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蘇る異形

あまりの寝苦しさに目を覚ました。

苦しい筈だ。全身が縛られていて、これじゃあ寝返りもうてない。

「……!??」

なぜ縛られているんだろう。

ここはどこなんだ。

寝ぼけた視界で周囲を確認する。

昼間、直したはずの石像があった。

ここは砂漠の村だ、それはまちがいないらしい。

モンスターに襲われて遭難した俺達は村民に助けられてここにやってきた。

そして疲労を重ねていつしか眠ってしまったのか。

既に日は落ちていて明かりといえば篝火の炎がゆらゆらと不規則に闇を照らすだけだ。

暗がりから浮かびあがった世界には俺と同じように鎖で縛られたヘカテ、佐竹先輩、ハルシャークの姿があった。

「曜君…!」

「…先輩」

傷を負っていたハルシャーク以外は既に目を覚ましているようで、ヘカテは前方を睨みつけている。

視線の先には黒いマスクを被った謎の人物が立っていた。

そいつの手元ではトールとレンネの兄妹が、首筋に勇者選定の剣を突きつけられている。

見るからに人質に取られていた。

少しばかり状況を理解し、ひたいに一粒の冷や汗が流れた。

「悪いな、あんたらに恨みはねぇが、ちょいと儀式に付き合ってくれや」

マスクマンは俺が目覚めたことに気づいたのかもぞもぞと話し始める。

その声には聞き覚えがあった。

「……アニキ?」

俺達を助けてくれたはずの男だった。

「我が名はシュピタゲール、魔王様に連なる忠実な下僕である。これより血の契約により、彼の王を汚れた地に復活させる」

よく見ると俺達の足元に不可思議な模様が刻まれていた。

男が指示を出すと、どこからか現れた同様にマスクを被る村人達が松明を持って近づいてくる。

なんとか鎖を緩めようとして腕を動かすとネチョネチョ音がした。

これは、油か?

まさか俺達を燃やして生贄にでもしようってのか?

