日々
終業のチャイムがなり帰宅時間になる。俺は天下無敵の帰宅部なので特に留まる理由もなく教室を後にする。別に話し相手がいないとかではない。
「曜ちゃん」
「おう、どうだった?」
「とりあえずだいじょぶかな?」
元々そんなに交遊関係が広いわけでもないので雑談位は問題ないようだ。授業も二年になったばかりなのでそこまで進んでいない。
俺達は家へと続く道をのらりくらりと歩く。
その横を青い自動車が通り過ぎた。
『車に気をつけて』
いったいどういうことなんだろう。
何かのイタズラか?だとしたら無視すればいいのだろうが無性に気になってしまう。
佐竹先輩はわざわざこれを渡すために学校まで来たんだ。
そういえばなぜ直接言わないのだろう。不信がられるからか?
思えば手紙には差出人の名前がなかった。つまり自分が手紙を出したことを知られたくなかった?
「曜ちゃん!」
「うをぉ」
呼ばれて思考が現実に引き戻される。
「もう、赤信号だよ」
「ああ、悪い」
考え事をしていたせいで気づかなかったようだ。
あの手紙のせいで事故に遭ったら本末転倒だ。
しっかりと青になったのを確認してから横断歩道を渡る。
道路の真ん中辺りを過ぎたときだった。
鳴り響くクラクション。
横を見るとトラックが寸出のところまで近づいていた。
俺は里見を抱えると身体中の力で前方に跳ぶ。
着地する余裕もなくコンクリートをゴロゴロと転がった。
「里美、無事か!?」
叫ぶが返事はない慌てて顔を見ると、感情が消えたように無表情だった。
体を確認するが擦り傷だけですんだようだ。
「里美、里美!」
名前を呼んでも返事がない。どうしようかと悩んでいると突然涙をこぼし始めた。
「うっ うう…」
「どこか痛いのか?」
めだった外傷は無い筈だが、中身を痛めたのだろうか。
「怖い、怖いよ~」
「怖い?」
「いなくなっちゃう、誰かが、どこにも」
里見が抱きついてくるので俺もそっと背中に手を回す。
里美の両親は交通事故で亡くなった。
もしかしたらその時の事を思い出しているのかもしれない。
当時の里美はまるで魂が抜けたようで部屋の隅でうずくまっているか思い出したように泣くかの毎日だった。
その傷は消えたようでいていまだに里見を蝕んでいる。
「大丈夫だ、俺がいる。お前がいいっていうまで、そばにいるから」
「うん…」
トラックはそのまま走り去ったようで暫くすると警察が来たが特に話すこともなく俺達はそのまま帰路についた。
家に帰ると里美は横になりそのまま眠りにつく。その間ずっと手を握っていた。
寝顔を見ながら俺はさっきのことを思い出す。
『車に気をつけて』
あの手紙がなかったら俺はとっさに動けなかった。
あれはこの未来を予言したものだったのだろうか?だとしたら佐竹先輩は未来を予知したというのか。
「未来予知じゃと?」
「ああ、なんか知らないかじいさん」
じいさんは元々異世界の住人だ。あそこには不思議な力がたくさんある。もしかしたら何か知っているかもしれない。
「んー、あるにはあるが、高レベルの術者が何年も修行して得られるかどうかの代物じゃぞ。そんなものは無いと言う者までおる。少なくともそこいらの娘が手にできる力ではないわい」
「そうか…」
しかし先輩自身でなくともそのバックに誰かが隠れている可能性もある。
何はともあれまずは助けてもらったお礼がしたい。明日は学校に来てくれるだろうか。
「まあ、今できるのはこのくらいか」
ひとまずこの問題は置いといて俺は里美の部屋で開きっぱなしになっている異世界の扉をくぐった。
目的は俺達の世界で使えるようなもの、便利な魔法なんかを修得できれば良いなと思うしだいだ。後はまあ、ヘカテリーヌの様子も気になってはいた。
適当にその辺の人にたずねてみる。
