零五勝負
「0〜5のカードから1枚ひいて数の多いほうが勝ち。勝負は降りることもできる。簡単だろ?望めばさらに1枚引くこともできるがその場合は必ず勝負しなきゃならない。数が同じ場合は、ノードローなら再試合、ドローで強制勝負なら3枚目をひいて決着、わかったか?ちなみに一勝負1000エンからだぜ」
「ああ」
「それじゃあ、カードをひいてくれ」
確かに難しいルールでもない。俺は並べられた6枚のカードの内、一番左を手に取った。数字は4。
続いてディラーもひく。
「ドローだ」
さらにもう1枚持っていった。
これで俺もひいて勝負するか、降りるかを選べる。
「どうする?」
「……ドロー」
残った3枚の内、また一番左を手に取った。数字は3。勝負だ。
二人同時に手持ちをオープンする。
俺は4と3で合計7。
向こうは5と2でこちらも合計7。
「次で決着だな」
残りは1と0。
先行の俺がカードをひく。
「俺の勝ちだ」
開いたのは1のカードだった。
「お見事」
これでディラーの1000エンが俺の懐に入った。
たったこれだけでお金が行き来するする事に少し寒気がするが、手持ちが増えた喜びもまた同時に感じる。
これは虜になるやつがいるのもわかる気がする。
だがあくまで俺は情報を集めに来たんだ。自制心、自制心。
「それじゃ次は俺の番だ」
再び並べられたカードからディラーが1枚、続いて俺も1枚、引き抜く。数字は3。
「ドロー」
またもディラーがカードをひいた。
「……降りる」
「慎重だねぇ、この街じゃモテないぜ?」
「ほっとけ」
お互いにオープンしたカードは俺が3、相手は2と1だった。ひいていれば勝っていたかもしれない。
「………」
「本来なら10ゲームほど続けるんだが初めはこの辺にしておくか。どうだい、楽しめそうかい?」
「…ほかのもやってみないとわからないな」
「ははは、OK、とことん付き合うよ」
その後も俺は、初見のものからどこかで聞いたようなものまで、様々なゲームを体験していった。
最終的には2000エンほど負けてしまった。
「負けて帰ると彼女に泣かれちまうぜ?」
「…あいにく一人身なんだ」
このままだとドツボに嵌りそうなので、ここで本題に戻ることにする。
「ジッポンガについて何か知らないか?」
「…お客さん、やめといた方がいい。あそこは無法地帯だ、あんたじゃ斬り殺されてあっというまにあの世逝きだぜ」
「どうしても行きたいんだ」
「そりゃ俺も、黄金の国なんて一度は行ってみたいけどよ…」
「ふぉっふぉっふぉ、お前さん、謎の島国に興味がお有りかな?」
するとどこからか現れた男が妙な笑みを浮かべながら近づいてきた。
「あんたは?」
「わしのことよりお前さんはジッポンガについて聞きたいのじゃろ?」
「……知ってるのか?」
「おっと、ただでは教えられない。わしと勝負して勝ったら、あの島の場所について教えましょう」
やはりこういう展開か。
「ほんとに知ってるんだろうな?」
「もちろん、もちろん。こちらをご覧なさい」
男が懐から取り出したのは黄金でできた謎の像だった。
それを見た周囲の人々にどよめきが広がる。
「これはわしの船が難破して、漂流してたどり着いた島で拾ったものでな。ジッポンガにはこの程度のもんがゴロゴロしちょる、まさに夢のような国なんじゃよ」
メッキが貼ってあるというわけでもなく、正真正銘、外も内も黄金でできているようだ。
この大きさだと売れば億に届くかもしれない。
「けどそれがジッポンガの物だという証拠はない」
「疑り深い人じゃなぁ、そんな及び腰で伝説の島にたどり着けるんかいな?」
胡散臭い男だが、おそらくこいつがヘカテリーヌ達をハメた張本人だろう。
「…勝負ってのは何をするんだ?」
「ふぇっふぇ、この店の物なら何でも、10ゲームやって儲けた方の勝ちでさぁ、途中で棄権するのは無しですよぉ?」
「…わかった、勝負しよう」
「ぬふふ、では契約書にサインを」
こいつ以外にも手がかりはあるかもしれないが、こっちには勝算もある。
「それじゃあルールは何にしましょうか?」
「零五勝負でいいんじゃないか」
俺達は卓についてスタッフがカードを並べた。
「掛け金はいくらに?」
「…1000万」
「1000万!?」「こいつはとんでもねぇな」「面白くなってきたぜ」
いつの間にか周囲にはギャラリーが集まっていた。ざわざわと思い思いに騒ぎ出す。
「ふふ、ずいぶんと羽振りがいいのですねぇ。わかりました」
