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逃走

突如、現れた巨大な怪鳥。その羽ばたきは嵐を生み、そのいななきは雷雲を呼ぶ。

稲妻が降り注ぐ中を悠々と泳ぐその姿に俺は叫んだ。

「逃げろ!!」

あれには敵わない。少なくとも今の俺達では。

「先に行って!!」

だが言う事を聴かないやつが一人。

砂塵の中で黄金の髪をなびかせる勇者、ヘカテリーヌだ。

「おい、逃げろって!!」

「誰かがあいつを引き付けないとっ」

『ネムリア』

佐竹先輩が杖を振るうとヘカテは微睡みに沈む。

俺は彼女を担いでその場を離脱した。

「勇者様を頼む」

すれ違いざまにハルシャークがつぶやいた。

その声に振り返ると白銀の鎧を纏った聖騎士は背中越しに手を振ってくる。

彼の姿が砂嵐の中に消えると俺は二度と振り返ることはなかった。

ヘカテを担ぎながら双子と先輩を連れて走る。

どれだけ離れても嵐が止むことは無く、もう自分がどこにいるのかもわからなくなった。

それでも義務と責任感だけで足を動かし続けた。

だがそれもいつか限界が来る。

「……曜君、死ぬ前に…キスして欲しいな」

「………」

「……冗談だよ」

喉が乾いて痛い。呼吸もままならない。足が重すぎる。目が霞む。頭痛がする。気持ち悪い。そんな感覚すら無くなった。

気がつくと俺は一人で倒れていた。

いつしか天には青空が戻り日差しが温かい、砂がベッドのように俺を優しく包んでくれる。

もう体が動かない。

このまま眠ってしまいたい。

目をつむると余計に体が沈んでいく気がした。

目蓋裏に走馬灯のようなものが浮かんでくる。

始まりはあの事故だ。

俺と里美から一度に両親を奪った事故。

火と血と涙に塗れた記憶。

全ての終わりであり二人の始まりだった。

その後は停滞した日々が続いた。

けれど里美に勇者であると告げられた日に何かが変わった気がした。

そしてもう一つの出会い。

勇者を自称する少女ヘカテリーヌ。

彼女と共に里美を救出した。里美は記憶を失ってしまったが……。

その後も佐竹先輩や色々な人と出会い、別れ、今に至る。

全ての人が平穏であることを祈りたい。

里美もだいぶ強くなった気がする。支えてくれる人もいる。

もう俺は必要ないのかもしれない。

であればもう俺に存在する理由はない。

「……ん、………ん、………くん!」

遥か遠くから何かが聞こえた気がした。

「……くん!…君!……曜君!!」

曜、…俺の、名前だ。

その声に釣られて少しだけ目を開けると、逆光に浮かぶ美しい女性が見えた。

ついに天国から迎えが来たのかと思ったが、その顔は砂まみれで、涙や鼻水に濡れてぐちゃぐちゃだ。

それでも必死に俺を呼ぶ姿は絵画なんかで見る天使などより魅力的だった。

「目を開けて、曜君!!」

頬をバシバシと叩かれる。バシバシ、バシバシ、バシバシ。

「…いた、痛い。痛いです…先輩」

「っ曜君!!」

思いっきり覆い被さられる。

重く苦しい感覚が戻ってきた。

「ううぁん、曜くぅん、よかったよぉ」

「先輩、無事だったごほっ、ごほっ…」

とはいえ体は消耗しきっている。砂まみれの空気を吸って喉が焼けるようだ。

先輩は持っていた皮の水筒を咥えると、含んだ水を口移ししようとしてくる。

「……自分で飲めますからっ」

俺は慌てて水筒を受け取ると喉を潤す。

清涼感に披露が洗い流されて生き返るようだ。

そんな俺を見て、先輩は再び抱きついてきた。

「またいなくなっちゃうかと思ったぁ…」

時を繰り返していた先輩にとって、俺は何度か死んでいるらしい。

震えて泣きじゃくる先輩を俺は優しく撫でた。

「おい、イチャつくのは後にしてくれねぇか?」

唐突な声に顔を上げると、先輩の向こうに砂漠の装束に身を包んだ男がたっていた。

さらにその奥には数頭の砂イルカとそれに繋がれた中規模の木ソリ。ソリに積まれた荷袋の上にはトールとレンネの兄妹もいた。

「アニキ、目的のぶつは見つかりましたか?」

「ああ、さっさと戻るぞ」

アニキと呼ばれた男は俺を手招きするとソリに乗り込んだ。

俺と先輩も後に続く。

荷物の上にはヘカテリーヌも寝かされていた。

傷だらけのハルシャークも。

アニキが縄を振るうと砂イルカ達がいっせいに泳ぎだし、彼らに引かれたソリも徐々にスピードを上げる。

俺達は砂漠をまるでモーターボートのように滑走した。

しばらく風に身を任せていると、やがて地平線の向こうにいくつかの建物が見えてくる。

それらは進むごとに数を増やしまた大きくなり、ちょうど目前まで迫った所でソリは緩やかに速度を落とし、やがて静止した。

荷下ろしを手伝った後、案内された掘っ建て小屋に腰を下ろした。

