魔の剣
「私と結婚してくださいっ!!」
唐突な愛の告白に頭がウェディングドレスよろしく真っ白になる。
とりあえず当たり障りのない事を言ってみた。
「突然そのような事を言われても困ります」
「そ、そうですよね…」
スズの目からは小さな雫が溢れていた。
透き通るようだった肌は湯気が出そうな程赤くなっている。
「すみませんでした~~~!!」
また突然のこと、出口へと走り逃げ出した。
しかし敷居でつまずいて転んでしまった。
慌てて抱き上げる。
「だ、大丈夫か?」
「うう…ごめんなさい」
「だから謝らなくていいって」
「失礼しまっきゃっ」
また逃げ出そうとするので腕を掴んで引き止める。
「なんで……行かせてくれないんですか…?」
潤んだ瞳で訴えてくるがこちとら疑問だらけなんだ。
「このままじゃ気になりすぎて修行に集中できない」
「うぅ…」
鍛冶を人質に承諾を迫る。
スズは縮こまったがもう逃げる気はないようだった。
「どうして急に結婚なんて言い出したんた?」
本気だとはとても思えない。
だがそういう冗談をいうタイプでもないだろう。
「………」
「………」
「……………私は、鍛冶師になれないので……」
「なれないって、…お頭がそう言ったのか?」
スズはブンブンと大きく首を横に振る。
「私の造った剣のせいで…お父さんと…お母さんが…亡く…なった…から」
「よくわからないけど、たぶんお前は悪くないよ」
たとえ本当だとしてもきっとそれは事故だ。
「…あなたに、何がわかるんですか」
それでもスズ自身はそう思っていない。自分を攻め続けている。
「私は、悪い子なんです。ずっと最低で、暗くて、醜いんです」
「そんな奴と結婚させようとしたのか?」
「あ…」
彼女の言い分は矛盾ばかりだ。けれどそれが人間というものなのかもしれない。
「ごめんなさい…私、自分の事ばっかりで、やっぱり最低…」
「自分じゃなくて匠座の゙ことだろ」
今の棟梁であるお頭の孫と結ばれるということは跡継ぎになるということじゃないか。
彼女は自分にその資格がないと思っている。だから代わりが必要だったんだ。
「俺が同じ技を使えるから?」
「…はい。匠座では『神能・完現降臨術』と呼んでいます」
大げさだな、というのが第一印象だった。
とりあえずいくつか疑問は氷解した。
彼女たちに何があったのかはわからないが、部外者の俺が立ち入るものでもないだろう。荷物を一緒に背負うほどの関係性でも、その覚悟もない。
里美のようにはいかない。
「そんじゃ、俺は戻るわ」
「か、鍛冶場にですか?でも、今日はもう…休んだほうが……」
「今のままじゃモヤモヤして眠れない」
休むのも修行の内だとわかってはいるが、それもままならないのでは仕方がないのだ。
俺が工房に引き返すとスズも後についてきた。
特に追い払う訳もなくそのまま鍛錬を続けた。
スズは何も言わず、ただ俺の下手な゙槌さばきをベンチに座って見つめていた。
「ふぅ…」
どれくらいの時間続けていただろう。
夜空には星が瞬き、大きな月が天高く登っている。
額の汗を拭って完成品の出来栄えをチェックする。
まだまだ不格好だが少しづつ良くなっている、気はする。
二人目の師匠の意見を聞こうと壁際に目をやる。
すると彼女は木製ベンチの上ですやすやと寝息を立てていた。
しょうがない人だ。
「おーい、体痛めるぞ」
「……いかないで」
しかし揺すっても起きる気配がない。
それに寝ている女性に触れるのはなんとなく気まずい。
置いていくわけにもいかず、上着をかけて起きるまで横で待っていることにした。
「ん…」
霞む眼をこすって周囲を確認する。ぼやけた頭も徐々に働き出す。
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
硬いベンチに寝かせられた体が悲鳴を上げている、朝の寒さも身に堪えた。
今日が日曜日で本当に良かった。温かいベッドで眠りなおしたい。
陽の光に目を薄めながら鍛冶場の様子を確認する。
眼の前でスズが金床に向かっていた。その手には金槌が握られている。真剣な眼差しの先には赤熱した鉄材。
今まさに鍛冶が行われようとしていた。
遅れて状況を理解し、驚きで意識が明瞭になる。