「それじゃ、先行はもらうぜ」
(ツェフル)
(了解、マスター)
俺は胸中で左手の人口知能に命令する。
魔法科学都市の技術を結集した義手は、不可視のレーザーでカードをスキャンすると、その数字をつまびらかにする。
そして安々と最も強い5のカードを選び取った。
続いて相手は3を引くが、俺も4をひいてゲームセット。
「むむむ、4と5ですか、中々やりますねぇ」
「第2ゲームだ。俺は2000万賭ける」
「…そううまくはいきませんよ」
次のゲームも俺は5をひいた。相手も4を引いたが、さらに3をひいてこの勝負も俺の勝ちだ。
「これで2勝、3000万エン貰うぜ」
「ぐぬぬぬ、まだまだ、ここからですぃ」
男は顔を真っ赤にして机をバシバシと叩く。
ここで畳み掛けたいところだが、あまり勝ちすぎると怪しまれるかもしれない。
3戦目は負けにして続く4戦目。
俺が引いたのは4と2、相手は3と0。
「また俺の勝ちだ」
「おや?そうでもないみたいですよ?」
「え?」
言われて、改めてカードを確認する。
俺が引いたのは4と2、相手は3と………5。
「なっ!?」
「ふぇっふぇっふぇ、掛け金の5000万を頂いて、あら〜、一気に逆転してしまいま〜した」
「ちょ、ちょっと待てっ」
「ん〜?どうかしましたぁ?」
数字が変わっている、明らかにおかしい。
「……っ」
だがそれを追求すれば俺がカードを透視している事もバレてしまうだろう。
「…なんでもない」
「ふぇっふぇ、それでは5戦目と参りましょうか。いくら賭けます?」
「…2000万」
「おやおや、先程までの威勢の良さはど〜こへ行ってしまったのや〜ら」
こいつは明らかにイカサマをしている。
だが同じ数字は選べない以上、一番強い手札を作れば負けることはない。
先行の俺はすぐに5と4のペアをひいた。
向こうは3と2。
「ま〜た私の勝〜ち〜」
「はぁ!?」
今度は俺のカードが変わっていた。
「いや、おかしいだろっ!」
「ふぇっ?何がですぅ?」
「とぼけんなっ、イカサマだ、イカサマ!」
「………」
「……?」
すると男が急に黙り込んだ。
「………」
「………」
「……ふっ」
「ふはははははははは」
「あひゃひゃひゃひゃひゃ」
「なーっはははははははははは」
「ふひひひひひひひひひひひひひひ」
そして唐突に大笑いしだす男、それどころか周囲の人間たちも一緒に腹を抱えて笑いだした。
いったい何が起きているのか。
普段から学校で鍛えられていなかったら泣いていたかもしれない。
「いやーっ、さすが海外の方は冗談がお上手ですねぇ」
「…冗談じゃないが」
「え?まさか本当にイカサマが禁止だと思ってらっしゃるので?」
何を言ってるんだこいつは、そんなの当たり前……。
「…違うのか?」
「ふふふ、こーりゃ驚いた、海外の方はずいぶん温い世界で生きているんですなぁ」
「お客さん、ここじゃズルやイカサマはやられる方が悪いのさ」
「……マジか」
不正が前提のギャンブル、そんな物が成立するのか?
「店のオーナー側が有利になるんじゃ…」
タネもシカケも、いくらでも仕込み放題になってしまう。
「だから基本はお客さん同士で賭けるのさ。ウチは場所と酒を用意するだけだ。ちゃんと契約すれば公平な勝負もできるしな」
「…なるほど」
それなりに筋は通っている、のか?
しかしそうなるともう勝負にならない。
今すぐ逃げ出すべきだろうか。
「おぉっと、今さら逃避行はいけませんよぉ」
いつの間にか周りにいた連中が俺を取り囲んでいる。
もしかしたらこいつらもグルなのかもしれない。
「ぬふ、昨日の金髪娘といい、最近の若いのはバカばかりですねぇ〜」
「…金髪の娘?」
「騙されてるとも知らず勝てもしない勝負でムキになって、あげく非民落ちとは、ぷぷぷぅ、あぁ恥ずかしぃ」
男の戯言にギャラリーも同調する。
「確かに、ちょっとおかしかったよなぁ」
「障害でもあんじゃね」
「正直な子は嫌いじゃないけどな」
「まじかよ」
「けど身体は中々だったろ、今からでも買ってこようかな」
「あんなガキが趣味なのかよ、笑うわ」
「いいじゃん、終わったらここで回そうぜ」
好き勝手にものをいう奴らだ。
俺は一度、深呼吸すると深く椅子に座りなおした。
「続けようぜ」
「えぇ、これで私の4000万リードです。6戦目を始めましょう」
俺はツェフルに指示を送る。
(絵柄が変わる仕組みはわかるか?)
