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月の夜

患者さんとお話しして情報を集めようと思ったがどう話しかけたら良いものかわからず、院内を徘徊する不審者と化してしまっている。

ふと、壁にかけられた絵画が目についた。青々とした絵の具を下地に巨大な大陸とそこに住まう怪物達が描かれている。

「もしかして世界地図か?」

確かに元の世界でみる地図に似ている。

描かれた大陸の数は三つ、それを取り囲むように小さな島々が並んでいた。

「俺はどこにいるんだろう」

「どこにもいないよ?」

いきなり声がするので目をやると小さな男の子だった。

「それ絵本の地図だよ、『ゆーかんなるものがたり』っていう、知らないのー?」

「そっそーなんだ」

架空の地図だったのか…。危うく恥を書くところだった。

「じゃあ、本物の地図が見れる場所とか知らないかな?」

「んー、あっ、ちゅーおーくにある図書館!あそこなら何でもあるよ!」

図書館か、確かに知識を溜めるなら一番かもしれない。

「ありがとう、役にたったよ」

「ん!」

そのまま男の子は走っていってしまう。お母さんらしき人に怒られてしまった。

再び徘徊、もとい調査活動を再開すると既に日が沈んでいることに気づいた。

丸一日眠っていたので時間感覚が狂っているのかもしれない。

少しでも夜の気分になろうと屋上を目指す。

階段を登り扉を開ける。

冷気をおびた風が顔をうつ。むしろ心地よいくらいだ。

視線を前に向けると俺はそこで足を止めてしまった。

屋上には先客がいた。

月光に照らされて神秘的な輝きを放つ少女。

手すりに寄り添いながら月を見上げる里美だった。

俺は引き換えそうかと右足を引く。

けれどそれはまるで逃げるようで、この先によくないものが待っているのを認めるようで。

俺は結局、その光景をただ見つめていた。

暫く立ち尽くしていると微かな戦慄が耳に響いてくる。

それは聞こえるはずのない音だった。

里美がよく口ずさんでいた何かのメロディ。

それを目の前の少女は口ずさんでいた。

なぜ?と自問しても答えはでない。ただ今はそのメロディに聞き惚れていたかった。

「あっ」

すると少女と目があってメロディは止まってしまう。聞かれたのが恥ずかしいのか里美は俯いてしまう。

そのまま立ち尽くしているのもおかしくなって俺は彼女に歩み寄った。

「その歌…」

「あっ、えっと、たまたま頭に浮かんだんです。おかしいですよね?曜…ちゃん」

彼女は確かめるように名前を呼ぶ。

いや、っと俺は首を横にふった。

「上手だった」

「そっそうですか?ありがとうございます」

ぎこちなく笑う。

「調子はどう?」

「はい、明日には退院できるそうです」

「そっか、俺もそんな感じ」

明日から何をしよう。まずはお金を稼ごうか。住む場所もない。この世界の常識もよくわからない。

それでも生きていかなくては。

里美もいるんだ、絶対に諦めるわけにはいかない。

「あの…」

決意を新たにしていると隣から声がかかった。

「すみません、私、何にも思い出せなくて…」

「言ったろ、君のせいじゃない」

ここがどこかも自分が誰かもわからない。それなのに他人の心配をするなんて。やはり里美の心は今も息づいているのかもしれない。

ただ俺と過ごした時間だけがすっぽりと抜け落ちてしまっている。

「無理に思い出そうとしなくて良いよ」

確かにかけがえのないあの日々を取り戻したい。

でもそれは俺のエゴだ。

自己中で醜くてどうしようもない。

そんな物を彼女に押し付けていい筈がない。

いま彼女が頼れるのは俺だけだから。

俺のわがままに付き合わせて急かして、押し潰してはいけないのだ。

「そんな事ありません」

「!」

しかし俺のそんな思いを彼女は否定する。

普段より熱のこもった声が俺の意識を引き上げた。

「私は、思い出したいです。記憶をなくしたから、不安だから、それがどんなに大事なものだったのかわかるんです」

言葉にこもる熱はどんどんとその温度をあげていく。

「目が覚めたときとっても怖くて、これからどうなるんだろうって、生きていけるのかなって。でも貴方の顔を見たとき何故かほっとしたんです、曜ちゃんって呼ぶと胸が暖かくなるんです」

そう言うと里美はそっと俺の手に触れた。

「…触ると安心できるんです…この気持ちに理由があるのなら、私はそれを知りたいです」

俺は何を勘違いしていたんだろう。

彼女の事を考えているつもりになってその実何もわかっていなかったのだ。

彼女だって思い出したい筈なのに。

とてつもない偽善者だった。

「ごめん…、これから、は、思い出せるように、協力するから」

目からこぼれる涙を俺は停めることができなかった。

それを拭う事もなく、里美はそっと抱き締めてくれた。














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