迫る魔剣
魔剣の追従を退けてなんとか鍛冶工房まで辿り着いた俺とスズ。
後に続いて魔剣に巣食われたドウさんとヘカテ達も入ってきた。
「今だ!!」
ここで弟子に指示するギンさんの弩声がとぶ。
工房の門扉は閉じられ、周囲に隠れていた弟子たちがそれぞれ用意した魔封石を槌で叩き割った。
石の中に封じられていた火の魔力が枷を失って溢れ出す。炎の波は瞬く間に工房を包みこんだ。
室内は一瞬で灼熱となり光の屈折で景色が歪み陽炎をうむ。
ここからは時間との勝負だ。俺は桶の水を頭から被り愛用の金槌を握り直した。
魔剣もしょせんは武器の一つ。
であれば『破壊を打つ鍛冶師』と呼ばれる俺の出番だ。
工房は今や巨大な溶鉱炉に変わった。
熱が鉄を溶かし鍛冶師の槌が新たな運命を打ち込む。
だが俺がやつに授けるのは破壊だけだ。
それを知ってか知らずか魔剣は音もなくただ屹立する。
生き物のようにうねる癖に、そのたたずまいは鉄本来の無機質であり思考など存在するわけもなく只々不気味だ。
行動もよめない。
理解などしあえる筈もない、ただ本能のままに敵を切り裂く、得体のしれない化け物。
汗が滝のように流れてくる。
人の体など鉄と比較にならないほど熱に弱い。
それでもやるしかない。
こぼれ落ちる汗が床石に跳ねる。
わずかな゙音が魔剣の本能を刺激したのか、唐突にその刃を突き出した。
「ぐっ」
最小限の動きでそれをかわす。
あいつの動きは直線的だ、よく見れば対応できなくもない。
しょせんは鉄畜生の動きだ。素直で嘘がない、人の方がよっぽどわかりにくい。
床に突き刺さった刀身に槌を合わせる。
しかしあと少しのところで空を叩いた。
「くそっ」
かわすことはできても追撃までの猶予はない。
それができなければ破壊もままならないというのに。
「お前は鍛錬にだけ集中しろ。やつの攻撃は俺が受ける」
そう助言したのはコテツだった。俺の作戦を理解したのか。
「よくわからないけど、あいつを引き付ければ良いのね」
へカテリーヌも剣を構えて応じる。
確かにこれならなんとかなるかもしれない。
「スズ、あいつの素材は?」
さっきまでへたり込んでいたスズは床が熱いのか立ち上がって成り行きを見守っている。
「あ、稀鋼8割、蓮炭1割、閃鉄1割、です」
基本も基本の素材ばかりだった。組成がわかれば鍛冶もしやすくなる。ここ匠座で学んだことだ。
「20回だ、それでたぶん壊せる」
最短記録は25回だが今ならそれも越せるだろう。
こうしてる間にも魔剣は絶え間なく斬撃を繰り出してくる。
狙いはもちろんスズだが、こちらから攻撃することで多少は逸らすことができる。
ヘカテが真上からの一撃を受け止めた。
俺は彼女の前に回り込んで黒い刀身を下からかち上げた。
ギイィィン、火花とともに高い金属音が工房に響く。
これで一回。
自分の中身が変化している事に気づいたのか、魔剣は一瞬、硬直する。
それでもすぐさま俺達を切り刻もうと向かってきた。
好都合だ。周囲をうねり狂う熱に体力も長くは保たない。
勝つにしろ負けるにしろ決着の時は近い。
いや、絶対に勝つ。
意識を奮い立たせて石床を蹴る。
2回、3回、4回、5回……。
順調に工程を進めていく。
しかし10を数えたあたりでアクシデントに襲われた。
さんざん魔剣の攻撃を受け止めてきたコテツの刀がついに折れてしまったのだ。
衝撃で吹き飛ぶコテツ。血しぶきが軌跡を描いた。
「コテツ君っ」
スズが駆け寄るとそれを押しのけて起き上がる。胸には拳くらいの血痕ができているが貫通までには至っていない。どうやら大丈夫そうだ。
「…ごめんね…ごめんね」
「…うるせぇ」
よろめきながら立ち上がると傍らのスズを睨みつける。
「お前を見てると昔の自分を思い出す」
武器を失っても魔剣は容赦なく攻めたててくる。
コテツはそばに落ちていた素材の鉄塊を拾って受け止めようとする。
だがなんの加護も受けていないそれはたやすく砕けまたも吹き飛ばされた。
「コテツ…君…ごめんなさい…」
「はぁ…はぁ、ざまぁねぇぜ。強くなるどころかこのざま、剣も槌も扱えたところで結局、中途半端だ」
「そんなことないよ…コテツ君はいつも、頑張ってて…」
「けどお前は守ってみせる、お前の親父に頼まれたからな」
「これを使え!」
俺は普段使っている片手剣を投げ渡した。
「ちっ、人使いの荒いやつだ」
コテツはそれを拾うと再び魔剣の攻撃を受ける。今度は完全に防ぎきった。
「むかつくほどいい剣だな、くそっ………笑えるだろ?お前の親父はこんな俺を信じたんだ。君は人の弱さを知ってるとか言ってよ…」
「コテツ君……」
その後コテツはただ黙々と魔剣の攻撃を引き付け続けた。
その隙に俺は金槌を合わせる。
15回、16回、17、18、19…。
その時だ、突如、魔剣が動きを止めた。
そして大きく後ろに飛び退いたのだ。
「!?」
初めて見る動きに反応が遅れる。
魔剣が向かったのは、壁だ。
(まさか逃げる気か!?)
