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砂漠のオアシス

日中、ほどほどに勉学に励んだ後は恒例の放課後スミスタイムがやってくる。

といってもいつもの工房でただ師匠の横で鉄を叩くだけだが。

しかし『匠座』での修行のお陰でなんとなくやっていただけの作業も細かい気遣いをするようになった気がする。

その分、時間と手間もかかるが疲労も充実感を後押ししてくれた。

「えーと、イワクモの凝血と木油石が…」

「…ごちゃごちゃうるせぇぞ」

「うーす」

師匠の適当、豪快な手捌きは繊細な匠座のそれとは真反対だ。もしかしたら気に入らないのかもしれない。

まあ確かに頭ばかり使っていても完成しないし、師匠のやり方の方が俺にあっている気がした。

あくまで素材に込めるのは自身の想いだ。

深く息を吐いて愛用の金槌を握り直す。

そして思い切り良く、赤熱する金属材に叩きつけようとした時だった。

「お時間よろしいでしょうか?」

聞くだけで落ち着くような穏やかな声が、火と灰だらけの無骨な工房に響く。

出所を見ると柔和な笑みをたたえた金髪の少年が崩れた壁の出入り口に立っていた。

「呼び鈴が無かったので失礼させていただきました。問題なかったですよね?」

きらびやかな装飾をまといながらも、恭しく礼を失さない彼はアウステラ鼎王の一柱、外交王バンプータァの一人息子であるバーンズリー王子だ。

「なにか御用ですか?」

俺は金槌を置いて彼を出迎える。師匠はいつの間にかどこかへ行っていた。

「ここではなんですのでどうぞこちらへ。勇者様もお待ちですよ」

ヘカテも来ているのか。

俺は案内に従って馬車に乗り込む。

そのまま石畳の道を走って、人々を見守るように街の端に建つアウステラ・ド・クラウディークラウス城へと向かった。

やたら豪奢な廊下を抜け数え切れないほど並んだドアの一つから部屋に入る。

「あ、ヨウだ」

既にヘカテリーヌも待っており、俺は彼女の隣に腰掛けた。

「それでは話を始めましょうか」

バーンズリーは対面の席に座ると口を開く。

「唐突ですが、聖剣武闘祭のおりに軍事王リッヒデンバーグ様が襲撃を受けたのを覚えていますか?」

「そうなの!?」

「ああ、そんな事もあったな」

正確には王子のバウリーグが狙われ、彼を庇った王様が傷をおったのだ。

「犯人がわかったのか?」

「ええ、捕えた罪人の中に偶然、仲間がいたようで拷問の末、奴らの所属がわかりました」

「所属?」

何やら大所帯がバックについているのか、バーンズリーはその温厚な顔を苦渋に歪ませた。

「魔王崇拝者たちです」

「そんな奴らがいるのか?」

「信じがたいですが、いえ、今までは本当に噂程度の扱いだったのです、しかし今回の調査でそれが明るみに出てしまって…」

「嘘をついてる可能性は?」

拷問なんて不穏なワードが出てきたが、いったいどのレベルで行われているかわからないが、苦痛に耐えかねてデタラメを口走った可能性もある。

「それが今回お二人を呼んだ理由です」

バーンズリーは食い気味に宣言した後、一拍おいてから改めて理由を伝えた。

「事の正否を確かめてほしいのです」

実際に魔王崇拝などというものが行われているのか、それを突き止めてほしいと。

「それってお前らの仕事じゃないのか?」

要は警察の真似事だろう。それなら本家の国家権力が動けばいい話だ。

「お恥ずかしいのですが、現在アウステラは先の『ディミストリ墜落事件』の後始末で手一杯でして…」

あの時は他国の力も借りたので、その対価交渉などに手間取っていると聞いた気がする。

「そして奴らが潜伏していると思しき場所が他国にありまして」

「なるほどなぁ」

この世界でも各国を出入りするには許可がいる。

自由にそれができるのは貴族公務員や上位冒険者など限られた人々だけだ。

そしてその中には勇者であるヘカテリーヌも含まれている。

「お願いできませんか」

「良いわよ」

ヘカテリーヌはさも当然というようにあっさり了承した。

だと思った。

「ありがとうございます」

「それじゃ早速行きましょう!」

遠足にでも行くかのような足取りの軽さで部屋を出ていくヘカテ。

俺はバーンズリーへの質問を継続する。

「それで何処に行けばいいんだ?」

「エルクシス領南部に広がるガハナ砂漠です」

「砂漠?のどこ?」

「砂漠です」

「………」

「………」

「砂漠の」

「砂漠です」

「………」

「砂漠です」

「わかったよ!」

そりゃあそんなカルト集団のアジトがわかりやすい場所にあるわけないよな。

「もちろん報酬は弾みますよ」

「なにしてんのヨウ、はやく行くわよ」

なんだか常に変わらないこいつの笑顔が急に胡散臭く感じてきた。

その後、準備をしてエルクシスに飛んだ。

「私は外で待っていますね」

久しぶりに同行したハルシャークは入国審査場前でそう、きり出した。

「なんで?」

「この国は十神教のメッカなので」

細かいことは知らないがハルシャークが身を置いている勇者教は嫌われている。

特に世界宗教である十神教からは目の敵にされているらしい。

こういうのは下手に首を突っ込まないほうが良いだろう。

俺達は彼を置いて入国手続きを済ませた。

「さて、どうするかな」

カルト教団の隠れ家を探すと言ってもどうすればいいのやら。

しかもこの度は秘密の捜査ということで大っぴらに協力を求めることはできない。

「とりあえず砂漠の街に行ってみない?」

すると、これまた久しぶりに同行している佐竹先輩が口を開いた。

