強制労働
えんやこら〜、えんやこら〜。
今日も今日とてコツン、コツン。
土をほじくりゃ宝の山が〜、ほ〜らこうしてザック、ザック。
えんやこら〜、えんやこら〜。
汗水たらしてコツン、コツン。
明日もわからぬ我が身だが、今を生きねば明日もこない。
そ~れ、えんやこら〜、えんやこら〜。
王子を殴って懲役刑にかけられた俺は、どこかの鉱山でツルハシを振らされていた。
暗くてジメジメした坑道は似たような格好の囚人達が同じように掘削作業をしていて、むさくるしいったらありゃしない。
肉体的にも精神的にも不健康極まりない場所だった。
「崩落するぞーっ!!」
今日何度目かの退避勧告が狭苦しい穴の中でけたたましく響く。
その後さらに大きな音を立ててどこかの岸壁が崩れ落ちた。
巻き込まれたらしき血まみれの男が引きずられてくる。
あれが数時間後の自分かと思うと背筋が凍るようだった。
「ふぅ…」
「時間だ!囚人共は監獄に戻れ!」
ようやく強制労働から開放されて、俺は拭っても拭っても湧き出てくる汗を拭いながら恵みの水で喉を潤した。
「ぷはぁー」
生き返るというのはこういう事をいうんだろう。
澄み渡る清涼感が疲労困憊の体に心地よい。
「よう旦那、無事に初日を終えられたみたいで何よりだぜ」
「グルルか…」
人の体に狼の顔を持つ半獣種であるこの男の名はグルル。
同じ檻になったというだけだが、こんな状況でやたらフランクに接してくるゴキゲンな奴だ。
初対面ではめんどくさいだけだったが、こう辛気臭い場所だとその陽気さも何だが悪くないと思えるからヤバい。
俺達は道具を返すと檻に戻る。
監獄といってもその辺に正方形の檻がごろごろと置かれている雑な作りだ。
その中の一つに入ると鉄格子のドアを閉めただけで特に鍵をかけることもない。
出ようと思えばすぐに出られるという杜撰極まりない警備体制がとられていた。
「こんなんでいいのか?」
「いいんじゃねぇの?別に損する訳でもねーべ」
流石に鉱山は塀で囲まれていて、逃げ出そうものなら先日までの俺達のように指名手配から即処刑されるので一筋縄ではいかないが、それでもだいぶ緩いことに変わりはないだろう。
「変な事気にすんだな。とても王族を襲撃した大罪人とは思えねぇ」
「そこまで大げさな事はしてねーよ」
「またまた、謙遜しちゃって」
「お前こそ、こんな場所にいるようには見えないが?」
人は見かけによらないとはいうが、こいつは半分犬だが…。
「嬉しいこと言ってくれるねぇ、オイラを見てそんな風に言ってくれんのは旦那くらいだぜ」
「そうか?」
「オイラってこんな見た目だろ?だから変な因縁をつけられやすいのさ」
「…冤罪ってことか?」
「んー、まあ襲ってきた奴らを返り討ちにしちまったから、そうとも言い切れんのだな、これが」
「強いんだな」
「はっはっは、人一人くらいなら一裂きにできるぜ」
グルルはその人間ばなれした長く鋭利な爪を光らせながらそう言った。
確かにこいつと同じ檻の中にいるのはちょっと怖いかもしれない。
「どこ行くんだい?」
「トイレ」
俺はなんとなく肌寒くなって檻から出た。
バーンズリーの事もあって少しナイーブになっているのかもしれない。
一応、見回りの兵隊もいるが殆ど巡回に来ないので、その時だけ気をつければ後は自由時間だった。
「オイラも〜」
なぜかついてくるグルル。
半獣種にも連れションの文化があるんだろうか?
