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夜の終わり

鍛冶師は鉄を打つ時、己の魂をそこに注ぎ込む。

打てば打つほどに鉄は形を変え、剣であれ盾であれ他の何かであれ、やがて新しい役割を与えられる。

善良な志は誰かを助け、悪しき思いは狂気を呼ぶ。

そしてそれは時に鍛冶師の思い描く理想を体現し常識では計り知れない力を得る。

お守り。

俺は、スズに剣を渡す時にそう伝えた。

誰かを害するためでなく、気弱な彼女の助けになればいいと。

汚れのない純白の小刀は禍々しい純黒の魔剣を弾き返した。

小刀は月明かりを反射して闇夜に浮かび上がり、刀身の輝きに照らされた魔剣はその身をボロボロと崩していく。

ギチギチギチギ……。

いななくように軋みながら退く魔剣、体中から刃を射出する。

しかしそのどれもが小刀の輝きを受けて砕け散った。

もはや彼女を害する事はできない。

それでも役割を与えられた以上、抗うこともできず、ただただ命に刃を向け続ける魔剣、その度に己が朽ちていくというのに。

しばらく驚き立ち尽くしていたスズは、自らが産み出した魔剣のそんな姿を見て不憫に思ったのか、凶器が飛び交う中を少しずつ近づいていく。

小刀が守ってくれると確信しているように。

やがて目前まで歩み寄ると母親の腹部を貫く剣の柄に手を添えた。

「ごめんね、こんなふうにしか生んであげられなくて」

優しく語りかけると今まで荒々しくその鋭利な体を振り回していた魔剣が動きを止めた。

スズは柄を握りしめて引き抜こうとする。

しかし根深く食い込んだ剣はびくともしない。

そもそもあれは抜けるものなのだろうか。

そうしている間にも魔剣の刀身はボロボロとこぼれ落ちていく。

鈍重な大剣と化していた両腕は元の白い肌を持つ人の手に戻っていた。

そしてその手を、母が子を撫でるように、スズの手の上に重ねた。

「…お母さん」

すると少しずつ本体の剣が動き始める。

「…お父さん」

きっと目の錯覚だろう。ここにはいない両親がスズに力を与えている気がした。

徐々に、けれど確実に魔剣が母親の体から離れていく。

そしてスズがめいっぱい踏ん張ると先端が完全に抜き払われた。

勢い余って尻もちを付くスズ。

隣に刺々しい魔剣が甲高い金属音を上げて弾む。

続いて人の形に戻った母親も倒れ伏した。

これで終わり。

匠座を騒がせた一連の事件も全て幕を下ろした。

かに思えた。

「!?」

宿主を失った魔剣が突然、震えだした。

そして刀身から複数の棘を伸ばすと、それを足のようにカサカサと動かして移動し始めたのだ。

その行方には一人の女性が倒れている。

金色の髪を持つ勇者、ヘカテリーヌだ。

「ヘカテっ!」

俺が慌てて叫ぶと目を覚ましたのか顔を上げた。

その目前には黒い剣があった。

「なぁに?!」

魔剣はうつ伏せに倒れたヘカテの背中にまたがると、棘を触手のようにして絡みつかせた。

「やだっ、ん…」

そして体を無理やり起こすと右手に収まろうとする。

今度はヘカテの体を乗っ取るつもりか。

「くそっ、起きろ…、起きろよ!」

必死に腕を立てるが痛みと疲労感で力が抜けていく。

「スズっ頼むっっ!!」

しかし彼女も力を使い果たしており、とっさには動けなかった。

最後の希望は魔剣を祓う小刀だが、あれは俺がスズの為に打ったもので、ヘカテリーヌの為ではない。

「くそっ、くっ…」

なんとか残りかすの体力で立ち上がるが、膝から倒れてしまった。

痛みに霞む視界に映るのは魔剣に侵食されていくヘカテの姿。

しかしどう足掻こうとそれを止めることはできなかった。

俺の力では。

誰かが歩いて近づいてくる。

金色の髪に黒いパーカーとジーンズを着た青年、どこにでもいるような平凡なたたずまい。

だが緊迫した現状、それが返って非凡に見えた。

突然、現れた男は散歩にでも来たかのように自然体でヘカテリーヌに近づいていく。

理解の追いつかない光景に視線は釘付けになる。

一秒たりとも見逃していない筈だった。

筈だったのに、いつの間にかヘカテに絡みついていた魔剣はバラバラに切り裂かれていた。

「……!?」

もうわけが分からない。

怪奇現象の連続に脳がおかしくなりそうだった。

あの男は何をした?

