飛来した窮地
カルト教団を追って再び砂漠の街へと帰ってきた俺達は、現地のヘカテリーヌ達と合流した。
「何か進展はあったか?」
「んーだめー、よくわかんなーい」
ヘカテはため息をついてベッドに倒れ込んだ。
「それとなく調べてみたが、特に怪しい人物はいなかったな」
ハルシャークもむつかしい顔で腕組みしていた。
隠れキリシタンなんかが居たように、人の信仰なんてそう簡単には暴き出せない。絵踏みなど大規模な取り締まりもできない以上、見つけるのは困難だろう。
宗教と儀式は密接に関わりがあるのでそういった証拠をおさえられれば、現行犯で立証できるのだが。
あと手がかりになりそうなのは彼らが使っている象徴だろうか。
『剣を噛み砕く怪物』をかたどった紋章を彼らはその身に刻んでいるらしい。
しかし砂漠の人々は直射日光から肌を守るために露出が少ないので街をただ歩くだけでは見つからないだろう。
「カタクラ、ちょっといいか」
「?」
声をかけてきたのはハルシャークだった。
「なんだよ」
「ついてきてくれないか」
乞われて一緒に宿を出る、そのまま街へとくりだした。
「おい、何すんだよ」
「お前は見ているだけでいい」
まったく意味がわからない。
わからないがとりあえず言う通りにしてみた。
するとすれ違う人が皆、訝しげにこっちを見てくる。
ハルシャークは勇者に絶対の忠誠を誓っている変人だが、見た目は鎧を着込んだただの騎士でありこの世界ではよく見る姿だ。
いや、それでも他とは違う特徴が一つだけあった。
こいつの鎧に印されたエンブレム、光輝く剣をかたどった勇者教の象徴だ。
「エルクシス領民は9割以上が十神教を信仰しているらしいからな」
そして十神教から別れた勇者教は彼らにとっては許しがたい存在というわけだ。
しかしその中でハルシャークを気にしない奴が居たとしたら、そいつは他の何かを信仰していることになる。例えば俺達の探す魔王崇拝とか。
「そう上手くいくか?」
「さあな、だがじっとしていても埒が開くまい」
ハルシャークはわざと目立つように歌を歌ったり、道行く人にぶつかったりした。
それに腹を立てた町人と口論をしたりツバを吐きかけられたり、時には暴力に訴える者も居たがハルシャークは顧みない。
「これはヘカテには見せられないな」
「ああ」
だから俺を連れて来たのか。
しかしここまで怪しい、いや怪しくない反応をする人物は見当たらなかった。
「ここで最後だな」
そうしてやってきたのは、だいたい街に一つはある教会だった。
「おい、ここはいいんじゃないか?」
門前に掲げられているのは十神教の紋章だ。つまりここは同教の管轄内ということになる。
「木を隠すなら森の中というだろう」
ハルシャークは堂々と扉を開けて中に入っていった。
十字章を提げた司祭らしき人物が寄ってきて、その柔和な顔をすぐに険しく変貌させる。
「ここは貴様のような輩の来る場所ではないよ」
声音は穏やかだが言葉の端々に嫌悪が滲んでいた。
「そう急くな、興味本位で立ち寄ってみただけだ」
司祭の横を通り過ぎるとベンチに座って祈りを捧げる人々の間を鎧を鳴らしながら行進する。
チラチラと横目で見ては眉間にシワを寄せられていた。
「おい、あんまり目立つなよ」
悪い噂がたつとヘカテ達にも影響があるかもしれない。
「その時は潔く消えるさ」
しばらく教会の中を調べてからその場を後にする。
「空振りか」
「それがわかっただけでも良しとしよう」
ここにも特に怪しい物はなかった。俺達が一番怪しかったくらいだ。
宿に戻るとヘカテ達が出迎えてくれた。
「おかえり!どうだった?」
首を横に振ると一瞬悲しそうな表情を見せるがすぐにいつもの快活な笑顔に戻る。
「じゃあ少し休んでから出発する?」
「御心遣い感謝します、ですが私なら大丈夫です」
「俺もいるんだが…まあいいけど…」
急いで支度を済ませて俺達は次の目的地へと向かった。
「今日はどこへ行くの?」
ヘカテが路傍の石を蹴りながらあっけらかんとたずねてくる。
