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賭博場

学校から帰宅した俺はいつものごとくグラナ師匠の個人工房で愛用の金槌を鉄棒に打ちつけていた。

里美の隣を抜けば何より落ち着く時間。

愛憎まみれた学生の園で乱れた心も潤うというものだ。

「失礼いたします」

するとやってきた訪問客。

師匠はいつものごとく奥へ引っ込んでしまうので俺は対応のために外へ出た。

「セイリス?」

「ご無沙汰しております」

やってきたのはアウステラのセイリス姫だった。

だがその格好はいつものドレス姿ではなくパンツスタイルだった。

赤いレザーのジャケットは亡くなった兄のバーンズリーを思わせる。

そういえばこうやって依頼を持ってくるのは彼の仕事だった。

彼女がそれを引き継いだのだろうか?

「変でしょうか?」

「え、いや、よくわからない」

俺はオシャレにはあまり造詣が深くない。

「そこは似合っている、で良いんですよ」

セイリスは困ったように苦笑した。

「似合ってる」

「ありがとうございます、それで早速なのですが要件を伝えに来ました」

褒めるのはけっこう恥ずかしかったのだが、セイリスはそっけなく話を進める。

「それが困ったことに、勇者様が借金を背負われてしまったらしく…」

「…借金!?」

なんでまたそんな事に。

俺は記憶の川を辿る。

あいつと別れたのはたしかヒメチュリアの街だった筈だ。

「もしかして…」

「はい、どうやら賭博場で負けてしまったみたいで」

ヒメチュリアには有名なカジノ街があるらしい。ハルシャークもついていたし大丈夫だと思ったんだが、ハメを外すなと言っておいたのに…。

「はぁ……わかった、行ってみるよ」

「よろしくお願いします」

文化祭の件もあるというのに次から次へと問題が起きるものだ。

だが愚痴っていても何も変わらない、俺は急いでヒメチュリアへと向かうのだった。

「こんなに早く戻ってくるとはな…」

やってきたのはつい先日、世話になったばかりの拘置所つきの鉱山だ。

「入るのは自由ですが出るには許可がいります、よろしいですか?」

「ああ」

以前は囚人として潜った門を、今日は特例で通過する。

昨日の今日で何かが変わるわけもなく、記憶にある鉄錆の香りが鼻腔をくすぐった。

露出した岩肌と所々に散乱する檻。

相変わらず荒廃とした景色が広がっていた。

俺は迷うことなく進んでいく。

目指すは監獄から少し離れたエリア。

この場所の腐敗の象徴である人ならざる人々の住処。

非民街と呼ばれる端材を組み合わせた彼らの城だ。

隙間だらけの木扉を軋ませながら中を覗いた。

そこはもぬけの殻で、そもそも人が暮らしているとはとても思えない空間だった。

「何か用かい?」

「!」

後ろから声をかけられて慌てて振り向いく。

そこに居たのは茶痩けた世界の中でも眩くたなびく銀色の髪を持つ少女、ユアンだった。

彼女は足が不自由でここに捨てられた過去があり、一人では身動きがとれず車輪のついた椅子に座っていた。

俺が以前、作り与えたものだ。

「おや、ヨウじゃないか。ずいぶんと早いお帰りだったね」

「ユアン…、人を探してるんだ。ヘカテリーヌっていう金色の髪で、やたら活発というか、前向きな女の子なんだが…」

「ああ、彼女なら鉱山で働いてるんじゃないかな?」

「そうか、ありがとう」

俺はそれを聞くと、一目散で坑道の入口へ向かった。

しかし中は迷路のように入り組んでいて、彼女を見つけ出すのは至難の業だ。

「あれ?…旦那?旦那じゃないっすか!」

入口の前で立ち往生していると、俺に気づいて声をかけてくる人影。

いや人影ではなく狼の頭を持つ半獣種の男、グルルだった。

「旦那〜、もしかして俺に会いに来てくれたんすか?」

「違う、人探しだ。ヘカテリーヌっていう金髪の女の子を見なかったか?最近ここに来たはずなんだ」

「ああ、あの場違いな子っすか。なんであんなのがこんなトコに来ちまったんすかねぇ」

「どこにいるか知らないか?」

「知らないっすけど、臭いなら追えますよ」

「本当か?」

俺は鼻を突き出して歩くグルルに先導されて薄暗い坑道を進んだ。

右に左に、上に下に、入り組んだ洞窟を奥へと入っていく。

そして最深部近くまでやってきて、ようやく見慣れた姿を発見した。

「ヘカテ!」

「ヨウ?」

俺は思わず彼女に駆け寄る。

ヘカテはキツネにつままれたような顔をしていた。

「なんでここにいるの?」

「それはこっちの台詞だ、このバカ」

「む、なによ〜」

ヘカテは口を尖らせるが、言い返す言葉はないようだった。

「私もいますよ」

