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連行

賭博場を出ると既に夜だった。

だがヒメチュリアの街は照明が絶えず明滅し、まるで昼間のようだ。

眩い装飾の群れに若干の目眩すら覚える。

俺は騒がしく通り過ぎる人並みを早足で抜けていった。

やがて世界を隔てるような巨大な門が現れる。

そこを潜りぬけると汗と泥にまみれた、非民と囚人達の領域へ足を踏み入れることになる。

穴だらけの小屋を覗くと勇者ヘカテリーヌが子供たちと遊んでいた。

「5と4、僕の勝ちっ!」

「また負けたー!?」

「ヘカテ弱すぎー」

「ははは」

隙間風に混じって笑い声が漏れ聞こえてくる。

まだ一日だというのにだいぶ馴染んだようだ。

遊んでいるのが零五勝負なのは複雑だが…。

カードも木の板を使った手作りなので、木目がバラバラで数字が丸わかりだ。

「あ、ヨウお帰り」

「「お帰りー」」

俺に気付いたヘカテが負けた罰なのかガキ共のお馬さんになりながら出迎えてくれる。

「なにやってんだ」

「この子達めちゃくちゃ強いの、ヨウもやってみたら?」

「いや、俺はもういい…」

「?」

妙に疲れた体を投げ出して床に腰をおろした。

「借金、チャラになったぞ」

「え?ほんとに?」

「ほんとほんと」

「さっすがヨウ、頼りになる」

なぜか嬉しくない。子供達に馬乗りにされているからか。

「お前はもうギャンブルするな、向いてないから」

「むぅ、運は良い方だと思うんだけどなー…」

それ以前の問題なんだよなぁ。

「ヘカテいなくなっちゃうのー?」

「さみしーよー」

すると子供達が甘えるように寄ってきた。

本当によく懐かれているようだ。カモにされているだけかもしれないが。

「私は魔物と戦わないとだから…。そうだ、今日稼いだお金は置いていくわ、これを私だと思って」

いやそれはおかしい。

「ちなみにいくらくらい稼いだんだ?」

「ふっふっふ、なんとねー、1000エンっ!」

「少なっ」

「なんですって!?」

思わず口に出してしまった。

さっきまで何万、何億の勝負をしてたと思うと高低差が半端ない。

「一日働いてそれなのか?」

「本当に……少ない?」

鉱山でとれる魔封石は世界中で使われており需要には事欠かない筈だ。

その辺で売ればもっと良い値がつくだろう。

明らかに搾取されていた。

だからここの人達はこんなにも貧相な生活をしているのか。

「あれ?人が増えてる」

すると他の住人達も帰ってきた。

「ヨウ!また戻って来ちゃったの?」

俺を見て驚いた彼女はレンダ、この寂しい集落に似合わぬ快活な少女だ。その性格もあってこの辺りのまとめ役ならしい。

「俺はこいつを連れ戻しに来ただけ」

「お世話になりました」

「へー、二人は知り合いだったんだ」

後から続々と住人達が帰ってくる。どうやら晩飯の配給に行っていたようだ。

その中にはハルシャークの姿もあった。

「お留守番ご苦労さま」

「お腹すいたー」

「はやくはやく」

皆で火を囲んでわずかばかりの食量を手にして会話に花を咲かせる。

話題はもっぱら外の話だ。

非民街の人々の殆どは、ここで生まれてここで死ぬ。

他の世界の事は何も知らない。

それを不幸だと思うのは傲慢だろうか。

「雲の中に街があってね、それが落ちてきちゃって、皆で押して温泉に入れたんだよ」

「うっそだー」

「ヘカテの嘘つきー」

張り切って話すヘカテリーヌだがしかしまったく信じられていなかった。

「ウソじゃないよぉ、私は勇者なんだから」

「勇者がこんなとこにいるわけないじゃん」

「うぅ…」

「本当の勇者様ならここから連れ出してくれるのかなぁ」

「…勇者なんていないわ。自分の事は自分で助けなくちゃ」

子供の無邪気な言葉にレンダが持論を唱える。

俺は黙って聞いていたが、なんとなく話題を変えた。

「けど借金はなくなったから、ここともおさらばだな」

「じゃあ賭けに勝ったって事?すごーい」

「本国の奴らって強いのばっかって聞くぜ。ヘカテだって負けてこっちに落ちてきたしな」

「もううるさーい、次は絶対勝つっ!」

「やめた方がいいよ、ヘカテは弱すぎるもん」

「うぅ…」

「せっかくここから出られるんだから、もう戻ってきちゃだめだよ」

「うぇーん…」

さすがのヘカテもあまりの信用の無さに折れてしまったようだ。

かわいそうだが反論の余地はない。

