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迷走

我が母校、帝陣学園は見るからに浮かれていた。

本格的に文化祭の準備が始まろうとしていたからだ。

文化祭といえば青春的イベントの中でも1、2を争う催しだ。その分、多くの傷も生み出してきたわけだが。

その準備段階から学生達は一喜一憂し、学校に泊まり込んだり非日常を味わう。

そんな浮ついた雰囲気の中で俺はさらに周囲から浮いていた。

どちらかといえば気分は沈んでいるのだが、匠座での出来事が頭から離れず授業にも集中できない。

けれどもうあそこに出向く用事もない。修行は一段落ついてむしろそれが特別だった事に気づいた。

そもそも行ったところで、というのが現状だった。

「ここ、間違えていますよ」

「あ…すみません」

そんな俺は現在、文化祭実行委員会として絶賛活動中だ。

実行委員会といってもなぜか俺は生徒会にいる。

これまたなぜか生徒会長と実行委員長で方向性の違いにより勢力が二分してしまったのだ。

俺はひょっとして仕事が減るんじゃないかという甘い目論見で生徒会についたのだが、この通り書類仕事に囲まれていた。

「宿泊の申請は5クラスでスケジュールが~あ~、なんで俺がこんな事を……」

「文化祭とは準備段階から楽しむものなのだろう。だからこうして仕事を回してやっておるのじゃ」

パソコンとのにらめっこで何が楽しいというのか。

この会長はどっかの大企業の御令嬢らしいが浮世離れし過ぎじゃなかろうか。匠座の娘とは大違いだ。

「これくらいウチの社員なら5分とかからんぞ」

「社畜のトップといち学生を比べられても」

「もっと女神を見習え」

指された方を見ると副会長の羽柴 女神さん(本名)がいつもと変わらぬ無表情のままキーボードを爆速で操っていた。もはやロボットなんじゃないか疑ってしまう。

ん?ロボット?

そこで左手に埋め込まれた人工知能のことを思い出した。

「おいツェフル」

俺の左手が吹き飛ばされた時に魔法都市ディミストリの技術で復元してもらったのだ。

だがディミストリは先日、消滅してしまった。どれだけの機能が残っているのか不透明だ。

「ふぁ~、何かご用ですか、マスタ~」

こちらの心配とは裏腹に機械のくせにあくびなんぞしながら返事をする左手。

「私は高性能ですから」

こっちの思考を呼んで先回りをしてくる。確かに無駄に高性能だ。

「その様子だと問題はないみたいだな」

「それがそうもいかないんですよね。ディミストリ首脳部との交信が途絶えた事でスペックダウンは避けられません。まあ以前の私は完璧過ぎたので多少の欠点は愛嬌になっていいかもしれません」