ついに破壊の運命を悟ったのか、魔剣は行動原則を変えて壁を破壊しようと突撃する。
「逃がすなっ!」
ここでやつを見失えば何をするかわからない。最悪、街の人々に危害を加える可能性すらある。
しかし工房を満たす高熱に体力は既に限界が近い。
衰えを知らない魔剣の予想外の動きに追いつける筈もない。
俺達はただただその後ろ姿を見つめるしかなかった。
ある一人を除いては。
「!?」
逃走を図る魔剣の前に立ちはだかる人影。
白い着物に片目を前髪で隠した少女。
スズだ。
突如、現れた真の標的に、魔剣は逃げるのも忘れて飛びかかる。
対してスズは鉄を打つが如く金槌を構えた。
そして二人は衝突する。
金槌は吹き飛ばされてスズは尻もちをつく。
魔剣は壁を粉砕して外に飛び出した。
熱によって膨張した空気が逃げ場を見つけて押し寄せる。
生まれた風に紛れて甲高い音が響いて消えた。
それは鉄の砕ける音。
魔剣が塵と消えた知らせだった。
「やった…のか?」
安心したのか急に全身の力が抜ける。
座り込むが床が熱すぎて飛び起きた。
工房の外装は焼け落ちてしまい、後で建て直さなければいけないだろう。
それでも危機は退けられた。
弟子達は互いに喜び歓声が上がった。
「お水ちょうだい!」
ヘカテは乾いた喉を潤そうと井戸に直行する。
「急に冷やすと喉がくっつくぞ」
「え?」
脅かすと柄杓でちょびちょびと水をすすった。
俺は外に出ていたスズの元へ向かう。
彼女は倒れたドウさんを診ていた。
魔剣の呪縛が解けてそのまま気絶してしまったが、どうやら息はあるらしい。
「最後、いいとこ持ってかれたな」
「い、いえ、…出しゃばってすいません」
スズが動かなければあのまま逃げられていたんだ。文句など言いようがない。
「どうしてあいつの動きがわかったんだ?」
「えと…なんとなく…すいません」
鍛冶師は鉄を打つ時に己の魂を注ぎ込む。
極めて鍛え上げられた武具はもはや自分の分身のようなものだ。
ならその行動を予測できても不思議じゃない、のだろうか?
とりあえずそれは横においといて、改めて倒れたドウさんを見る。
「なんで封印されてた魔剣に取り憑かれたんだ……?」
「声を聞いたんだろ」
俺の問いに答えたのはいつの間にかそばに来ていたコテツだった。
「声?」
「蔵の中から誘ってくるのさ、力が欲しいか?、てな」
こいつはそれを聞いたことがあったんだろうか。
「ドウさんはそれに応じたってのか?」
「そういうことだろ」
「なんで…」
「知るかよ」
理由など、どうでもいいかのように吐き捨てる。
いやどうせわからないとハナから諦めているのか。それは確かに同意できた。
何かしら悩みを抱えていたのか、そういえば匠座の未来を憂いていた気がするが実際のところはわからない。
それに今後、どのような処分を受けるかは部外者の俺には関わりのないことだろう。
とりあえず俺も水を飲み下した。
疲れ切った体に冷気が染み渡る。
「ふぅー」
何はともあれ一件落着だ。
「……あれ?」
とここで、どうして俺達はこの日に匠座へやってきたのか忘れている事に気づいた。
確か大事な用があったはず。
しばらく頭を捻って、スズと話をしなければいけないと思い至った。
「スズ、ちょっといいか?」
「何でしょう?」
きょとんと見つめてくる彼女を手招きする。
「伝えたい事があるんだ」
俺は深く息を吸い込むと思考を整理する。
勝手に小刀を作ったこと。
そのせいで傷つけたこと。
それらを謝りたいこと。
まだ教わりたいことがたくさんあること。
できれば力になりたいこと。
一つ一つ順番に、丁寧に伝えなければいけない。
その後はスズの返事を聞く。
それが今日ここにきた理由。
俺はもう一度息を吸うと、思いを言葉に変え始めた。
その時だ。
「避けろっ!!」
突然コテツが叫ぶ。同時にスズを俺ごと突き飛ばした。直後漆黒の閃光がさっきまで俺達の居た場所を通り過ぎた。
そこにあったスズの背中を押したコテツの腕を切り飛ばしながら。