彼女は自身を、鍛冶師になれない、と評した。
それなのにこうして槌を握っているのは気の迷いなのか。
見たい。
単純にそう思った。なので寝たふりを続行する。
スズは呼吸を整えると右腕を振り上げる。
しかし、いざ振り降ろす段階になって完全に停止してしまった。
いや、正確には細かく震えていた。
放射冷却による気温の低下によって、ではないだろう。
戦っているんだと思う。辛い過去とそれに怯える弱い自分と。
じっと見守っているとスズは唇を噛み締めて数十秒かけて、最初の撃鉄をおろした。
カツゥン。
甲高い音が工房に響く。
弱々しくて優しい音だった。
そんなふうに時間をかけて錬成を続けていると、鉄材が淡く輝き出す。
匠の神の加護によってその御業を再現する。
鍛冶師の魂を注ぎ込んで、ただの鉄塊が思い思いの姿に錬成される。
やがて光が収束した。
現れたのは、どす黒い、およそ武器とは思えない禍々しいナニカだった。
思わず息が詰まる。
あれがスズの魂から生まれたものだというのか。
彼女は自身を醜い人間だと言っていた。
今でもそれが正しいとは思えないが、鍛冶師になれないというのはその通りだと痛感してしまった。
素人にもあれがやばいものだとわかるだろう。
鍛冶師の端くれとしての感覚にはもっと鋭敏に、凶々しいオーラが伝わってくる。
あれは『魔剣』だ。
魔のモノが生み出す、この世ならざる性格を持った異形の武装。
持つ者に災いをもたらすという呪具。
魔剣は生きているかのようにカタカタと動き出す。あれはここにあってはいけないものだ。
俺がそう思うと同時にパリーンと乾いた音を立てて魔剣は跡形もなく消え去った。
スズが破壊したのだ、わざと鍛冶を失敗することで。
知っていたのだ、槌をふるった結果、ナニができあがるのかを。
「はぁ…」
スズは大きく息を吐き出したあとこっちを覗く。そして目があった。
「あ…」
見られていた事に気づいて口を開ける。
あまりの出来事に寝たふりを忘れていた俺は、開き直って挨拶をした。
「…おはよう」
身を起こして座り直す。
スズは気まずそうに服の裾をいじっていた。
「み、まみ、見ましたか?」
「見た」
はっきりと答えた。
誤魔化すこともできたがその場しのぎはしたくなかった。
「ごめん、なさい。ごめんなさい」
返事を聞いたスズは泣き出してしまう。
「カタクラさんを見て、私も、頑張ってみようって、思って……でも駄目でした。やっぱり…私は…もう……」
泣いている女の子を見ると手を差し伸べたくなる。
実際は自分の方が大した事無いくせに、何ができるわけでもないのに。
「俺も両親がいないんだ」
できることといえば傷を舐め合うことくらいだろう。
「でも寂しいなんて思ったことないぜ。幼馴染がいるんだけど、その子を支えなきゃいけなかったからな。それを理由に見て見ぬふりを続けてるんだ、ずっと。そういう薄情な男なんだよ俺は」
自分を卑下する言葉ならすらすら出てくる。自分がくだらない人間だと思っていれば楽だからだろうか。別にそれが悪いとも思っていないが。
「だからさ、泣くことなんてないぜ。あんたは充分傷ついてるじゃないか。少なくとも俺に比べればずっと善人だよ」
そんな俺が自由に鍛冶をできて、彼女が苦しんでるなんてそんなのはおかしい。
「…カタクラさんの幼馴染さんは…幸せですね」
似合わない長台詞を聞いて返ってきたのは予想外の言葉だった。
「いや、俺が言いたいのはそういうんじゃ…」
苦しい時は下を見ろって誰かが言ってた。
自分より劣る人間を見れば多少は気が晴れると。
「…ありがとうございます」
さらに感謝までされてしまった。
けどまあ、泣き止んだみたいなので結果オーライ、なのか?
ぐぅ~~~。
と、ここでスズの腹の虫が鳴った。
気の抜けた音に思わず苦笑してしまう。
「ご、ごめんなさい」
お腹を押さえて赤面する姿が微笑ましい。
辛い時は飯も喉を通らないときく。この様子ならひとまずは大丈夫そうだ。
そういえば昨晩は軽食しか腹に入れてなかった。
意識すると余計に空腹を感じてしまう。
ぐぅ~~~。
俺の体も催促を始める。
「ふ、ふふっ」
それを聞いたスズも堪えきれず笑みをこぼした。




