衝突そして
叩く。
叩く、叩く。
叩く、叩く、叩く。
叩く、叩く、叩く、叩く。
叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く。
叩く。
集中力は散漫、腕はブレ、それでもただ叩き続ける事しかできない。
感情をコントロールできないんだ、体だって同じだろう。
これで良いものができるはずもない。だが制御しなければという気持ちはきっと欺瞞だ。それを振り切ることすら快感なのだから。
鬱憤をぶつけるように、さらけ出すように、振るう槌を通して鉄に注ぎこむ。
「おい、いい加減に…」
誰かの声を耳にした瞬間、赤熱した鉄棒は白く輝き出した。
ここでようやく俺は自分の過ちに気付いた。
何ものでもなかった素材は形を変えて、怨敵を葬る剣へと変貌していく。
鍛冶師のスキルによって神の加護を受けたそれは非凡な゙性能を得て生まれ変わる。
はっと後ろを見ると、変化に気づいたコテツが目を丸くして白い光を凝視していた。
見られてしまった。
別に隠していた訳でもないがどんな反応をされるかわからないのが気がかりだった。
やがて光は収束し、金床には一振りの剣が残った。
光沢のある銀色だったそれは黒くくすんでいた。
どうすればいいかわからず俺はその剣をただ見つめるしかなかった。
「……てめぇ」
するとコテツの声が後ろからした。
振り返ると突然、襟を掴まれ壁に押し付けられた。
「っ…⁈」
「今まで隠してやがったのか!!それで俺達を嘲笑ってやがったんだろ!!」
意味がわからないまま、まくしたてられ、理性の意味を見失う。
いい加減うんざりだと、感情論が頭を支配する。
首元を圧迫され息苦しい。
俺はこいつを引き剥がそうと足を蹴り上げた。
「がっ…」
コテツは石床の上を数メートル転がる。
「…やりやがったな゙」
こぼれた唾を拭き取って、ちょうど横にあった、自身で打った鉄棒を広い上げた。
調子を確かめるように数回振った後、俺を睨みつける。
「おいおい、まさかここでやり合おうってのか?」
返事はない、これから狩る獲物に言葉は不要ということか。
そう理解して俺もさっき出来上がった黒剣を握りしめた。
武器の質ならこっちが有利の筈だ。既に完成して刃もついている。
張り詰めた静寂が鍛冶場を満たす。
そこに少しの動きも見逃すまいと神経の糸を張り巡らせる。
こぼれ落ちる汗の雫でさえ、脳に響いた。
「………っ」
コテツが全速で走り寄ってくる。
勝負は一瞬でついた。
剣は弾き飛ばされ、俺は床に組み伏せられた。
「はっ、そんなもんか」
俺を見下ろすコテツは誇らしげに笑いながら鉄棒を振り上げた。このまま頭をわろうとでもいうのか。
考える猶予はない、次の瞬間、凶器が俺に振り下ろされる。
諦めるわけにはいかない。
幸いあれに刃はついていない。腕で受けとめてカウンターを狙えば。
「だめええぇぇぇぇぇーーー!!!」
人の声帯から発せられたとは思えない叫声に時が止まった。
そう錯覚する程、俺達はそれに圧倒され身動きが取れなかった。
戸口の方を見るとスズが泣きながら立っていた。
「なんで、なんでこんな事するの!?」
疑問はコテツに向けられたものらしい。
「…お前には関係無い」
コテツは俺の上から離れる。
「関係あるよ!ここはみんなの場所なの!おじいちゃんやお弟子さんたち、お父さん、お母さんも……!!」
ふと、スズの両親の姿を見ていないことに気づいた。
「……俺に親はいねぇ」
「おじいちゃんは、コテツ君を大切に思ってるよ、私も…」
「くだらねぇ、人は親と産まれて独りで死ぬんだ。だから強くならなきゃいけねぇんだよ」
確かにそういう一面もある。親は子より先に亡くなるものだ。
だが俺には里美がいて、里美には俺がいた。
しかしこいつには誰がいてくれたのだろう。特に同情はしないが。
それに『人』はそれでもいいかもしれないが『鍛冶師』はそうではない。
「一人じゃせっかく造った武器も上手く扱えないだろ」
この世界には産まれながらに与えられた神の加護がある。それぞれの適性にあったスキルしか獲得できないのだ。
だから鍛冶師には精魂込めた武器をふるってくれる戦士が、戦士には鍛冶師が必要なのだ。
「お前らみたいな半端者と一緒にするな」
だがコテツは鉄棒を素早く振って俺の鼻先に止め威嚇した後、反論する。
「俺は鍛冶師と剣士、二つの適性を持っている」
何!?
