謎多き者
「お前は誰が犯人だと思う?」
昼飯を食べながらこれまでの調査をまとめる。
「……外交王」
「バンプーダァのおっさん?」
いつも飄々としているレギュムだが、この時は珍しく驚きの顔を見せた。
「なぜだい?」
「王なら許可証を偽装するのは簡単だろ」
普段、貴重品はルルの腹の中に入れてある。すり替えはほぼ不可能だ。
できるとすれば実際に手に取る入国審査官か発行主くらいだろう。
「けどよ、どうしておっさんが勇者を陥れるんだ?」
「……わからん」
動機、それが問題だった。
勇者は魔王の天敵であり、人類の希望だ。
その人気と知名度は世界一と言ってもいい。ヘカテリーヌはアウステラに拠点を置いていることもあってその影響力は絶大だ。
もしかしたらそれを恐れての犯行かもしれないが、魔物の脅威が依然として収まらない中でタイミングとしては悪い。
今回の事件はとても計画的に見えるし、外交を一手に担う男が衝動的に動いたとは思えなかった。
「けど他人の考えなんてわからんし…」
人は見たいものしか見ない生き物で、勘違いなども含めれば動機なんていくらでも湧いてくる。
「妄想で犯人扱いはできねぇな」
だが法で人を裁くのに勘違いでは許されない。
「後は、魔王崇拝者の残党とか」
「あーあいつらね」
魔王軍幹部ピャオパルポッペプーに壊滅させられた奴らだが、ヘカテ達を逆恨みしていてもおかしくない。
なんなら勇者というだけで標的にされかねないのだ。
しかしそれを言ったら世界中の人間が候補になってしまう。
前述の通り勇者はとても有名だ。それにハルシャークも新興勢力として危険視されている勇者教の騎士団長であり、狙われる理由にはことかかない。
逆に俺と佐竹先輩はただの脇役扱いだ。
指名手配の報奨金もその順番で高くなっている。
「けどあいつらに実行できるとは思えないんだよな」
烏合の衆の生き残りに計画的犯行が可能だろうか?
動機はあっても手段がない、手段はあっても動機がない。このイタチごっこだ。
「要するに何もわからねぇと」
「…そういうお前はどうなんだよ」
「さっぱりわからん」
お互い様じゃねぇか。
レギュムは植物を挽いた粉を紐状に練って茹でた物に肉と野菜と油を和えた料理をチュルチュルと飲み込みながら淡々と語る。
「けど気になることはある。殺すだけならさっさと殺ればいい筈だ」
「それはそうだな」
魔物と戦っている最中でも、飯に毒を盛るでも、他に方法はいくらでもある。
わざわざ公文書を偽装して襲撃し脱獄させて指名手配にした上で他人に命を狙わせる。あまりに回りくどい。
「名誉を汚したり、精神的に追い詰めるのが狙いとか?」
「なんの為に?」
「……魔物なら」
魔物は生き物のネガティブな感情をエネルギーにする。大きな事件は大好物だ。
それに人類の手で勇者を始末できるならこれ以上の成果はないだろう。
「魔物が許可証を偽装するのか?」
「……しないだろうな、けど魔王崇拝者なら」
「人間側に魔王の手先がいる、か。考えたくもねぇな」
どんな世界にもテロリストや過激派はいるけどな。
「それで今後の方針は?」
「俺が決めていいのか?」
「俺はあんたに依頼された立場だからな。判断には従うぜ」
ならもっと尊重してもらいたいもんだが。
「崇拝者達か外交王か…」
「おっさんのテリトリーにゃ入りたくねぇが、とはいえ狂信者共も厄介だな」
「………」
「まっ、あんたが行くっていうなら俺も異論は無ぇ」
「……アウステラに戻ろう」
「了解」
そっちのほうがまだ標的がはっきりしているぶん、わかりやすい。
その後は一時、捜査のことは忘れて腹を満たすことに集中した。
飴色に焼けた脂っこい肉塊を頬張るが味はよくわからなかった。
こうしている間にもヘカテ達は追手と戦っているかもしれない。満足にご飯もとれていないかもしれない。
そう思うと美味しそうな料理もうまく飲み込めない。
「これうめぇな、さすがは街一番の名店ってとこか」
「お前はいつもそんな感じだな」
悩みとかなさそうだ。
「辛気くさいと女もよってこねーからな、そんなの時間の無駄だろ?」
やっぱこいつ苦手だ。
「そのうち刺されるぞ」
「はっはっ、心配してくれんのか?ありがたいが問題ねぇよ、寄ってくんのは金と地位めあてのあばずれだけさ。次期王が庶民と婚約できるわけねぇのにな」
そう語るレギュムの瞳はどこか遠くを見ている気がした、あるはずのない理想郷でも探すような。
「へー」
「へーて、もっと興味もてよ」
「そういえば現犯人の捜索はどうなってるんだ?」
「結局それか、まあ良いけどよ。例の臨時部隊について聞きたいんだろ?」
「ああ」
各国を代表する数名が集まって精鋭部隊を編成するとかいうやつだ。