(おそらくカード自体がマジックアイテムで、時間経過が条件であり2度変わることは無いかと)
手許で操作している訳じゃないということは、タイミングをいちいち覚えているのか。
5→0、0→5にかわったので、残る1234も同じ法則か?
「掛け金はいくらにしますぅ?」
「……2000万だ」
「うふふ、いいでしょう、では私から」
男がひいたのは1のカード。法則通りなら4に変わる筈だ。
俺は既に変わった5をひく。
「さぁて、どうしましょうかねぇ」
「降りるか?」
「いえいえ、ドローしまぁす」
ひいたのは3のカード。変わればおそらく2。
「あなたの番でぇ〜すよっ」
「………」
その時、相手が持つ1のカードが4に変わった。
俺は2のカードをひいた。
「それじゃオープンだ」
「ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
「トイレはどこにある?」
「あらあら、おこちゃまでしゅね〜。行っておかなかったんでちゅか〜?」
「向こうだ」
「どうも」
俺はカードを持って席を立つ。
そのまま個室に入って、絵柄が変わるのを待った。
しばらくすると、2が3に変化した。
「待たせたな」
「お〜そ〜い〜。マナーいは〜ん」
「それじゃオープンだ」
俺の手札は5と3で合計8。
向こうは4と3で合計7。
「あらあら同じカードが混ざっちゃいましたぁね」
「すまない、取り替えよう」
ディラーが全てのカードを開き、俺の3に代えて足りない2を混ぜた。
さらに被っていた場の4も1に変えた。
「まさかノーカンは無いよな?」
「もちろん、あなたの勝ちでぇす」
2000万が俺の手元にやってくる。
これで差は−2000万。
「お次の掛け金は?」
「3000万」
「おほっ、逆転狙いですか、怖い怖い」
第7戦目、先行は俺だ。
ひくのは当然、最強な5のカード。
続いて相手は変化済み4のカードをひく。
「勝負」
「嫌ですね、ドローしまぁす」
相手は新しい2のカードをひく。これは3に変わる筈だ。
俺は0のカードをひいた。
「なっ!?」
「どうした?」
「い、いいえ〜……」
男は俺の選択を見て大げさに驚いた。
やっぱりな。
「それじゃ、オープンしてくれ」
「ちょっと待った」
俺は再び時間を稼ぎにいく。
「何なんですかぁ?これだから他所者は礼儀がなってなくて嫌いなんですよ〜」
「お前に言われたくないわ」
「な、な、なぁ!?」
「お客さん、問題ないなら早く出してくれ」
「…………わかった」
俺は限界までゆっくりしてから手札を明かす。
カードの数字は5と5。
「合計10、俺の勝ちだ」
「ぐぬぬぬぅぅ〜〜〜」
既に変わっていた0が再び5に戻った。
おそらく俺がトイレに行ってる間にすり替えたんだろう。
これで俺の1000万リードだ。
「8戦目の掛け金は1エンにしようかなぁ」
「お客さん、そいつはダメだ。著しくレートを下げるのは違反だぜ」
イカサマは許される癖にか。
「じゃあ1000万」
「あまりお調子にのらないことですぞ」
先行の男が元からあった5をひいた。
俺は5に変わる0をひく。
向こうは4に変わる1をひいた。
「…降りる」
もう俺に勝ち目はない。
先行を入れ替えて再試合になる。
しかし先の流れを引き継ぐように俺は5を引き、向こうも5に変わる0をひいた。
お互いにカードの数字がわかっているため、最善手を打ち続けるだけになってしまう。
同じように俺は4に変わる1をひいた。
「ふふ…」
すると相手の男が妙な笑みを浮かべた。
いや、元からあんな顔だったかもしれない。
すると男はさっきの俺の様にはせず、降りずに3のカードをひいた。
「おトイレに行って参りま〜す」
そして卓を離れて個室に消えていった。
0が5に変わるのを待っているのだろう。
だが俺の1も4に変わる、そして向こうの3は3のままだ。
合計9と8で俺の勝利になるはず、なのになぜあいつは余裕ぶっているのか。
普段からあれなだけ?何かを勘違いしている?いや、もしかしたら、間違っているのは……。
「お待たせしました〜、いや〜年をとると下が近くて困ります〜」
向こうの手札にある0は5に変わっている。
だが俺の1は1のままだ。
「俺もトイレ…」
「もぉ〜また〜?」
「緊張しちゃってな」
