討論
「偽勇者を捕まえたぞ!!」
高らかな宣言とともに俺は堂々と街を歩く。
手元にはロープ、さらにその先には拘束された犯人、のフリをしているセイリス姫がうつむきがちに歩いている。
大通りに出ると野次馬達が犯人を一目見ようとわらわら集まってきた。
大勢の衆人環視の中でバレないかどきまぎしながら俺は一歩一歩、城に向かって歩を進める。
「このクソ野郎が!」
すると野次馬の中から罵倒する声が聞こえ始めた。
偽装した俺にではなく事件を起こしたと信じている犯人に対してだ。
罵声は徐々に大きくなり彼女を叱責、毀損する。
その顔はフードに隠れてうかがえないが、唇を噛み締めて耐えているかもしれない。
自分が考えた作戦だが、今さら後悔の念が湧いてくる。だがもう後戻りはできない。
だがついには、石を投げつける者まで現れてしまう。
それにはさすがの俺も思わず叫んだ。
「やめろ、価値が落ちたらどうすんだ!!」
実際、報奨金のルールは知らなかったが、俺の気迫に怖気づいた観衆は一転、静かになった。
そのまま進み続けて、やがて城門の前に辿り着いた。
兵士達に事情を説明する。
「よくやった、お前は帰っていいぞ」
「おいおい、それじゃあ誰が捕まえたかわからなくなるじゃねぇかよ。まさか俺の金を横取りする気かぁ?」
「む、……わかった、中に入れ」
こうしてようやく俺達は城に入ることができた。
その後は待ち合い室のようなところに通される。
「すみません、まさかこんなことになるとは」
俺は石がぶつかって腫れてしまった箇所に回復魔法をかける。
「問題ありません、こうして戻ってこれたのですから」
俺がロープを外すと姫様は堂々と部屋を出ていく。
「大丈夫なんですか?」
「ここは我が家の城ですよ、おどおどしていたら返って怪しまれます。あなたも私の騎士として毅然としていなさい」
立場が逆転して今度は俺が彼女の後ろについて歩いた。
すれ違う兵士達も彼女に頭をたれて、さっきまで石を投げられていたとは微塵も思っていないようだ。
「まずは私の部屋に向かいましょう」
長い廊下の真っ赤な絨毯の上を歩いていく。
これだけでちょっとした運動になりそうだ。
「この上です」
豪華な螺旋階段を登ると恰幅のいい男性が部屋の前に立っていた。
俺達に気がつくと豊かな腹を揺らして駆け寄ってくる。
「セイリスゥゥ〜〜、心配したよぉ〜〜」
「お父様っ」
感動の再会を果たした二人は抱きしめ合ってお互いの存在を確かめ合う。
ずいぶん仲の良い親子だな。
「いったいどうしたんだい?ずっと帰ってこないから仕事も手につかなくて参ってたんだよ」
「お仕事はしっかりなさってください」
「うん、セイリスが帰ってきてくれたからもう大丈夫」
セイリスの父親、ということはこの男がアウステラ三大王家の一つ、ホリット家当主にして外交王バンプーダァその人なのか。
偽物だと疑われた入国許可証を発行した人物でもある。
大層な肩書の割にはずいぶんひょうきんな人みたいだ。
「そういえばこちらは?」
するとひとしきり再会を喜んだのか、後ろに控えていた俺に興味を向けてきた。
「私を助けてくださった…ええっと……」
続きを言い淀むセイリス姫。そういえば名前を言ってなかったな。
とはいえ本名を名のる訳にもいかず、俺は咄嗟に思いついたものを口走った。
「私は……アカイ、といいます」
すると王様は俺の手を握って続ける。
「アカイ君、君のお陰でセイリスが戻ってきてくれたよ。お礼は何でもいい、我がホリット家の全権でもって応えさせてもらうよ」
ん?今なんでもって言った?
やたら大げさに賛えてくるが、ならその言葉に甘えさせてもらおう。
「じゃあ偽勇者の事件をなかったことにしてください」
「それは無理」
一転して険しい顔に戻ると申し出を軽く跳ね除ける。
「この国の、ひいては世界の秩序に関わるからね。そもそも、なんで君がそんな事を頼むのかね?」
さっきまでの無駄に明るい態度が嘘のように、鋭い目つきで俺を観察するようにねめつけてくる。
さすがは国を統べる王の一人といったところか。
「っ……セイリス姫が偽者に疑われたからです」
「成程、確かにそれは由々しき事態だ。早急に事件は解決せねばならん」
「その捜査に俺を加えて貰えませんか?」
「君が?なぜ?」
「問題の解決を願うのに理由がいりますか?」
「いらないな、だが公務につかせるというなら話は別だ。君でなくとも既に優秀な者達が事態の収束に動いている」
「優秀な者達?」
「各国から選ばれた少数精鋭部隊が偽勇者討伐に向かったところだ」
「!?」
つまり、世界中の強者がヘカテリーヌ達を殺しに向かっているという事か!?