「動くなよ、こいつらがどうなってもいいのか?」

「…魔王を崇拝するカルト集団ってのはお前らだったのか」

「はっはっ、魔王様こそ汚れた世界を殺し流れる血によって浄化される救世主なのだよ」

「こんなことで魔王が蘇る訳ないだろ」

「お前には聴こえまい、我らを導くあの御方の声が!」

村人達が俺達を縛る鎖に松明を近づける。

話は通じないらしい。

「待って!!」

ここでヘカテが声を上げた。

「私は勇者ヘカテリーヌ、魔王に捧げるなら私一人で充分でしょ」

「ちょっと、ヘカテちゃん!?」

「自己犠牲の精神とは立派だな、流石は勇者だ」

バキッ。

シュピタゲールは悠長に歩み寄るとヘカテを殴りつけた。

バキッ、バキッ、バキッ。

何度も、何度も、殴りつけた。

そして髪を掴んで続ける。

「汚らわしい女だ、貴様が世界を救うだと?勘違いも甚だしいな」

興奮したのかマスクを外して素顔を見せるとツバを吐き捨てた。

「子供はやせ細り、若者は死に怯え、老人は病に喘ぐ、この世は地獄そのものだ!それを救うだと?ならば貴様は悪魔の手先にほかならない!!」

「なら、あなた達も手伝ってよ!苦しいからこそ皆で手を取り合って生きてきたんじゃないの?」

この村の人々は貧しく細々と生きていた。それでも全員で食料を確保し、全員でそれを調理して、全員で食す。

全員で暮らし、遊び、笑っていた筈だ。

それはまやかしだったのだろうか。

「…それも全てはこの日の為」

シュピタゲールが手を上げ村人達に指示を出す。

その瞬間、彼が手に持っていた勇者選定の剣がヘカテの意志に呼応してまばゆく輝き出した。

「なんだ!?」

続いてヘカテの胸元から白い毛玉が飛び出す。

守護獣ルルシフェルトは勢いよく飛びかかって男を退けた。

そして寝たふりを続けていたハルシャークが風の刃で俺達を縛っていた鎖を切断した。

「!?」

瞬時に状況を理解した俺達は走り出す。

まずは人質に取られた兄妹の解放だ。

とまどう村人達を蹴散らしてトールはヘカテが、レンネは俺と佐竹先輩が確保に成功した。

だがうまくいったのはここまでだった。

「!?!」

鋭い痛みが走る。

視界が明滅し、鮮血が飛び散った。

斬られた。誰に。周りにいるのは先輩と、兄妹だけ。

レンネの手には血に濡れたナイフが握られていた。

それは間違いなく俺の血だった。

「あぁっ」

直後にヘカテの悲鳴も上がる。

彼女の腕にナイフが生えていた。

「レンネちゃん!?」

痛みをこらえながら、とまどう先輩を引いて退がる。

「…ごめんね、お姉ちゃん」

逃走のさなか、兄妹が常に身につけていた眼帯を外すのが見えた。

その下には目蓋に魔王崇拝の象徴が刻まれていた。

そして俺達に逃げ場など無く、すぐ村人達に囲まれてしまう。

「この毛虫がっ!」

シュピタゲールに張り付いていたルルも地面に投げ捨てられた。

「この汚物共…、だが、これで…」

「諦めろ、二度目はない」

最悪、移動魔法で逃げることもできる。

「生贄なんて誰でもいいのさ」

シュピタゲールのナイフが篝火に照らされギラリと光る。

そして双子の喉笛を切り裂いた。

「!?」

「あひゃ、あはひゃはひゃあははひゃ」

血溜まりに倒れた二人を俺達が縛られていた魔法陣の中央に蹴り飛ばす。

そして村人たちが火をつけた。

「レンネちゃん、トール君!?!」

「駄目です、先輩っ」

思わず駆け出そうとする先輩を抱きとめる。

残念だが、二人はもう……。

「今宵、我らの悲願は成就する。王が長き眠りより目覚める時だ」

こんなことで何が起きるというのか。

奴らの残念がる姿を早くおがませて欲しい。

しかし俺の思惑は裏切られることになった。

オオオオオオオオオォォォォ。

「なんだ?」

風鳴りのような何かが周囲にこだまする。

だが辺りを見回しても暗闇が広がるだけだ。

オオオオオォォ。

誰も彼もが首を右往左往させる。

いったい何が起きているのか。

だが見つかるはずがない。

そいつは既にそこに居た。

広場中央の石像が砕け散る。

いや、それは石像じゃなかった。

勇者と魔物の戦いをモチーフにしたのではなく、元々、石化した魔物そのものだったんだ。

ギャアアアオオオオオオオォォォォォ。

一際大きく雄叫びを上げた魔物は石片を撒き散らしながら、近くにいたシュピタゲールの首を吹き飛ばした。

「ひぃっ」「うわぁ…」「あっあっ」

信徒達はみな悲鳴を漏らしたり逃げ出そうとする。

しかし背中を見せたものから次々ときざまれていった。

「やめてぇ!!」

見ていられなくなったのかヘカテリーヌが飛び出した。

獲物に夢中になる魔物を後ろから切り裂いた。

「やっやったぁ」「助かった……?」

大傷を負った魔物は動きを止めた。

そのまま前のめりに倒れていく。

しかし骨のように細い足で踏みとどまった。

「…逃げろっ!ヘカテ!!」

背にあいた傷は独りでに埋まり、やがて元の青白い肌に戻った。

そしてギョロリとした目玉を彼女に向けて、振り返り様に、鋭い爪のついた腕を振り抜いた。

「うぅっ」

なんとか剣で受け止めたもののヘカテは膂力で負け吹き飛ばされてしまう。

地面に叩きつけられる。なおも魔物は止まらない。不気味な肢体を翻らせて、倒れ込むヘカテに飛びかかる。再び振りかぶられる爪腕。それをハルシャークが切断した。

しかし胴体を離れて回転する腕は、すぐに断面から回復した。

勢いは止まらずそのままヘカテに襲いかかった。

「勇者様っ!」

なんとかハルシャークが体を割り込ませて盾とする。

肉と血が飛び散った。

「ハルシャークっ!?」

転がる騎士にすがりつく勇者。

元々傷だらけだったハルシャークは痛みにあえぐ。

そんな事はお構いなしに魔物は息の根を止めようと追いすがる。

俺はシュピタゲールの亡骸を投げてそれを妨害した。

魔物はそれを豆腐のように細切れにすると今度は俺を睨む。既にヘカテ達のことは忘れたようだ。

本能のままに眼の前の敵を惨殺するだけのもの。

ならばヘカテより俺のような搦手を使う人間の方がまだましに戦えるだろう。

俺は愛用の金槌を振り上げると、俺達を縛り付けていた未だ燃え続ける鎖を打った。

その瞬間、魔物が走り出し俺を裁断した。

俺の胴体は2つに別れ、上半身が滑り落ちる。

地面に転がるとガシャンという金属製の音がした。

それは俺、の形を模した人形だ。

「こっちだこっち」

横から魔物を挑発しまた切り裂かれる。

当然それも人形だ。

「おーい」「どうした?」「かかってこいよ」「ほれほれ」

四方に伸びた鎖の先端から次々に人型の鉄塊が浮き出てくる。

魔物はもぐら叩きのように次々と顔を出す

人形を惨殺していくが、それは罠でしかなかった。

「先輩、今のうちに神魔法を!」

人喰い森のエルフから教わった、かつての勇者が使っていたという神の加護を宿した法術。

不死身の怪物を倒す手段は他に見当たらない。

「でも…上手くいくかどうか…」

先輩は自信なさげに杖を握りしめる。

確かに以前、一度ためした時は失敗してしまった。

それでもやってもらうしかない。

蘇った怪物の名はピャオパルポッペプー。

3000年前の勇者達が倒せず、ついに敵の石化魔法を利用して封印するしかなかった魔王軍幹部の一体であろうから。

「私がやる!」

するとヘカテが名乗りを上げた。

鎖の人形も無限に出てくるわけじゃない。

切り取られて少しづつ摩耗している。

「頼めるか?」

「うん!!」

ヘカテは精神を研ぐように目をつむると、

聖剣を前に掲げその刀身を指でなぞっていく。

なぞられた剣はやがて眩く輝きを放ち始めた。


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