『奇蹟』
そう呼ばれる適性がある。
本来は「戦闘」「魔法」「生産」「特技」の4つに大別されるが、そのどれにも属さず補完しあわない、5つ目の適性が存在する。
それが『奇蹟』。
特別な能力を得たり、複数の適性を持っていたりする。
「俺はお前らとは違う」
そう言い残してコテツは鍛冶場を去っていってしまった。
「だ、大丈夫、ですか?」
座り込む俺にスズが駆け寄ってくる。
「別に」
問題ないと言う代わりにスッと立ち上がってホコリをはたいた。
「あ、あのコテツ君がごめんなさい」
「あんたが謝ることじゃないだろ」
「でも、でも、……家族…だから」
子供の事は親の責任か。
だがあいつは同年代だ。
「あの、これは?」
するとスズがあるものを指差して問うてくる。
床に捨て置かれた、俺が打った剣だった。
「ああ、俺が造った」
「け、けど、完成して…」
「俺にとってはそれが普通なんだ」
ここのやり方のほうが何倍も難しい。
「私と同じ…?」
「え?」
同じ?
「それってどういう…?」
思わずきいてしまったが、その後スズは俯いたまま動きがない。
改めて問い詰めるべきだろうか。しかし逆効果かもしれない。
何もできずに二人で固まっていると、しばらくしてスズがボソッとか細い声を発した。
「あ…」
何を言いたいのだろう。彼女の口からそれが出てくるのをじっと待つ。
「あ…わ……私と…」
顔は俯いたままでよく見えないがショートヘアから覗く耳はどんどん赤く染まっていった。
ゴクリと唾をのむ。なんだかこっちまで緊張してきた。
しかしついに決心したのかスズは勢いよく顔を上げると、同時に叫んだ。
「私と結婚してくださいっ!!」
「は?」
鍛冶場に妙な空気が漂い始めた頃、工房から屋敷へと続く道の途中ではコテツが自身の打った鉄棒を眺めていた。
見事に鍛えられたそれは、ところが中央からポッキリと折れていた。
コテツは先程の鍛冶場での出来事を想起する。
原因は謎の男、カタクラの刀と打ち合ったせいだろう。
たった一度ぶつかっただけ、それもこっちは剣士のスキルを使って相手の剣を叩き落としたというのに。
半分になった刀身が否定しようのない事実を突きつけてくる。
それだけ鍛え上げた剣の質に差があったという事だ。
「くそっ」
コテツは鬱憤を晴らすように欠けた刀を石畳に叩きつけた。
そして再び回想する。
あの男は素材から直接、武器を完成させた。
お頭の孫でありどうしても勝てない相手、尊敬すらしていたスズの技、匠の神に愛された彼女にしかできない、そう思っていた神業。
それをあんな男が。いったいなぜ?
そのスズも、もう何年もまともに槌を振るっていない。
お頭は誰に跡を継がせるか悩んでいる。
俺がスズを超えられれば資格を得られるんじゃないかと思っていた。
だが突然あの男が現れた。
コテツは投げ捨てた鉄棒を拾って再び歩き出す。
向かう先は弟子達が生活している屋敷、ではない。
庭の隅にあるスズの母親が眠る場所だった。
扉の前に立つと声が響いてくる。
『チカラ…ホシィイカ…』
この声に気づいたのはどれくらい前になるだろう。
『チィカラ…アタエテ…ヤルゥ』
一迅の風が庭の竹林を凪いだ。
ぶ厚い雲が月を隠して夜の街はより闇を深くする。人々の営む音は闇に吸い込まれ、そこは人気のない異界へと変貌したかのようだ。
響くのは恐ろしい化生の声だけだった。
『チカラガ…ホシイカ……?』