ド臭い便所で用をたした後、適当に鉱山をうろつく。
「ここって囚人以外もいるんだな」
檻の散乱する監獄エリアのそばに端材を組み合わせた、吹けば飛ぶようなボロい家が集まっている場所があった。
「ああ、非民街の連中な」
「ひみんがい?」
「罪人の子供や孫とか、捨て子とか借金のかたに売られた奴とか、とにかくまともじゃねぇ連中が暮らしてんのさ」
「…ふーん」
荒屋の外では、泥だらけの布切れを着た子供たちが石を蹴って遊んでいた。
きゃっきゃと笑う声がここまで聞こえてくる。
あんな環境でも健やかに生きているのだとなんだか温かい気持ちになった。
だが子供の一人が蹴飛ばした石が大きく跳ね、近くを通った人相の悪い囚人にあたってしまった。
「っ、んだクソガキがぁぁ!!」
男の恫喝が響き渡る。
子供達は怯み泣き出してしまった。
「てめぇか?石ころぉ俺にあてやがったのはっ!!」
子供の胸ぐらを掴んで引きずり倒す。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ…」
「非民ごときが、ごめんで済んだら俺は捕まってねぇんだよ!」
「ちょっと、やめなさいよ!」
すると一人の女の子が割り込んできた。
「子供相手にみっともない」
「んだとぉ、犯すぞこら」
「はっ、あんたの粗末なモノなんて、ちんけなプライドごと噛みちぎってやるわ」
なんて恐ろしい事をいう少女だろう。
無関係の俺まで下半身が凍えて震えそうだった。
囚人の男も一瞬、股間を抑えるがすぐに気勢を取り戻して怒鳴り散らす。
「て…めぇ、調子にのんなぁ!」
まずい。
男は拳を握ると巨体にものをいわせて女の子に殴りかかった。
思わず駆け寄るが、この距離では間に合わない。
かえ
魔法を撃つか、ここでは禁止されているが、それでも…。
囚人の腕が少女を撃ち抜く寸前、新たに現れた人影がそれを受け止めた。
「何をしている」
巨大な剣を携えた男は、おそらく警備員の一人だった。
男に腕を掴まれた囚人は、一回りは体格に差があるもののピクリとも動かす事ができない。
「こっ、この…っ……」
「それくらいにしておけ」
するとさらに現れた、片目に傷のあるいかにも傑物そうな白頭の爺さんが間に入った。
「すまんなラウンド、うちの者が迷惑をかけた」
「別に…」
ラウンドと呼ばれた警備員は囚人の腕を放すと去っていこうとする。
「あっ、待って…」
すると子供たちのまとめ役らしき少女がその後を追っていった。知り合いなんだろうか。
「やめろレンダ、あいつは裏切り者だぞ」
するとまたもや現れたデカい顔の男が少女を引き止める。
「でも…」
レンダと呼ばれた少女はそれでも名残惜しそうだったが、そのうちに警備員ラウンドは消えてしまった。
「おら、俺達も行くぞ」
「……っボス!いつまでこんなとこにいるつもりなんすかっ!?」
この場を離れようとした爺さんに囚人がくってかかった。
「早く咬狼のやつをしめねぇと…」
「俺に文句があんのか…?」
「…っ!?……いや…」
爺さんが人睨みすると巨漢の囚人は縮こまってしまう。
「いいんだぜ、その気ならいつでもかかってこい。あいつみてぇにな」
するとそばにあった岩陰から何度目かの人影が現れた。
囚人服を着た女はガラスを割って作った貧相なナイフで爺さんに襲いかかってくる。
「死ぃねぇぇーー!!」
叫びながら向かってくる女を爺さんは振り向くこともなく殴りつけた。
「行くぞ」
「う…うす」
地面を転がっていく女。爺さんは何事もなかったかのように去っていく。
「大丈夫?」
非民街のレンダが殴り飛ばされた女に駆け寄った。
女、ミレはそれを押しのけるとそのままどこかへ走っていく。
「何がどうなってんだ?」
俺は眼の前で繰り広げられた一連の出来事をただただ漠然と眺めるばかりだった。
その場に残されたのは非民街の人々だけ。
するとレンダがこちらに近づいてきた。
「あなたも助けようとしてくれてありがとう」
「え、いや…何もしてないけど」
「子供たちを守ろうとしてくれたでしょ?」
しただけで、できた訳ではない。
そんなしょうもない事でいちいち感謝を伝えてくるところは、どこぞの勇者様にダブって見えた。
「そろそろ配給の時間だぜ、旦那」
俺達は一緒に兵士達が配っている晩飯にあずかる。
薄いスープにスカスカのパンも空いた腹には貴重な栄養分だ。
「あの警備員は元々ここの出身なのか」
「うん、地下闘技場で勝ち上がってスカウトされたの」
「あの裏切り野郎、今頃うまいもん食ってんだろうな。ほんといけすかねぇ」
「ちょっと、やめなさいよ」
デカい顔のタップは一人で出ていったラウンドを嫌っているらしい。
「せっかくのご飯が美味しくなくなるでしょ。あんまりブーブー言ってるとユアンに言いつけるよ」
「あ、あいつは関係ないだろ!」
ユアン?