すると彼女の後ろから顔を出す整った顔の男。今、気付いたがハルシャークだ。

「お前がついていながらどうしてこうなった」

「面目ない…」

「ハルシャークは悪くないの、私が無理やり…」

「それで、借金はいくらだ?」

「………」

「いくらだ?」

「……3億」

ヘカテの口から零れるように出てきた金額は想像より多かった。

「……なんでそんなに使ったんだ」

「私もよくわからなくて」

「わからない?」

珍しくへこんでいる彼女を見て、代わりに説明しろと後ろのハルシャークに視線を送る。

「初めは私が200万ほど借金を肩代わりしてここに入れられたんです。それを勇者様が取り返そうと無理をされたらしくて」

「なるほど」

じゃあハルシャークも詳しくは知らないのか。

「…ごめんなさい」

「勇者様の名誉の為にいっておきますが、決して遊興に走った訳ではなく、これは情報を集めるためだったのです」

「情報?」

「残り一つとなった勇者の装備(アウステラ・シリーズ)の情報です」

「それが、この街にあるのか?」

「より詳しく言うと、それがあると思わしき黄金の国ジッポンガへ渡る方法を探していたのです」

ジッポンガとは、ここからさらに東にあるという謎の島国のことだ。

「それとギャンブルになんの関係が?」

「渡航する方法を聞き出すにはギャンブル勝負で勝たなければいけないらしく…」

なるほどね、だいだいの真相が見えてきた。

「本当にそいつは知ってんのかよ」

「……だって、そう言ってたもん」

やっぱり騙されたんじゃないか?

少なくともこいつに賭博は絶対に向いてない。

場所を聞き出してさっそく向かった。

はじめに訪れたのは金貸し屋の所だ。

師匠の武器を売った金と貯金を合わせればなんとか借金を返せると思う。

鉱山から出ると一転して景色は綺羅びやかな歓楽街へと変わる。

赤や黄色の目に悪そうな装飾がこれでもか、所狭しと並んでいた。

賑やかな通りを足早にぬける。

そして並び立つ家々の一つに入店した。

「いらっしゃいませ~」

店内は一見ファミリーレストランのような明るく庶民的な様相をしている。

スタッフもにこやかに対応してきた。

しかし奥の個室に通されると黒服がものものしく見守る中での交渉が始まった。

俺は窓口の男に借用書と手持ちの金額を提示する。

「これでは足りませんね〜」

「なんでだよっ」

しかし男は軽い口調でそう返してきた。

「現在、借金は6億エンになっております〜」

「はぁ?」

一晩で二倍に膨れ上がっていた。

どう考えても悪徳である。

「ありえないだろ」

「ちゃんと契約書にも記載されておりますよ〜、サインもネ」

提示された書類には確かに法外な利子とヘカテリーヌのサインが記されていた。

あのバカ…。

「こんなのが許されるのか?」

「ん〜?ウチは公正公平なやり取りを重視しておりま〜すヨ?」

日本だと多大な利息は違法になるはずだが、ここではそのような規則は存在しないのだろうか。

あの契約書を燃やしてやろうか。

「ちゃ〜んとコピーは取ってありますから、変な事は考えない事だ」

視線で思考を読まれたのか、突然そんな事を言ってくる。

「じゃあ自殺しちゃおっかな〜」

「なっ」

「そしたらお金返せなくなっちゃうよネ」

「じょ、冗談はよしてヨ」

「いや、こんなに借金抱えちゃ、お先真っ暗だ」

「……もう好きにしたらいいヨ」

しかしあまり動揺は見られなかった。

「お前、カジノとグルだろ」

既に金は回収済みなのかもしれない。

「い、いい加減にしてよ!」

店員が合図を送るとそばに控えていた黒服が動く。

巨漢につままれて俺は店の外へ追い出されてしまった。

「……くそっ」

だが立ち往生していられない。俺は次に賭博場へと向かった。

そこはドバイやロサンゼルスをイメージするような大規模で豪奢なカジノではなく、こじんまりとした場末の酒屋のような場所で、地元の人間らしき人々がたまり場にしているようだった。

「お客さん、初めてかい?」

ぎこちなく見えたのか、坊主頭の店員がそう話しかけてきた。

「冷やかしはごめんだぜ、手持ちはあるのかい?」

「…3億ほど」

「ヒュー、そいつはけっこう。どうだい?1勝負」

「ルールは?」

まずはこの場になじまないといけなさそうだ。

俺は警戒しつつ誘いに乗った。

「そうだな、初めは零五勝負(リンウーシォンウー)なんてどうだ?」

「零五勝負って?」

「なんだ、お客さん他所の人か。この街じゃガキでもやってるぜ。まあいいや、OK、それじゃルール説明からだ」

俺は話を聞きながら競卓についた。



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