出所
「旦那とも今日でお別れっすかー、寂しいっすね、延長しません?」
「お前ならするのか?」
「しねぇっす」
だろうな。
俺はツルハシの重さを感じながら最後の刑務作業をこなしていた。
今日で拘置所生活も七日目。明日の朝には出所している予定だ。
「ここを出てもオイラの事は忘れないでくださいよー」
半獣のグルルが大げさに泣きわめく。
「私の事も忘れないでくださいー」
その隣でなぜか勇者教の元司祭ジャンキッシュも嘘泣きしていた。
「なんでてめぇがここにいんだよ」
「犬っころは黙ってろ、ぺっぺっ」
「うわっきたねぇな」
「そこっ、靜かにしろっ!!」
看守に怒られてしまった。
こいつらわざと問題おこして刑期を延ばそうとしてんじゃないか?
できるだけ無関係のふりをしよう。
「賢者様ぁ、またあれを見せてくださいよぉ」
ジャンキッシュがへりくだりながらすり寄ってくる。きつい。
「旦那、こいつ教徒を集団自殺に追い込んだクソ野郎っすよ。関わらねぇ方がいいっす」
「マジ?」
「彼らが自分で選んだんですぅ。私は教えを説いただけですからぁ」
真偽はともかく、まったく気にしてなさそうなのがヤバい。
「お前、その人達が可哀相だと思わんの?」
「なぜです?神の元へ上ったというのに?」
「……もういいや」
確かにあまり関わらないほうが良さそうだ。
「魔物が出たぞぉ!」
「ひぃ〜」
「またか…」
場所は俺達のすぐ近くのようだ。
逃げる人波を分け入って進む。ジャンキッシュはいつの間にかいなくなっていた。
現れたのはいつもの蝙蝠型と土竜型の奴らだった。
すると既に剣を交えているものがいる。
黒髪に黒い大剣。
元非民街の住人、現警備兵のラウンドだった。
狭い坑道内だというのに、巨大な剣を滑らかに操って魔物を刻んでいく。
俺達の出番はなさそうだ。
しかし一つ気になることがあった。
手にしている大剣がサビサビなのだ。
あれでは切れるものも切れないだろう。
俺は魔物を倒しきって一息ついたところで彼に近づいた。
「うおっ」
すると剣を首元に突きつけられた。
俺は手を上げつつ話を続ける。
「その剣、なんでそんなに錆びてんだ?」
「………」
「何かこだわりでもあるのか?」
「……お前には関係ない」
「俺は鍛冶師なんだ、気になるんだよ」
「………」
「………」
「……ない」
「?」
「……やつがいない」
「なんて?」
「…頼める奴が、いない」
そんな理由で?
「じゃあ俺が治してやるよ」
急造のとんかちで大剣を叩く。
すると一瞬で茶色の錆がキレイサッパリ消え去った。
「…どうだ?」
「……金」
「いらんよ」
「……ありがとう」
ラウンドは礼を言うと壁にもたれかかって警備に戻った。
「なんか陰気なやつっすね」
「別にいいだろ」
「なんで旦那が怒るんすか?」
「別にいいだろ」
「はぁ」
そんな風に適当に業務をこなしながら、一刻、また一刻と時が過ぎるのを待った。
そして。
「もうこんな所に来るなよ」
「お世話になりました〜」
厳つい門を潜って拘置所の外に出た。
たった一週間ほどの軟禁だったが、どうして娑婆の空気は清々しい。
「ん〜」
俺は自由を満喫するように体を伸ばした。
「曜君っ!」
「うおっ」
施設の外に出ると佐竹先輩が飛びついてきた。
出所に合わせて迎えに来てくれたらしい。
「お久しぶりです…」
「う〜、曜君の匂いだ〜」
先輩は俺の胸に顔をこすりつける。
いちおうさっき体を洗ったのだが大丈夫だったか。
ちょっと変態味があったがそれもしばらくぶりだと感慨深かった。