助けてくれたのか?

味方なのか?それとも……。

「…グィナフェイス様」

スズの呟きが聞こえた。

知り合いなのか?

様、とは上役ということか。

グィナフェイスと呼ばれた男はヘカテリーヌを引き起こすと恭しく頭を垂れた。

「勇者様、お怪我はありませんか?」

見るからに怪我だらけだがそう尋ねる男。

「誰?」

ヘカテはもっともな疑問を返した。

「失礼いたしました。私は護国十一騎星(セーバーナイツⅪ)が一人、グィナフェイスといいます。このイルクシスを守る任についています」

「助けに来てくれたの?」

「僭越ながら、不要でしたでしょうか」

「ううん、ありがと」

ヘカテはあっけらかんと笑って受け入れた。

その後、駆け足でこっちに来てくれた。

「大丈夫?」

「ああ、悪い」

彼女に支えられて立ち上がる。

「あなたは、勇者様のお仲間ですね」

グィナフェイスも続いてやってきた。

「俺を知ってるのか」

「ええ、街を歩いていましたね」

「……よく知ってるな」

まるでずっと見ていたかのように。

「我が街に勇者様がいらしているのです。様子を探るのは当然でしょう」

俺の疑問を察したのか、牽制のためか、そう応える男。

「なら、どうしてすぐに助けに入らなかった」

こいつはずっと近くにいた。だが姿を見せたのは最後の最後になってからだ。

「命令なので」

男はその一言で済まそうとする。

「スズも、他の皆も死ぬかもしれなかったんだぞ」

少々語気荒く問い詰めてしまう。

「命令になかったので」

それがこの男の判断基準なのだろう。

命令か、それ以外か。

まあ、マニュアル通りに動くのは楽だ。ここまで極端なのは変人の域だが。

「ちょっと、ケンカはだめよ」

「お前、休日とかなにしてんの?」

「休日?……稽古だが?」

「それ休めてんのか?」

「わかる!体、動かさないとムズムズするよね!」

とりあえずこいつは敵ではないようだ。完全に味方でもないが。

「すぐに倒れた人達の手当てをしよう、お前も手伝ってくれ」

「それは命令に無い」

…………。

「駄目なの?」

「勇者様がおっしゃるのなら」

グィナフェイスはポッケから魔封石を取り出すと片手で握りつぶした。

魔力が溢れて俺を包んでいく。

この輝きは回復魔法のものだ。

「……悪いな」

「命令は絶対だ」

その後は傷ついた人達の処置を進めた。

一番、重症なのは体を貫かれたお頭と左腕を失ったコテツだった。

だが二人共、奇跡的に命に別状はなかった。

手当てをしつつ気づく、今回の事件で怪我人は大量に出たが、死人は一人もいない。

強いて言えばスズの母親くらいだが、彼女は例外かもしれない。

「お母さんっ!」

半壊した屋敷に鈴の音のような声が響く。

出どころに目をやるとスズが倒れた母親にすがりついていた。

「お母さん…っ…」

「……ん」

自ら命を捧げて魔剣を封印したというスズの母親、そう言われたまま亡くなったものだと思っていた。

いやきっと皆、そう思って傷ついて悩んで思い詰めてきた筈だ。

けれどずっと倒れて動かなかった彼女の細い指先がピクリと動いた。

見間違いだろうか、いや違う。

そういえば長らく封印され魔剣に取り憑かれていたにしてはやけに血色が良い事に気づいた。

魔剣が刺さっていた腹部も傷は塞がっている。

やがて彼女の長いまつ毛がピクッと揺れ、まぶたがゆっくりと持ち上げられた。

「お母さんっ、お母さんっ!」

「……ス…………ズ……?」

ピンク色の唇から微かな声が紡がれる。

それははっきりと愛する娘の名前を呼んでいた。

「んん…うぅ…ん…」

「…綺麗に…なったねぇ………お母さん似だ…」

腕がゆっくりと持ち上げられスズの頬を撫でた。

スズはそれを確かめるように自分の手を重ねる。

思えば魔剣はその刃を振りかざしながらも誰一人、殺しはしなかった。

命を狙ったのは自らを作ったスズだけだ。

それは死に場所を探していた彼女の思いを注ぎ込まれたから。であればそれ以外の他人を彼女が殺める筈もないだろう。

匠座には一晩中、少女のすすり泣く声が響いていたのだった。






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