個室に入ってしばらく待つ。
しかし、いくら待っても数字が変わることは無い。
まさか……。
俺は思わずトイレの壁を叩いた。
おそらくいつまでもたっても1は1のままだろう。
「……やられた」
全てのカードが変化する訳ではないのだ。
しかしこの1はあの男が再試合の前にひいたものだ、あそこからブラフだったのか。
俺は壁に頭をこすりつける。
このまま戻っても負けるだけ。
しかしずっととどまる訳にもいかない。
どうする、どうする。
だが必死に迷ったところで妙案が浮かぶわけでもない。
「お客さん、まだですかい?」
いい加減スタッフが呼びに来る。
俺は引きづられるように席へと戻った。
「ふぇっふぇ、覚悟はできましたぁか?」
「………」
「言葉も出ないご様子、かわいそ〜う。ですが勝負は勝負、さっさと手札を開いてくださ〜い」
「無い」
「はぁ?」
俺は1枚のカードを場に出す。数字は5。
「もう一枚は?」
「紙がなかったから尻拭いて流しちまった」
「はあぁ〜〜??なぁにやってるんですか!!頭おかしぃんじゃないですかぁ〜〜??!」
「何を引いたか覚えてるか?」
「覚えてない」
「そんな訳ねぇだろがぁ!!」
「心配すんなって、残りのカードを見ようぜ」
場にあるのは12355。
「無いのは4だ」
「いやいやいや、0もねぇわ!」
「5がダブってるのは0が変わったからだろ?お前のイカサマでな」
「ぐぬぬぅ……」
「俺は5と4、お前は5と3で、勝負は?」
「お客さんの勝ちだな」
「きえぇぇぇ〜〜〜〜!!」
男の叫声が響くだが勝負はまだ8戦目。
しかも俺がトイレに行っている間にまたカードはすり替えられているだろう。
数字が変わるかもわからない。
「そんじゃ9戦目だ。掛け金は?」
「1000万」
「先行は李さんだぜ」
「………」
男はさっきまでの奇行が嘘のように、黙ってカードをひいた。数字は3。
変わるとも変わらないとも、どっちともとれる微妙な数字だ。
「…ちょっと待ってくれないか」
「またか……紙は持っていけよ」
「いや、トイレじゃない」
席を外せばまたすり替えられてしまう。
そうなると最終戦は戦えない。
それでも時間は稼ぎたかった。
「取引きをしないか?」
「取引きぃ〜?」
「ジッポンガの情報を1億で売ってくれ」
「……何を言い出すかと思ったら、今さらあ~りえませんよぉ。なんの為の勝負だと思ってるんですか?」
「考えてもみてくれ、このままあんたが勝ってもたかだか収支は1000万程度だ。もし負けたら金も情報も失うことになる。それに比べたら安いもんだろ」
「や〜れや〜れ、やっぱり外人さんは心底おバカなんですね〜」
男は俺を、俺に類する全てを心から見下すようにため息をついた。
「い〜いですか?それでもあなたは勝負せざるをえないのでっしょ。それだけ『情報』というものには価値があるのですよ。それこそ1億など足元にも及ばないくらいっね」
「ほんとは知らないだけじゃねぇの?」
「おほほ、同じことを言わせないでください。ではなぜあなたは私と勝負しているのですか?それこそが『情報』のかっちっ、なのですよぉ」
俺が勝負を続けているのはヘカテリーヌの為だが、まぁいいや。
「そんなに金が大事かね」
「あらあら、貧乏人は妬むことしかできなくてかわいっそう。この国はお金があればなぁ〜んでも買えるというのに。王様になってあの方のお側にいることもねっ」
「あの方?」
「ほんとに何も知らないのね、憐れ、憐れ。あのお方はね、この世の美しさを全て集めても敵わない、それはそれは高貴で顕美で、とにかく私なんかじゃ言葉にできないくらい素敵な方なのぉ〜〜!」
徐々に声がデカくなる男を無視し机に目をやる。
場のカードは02541から、53142へ変わっていた。相手の手持ちは3のままだ。
俺が5をひくと相手は4をひく。
さらに俺が2をひいていざ勝負。
こちらが5と2。
向こうが5と4。
「李さんの勝ちだな」
これで差は+1000万。決着は最終戦にもつれ込んだ。
「お客さんが先行だぜ」
「ああ」
俺は確定済みの5をひいた。
まだ変化していないのは4と、ダブって交換された3だけだ。
「………」
相手がひいたのは4。
次が俺にとって最後のターン。ひくべきは未確定の3か、確定の2か。
3が増えるなら良い、だが減ったら?