「おかえり、ヨウ」
ヘカテリーヌとハルシャークの姿もあった。
そして彼女も。
「キルシュア!」
ディミストリ墜落事件の後からどこかへ行ってしまっていた。
俺は駆け寄ると彼女を抱きしめる。
「むぅ、なんか私の時より嬉しそうな…」
「何してたんだ、心配したんだぞ」
「ごめん なさい」
キルシュアは特に反抗することもなく、俺の腕の中に収まっていた。
「そっちはどうだった?」
「特に変化はない。砂漠の祠から勇者の鎧(手足)を取り出したくらいだな」
ハルシャークは簡潔に返答する。
あったな、それも。
「そういえば中でお前の同僚に会ったぞ。確かジャンキッシュとかいう」
「ああ、あの男か…」
俺が名前を出すとハルシャークは整った顔を歪ませた。あまり仲は良くないらしい。
そもそもあの男に友人がいるのかわからんが。
…俺も気をつけよ。
「少し寄り道してかない?」
するとヘカテがそんな事を言い出した。
拘置所は三大国家の一つ、ヒメチュリアの一角にある。
この街は歓楽街が有名で初めて来たからには観光していきたいのかもしれない。
「いや、俺はいいよ」
早く家に帰って里美に会いたかった。
「そっか」
「私はお供しますよ我が勇者。この街は我々の総本山でもありますので」
「あんまりハメを外すなよ」
ここで二人と別れて俺達はアウステラに、そして日本の我が家へと帰ってきた。
「ただいま…」
恐る恐る自宅のドアを開ける。
一週間も無断で家を空けてしまったので、里美はどう思っただろうか。
もしかしたら怒っているかもしれない。
中の様子を確認しながら慎重に帰宅する。
床を滑るように移動し、階段を登って自室のある2階へたどり着く。
なんでこんなにもこそこそしてるんだろう。自分の家だというのに。
やめた、いつまでも恐れていても仕方ない。
ちゃんと謝れば里美も許してくれるだろう。たぶん。
トスン。
「!?」
その時、後ろから足音がした。
一瞬、硬直しつつもゆ〜〜っくり振り返ると、やはり見慣れた少女の姿があった。
「あ、えと……」
表情を見るに怒ってはいなさそうだが、女性の心中は計り知れないので、油断は禁物だ。
一手目を間違えると悲惨な事になる。ここは慎重に戦略を練らなければ。
「すいませんでしたーー!!」
俺の選択は即土下座だった。
完璧な流れだと思う。先制パンチは有効打である。
ちらっと里美の顔を見上げた。
感情の無い瞳が俺を見下ろしていた。
「誰ですか?」
その瞬間、俺の脳内で走馬灯が流れる。
里美が記憶を失ってしまった時の物だった。
おそらくは怒りの意思表示なのだろうがもしかしたらと思うと、気づけば俺の瞳からは大粒の雫が溢れていた。
「曜ちゃん!?」
「うっ…う……」
「ごめんね、いじわるしちゃったねっ」
「ごべん…ぼれが悪がっだぁ…」
里美は俺を抱きしめると優しく頭を撫でた。
「二人は何してるの?」
「キルシュア、向こうに行ってましょう」
俺達は改めて再開を喜びあい、二人で部屋に戻った。
「もぅ、泣きたいのはこっちだよっ」
「すみません…」
「寂しかったんだから…」
里美が身を寄せてきたので、今度は俺がそっと抱きしめた。
とはいえ去年までだったら一週間も俺に会えないとなると、もっと取り乱していたかもしれない。
それに比べればだいぶ彼女も強くなった気がする。
「よしよし」
「んー、曜ちゃん、少し痩せた?」
「そうかもな。久しぶりに手料理、食べたい」
「今日はご馳走にしようね」
その後はとりとめもない時間を過ごし、俺は日常を堪能したのだった。




