現状確認
外交王襲撃の報せは瞬く間に広がった。
偽勇者事件に続いた事もあって国内には沈鬱とした空気が立ち込め始めていた。
「王様の容態は?」
病室から出てきた王子バーンズリーの顔は暗く、俺は最悪の事態を想像した。
「なんとか一命はとりとめましたが意識はまだ戻りません」
「そうか…」
とりあえず良かった、と言えるのだろうか。
「二人には感謝しなければいけませんね」
するとバーンズリーは恭しく頭を下げた。
「父を見つけてくださってありがとうございます。あのまま放置されていたら間違いなく助からなかった」
王様の体を貫いた剣は内臓まで届いていて一刻を争う状況だった。
ただ俺達があの部屋に居たのは勝手に入ったからで、素直に喜べないのも確かだった。
「とりあえずおっさんが助かったなら良かったぜ」
レギュムは謝礼を素直に受け取った。
「私からもお礼を言わせてください」
続いて出てきたのはホリット家の末妹であるヘカテリーヌに瓜二つな少女、セイリス姫だった。
彼女の両目は赤く腫れていて今まで泣いていた事がわかる。
「セイリス、二人を送って上げてください。私は父の仕事を引き継がなくてはいけないので」
「俺も法律官で第一発見者として捜査に協力しなきゃならねぇんだわ、悪いけどしばらく手伝ってやれねぇ」
「ああ、しょうがないよ」
王子二人と別れ俺とセイリスは馬車に揺られながら病院を後にした。
「ん……うぅ…ぐす…うぇぇん…」
すると二人きりになった途端セイリスは泣き崩れてしまった。
俺の方に傾いて来るので仕方なく抱きとめる。
「…怖かったです…お父様が……いなく…なるんじゃって……怖かった………」
腕の中で震えながら嗚咽する彼女に俺は何もしてあげることができない。
俺は王様を犯人だと疑っていたのだから。
王様にも家族がいて慕っている人がいる。
ただ疑うばかりでそのことを失念していたんじゃないか。
彼を摘発するということは周囲の人々も巻き込むことになるんだ。
だからといって容疑者から外すこともできない。
できることといえば、泣きじゃくる彼女の側にいることくらいだった。
「……見苦しいところを見せてしまいました」
しばらく涙していた姫様も城につく頃には背筋を伸ばして王族らしい振る舞いに戻っていた。
俺も馬車から降りて別れの挨拶をする。
「貴方はお父様を疑っておいでなのでしょう?」
「え」
唐突にそう言われて俺は身構えてしまう。
「隠すことはありません。もし父が犯人なら裁かれなくてはいけませんから」
俺の目を見据えながら毅然としてそう伝えてくる彼女。
「覚悟はできています、なんて、先程のような姿を見せていては信じられませんよね…」
「いや、そもそも王様が状況証拠的に怪しいってだけで。今回、襲われてしまったし訳だし…」
また謎が増えてしまった格好だ。
「あの隠し部屋は父が趣味で使っていた場所なんです」
「趣味?」
「仕事で忙しい合間にあそこで息抜きをしていたんです。私も小さい頃に入れさせて貰って、秘密基地のようで好きだった記憶があります」
そうなのか、あの人にも趣味とかあったんだな。
言われてみれば事件のことでよく見れなかったが、お酒や楽器なんかが並んでいた気がする。
「あの部屋のことを知っているのは、私の知る限りお母様と私とお兄様だけなんです」
バンプーダァ王の子供に男子は一人しかいない。つまりお兄様とは嫡男バーンズリーのことだ。
「それって…」
「私も容疑者の一人ということです」
とてもそんなことをするメリットがあるとは思えないが。
「それでは、ご武運を祈っています」
そう言ってセイリス姫は城の中に消えていった。
残された俺はただ呆然と彼女の背中を見つめていた。
「はぁぁぁ~〜〜〜〜」
拠点としているアウステラの宿屋に帰ってきた俺はベッドに飛び込むと長い長い息を吐いた。
たまりにたまった疲労感を込めるように排出した空気は吸い込むとまた戻って来ている気がして結局、余計に怠くなった。
身体を投げ出して目をつむる。
まぶたの裏には今日起きた出来事が次々に浮かんでは混ざって絵の具みたいにぐちゃぐちゃとくすんでいく。
一度、整理しなくてはいけない。
外交王殺人未遂は偽勇者事件と関係あるんだろうか?