「けど寂しくなるよなー、せっかく仲良くなれたのに」

「なぁにタップ、ユアンから乗り換えたの?」

「は?ち、ちげぇし。てか乗り換えるとか、訳わかんねぇ」

「ははは」

繁華街の騒がしい明かりも分厚い塀に阻まれてここには届かない。

それでも焚き火の炎がぼんやりと人々を照らしだす。

このくらいの方が俺には丁度よく感じられた。

「大変だぁーー!!」

すると住人の一人が叫びながらやってきた。

「か、火事だ、家がっ燃えてる」

「なんだって!?」

俺達は急いで件の住居へ向かった。

火は既に一部を包みこんで燃え盛っていた。

「…なんで、突然」

夜空を染め上げる赤い奔流が呆然と立ち尽くす俺達を照らしだす。

非民街はそう大きくない。火災の発生した場所と俺達がいた場所もあまり離れてはいなかった。それでもまったく気づかなかった。急に火がついて広がったのか。

「誰かが…、誰かが放火しやがったんだ!」

「誰かって誰が?」

「囚人の誰かに決まってる。あいつら、いつも因縁つけて来やがってぇ…」

「今はそんな場合じゃないでしょ!早く火を消さないと」

困惑している人々をまとめ役であるレンダがたしなめる。

だがこの鉱山に水は殆ど存在しない。

こうしている間にも炎は住宅全てを飲み込まんと広がり続けている。

「…家を壊すしかないな」

これ以上、燃え広がるのを防ぐにはそれしかない。

「マジかよ…」

「……待って」

レンダが口を挟んだ。

「もう他に方法は…」

「違う、まだ中に人がいるかも」

確かにそれは彼女の言う通りかもしれない。

「おい、ユアンが、ユアンがいないぞっ!」

タップが叫んだ。

彼女は足が動かない、もしあの火災の近くにいたら逃げ遅れたかもしれない。

「私が行く」

するとヘカテリーヌが残り少ない水を頭から被って、猛り狂う火炎の中に突っ込んでいった。

やがてユアンと何人かの住人を連れて戻ってきた。

「ハルシャーク」

「心得た」

そしてハルシャークが指を鳴らす。

大きな竜巻が現れ、炎を住宅ごと吹き飛ばした。

結果として住居の一部は失われたが死傷者は一人もいなかった。

「くそっ、なんでだよ!ごほっ…」

焼け跡の残骸を蹴り上げるタップ。

灰が舞って気管に入ったのか、激しく咳きこんだ。

さっきまでの談笑が嘘のように、集落は暗く塞ぎ込んでしまった。

レンダは涙をこらえるように強く唇を噛み締めていた。

「…ヨウ」

「ああ」

俺は懐から愛用の金槌を取り出すと、火災によって熱っせられた地面を打つ。

鉱山の地中に含まれた金属類が伸びやかに形を変え、瞬く間に一戸建ての建築が出現した。

「す…すげぇ……」

「わぁー」

「お兄ちゃん、魔法使いなの??」

「いや、俺は鍛冶師だよ」

大人たちが呆然と見上げる中、子供達は我先にと新居へ向かっていく。

「本当に…ありがとう…」

レンダは泣きながら感謝を述べた。

「別に大したことじゃない」

「全員注目!!」

「!」

すると突然、号令がかかった。

いつの間にかそこには二人の男が立っていた。

「ラウンド…」

一人は非民街出身の兵士、大剣使いのラウンド。

もう片方は額にキズのある細身の男で、こちらは初対面だった。

「こちらでスキルの使用が確認されました。禁止事項の為、連行します」

「ふざけんな!」

男の言葉に大顔のタップが叫ぶ。

「お前らがまともに対応しないから、俺達がなんとかするしかないんだろうが!」

「やめて…タップ…」

レンダの静止も聞かずタップは二人に詰め寄っていく。

「ラウンド、おめぇもなんとか言えよっ!」

その瞬間、タップの肩口から血が吹き出した。

「ぎゃあっ!?」

驚き転げ回るタップ。

あの男が何かしたのか、何も見えなかった…。

慌てて手当てに駆け出すレンダ。

「お願い、もうやめて…」

「スキルの使用者を引き渡してください」

「私だ」

名乗り出たのはハルシャークだった。

「俺もだな」

続いて俺も前に出る。

「わ、私もっ」

ヘカテリーヌもついてきた。

「お前は使ってないだろ」

「私は、二人の保護者だから」

「ほんとにウソが下手だなぁ」

「ひどい、ほんとなのにぃ!」

「それではついてきてください」

俺達3人は男につれられてヒメチュリアの中心にある巨大な塔へと向かった。



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