「三大国家がそれぞれ2名ずつ、計6人で編成されたらしい」
「6人か、意外と少ないな」
「ナメない方が良いぜ、どいつも小さい街なら一人で制圧できるくらいの猛者ばかりだ。そんな化け物が6人だぜ」
「お前は励ましたいのか?それともびびらせたいのか?」
「ただの歴然たる事実だよ」
「はぁ、…俺が入れれば良かったんだが」
「ははは、あんた偶にとんでもねぇこと言うな。嫌いじゃないぜ、そういうの」
「やってみなきゃわかんないだろ」
「ああ、あんたの勇者様がそいつらを返り討ちにするのもな」
今は信じるしかない。
俺は俺にできることやらなくては。
俺達は腹を満たした後、移動魔法で王都へ帰還した。
ちょうど同じ頃、不死の魔物によって半壊させられた魔王崇拝者達の根城があった村ではヘカテリーヌ達が身を隠していた。
「勇者様、これは食べられそうですよ」
二人は空腹を満たすために村の食物庫を探していた。
「勝手に食べて良いのかな?」
「放っておいても腐らせるだけですから。天の恵みに感謝しましょう」
街の出入りを封鎖され露頭に迷っていた二人はようやくありつけた食事に舌鼓をうつ。
「お水もどうぞ」
「ん…ん…ぷはぁ、おいしい」
「誰…?」
「!?」
突然聞こえた声に身構える。地下倉庫に積み上げられた物資の影から出てきたのは、幼少の女の子だった。
少女はボロボロの姿でとても満足な生活をおくれていたとは思えない。
一人で廃村にいたのだから当然だが。
少女は久しぶりに見た人の姿に涙を流して駆け寄ってくる。
「お母さん…」
「ごめんね、あなたのお母さんじゃないの…」
ヘカテリーヌは少女を抱きしめると落ち着かせるように頭を撫でた。
「ずっとここに隠れていたのでしょうか?倉庫の食材が一部減っていたのはこの子がいたから…」
「ずっと一人で居たのね、かわいそうに…」
少女は安心したのかヘカテの胸の中で眠りにつく。
「この子、どうしようかしら」
「置いていくわけにもいきませんから、隙を見てどこかに預けるしかないでしょう」
現在、全ての街で厳戒態勢が敷かれている。姿を見られただけで人々が群がるように襲ってくる。
「どうして、こんな事になっちゃったんだろう…」
ヘカテは少女を撫でながら呟いた。
「人々は騙されているだけですよ。容疑を晴らせば、また依然のように戻れるはずです」
「うん、きっとヨウとシズリも動いてくれてるはず。私達もできることをやるわよ」
「心得ました、我が勇者」
二人は地下倉庫を出ると村を探索し始めた。
崇拝者達に関して何か情報を得られるかもしれない。
まだ壊れていない建物をしらみ潰しに探っていく。
「…ここも空振りですか」
しかし中々めぼしい物は見つからない。
「お母さん…」
「ごめんね、起こしちゃったね」
「勇者様、こちらに」
少女を抱えながらハルシャークの元へと向かう。
彼が足元の瓦礫をどかすとその下から地下室への扉が見つかった。
「ここは…教会ですか」
ほとんど崩れてしまっているがそこは街に一つだけある教会の一角だった。
「怪しいですね…」
「そうなの?なんで?」
ハルシャークは微笑むだけで答えなかった。
「勇者様は外を警戒していてください」
一宗派の騎士団長を務める男は重い蓋を持ち上げるとホコリ臭い石段を下りていく。
灰と砂の混じったような匂いは、次第に血生臭く変わっていった。
それにいっさい顔をしかめることもなく男は最下層までたどり着くと正面に現れた扉を開ける。
「何だこれは…」
ハルシャークはそれを見て表情を歪めた。
「ウァ……バォ…ザァ…」
謎のうめき声が終始、耳を撫でる。
血と臓物の腐る匂いが一息に押し寄せてくる。
それらに耐えながら部屋に入るとそこにいたのは男とも女とも、若人とも老人とも判別できない、壁に拘束され、体の多くを異形に変えられた何者かだった。
謎多き者はハルシャークが近づくとその瞳で姿を追ってくる。まだ意識があるのだ。
「ァア…エゾォ……バェ」
意味不明の声を発しながら脈動する物体。
それを見聞きしたハルシャークは風の刃でかの者を斬殺した。
そして指先で印をきると祈りを捧げる。
「主の救いがあらんことを」
しばらく沈黙した後、目を開くとかの者はほとんどが消失しており、人のまま残された部分だけが床に転がっていた。
それを灰に還すと部屋の捜索を始めた。
とはいえ、ほとんどが謎の肉に覆われており特に目新しい物はない。
多少の徒労感を抱えながら部屋を出ようとした時、足元で何かが光った気がした。
同時に何者かが石段を下りてくる気配。
ハルシャークは急いで拾得物を懐に入れると階段を駆け上がった。
「勇者様、外を見張っていて下さいと…」
「うん、誰か来たわ」
三人は連れ立って石段を上がると光差す地上へと戻っていった。