「お前ねぇ…、次の街を目指しながら途中にある過去の地図にしか記されてない集落を目指す」
もう少し緊張感を持ってほしいが、変に畏まられても困るしな。
そんな訳で俺達は昨日と同様に砂漠を進む。
そして目的の場所まで辿り着いた。
過去の集落は既に砂に埋もれてほとんど見る影もない。
これでは幻のオアシスには程遠いだろう。
一応わずかに残った遺跡も調査してみるが特に手がかりはなかった。
「しょうがない、次の街を目指すか」
なんだか例の教団探しを除けば恐ろしくなるくらい旅路は順調だ。
天候は乱れないし、広い砂漠で道に迷うこともない。
勝手なイメージでもっと苦労するものだと思っていたが、双子の案内が的確なのかもしれない。
ズザザザザザザザザザザ。
そう思った矢先、唐突に足場が崩れ始めた。
「何だっ!?」
「ヒューマンヘルだ!」
とつじょ現れたすり鉢状の穴、中心に向かって地面ごと滑り落ちていく。崩れた体勢をなんとか立て直そうとするが柔らかい砂を掻いて空回りするだけだ。
その先で巨大な塊が口を開けた。
トンネルのような、人間など一飲みにできるほど大きな口。
不均一な歯がよだれを垂らして不気味に光る。
食物を切り裂き、砕き、すり潰す、最も身近な凶器。
この場合の食物は当然、俺達だ。
背筋に悪寒が走る。
まな板の上の鯛はこんな気持ちなのだろうか。
ヒューマンヘルと呼ばれる怪物は紫色の舌で砂を蒔き散らし、足場の崩壊を加速させる。
だが大人しく食われてやる訳にはいかない。
落ち着いて周りを確認する。
穴に囚われたのは俺とヘカテリーヌに佐竹先輩。ハルシャークと双子は無事だ。
「ハルシャーク!!」
俺が叫ぶと聖騎士は高く飛び上がり自ら地獄の穴に飛び込んだ。
だが足場は滑り続ける砂、だけではない。
そこで足掻く餌、俺の上に落ちると腕を踏み台にして再び舞い上がった。
二度の跳躍によりハルシャークは怪物の頭上に躍り出る。
そのまま槍を操り、穂先を脳天に突き刺した。
『サーベルランス』
アアアアアアアァァァ。
怪物の断末魔が響き渡り、青くて巨大なノッペラボウは痙攣を繰り返す。ついには砂埃をまきあげて崩れ落ちた。
滑り落ちる足場はやがて静止し、俺達もなんとか体勢を戻巣ことができた。
「勇者よ、お怪我はありませんか?」
「うん、助かったわ、ありがとう」
「礼には及びません、私は貴方のふるう槍なのですから」
「私は剣にも槍にもお礼を言うわ」
「……心遣い感謝します」
「先輩、大丈夫ですか?」
「うん、君は?」
「大丈夫です」
少し離れていた双子の無事も確認し一段落だ。
しかしレンネの方が浮かない顔をしていた。
「どうした?お腹でも痛むのか?」
少女は大きく首を振るだけで何も話さない。
「何か気になるの?」
佐竹先輩が身を屈めて寄り添いながらきくと、ようやくその心中を吐露した。
「……あの…言い伝えがあって……、砂漠に地獄の穴…開く時、嵐がやってくるって…」
「嵐?」
遠方を見渡してみるが、空は雲一つない快晴だ。
「俺も聞いたことあるけど、ただのおとぎ話だろ?」
兄のトールも懐疑的だ。
「…ごめんなさい、やっぱり…勘違い、かも」
レンネは今にも泣き出しそうだった。
「まあ何も無いに越したことはないんだ、念の為、用心して進もう」
「…うん」
その後、少女は先輩に抱きついた。
そして何かが割れる音が一帯に響き渡った。
「!?」
ブブブウイイイィィィィィィ。
直後に羽音のような連続した不快音が続く。
いや実際にそれは大気を叩く羽の音であり、怪物の産声でもあった。
穴の中から高速で大空に舞い上がる巨大な影。
陽の光を浴びて七色に輝く羽は、はばたくごとに突風を蒔き散らし、砂嵐が吹き荒れた。
「ゴホッゴホッ、ッ、」
砂が顔を襲ってまともに目も開けられない。
視界が遮られ自分がどこにいるのかも曖昧になる。
あの生物はどこからやってきたのか。
あいつはさっきまで俺達が囚われていた穴の中から現れた。
あそこには怪物の死骸が横たわっているだけだ。
いや、あれは死骸などではなく抜け殻だったんだ。