容疑者の一人(想像)だった王様は意識不明になってしまった。
こっち方面で捜査を進めるのはもう難しいかもしれない。
となれば後は魔王崇拝者達を含む不特定多数の容疑者(想像)しか残されていない。
「はぁ~」
バーンズリーのため息が移ったみたいに、もう一度軽く息を吐いた。
捜査はたしょう進んだ気はするものの、手がかりらしい手がかりはなし。
望みがあるとすればイクス少年騎士に預けた破片くらいだがそれも報告待ちだ。
もどかしい、ヘカテリーヌ達はどうしているんだろう。そう簡単にやられる奴らじゃないとは思うが。
ここまで会えない状況が続くとは思わなかった。
といってもそこまで時間は経っていない筈だ。普段、学校に行っている平日も毎日あっているわけじゃない。
それなのにこんなにも会いたいと思うのは安否がわからないからだろう。
もしかしたらもう二度と彼女に会えないかもしれないなんて、昨日までは思ってもいなかった。
いや、その時もいつかは訪れる。
ヘカテとは生きている世界が違うのだから。
妙な危機感をごまかそうと気晴らしにフロントに置いてあった新聞を開いた。
何か有益な情報が得られるかもしれない。
「!?」
一面の見出しにデカデカと書かれた文字。
『各国選抜部隊、逃亡犯と衝突!!』
砂漠に開いた火口のようなクレーターの画像も一緒に載っている。
いったいなにをしたらこんな風になるのか。
急いで本文に目を通す。
しかし戦いの結果は記されていなかった。
「使えないな」
俺は新聞紙を丸めて放り捨てた。
落ち着け、もしヘカテ達が負けていたら結果が載っているはずだ。
大丈夫、だと思う。きっと。
俺はベッドから起きる。
新聞に載っていた場所は例の崇拝者達の村の近くだ。
捜査対象だし今から向かえば何かしら見つかるかもしれない。
俺は部屋の扉を開けて飛び出した。
「!!」
部屋のすぐ外に立っていた人影とぶつかりそうになる。
男は鎧を着ていてどこかの兵士のようだ。
まさか俺を捕まえに来たのか!?
とっさに腰の剣に手を伸ばして臨戦体勢をとる。
だがその手を掴まれてしまう。
とてつもない力で俺の腕力ではビクともしなかった。
冷や汗が頬を伝う。
「私は勇聖騎士団 副団長ヲーライトと申します」
すると男は落ちついて名のった後、手を離した。
「我らが団長ハルシャークより、こちらを渡すよう申し使っております」
「…ハルシャーク?」
ヲーライトと名のった騎士は懐から巻物を一つ取り出すと俺に手渡した。
「詳しいことは言えませんが、二人は無事です、とだけ」
「は、はぁ…」
それだけ言うと男はそのまま去っていってしまった。
「………」
俺は手中の巻物に視線を落とす。
そして封をきった。
「おっと…」
すると中から何かがこぼれ落ちる。
慌てて拾い上げると金属製の指輪のようだった。
「これは…!?」
指輪自体は飾り気のない至って平凡な物だ。
だが驚いたのはそれが、エルクシスの襲撃現場で見つけた破片と同じ素材でできていることだった。
それが何を意味するのかはまだわからないが。
巻物の方は手紙のようだ。
目を通すとヘカテ達の現状、村の教会の地下で怪しげな生き物を見つけた事、そこでこの指輪を見つけた事などが書かれていた。
人と魔物が混ざったような謎の生き物。
それについては一つだけ心当たりが合った。
キルシュアだ。
彼女は人間として産まれたが魔物の血を流し込まれ半人半魔の存在となった。
だがそこまで怪しい姿はしていない。
いや、母親にかけられた呪いによって周囲の人々からは醜い魔物に見えてしまうのだったか。
そのおかげで魔の性質と相性が良かったらしいが。
もしかしたらハルシャークが見たものは、うまくいかなかった実験体なんじゃなかろうか。
だがそんな実験があの村の地下で行われていたとすれば、とてもおぞましいなんてものじゃない。
そしてそんな場所にいたこの指輪の持ち主はいったい何者なのか。襲撃者との関係はあるのか。
「そういえば最近キルシュアに会ってないな」
最後に会ったのはディミストリが墜落した時だったか。
姿を見られるわけにはいかないから町での生活は難しいのかもしれないが、普段はどこで暮らしているんだろう。
「……呪いか」
そういえば魔法やスキルは結界内だと探知されるが呪いはどうなんだろう。
もし使ってもバレないのであれば、人の五感を欺けるのなら、許可証の偽装も可能なのではないか?
俺は宿屋を出ると専門家のもとへ向かった。