「ここは昔、俺達が暮らしてた場所なんだ」

トールの話ではこの村が彼らの生まれ育った場所らしい。

俺達の他にも子供から老人まで幅広い人たちが寄り集まって暮らしているようだ。

「おら、飯の時間だぞ」

するとアニキがやってきて、さっき下ろした荷物の中身を広げ始めた。

肉やら野菜やらを全員で調理して器に盛る。

「あんたらもどうだい?」

断るのもなんなので薄味のスープを軽く頂いた。

「晩飯にしては早くないか?」

今はまだ夕暮れ時のはずだ。

「ん?ああ、うちは午前と午後の2食なんだ」

なるほど、とても裕福には見えない人達だ。彼らなりの節制なんだろう。

「幻のオアシスを探してるんだってな」

隅の方で人々の営みを見つめていると、トールに聞いたのかアニキがそうきりだしてきた。

「知ってるのか?」

「この辺りでその名を知らない奴はいない、見つけた奴もだがな」

「そうか…」

「しょせんはあったらいいなって幻想が産み出したおとぎ話さ、それでも夢を見て野垂れ死ぬバカは後を絶たない、あんたらも含めてな」

「助かったよ…」

「運が良かったな」

さっきまでの惨状を思い返す。あの巨大な鳥は何だったんだろう。

「地獄の穴が開く時、嵐がやってくる」

レンネが口ずさんだ言い伝えを復唱する。

「七災龍」

「え?」

「そう呼ばれる7体の獣の伝承があるんだ。そいつらは自然災害を操って人里に壊滅的な被害を与えるんだと」

「七災龍か…」

「ま、ただの言い伝えだ。世の中、知らねぇことばかりだが、生きるので精一杯の俺達にゃ関係ねぇことだ」

そう言って一笑にふすとアニキはまたどこかへ行ってしまう。

「あんたらも、身に余る冒険は控えるこったな」

救われた事には感謝しているが、そういう訳にもいかない。

ぶっちゃけカルト教団はどうでもいいが、勇者の装備探しは必要な事だ。

俺は横になっているヘカテの側に向かった。

その横にはハルシャークも眠っている。

二人が目を覚ましたら出発しよう。あまり物資を譲ってもらうのも心苦しい。

だがなかなか起きる様子がない。

「とっさだったから強めにかけちゃったかも」

隣にきた佐竹先輩が心配そうに覗いてくる。

「お姉ちゃん達、死んじゃったの?」

一緒にいたレンネも悲しそうだ。

「大丈夫だ、二人とも頑丈だからな」

ヘカテは眠っているだけだし、ハルシャークも意外と傷は深くない。

「アニキー、ここ穴あいてるー」

すると施設の子供が何やら叫んでいる。

「あー、こりゃあ、やっちまったな」

「ごめんアニキ、遊んでたらぶつかっちゃって……」

どうやらオンボロ小屋がさらに劣化してしまったらしい。

「二人が潰されても困るし、ちょっと行ってきます」

俺は集団に近づくと愛用の金槌を振るった。

するとぽっかりと空いた穴はみるみる内に塞がった。

それを見た施設の人々から歓声が上がる。

「すごーい」「うわー」「やるな兄ちゃん」「こりゃたまげた」「かっけー」

大した事でもないが悪い気はしない。

「すげぇなあんた、ただの無謀な冒険者じゃなさそうだ」

「助けてもらったんだ、これくらいはしないとな」

アニキも嬉しそうだ。

「ねーねー、あそこも直せる?」

すると下の方から可愛らしい声がかかる。

少女が服の裾を引っ張りながら懇願してきた。

その後も俺は鍛冶師のスキルを使って継ぎ接ぎだらけの小屋を一通り直して回った。

「ふー」

「お疲れさま」

先輩から水筒を貰い喉を潤す。

村中を行ったり来たりしてヘロヘロだ。

「ここが最後かな」

こうしてやってきたのは中央に一つだけある広場だ。そのさらに真ん中に経年劣化で崩れてしまった石像があった。

「これって何を彫ったんだろう」

先輩の問いにアニキが答える。

「勇者と魔物との戦いをイメージしたみたいだな」

しかし勇者の姿は跡形もないほどに崩れてしまっていた。

「これじゃ魔物の像だな」

「ちょっと、怖いね」

「不謹慎だと思うんだが撤去するにも手間がかかっちまうからなぁ。元の勇者がどんな姿かもわからねぇし」

不気味にこちらを睨んでくる石像は異様な雰囲気を放っていた。

「ぱっぱと終わらせるか」

俺は金槌を回しながら像に近づく。

「元の形がわかるの?」

「勇者ならそこで寝てますよ」

コツン、と軽い音を鳴らして石像を叩く。

すると砕けた像は体積を増やして、さらには細部を形作っていく。

やがて現れたのは、長い髪をなびかせて剣を振るう女勇者の姿だった。

「本当にこうなるといいね…」

「はい」

こうして一仕事終えた俺達は少し小綺麗になった掘っ建て小屋へと戻った。


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