さっきまでの姿は幼虫、もしくは蛹のようなもので、羽を得て宙を舞うあれこそが成体なのだろう。
悠長に考察している場合じゃない。
砂のせいで身動きも取れない。しかしじっとていれば格好の的だ。
ここで一瞬、砂の嵐が止んだ。
正確にはハルシャークが風の刃によって切り裂いたのだ。
今までは砂が舞うからと自重していたのだが、既に吹き荒れているなら話は別だ。
そして飛び散った風に煽られて怪物はバランスを崩した。
「ヒューマンレオは羽化直後だと上手く飛べない!今がチャンスだ!!」
トールの声がとぶが敵は空に逃げてしまい追撃は困難だ。
そうしている間にも再び砂塵が集まって来る。
『エアドーム』
ハルシャークが槍を地面に突き刺すと、そこを中心に小規模な風の結界が出現した。
「先輩、双子を連れて中に!」
「曜君は!?」
「時間を稼ぎます!その間に呪文を!」
先輩の魔法が決まれば勝ちだ。それまで敵の注意を引き付けなければ。
「TEFL!」
左手に埋め込まれた人工知能に指示を出す。
こいつなら砂塵の中でも敵を把握できるはずだ。
「右右上左右――――――」
狭い視界の中、ギリギリで怪物の体をかわし続ける。
しかし一瞬、攻撃が止むと強烈な突風が吹き荒れバランスを崩してしまう。
「うっ…!?」
広範囲を襲う羽ばたき、これはかわせない。
まずい。
ただでさえ砂に足を取られて身動きが取りづらいのに、今、追撃が来たら……。
「!?」
何かにぶつかって体が浮いた。
怪物の攻撃、ではない。
俺は柔らかいものに包まれながら宙を駆けた。
すんでの所を怪物が通り過ぎていく。
「大丈夫?」
「ヘカテ!」
彼女に抱えられて俺は窮地を脱したらしい。
そのまま左腕の指示を彼女に伝える。
「上右下右上左左――――――」
そして再び怪物がその大きな羽を振動させる。
「ルルゥ!盾!」
「ルゥに命令するな!ルゥ」
へカテリーヌの胸元から毛玉が飛び出してくる。
聖剣の守護獣(自称)であるルルシフェルト・ウンタラカンタラは口を開けると、どう見ても大きさの合わない勇者の盾を吐き出した。
俺達はその後ろに構えて突風を待った。
砂を巻き上げながら向かってくる風の刃、しかし伝説にその名を刻む『地母神の掌』はあらゆる障害を無にかえす。
ピヨオオオオォォォォ。
渾身の一撃を跳ね返されて憤慨したのか、怪物は天高くいなないた。
そして巨体を翻らせて突進してくる。
グワァン。
それも伝説の武具の前では無力、衝撃で少し腕が痺れたが、一寸すら後退することなく受け止めてみせた。
そしてようやく俺達のターンがやってきた。
全体重を乗せた攻撃を完全に防がれて敵は隙だらけだ。
「はぁ!!」
飛び出したヘカテは大きく剣を振るうと怪物を斬りつけた。
ピヨオオオオオォォォォ。
怪物は一際大きく鳴くと、今度は盾を掴んで俺達ごと持ち上げようとする。
しかし超重量の盾は容易く持ち上がらない。
その隙にヘカテはもう一度、剣撃を加えた。
あまりダメージになっていないのか怪物は諦めて再び飛翔する。
だが次の手に迷っているのか、宙を旋回するだけで一向に向かってこない。
けれどここでタイムオーバーだ。
「準備オーケー!」
無味乾燥とした砂漠は既に鮮やかな紋様で
埋められている。
緻細な幾何学模様で編まれたそれは超自然的なエネルギーを操る魔法陣。
その主である佐竹先輩が指揮者の如く杖を振るった。
ピヨオオオオオオオオオォォォォォォオォゥjキpkhvォ。
雲一つない晴天を一瞬で黒々とした暗雲が占領する。
曇天を稲妻が駆け巡り、次の瞬間、それは獲物目掛けて落下した。
怪物はこの日、最大のいななきで断末魔をあげ、その身を天と同じように黒く焼かれた。
雷光は明滅しながら砂漠を照らす。
大気を裂く怪音は神の怒りを思わせ、雄大な自然への無力さに心身を寒からしめる。
その雷をさらなる轟音で蹴散らしながら飛来した影は、こんがり焼けた怪物に食らいついて、腹に入れてしまった。
「……何だ、あいつ?」
ピュガアアアアァァァァ。
その姿こそがレンネの言う『嵐』の正体だったのだ。
 