「都合が悪そうだな?」
「……姫を助けた礼に何でもするとおっしゃいましたよね?」
「言ったな、だがこれは私の一存ではないのだ」
「お父様…」
「君のような得体のしれない男を兵に加えるわけにはいかん」
何かないのか、一刻もはやく容疑をはらさなくてはヘカテ達に危険が及んでしまう。
「なぜ、…なぜすぐに殺そうとする?もしその人物が偽物じゃなかったら?本物の勇者だったら、どうするんです?」
「はっはっ、本物の勇者ならそう簡単に死にはしないだろう」
「ですが今向かっているのは国を代表する強者ばかりなのでしょう?万が一ということもあるのでは?」
「勇者に万が一などないよ、彼女は神の下にいるのだから」
「そんっ…」
そんな訳あるか。あいつがどんな思いで今まで戦ってきたと思ってる。
それを神の力なんかで済まされてたまるか。
だがこの世界の人々にとってはそれが常識だ。
「あなたは…焦っているのでは?」
「…何が言いたい?」
今すぐ勇者を亡き者にしたいから、なんて言えるはずもない。
俺が黙っているとバンプーダァ王は振り返って立ち去る素振りを見せる。
「どこに……」
「君はもう去りなさい。我が娘を罪人に仕立て上げた罪、偽名を名のった罪、今なら不問にしよう」
「!?」
気づかれていたのか。
「………」
「………」
「……失礼しました」
完全に向こうの方が上手だ。
俺は敗北を受け入れて、その場を後にした。
胸にわだかまりを残したまま、一人階段を下りる。
どうすれば良かった、どうすれば良い。
このまま手をこまねいていても何も変わらない。
だがこれ以上、俺に何ができる?
長い、長い廊下の端から端まで歩いてもついに答えは見つからなかった。
扉の前で立ち止まる。
この先はもう城の外だ。
今ならまだ取り返しがつくかもしれない。
いや、そんなのは俺の願望だ。
現実には何もできやしないのだから。
「なんだお前、腑抜けた顔をしおって」
横から声がかかった。顔を向けるとそこには見知った人物の姿があった。
「バウリーグ……」
アウステラ三大王家の一つ、グレム家の嫡男。
「貴様、無礼だぞ!さまをつけろ、さまを!!」
「お前はいいな、ノーテンキそうで」
「なんだとぉ!?もう許さんからなっ!王国裁判にかけて極刑にしてやるぅ!!」
王国裁判?
「この世界にも裁判があるのか?」
いきなり指名手配にされたので、てっきり無いのかと。
「当然だろう、証拠は……今録音してやる、もう一度喋れ」
しかしずいぶんガバガバなようだ。それでまともに罪を裁けるんだろうか。
「俺だよ、片倉 曜だよ」
なんかもうどうでも良くなってつい喋ってしまう。
「カタクラ?俺が知ってるのとはずいぶん姿が違うような……?」
「整形したんだ。かっこいい方がモテるからな」
「ほー、平民は大変なんだなぁ」
「何より城の中にいるのが何よりの証拠だろ」
「確かに」
コンナンデ信じるのか。こいつが次の王でこの国は大丈夫なんだろうか。
まあ良く言えば素直なのかもしれない。
「まったく、危うく裁判を開くところだったぞ」
「裁判ね…」
もし今回の事件で裁判が行われたら判決はどうなるだろうか。
「なんだ?訴えたい相手でもいるのか?」
「………もし訴えたらどうなる?」
「そりゃぁ、受理されたら担当官と証拠を集めてだな…」
受理されなきゃいけないのか、そりゃそうか。
「……どうした?本当に悩み事なら俺が相談にのるぞ?」
「……バウリーグ」
「おう」
「俺を訴えてくれ」
「…………は?はうぅっ!?」
俺は固く拳を握るとバウリーグの顔面を殴り飛ばした。