「僕が何か?」
ちょうど現れたその人物は背の高い男に担がれてやってきた。
中性的な容姿でしなやかな銀色の髪に長いまつげ、貧相な服装もその美しさを汚す事はできない。
ユアンは男に降ろしてもらうとレンダの横に腰をおろした。
「ありがとうヨッピ」
「ユアンの頼みなら当然だよ」
「お、俺だってそれくらい…、そうだ、晩飯もらっといたぞユアン」
「タップもありがとう」
「俺の分は?」
「あるわけ無いだろ」
「ひでぇ」
「あはははっ」
タップはユアンのことが気になっているらしい。
そんなことより彼だか彼女だかが、担がれて来たことが気になった。
「ユアンは生まれつき足が動かないの」
俺の疑問を察してくれたのか、レンダが教えてくれた。
「やぁ、君は新顔だね」
「片倉曜だ」
「ヨウさんね、僕はユアン。ちなみに女の子だよ」
「これまたご丁寧に…」
「こんなかわいい男がいるわけ無いだろ」
「この足のせいで捨てられてしまってね。皆には感謝してもしきれないよ」
こんな場所では一人で生きていくのは難しいだろう。
「ここでは皆が助け合っていきているの」
「おう、だから感謝なんていらないんだぜ」
「俺の飯は貰っといてくれなかったけどな」
「ふふ、ありがとう」
苦しい環境でも手を取り合って生活している。
そんな彼らを見て俺は魔王崇拝者達の村を思い出していた。
彼らも砂漠という厳しい環境の中で身を寄せ合って生きていた。
その生活苦から魔王にすがるようになったのは想像に難くない。
いちいち疑ってかからなければならないあたり、本当に罪深い奴らだと思う。
いや、元々俺はそういう人間だった筈だ。
人の心の内など余人にわかるはずもないのだから。
信じられるのは里美と……。
「どうかした?」
「あ、いや…」
レンダに顔を覗かれて慌てて誤魔化した。
「初日を終えて疲れているんだろう」
「…そうかもな」
俺は食事を終えると自分の檻に戻ってきた。
「ふー、やっぱあれっぽっちじゃ腹も膨れねぇ、ネズミでも捕まえてくるかなぁ」
「病気になるぞ」
「くぅーん」
濡れた犬みたいに泣くグルル。思わず撫でてしまった。
「旦那、俺を犬か何かだと思ってます?」
「違うのか?」
「いや、半分はそうなんすけど…まあいいっす…」
グルルは諦めて牢屋の隅で丸くなった。
やっぱり犬みたいだ。
ガシャン。
すると鉄格子が開いて人が入ってくる。
この檻は狭いが3人用なのだ。
先輩囚人はめったに檻の中にはいない。女性なのでこちらとしてもありがたいが。
珍しく戻ってきた彼女の顔には青い痣ができている。
さっき爺さんに殴られた時のものだろう。
レミは一言も発さず黒く冷たい鉄の床に腰をおろすと、話しかけるなとでも言いたげに、目を閉じた。
「お、姉さん、お久しぶりっすねー」
しかしグルルはまったく空気を読まず声をかける。
当然、無視されるがそれでもめげることはない。
メンタルが頑丈なのか、ただのバカなのか。
「いい加減、諦めたらどうっすか?綺麗な顔がもったいないっすよぉ」
「………黙れ」
静かにキレるレミ姉さん。
美人が怒るとなぜこんなにも恐ろしいのか。
「旦那もそう思わないっすか?」
こともあろうに俺にまで話題をふってきやがった。やっぱりただのバカだったか。
「…他人が口出しすることじゃない」
触らぬ神になんとやら。
「あんたもバカだと思ってるんだろ?」
なぜ話を広げようとするんですか?姉さん。
そこの狼には思ってますけど。
「…いや、ここに来たばっかで事情も知りませんし……」
「あの爺さんは元々マフィアのボスだったンすよ。姉さんはあいつにハメられてここに来たんす」
「よく喋る犬だな」
「口がでかいもんで」
姉さんは今にもグルルを殺しに掛かりそうだ。
話をそらさなくては。
「…な、なんでボスが自分も捕まってんだよ」
「裏切られたンすよ、補佐役だった男、王咬狼に」
よくわからんが内紛があったということだろうか。
被害者と犯人が同じ場所で捕まっているというのも妙な状況だ。
「あいつは父と母を死に追いやった…。この命に変えても必ず、殺す…」
「今のところ相手にもされてないっぽいっすけどね」
姉さんがガラス片のナイフを取り出す。
「そ、そうだっ、これ見てくださいよ〜」
俺はそのへんにあった木と石で作った槌を振って見せる。
「なんすか旦那、いい年してそんな玩具なんかで」
「いや、よく見てろ」
俺は石槌で牢屋の床を叩いた。
すると窮屈だった檻が一回り大きくなったではありませんか。
「すげー!どうやったんすか?」
「あんまり騒ぐな、バレるだろ」
「………」
姉さんも驚いているようだ。
俺はさらに、床に心ばかりと置かれた小さな毛皮のシーツも鍛冶師のスキルで3人分の寝床に変えた。
「うひょー、こいつはありがてぇ」
グルルは我先にとそれに寝っ転がって感触を堪能する。
「姉さんも、どうぞ」
ミレはしばらく躊躇していたが、気持ちよさそうに転がるグルルを見て、誘惑に負けたのか渋々受け取った。
俺も二人に続いて横になる。
冷たく固い鉄の床で眠るよりは幾分かましだろう。
こうして拘留初日の夜は更けていくのだった。