なんか性格まで変わってないか?こいつ。

「首脳が破壊された影響かもしれませんね。ですが安心してください、どれだけ変わろうとも私はマスターの忠実なる下僕。常にお側におりますから」

左手なんだから居てくれなきゃ困る。

「じゃあ俺の代わりにタイピングしてくれ」

そう言うと左手が勝手に動いて入力を始めた。

「さっきから何を話しておる」

「話しながら作業したほうが捗るタイプでして…」

異世界の技術を知られるわけにはいかない。バレないよう制御しながら業務をこなした。

「お、お紅茶ですっ」

一段落ついて生徒会のやたら座り心地のいいソファで休憩をとる。

生徒会のマスコット的存在、丹羽 春葵さんが入れてくれたお茶をすすりながら、よくわからない海外のお菓子をかじる。

「お、お口に合いますでしょうかっ」

小動物のような可愛らしい姿にブルーライトで傷んだ網膜も癒やされるというものだ。

自信無さげな様子は誰かに似ている気がした。

「何を和んでおる、さっさと行くぞ」

そんな砂漠のオアシスにも上司という砂塵は容赦なく吹き荒れる。

「あ~お茶が美味しい…」

いい茶葉使ってんな。

「こら、儂を無視するな!」

あんたじゃなくて仕事を無視したいんじゃ。

そんな幼稚な抵抗など効くはずもないが。

「あー暑いなー、ボタン一つ開けちゃおっかなー、チラッチラッ」

…………。

「行くってどこへですか?」

「ふふん、やはりお主も男よのぉ、儂の色香には抗えんか」

「そっすね」

貧相な体を精一杯クネらせる姿が不憫極まりなかっただけだが黙っておいてあげよう。

「それでは偵察にレッツゴーじゃ」

「偵察?」

向かったのは実行委員会が拠点をおいている会議室だ。

「あら、何かご用?」

「しっかり働いておるかと思ってな」

「ご心配どうも、ちゃんとやってるわよ」

中を覗くと委員長が出迎えてくれる。

前方のホワイトボードには広報、雑務、衛生管理などといった役職と委員会メンバーの名前が書かれていた。

里美と佐竹先輩は二人共、会場設営のところにいた。

目が合うと軽く手を振ってくる。

俺も同様に振り返した。

偵察といってもまだ準備も始まったばかり、特に変わった様子もない。

テキトウにぶらぶらした後、俺達は会議室を出た。

「なぁ、ほんとに偵察だったのか?」

「敬語を忘れるな、儂は上級生じゃぞ」

「だったのですか?」

「…そう言ったであろう」

「ふーん」

俺の考えすぎか。

その後も淡々と作業をこなして家路についた。

校門を出ると道の端に里美の姿があった。

「待っててくれたのか?」

「うん」

どちらからともなく歩き出す。

「ごめんね」

すると突然そう切り出した。

「曜ちゃん、生徒会にいきなり行っちゃうから、ついていけなかったよ」

「あ、ああ、別に良いよそんなの」

それ以降は何を話すでもなく、歩き慣れた道をただひたすら進んでいく。

俺にとっては何より落ち着く時間。

悩みや迷いが消えてなくなるわけじゃない。それでもすっと胸の堰が軽くなる気がした。

「…なぁ」

「なぁに?」

「俺……お世話になった人を…傷つけたかもしれないんだ」

気づいたら口から溢れていた。今日一日、ずっとつっかえていたもの。

「……曜ちゃんはどうしたいの?」

「俺は…」

許されたい。失敗を無かったことにしたい、それも嘘ではないだろう。

何にも煩わされず、ありのままに生きていたいというのが俺のもっとうだ。であれば人との摩擦は避けたほうがいい。

その為には他人となるべく関わらないのが手っ取り早い。

にも関わらず、今の俺は自分から首を突っ込んで悩み事を増やしている。

それはへカテリーヌの影響であることは間違いなかった。

だが不思議と後悔はない。

むしろ後悔したくないからこそ、自分で望んでスズに小刀を送って失敗した事実をどうにかしたいと思っているのかもしれない。

考えれば考えるほど自分の都合ばかりだが、始まりは彼女の力になりたかった筈だ。

けど上手くいかなかった。

鍛冶師とは使い手のことを第一にしなければいけないのに、最初のビギナーズラックを除けば今までで一番上手くできた作品がこのていたらくだ。

全て間違っていたんじゃないかという気さえしてくる。

「んー、頭痛くなってきた…」

「曜ちゃんは深刻に考えすぎだよ…。傷つけちゃったのは相手のことを知らなかったからでしょ?次はもう大丈夫じゃないかな?」

確かに俺は知らなかったし、スズも教えてくれなかった。できたかどうかを無視すればだが。

失敗は成功の源とも言う。俺はまだ過程にいるのかもしれない。

けれど他人はまるで底なし沼のようで、今もスズの全てを知っているなんて到底、思えない。未来永劫に理解できないんじゃないかとさえ思える。

「次に上手くいく保証なんて無いんだ…」

「なら、上手くいくまで続けるのは?」

「相手をそれに付き合わせるのか?」

もう、うんざりしているかもしれない。

「それは一人で考えててもわからないよ」

大事なのはスズの意志だ。結局、俺は拒絶されるのを恐れていただけなのかもしれない。

「たとえ曜ちゃんが失敗しちゃって、世界中が敵になっても、私だけは曜ちゃんの味方だよ」

「お前も大げさだな」

恥ずかしそうに宣言する里美を見て、改めて何気ない特別な空間を自覚する。

「俺もずっとお前の味方だよ」

いつもの帰り道、ふざけ混じりの口約束。

けれどもその誓いは永遠のように感じられた。

「おっそーーーい!!」

そんな二人だけの時間を切り裂くお邪魔虫が一人。

異世界を救う運命(さだめ)を背負いし黄金の勇者様だった。



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