もう確証は無い。確率は2分の1だ。
俺は意を決してカードをひいた。
数字は3。
「ふふふ……あ〜っはっはっはっ!ざ〜んね〜んで〜した〜!」
男が急に興奮しだす。
心臓がドクン、とはねた。
そして残った2のカードを雑に拾い上げる。
「うふふ、これで合計は6!うふっ」
向こうの4は4のまま。
対して俺の3は0に変わっていた。
「う〜ふっ、う〜ふっふぅ、いや〜惜しかったですねぇ。引き分けは残念ですが、また挑んでく〜ださいねっ」
「……引き分け?」
「ええ、ええ、今回の掛け金1000万が移動してお互いの差額は0でっしょ?」
「掛け金は1000万じゃない」
「はぁ?おいおい、今さらそれは許されねぇだろぉ。負けたからって、掛け金下げる気かぁ?どこまで負け犬根性だぁ、てめぇは?」
「掛け金は10億」
「…じ、じゅうおくぅぅっっ!!?」
男は驚いて椅子から転がり落ちた。
「あ、頭おかしくなっちまったのか!?勝ったのは俺なんだぞぉ!??」
「いらないのか?」
「いるぅ、いるいるいるいるいるぅ!」
「契約、成立だな。俺が勝ったらその10億を勝たせてくれた奴に譲る」
「は?」
「これが契約書だ」
俺は用意していた紙を料理番組の如く取りだす。
それを見たギャラリー達がいっせいに動き出した。
相手の男に群がり我先にとカードを奪い取る。
「ふっふざ、けるなぁ!よし11!11億っ、だす!だから、やめって…」
「そりゃ無理だ。あんたは誰かが手伝わなくても勝てるんだから」
一度、動き出した流れはもう止められない。男はもみくちゃにされて、落ち着いたときにはボロボロになっていた。
「う…うぅぅ……」
「カードは?」
しかし肝心のカードが見当たらなかった。
どこかへいったか、破れてしまったか。
「……ふふ、守ったぞぉ」
「!」
すると男が服の中から4のカードを取り出した。
ぐちゃぐちゃに折れ曲がっており、最初からそこにあったわけではなく、本当に身をていして守ったとわかる。
「だがもう一枚は?」
「……ふふ、場にあるものから推測するしかないなぁ」
「!?」
俺の手持ちは5と0、机に残っているのは1と0だ。残りは32、どちらでも俺の負けになってしまう。
「ぬふっ…場に残ったのはぁ…」
伏せられたカードをゆっくりとめくっていく。
「……3と…2?」
「お客さんの手持ちは?」
「え?…5と…1?」
「それじゃ、李さんの手持ちは4と0だったってことだな」
「はあああぁぁぁ!!??おかしいおかしいおかしい!!!!」
「勝者はお客さん、おめでとう!」
店のマスターが俺の腕を取って掲げた。
そして横目でウィンクをしてくる。
どうやら、いつの間にかカードをすり替えておいてくれたらしい。10億エンは彼の物だろう。
「さ、ちゃんと契約は果たしてくれよな」
マスターが勝負の前にかわした契約書を、いまだ駄々をこねる敗者の男にかざした。
すると紙が輝いたと思ったら、謎の手が生えてきて男を掴んだ。何かのマジックアイテムだったのか。
「あ…あ……」
掴まれた男は痙攣しながら立ち上がる。なんだかやばそうだが、大丈夫だろうか。
「ジ…ジッポンガへ行くには……」
操られているようにしか見えないがしっかりと契約通り話してくれるらしい。
「し…、……し…し……し……」
だが急に壊れたテレビのように上手く音を発さなくなる。
そして。
「し…知りま…せん」
「…だろうな」
やはり嘘だったか。
「この場合どうなるんだ?」
「死ぬ」
「え?」
次の瞬間、契約書から生えた腕は男の首を掴むと、引きちぎった。
「……な!?」
「あーあ、掃除しねぇと」
慣れた手つきで飛び散ったモノを片付けるマスター。
俺はただ呆然と立ち尽くしていた。
「あんた他所の人だったな。自業自得だ、気にすんな」
そうは言っても中々受け入れられるものじゃない。
「それより昨日の嬢ちゃんの借金もチャラになったから、知り合いなら呼びに行ってやりなよ」
「え……ああ…」
俺はふらふらした気分のまま店を後にした。




