう俺の魂に刻み込まれたのだった。


次に訪れたのは長い長い沈黙だった。

暖かかった日差しも今はむかし、周囲を行き交う子供達の笑い声が何処か遠くのことのように感じられた。。

何か言わなければ、その思いだけが先走るが口下手な俺の喉仏につまずいてしまって声が出せない。

情けないことに再び沈黙を破ったのは彼女だった。

「OKって…?」

だよね!そこ気になるよね!

5分前の俺を絞め殺してやりたい。こんな俺を好きなってくれる人なんているわけないのに。

「OK、じゃなくて、…おけ!やっぱ勇者ならおけ壊さないとさ!」

あまりにも苦しい言い訳。彼らが壊すのは樽とか瓶だろう。

「うん、いっぱい壊すよ!」

しかしそういったゲームに縁の無い里美は俺の言うことに少しの疑問ももたず朗らかにそういいのけた。

だからこそ彼女の口から勇者などという言葉が発せられた事が不思議でしょうがない。しかも自分がそうであるなどと。

小さい頃はそのような遊びをやった気がするが決まって勇者は俺で里美はモンスターであった。

今思い返すととてもいたたまれない気持ちになる。

「えと、勇者ってどういう事?」

「なんかね、そうみたいなの」

返答は的を得ない。普段から間の抜けたところがある彼女は天然さんだとクラスでもっぱら有名だ。

養殖かわいぶりっこ女どもの勘にさわるのかあまり馴染めていないようだ。

物心ついたときから一緒にいる俺にとってはもう当たり前の光景だ。

そのほんわかした雰囲気にいつの間にか俺も落ち着きを取り戻していた。

彼女の隣でなら俺は俺でいられるのだ。

再び俺達は愛しのスイートホームに向けてあるきだした。

「勇者ってことは魔王を倒しにいくのか?」

「うん」

「今レベルはいくつなんだ?」

「まだ1じゃないかな~?」

「じゃあ沢山モンスター倒さないとな」

「うん」

「…俺も付いていこうか?」

「それはダメ」

何故かそれだけははっきり断られた。

そんな話をしているうちに俺達は我が家へと帰り着いた。

同じ玄関を潜り別々の部屋へと向かう。

そこは古ぼけた貸家だ。

住人は俺と里美、後は古ぼけたじーさんだけがひっそりと暮らしていた。

俺は自室の戸を開けると鞄を放り投げ着替えもせずに再び部屋を出た。

悪くなっていた廊下の板を張り替えなくては。

そういった雑事は俺の担当で、家事炊事等は里美の担当だった。

「う~む、思ってたよりがたが来てんな」

役所にもいつから建っているのかわからないという仙人クラスのお屋敷には目に見えるものから見えないものまで様々なトラブルがデパートの陳列台のごとくはびこっていた。

どうやって建っているのかも不思議な位だ。

しかしこれは里美が親から受け継いだ形見のようなもので売る気にもなれない。

仕方なく俺がこうしてせっせと継ぎ接ぎして回っているのだ。

「曜ちゃーん」

汗水かいて労働に励んでいると階下から里美の声が聞こえてきた。

待ちに待った夕食の時間。俺はギシギシと階段を下りていく。

食堂ではエプロン姿の里美が既に卓に着いていたじーさんにチャーハンを口まで運んでもらっていた。

「うまいのー、どうじゃばーさんや?久しぶりに愛し合わんかの?」

「この色ボケじじいが!」

早く地獄に落ちろとばかりに叫ぶが、件のじーさんは聞こえているのかいないのか、フェフェフェと奇怪な笑い声を上げるばかりである。

そんないつもの日常を過ごすうちに昼間の彼女の告白は俺の中からこぼれ落ちてしまっていた。

「また明日ね」

「ああ、また明日」

そんなやり取りをして俺達はお互いの部屋へと入っていく。

夜は適当にスマホをいじりつつ明日の予定をたてる。

明日は休日だ。

溜め込んだ仕事をかたずけるにはもってこい。特に友達のいない俺にとって工具達と向き合う時間は寂れた心を癒す砂漠のオアシスだった。

