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日の入り

ガツン ガツン ガツン


金属を叩く高音が一定のリズムで鳴り響く。


ガツン ガツン ガツン


これが始まってからどれだけの時がたっただろう。


ガツン ガツン ガツン

「冷めるぞ」

「あっ」

言われてヘカテリーヌは乾いた喉にぬるいお茶を流し込んだ。

始めたっていた湯気は見る影もない。

それだけの間彼女は目の前で金槌をふり続ける少年を見つめていたのだ。

「あれだけやっても、良いものはできませんよね…」

少年はこれが初めての作業だ。

ヘカテリーヌは自分が初めて剣を握った時の事を思い出す。

『剣士』の初級スキル《縦裂斬》、動かない的にさえ当てることができなかった。

人は失敗を重ねて強くなる。

それは希望だ。

どんなに下手くそでも続ければいつかは報われる。

そう思って続けてきた。

ただ一心に鉄を叩き続ける彼を見ると自分の努力すら否定してしまいたくなる。

「そうでもねぇさ」

しかし返ってきたのは意外な言葉だった。

「言ったろ、作品のできは作者の魂で決まる、下手くそは何度も叩かにゃならん、その分雑念が入りやすい。高匠は数回に全てをかける」

目で少年を追いながら、耳は老獪な達人の話に傾ける。

「だがな、少ないって事はそれだけ魂が伝わらねえってことでもある。上手くなるほど気持ちが宿らねぇ、皮肉な話だ」


ガツン ガツン ガツン


「つまりだ逆説的には、下手くそが振るった撃鉄の全てに魂をのせりゃ一番すげぇのができる、そう思わねぇか?」

それは夢物語だ。これまで何度腕を振ったことだろう。筋肉は悲鳴をあげ、鉄を打つ度に衝撃が襲ってくる筈だ。

それをいつまで続けるのかもわからない。どれだけ辛いことだろう。

もうやめたいはずだ。一度槌を置いて、休みたいはずなのに。

「あいつの目はまだ死んじゃいねぇ」

熱くなった胸を押さえる、ドクンッと鼓動が高鳴るのを感じた。

そして――――――――――。


ガツン


「!?」

青白い光が部屋中に満たされた。

目も眩む輝きは先程老人が打った時のものにもひけをとらない。

やがて光は収束する。その終点に完成品が露になる。

「できた……」

「やりやがったな」

老人はほくそえむ。

その金属は太陽光を反射して力強く煌めく。

これほどのものは記憶をたぐっても数えるほどしか見たことがない。

この世に二つとない間違いなく至高の一品だった。

「ヘカテリーヌ」

少年は少女を呼び寄せる。

呼ばれた彼女はつかつかとそれに歩み寄る。

「使ってくれるか?」

額を汗でぐっしょりと濡らした少年が問う。答えはもう決まっていた。

「こんなものぉ…」

がっしりと珍妙な形をした鎧を掴む。面積が少なく掴みやすかった。

「着れるかぁぁーーーーーーーーーーー!!」


ガッシャーン


水着のようなデザインをした鎧は窓ガラスを突き破り遥か彼方まで飛んでいった。

「何するんだ!?俺の最高傑作が!?!」

「ばっかじゃないの!!?ヘンタイヘンタイヘンタイ!!」

「はっはっは、鎧を作るにゃ素材の量が足りなかったんだなぁ」

こうして少年は鍛冶師としての最初の一歩を踏み出したのだった。



「ほんと信じらんない、何考えたらあんな形になるのかしら」

いまだにヘカテリーヌはご機嫌斜めのようだ。

俺は精魂使い果たして部屋の隅にあるベンチで休ませて貰っていた。

「中々良いもん見せてもらったぜ」

するとグラナさんが水を持ってきてくれる。冷たさが火照った体に心地良い。

「お前、名前は?」

「片倉 曜ですけど」

「そうか、ま、使いたい時は勝手に使え」

「え?」

そう言ってグラナさんはまた奥に引っ込んでしまう。

相変わらず言葉の足りない人だ。

「認められたってことでしょ、あんなので、バカバカしい」

「!」

俺はベンチからたつと声を張り上げる。

「ありがとうございます!」

ただ単純に嬉しかった。その思いをまっすぐに伝えた。

返事はなかったが聞こえてはいるだろう。

その後俺達はその場を後にした。

「この後どうする?」

日の沈みかけた暗闇を歩く。よいこはもうお家に帰る時間だろう。

「向こうの世界に帰るよ、今日はありがとな」

「…あなた、本当に異世界の人なの?」

「だからそういってるだろ」

「あの女の子も?」

「ああ」

すると沈黙が訪れた。

会話と会話の間。次の口を探してチカチカと星の瞬きだした夕焼けを見上げた。

この世界にも宇宙があるのだろうか、そんなことを考えた。

「記憶は戻りそう?」

ヘカテリーヌの方が先に話題を見つけた。

「どうかな」

里美の中に残っているものはあるんだと思う。ただそれが明確に戻る自信はなかった。

「あの子は、勇者なの…?」

「そうかもしれない、でも俺はあいつが傷つくのは見たくない」

両親を亡くして、記憶を無くして、それがあいつにあたえられた試練だとしたら、そんなものはバカらしくて認められない。

「この辺りにしましょう」

ヘカテリーヌは曲がり角で立ち止まる。

「それでも、私は勇者になる」

そう言って離れていくのだった。










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