「ゆ、勇者を自称している女の子ですか…?ちょっと存じ上げないですね」
彼女の事をきくとやはりしどろもどろになる、そんなに悪い奴では無いのだが、やはり頭の弱い子に見えるせいだろうか。
その後も声をかけつづけ、さらに噴水の広場で待つこと5分。
「私の事を探してるのは貴方?」
案の定表れた。
「相変わらずだな…」
「?どこかで会いましたっけ?」
そういえば顔が変わってるんだったな。
「俺だよ、片倉曜」
「んー、ヨーはもうちょっとしゅっとしてるわよ」
それは俺の顔がむくんでると言いたいのか。
「ほんとに俺だよ、一緒に洞窟に潜ったりしたろ?」
「ウソ、ほんとに?でもなんで…」
「言ってなかったけど俺、異世界から来たんだ。こっちがほんとの顔」
そういうとヘカテリーヌはキョトンとした顔になる。やはり信じられないか。
「ヨー」
「なんだ?」
「そんなお伽噺みたいなことあるわけ無いでしょ?頭大丈夫?」
「お前にだけは言われたくねぇ、この偽勇者!」
「偽じゃないもん!ほんとだもん!」
二人でしばし睨み合う。しかし頭はともかく見た目はやはり整っていてずっと見ていると恥ずかしくなってくる。
仕方ないここは大人の対応を心がけるとしよう。
「というわけで俺はこの世界の事にあまり詳しくない、教えてくれ勇者様」
「むー、なんか当て付け臭い」
しかしやはりというか頼られると断れないようで渋々町を案内してくれる。
「あんたジョブはもう決めたの?」
「うんにゃ、よくわからんけど」
「じゃあ適正も知らないのね…」
「適正?」
「ジョブは適正がないとうまく扱えないの、生まれ持ったものと後から身に付けられるものがあるわ」
ほーん、なんかゲームのチュートリアルを聞いている気分だ。
そのままとある建物に通される。
「その玉に手をかざして」
「こうか?…うをぉ!?」
ガラス玉に手をかざすと突然輝き出した。
そして玉の中に不思議な模様が浮かび上がった。
「これは職人系、特に鍛冶師がむいてるみたい」
「鍛冶師か」
まあ遊び人とか変なやつじゃなくてよかったかな。
「次はどうするんだ?」
「…知らないけど」
「は?」
「しょうがないでしょ、私は戦闘系なんだから!」
自分のジョブ以外は興味なかったと。
「じゃあ武具の調達とかどうしてたんだ?あの金ぴか鎧とかさ」
「うるさいわね…一緒に探してあげればいいんでしょ、ハイハイ、わかりました」
何故かご機嫌斜めになってしまう。痛いところをついてしまったのだろうか。
「じゃあ、ここからは別行動ね」
「言ってることがチグハグなんだが…?」
「別に探さないとは言ってないでしょ、私と一緒にいると…その…あんたまで嫌われるというか…」
ヘカテリーヌはモジモジと言葉を濁す。
俺も嫌われるね…。彼女が町の人に避けられているのは知ってたしここに来る間も周りで何か言われていたのは気づいていた。
どうやら俺が思っていたよりずっと根が深い問題のようだ。
「俺は気にしない」
そういうとうつむいていた彼女の顔がばっと上がり碧色の瞳が俺をとらえた。
まっすぐに透き通るような眼差しは彼女の心を映したようでとても美しい。それを見るたびに俺は見惚れてしまうのだ。
「なんでよ…」
「お前はそんなに悪い奴じゃない、間違っているのは周りの方だ。間違ってる奴らに迎合するのは俺のプライドが許さない」
陰口には慣れてるとか、ここに定住するわけじゃないしとか、言いたいことは他にもあるが要はそういうことだった。
「カッコつけちゃって…カッコよくないぞ…」
「うるさいな…」
本当のことなんだからしょうがないだろ。
しかし言葉とは裏腹に彼女はフフと笑った。
それを引き出せたのなら無駄にかっこつけたかいもあるというものだ。
というわけで俺達は二人揃って町にくり出した。