いつものようにだらだらと過ごした後、いつものように照明を消し眠りに就いた。


異変が起きたのは翌日の事である。

普段なら休日だろうと朝寝坊はいけないと優しく起こしに来てくれるのだが今日はそれがなかった。

まあたまにはこういう日もあるだろうと呑気にしていたが、異変はこれに留まらなかった。

「お腹すいたのー、飯はまだかのー」

「ちょっと待ってろじーさん」

俺はおぼつかない手付きで野菜を切り刻んでいた。

時刻は昼の一時を回ろうとしている。

朝から里美の姿を見ていなかった。

朝食は冷蔵庫にサンドイッチがあったので済ませることができたが、この時間になっても部屋から出てくる様子がない。

それどころか中に居る気配すら感じないのだ。

俺はフライパンを返しながら昨日の出来事を思い出す。

「私、勇者みたいなの…」

そんなバカな、と頭の中で返事をする。

きっと体調でも崩したのだろう。

調理が終わった残り物炒めをじーさんの前に乱暴に置くと俺は直ぐ様里美の部屋へと向かった。

ノブに手をかけると手応えもなく回る。

里美は無用心にも普段から鍵をかけていなかった。だからといって勝手に入ったりはしなかったが。今回ばかりはそれどころではない。

「里美、大丈夫かー?」

やはり返事はない。

思わずノブを握る手に力が入る。

「入るぞ」

勢いよくドアを開けた。

中はもぬけの空だった。

心臓がドクンっと跳ね、そのまま早鐘を打ち続ける。

思わず胸を掴むがそれで動悸が収まるわけもなく、無力な指先からは力が抜けていくばかりだ。

玄関に靴があるのは確認した。外には出ていないはずだ。

フラフラと敷居を越えて部屋の中へと入っていく。

白やピンクを基調としたいかにも女の子っぽい内装をしている。

それでもむかしよりは毒々しさが抜けてシンプルな色彩が並んでいるように思う。

最近は部屋に入ることが無くなった分、その変化がより身に染みる気がした。

ベッドにソッと触れてみた。

既に時間がたっているのだろう、熱は感じられない。

ふと机を見ると昔二人で撮った写真が飾られている。

その横には宿題でもしていたのか教科書とノートが広げられていた。

かわいらしいまるっこい文字がならんでいる。

ゴミ箱には空のペットボトルが二本ほど入っていた。

確かにここで過ごしていたんだと、ありありと感じられる生活感に満たされた室内。

しかしその住人だけがどこにも見当たらなかった。

事ここ限界に至り、俺はじゅうたんにへたりこんだ。

「はは、はっ」

渇いた笑い声が静かな室内に反響する。

もう二度と会えないんじゃないかと、そんな妄想が完全には否定できない事が恐ろしい。

そういえば昔から里美はおかしな事を言う子だった。

誰かに呼ばれている気がするだとか、体が光輝く夢をみるだとか。

中二病、乙。と俺はまともに相手にしてこなかった。

昨日だってそうだ。

彼女はもっと大事な何かを伝えたかったんじゃないのか?

それを俺は自分の勘違いを恥ずかしがって、それを誤魔化すために、彼女の気持ちを考えもしなかった。

最低だ。

他人の気持ちを考えもしないのに自分の気持ちが届いて欲しいなんて。

ましてや世界で一番大切な女の子の事もいなくなってからでしか気づけないなんて。

いつの間にかその頬には涙が伝っていて。

「好きだ」

そんな言葉が一緒に流れ落ちた。

「好きなんだ…」

もしもう一度会えたなら力一杯抱き締めて伝えたい。

「里美…」

「曜ちゃん?」

「え?」

「え?」

突然横合いから聞き馴染んだ声がして、慌ててそっちを向いた。

そこには下着姿の幼なじみが立っていた。




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