確かに砂漠広しといえど寒暖差の激しい乾風吹き荒れる荒野で、しかも魔物や獣が跋扈していればなおさら人が生活できる環境ではない。

であればカルト教団といえど結界に守られた集落に潜んでいる可能性が高いだろう。

しかし問題は移動魔法だと行ったことのある場所にしか使えないということだ。

だから結局は自分の足で砂漠を探索する必要がある。

「いざとなったら魔法で避難できるし大丈夫じゃない?」

楽観的に意見するのは我らが勇者ヘカテリーヌだ。

「それがそうもいかないの」

「なんで?」

「砂漠では移動魔法が使えない可能性があって」

「そうなんですか?」

初めて聞く話だった。

「移動魔法は自分と目的地、2つの座標を正確に把握していないといけないの、でも目印となる物が限られる砂漠だと」

「上手くいかない、と」

特に魔物と戦いながら自分たちの位置を把握し続けるのは至難の技だ。

「だから魔法が使えるのに遭難する冒険者も少なくないんだって」

「へー、シズリ良く知ってるね」

「前に本で読んだの」

「むしろなんでヘカテは知らんのだ」

砂漠は残り2箇所となった勇者の装備(アウステラシリーズ)が封印された遺跡の候補地だ。

今後はもっと本格的に捜索する機会があるかもしれない。

「やっぱり誰か案内してくれる人が欲しいな」

「おらぁ!早く立て!」

「!?」

怒鳴り声に振り返ると、筋肉質な男に二人の子供が恫喝されていた。

二人は兄妹なのか涙ぐむ少女を少年が立たせようと手を引いている。

「ちょっと、かわいそうじゃない」

「あぁ?」

ヘカテがなだめようと近づくと男はぎょろりとした目で睨みつけてきた。

「よそもんはだまってな」

「こんなの放って置けるわけ無いでしょっ」

ヘカテは兄妹の側によると少女を起こして砂を払う。

彼らの格好は飾り気がないどころか、所々ほつれたり破れたりしていて貧相なものだった。

男も布一枚羽織ったくらいだが、二人に比べればまだ増しといえた。

「ふん、こいつらを世話してんのは俺なんだ。むしろ役立たずで困ってたくらいだぜ」

すると男は険しい表情をくるっと変え、ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべ続けた。

「ならてめぇがそいつらを引き取ってくれや」

「え、ちょっと…」

そのまま男は背を向けて歩きだしてしまう。

「待ってくださいっ」

それを見た兄妹は追いかけようとするがまた少女が転んで少年もその場で右往左往、その間に男は人混みに消えてしまった。

「ふ、うっうぅ……」

少女の泣き声だけがこだまする。

「……お前のせいだ」

少年は行き場を無くした憤りをヘカテにぶつけた。恨み節を聞いた彼女は悲しそうに目を細める。

俺は面倒な事になったと嘆息した。

「大丈夫?痛かったね?」

すると佐竹先輩が転んでしまった女の子を抱えあげ、その頭を撫でた。

「うぅ…」

「よしよし」

女の子はなおも泣きじゃくっていたが、よろよろと立ち上がると先輩のお腹に抱きついた。羨ましい。

そんな妹の姿に安堵したのか少年も目に涙を浮かべ始めた。

さて、どうしたもんかな。この子達は寄る辺がないのか、とにかく今は情報が欲しい。

「あの男とはどういう関係なんだ?」

俺は少年を見下ろしながらたずねた。

「ちょっと、怖がってるでしょ」

ヘカテが少年の肩を抱きながら茶々を入れてくる。うるさいな。

俺は屈んで目線を合わせた後もう一度たずねた。

「……運び屋の、…砂の船団(デザートレーサー)の、上司……」

「運び屋?」

少年はうつ向きつつもぼそぼそと口を開く。

どうやら移動魔法では運べない大量の物資の運送を生業としている企業の人間だったらしい。

「そこで働いていたの?」

ヘカテの問いに少年は頷く。

「親は…いないのか?」

「ふぇ~ん…」

少女の泣き声が響く。

「ヨウ」

「いや、きかなきゃわからんし」

しばらく待っていると少年が口を開いた。

「…いない、病気で死んだ。兄ちゃんも稼ぎに行ったっきり帰ってこない」

「兄ちゃん?」

「トーレンス兄ちゃん、アウステラのお祭りで賞金を貰ってくるって…」

その言葉を聞いて俺は少年に感じた既視感の正体に気づいた。

「トーレンスって顔を黒い布で覆った弓使いの?」

「兄ちゃんを知ってるの?」

今まで俯いていた少年はここで初めて飛びつくように顔を上げた。

トーレンスさんはアウステラで行われた聖剣武闘祭の一回戦で俺が戦った人物だ。

残念ながらその後の戦いで命を落としてしまったが。

「金を稼いでトーレンスさんを探すつもりだったのか?」

「それもあるけど…『幻のオアシス』に行きたいんだ」

「幻のオアシスってなんだ?」

「砂漠にはまだ見つかってない龍脈溜りがあるんだって」

龍脈溜りとは、大地を流れる神聖なエネルギーの集まる所で、この世界の人々はその力を使って結界をはり暮らしているのだ。

砂漠には未だ未踏の地があり、地図に乗っていない楽園があっても不思議じゃない、のかもしれない。

「それって本当なのか?」

「……わかんない、噂で聞いただけだし…」

そりゃあ、わかってたら探すまでもなくさっさと向かえばいい。

そんな物に頼らざるをえない程、この二人は追い詰められているということか。

「うぅっ…」

「大丈夫かっ?」

すると少年が急にうずくまって呻き始めた。どこか痛めているのだろうか。

「どうした?痛むのか?」

「お腹…」

腹が痛いのか。

「お腹……すいた」

………。

俺達は近くの飯屋に向かった。


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