お頭と孫
「まずは儂らの作業をご覧ください」
部屋の隅に座ってじっと様子を観察する。
業界トップの腕がどんなものか、お手並み拝見だ。
高鳴る鼓動を抑えるようにゆっくりと息を吐いた。
ガコンッとレバーを下げると炉の中にある魔力を溜めた石、魔石から炎が吹き出し温度がどんどん上がっていく。
熱がこっちまで伝わってくる。心なしか普段より熱い気がする。
適温に達すると素材の金属片を投入した。
ドロドロに溶けたそれを型に入れて形成、
冷水で冷ます。
棒状になった鉄材を金床に置いた。
(へー、最初に成形するのか)
うちは素材を元の形のまま叩きまくるから、こっちのほうが完成形をイメージしやすそうではある。
そして素材を再び炉に入れて熱を加える。
みるみる鉄が赤く輝き出す。
ここからが本番だ。素材を叩いて作者の意志を流し込む。
「!」
すると鉄を持つお頭の横に二人の弟子、ドウとギンが金槌を持って立った。
(まさか三人で打つのか??)
その分、意志力は増えるだろうが、ブレが生まれやすくなる。
どんな結果になるのか予想できない。
一瞬たりとも見逃すまいと注視する。
「はぁぁ!!」
「せいっ!」
お頭の掛け声とともに横の二人が槌を振り降ろす。
その度に甲高い音が響き、火花が散った。
(………)
何度も何度も鉄と鉄がぶつかり合い、ただの金属棒が形を変えていく。
そして熱が抜けると再び炉にくべて、また叩く。
師匠のやり方ではあり得ない事だ。だがどこか腑に落ちるところもある。
叩いて、叩いて、叩いて、叩く。
その度に少しづつ刃が形成されていった。
(これは…本来のやり方…)
やがて金床の上には立派な刀身が現れたのだった。
「次は柄の部分を造りますので、こちらへ」
畳敷の部屋ヘと移動する。
今度はお頭一人で作業するようで、木の板を2枚組み合わせて皮と紐で包んでいく。最後に金属の留め金を入れてよく見る一振りの刀が出来上がった。
「最後に鞘を」
あらかじめ用意しておいた長い木の板を2枚組み合わせて、さらに刀の反りに合わせて微調整していく。
「…こんなものかな」
仕上げに飾りや塗装をして完成した。
およそ半日以上をかけて出来上がったそれは有無を言わさぬ凄みを纏っていた。
「どうでしたかな?」
額の汗を拭いつつ御頭がたずねてくる。
「えっ…と、なんというか…全然、違いました」
「そうですか、やはりまだまだですか」
俺の返事を聞いた御頭が失望したように肩を落とす。
「い、いやいや、そうじゃなくてですね、工程が全然違ったって意味で…」
今見せられたものは俺が今までやってきた事とはまるで違う。
奇跡も魔法もない、現実で見るような鍛冶師の力量のみで全てが出来上がる、運の介在する余地のない完全な積み上げた鍛錬の結果だ。
「そうでしたか、なるほどそれは興味深い…」
あごひげをいじって何か思案するような仕草を見せたあと再び俺に向き直った。
「それでは貴方の技を見せてくれますか?」
しわが寄ったか細い瞳だがその眼差しは鋭く俺を捉える。次は君の番だと訴えてくる。
いたたまれなくなって視線をそらしながら言葉を返した。
「…すいません、できません」
御頭は驚いたように目を少し見開いた後、穏やかにけれど力強く問い返してきた。
「それはなぜでしょう?」
「さっきも言った通り作業工程が一から十まで違うんです。ここでは、俺のやり方でできるかどうか…」
「そうですか、そこまで…」
「おいおい、話が違うぜ」
すると側に付き添っていた弟子たちが騒ぎ始める。
「自信なくしたか?」
「本当は始めから…」
「無理なんじゃねぇの?」
「言い訳だろ」
口々に勝手なことを言う。俺はそれを黙って聞きつづけた。
「静かにしろお前ら」
すると御頭が今までとは打って変わって、強い口調で彼らを嗜める。
「考えて見ればいきなり他所の工房でやれと言われてできるはずもない」
「あの…もしよければ、もう少しここで教えてもらえませんか?」
「ここで?」
「はい、そのあかつきには俺の鍛冶を見せられるかもしれません」
約束は約束だ。できるならば果たしたい。
「なるほど…、しかし儂が教えるのは弟子に悪い、誰か手の空いているものは?」
御頭が弟子たちに問いかけるが皆うつむき黙っている。
「お孫さんはどうですか?」
するとギンさんがそう進言した。
「あいつが?」
「ええ…今も部屋にいるでしょうし、ダメっすかね?」
「ん~…」
御頭は腕を組み思案する。
「そうだな、カタクラ殿、すみませんが呼んで来てもらえますか。屋敷の一番奥の部屋にいると思うので」
俺は案内された通りに長い廊下を歩いて件の部屋へと向かった。
(ここかな?)
やがて突き当りに出る。一番端にあったドアを開けて中を覗き込んだ。
扉の向こうにあったのは視界いっぱいの肌色だった。
「え?」
「あ」
そこにいたのは黒髪で片目を隠した女の子。裸の。
いや、正確には下半身にふんどしのような物をつけているが、それ以外の部分は丸見えだった。
重力に逆らって屹立するおっぱいのふもとからさきっぽまで、ふっくらとしたおしりをさらに強調する下着の食い込み、へその穴や内もものホクロまで全てが露わになってしまっている。
「え、あ…あ、あぁう、ぇ」
パニックになっているようで少女の口からは言葉のなり損ないがこぼれるだけだ。
羞恥心から透き通るような肌がみるみるうちに紅潮していく。
「し、失礼しましたっ!」
俺は慌てて扉をしめて後方に飛び退いた。
とりあえず着替えが終わるまで廊下で正座待機する事にした。
まるで廊下で反省させられる学生の気分だった。
しばらく神妙な面持ちで待っているとトビラがカタンと鳴る。誰かが向こう側に立った気配。
しかしそこからさらに数分待たされる。
ようやく開いたと思ったら数センチだけで、隙間からこっちを覗く瞳が見えた。
さらには、俺と目が合うとわずかに開いたトビラさえ閉めてしまった。
そんな事を何度か繰り返す。
いい加減、足がしびれてきたのでこちらから声をかけてみることにした。
「…あの」
ガタンッ、と一際大きくトビラが揺れる、驚かせてしまっただろうか。
「先程は申し訳ありませんでした」
廊下で一人、頭を下げる。
額を床に押し付けていると木材の擦れる音がした。
「こ、こちらこそ、すみませんでした…」
ようやく外に出てきてくれたらしい。
顔を上げると和装の女の子が俺と同じように正座で、向かい合うように座っていた。
少女の顔が目の前にある。何度目かの視線の交錯。そして何度目かの目そらし。
人の目を見て話すのが苦手なようだ。不器用な姿にどこか親近感がわく。これはこちらがリードしなければ。
「ここで教わる事になった片倉 曜といいます。実はあなたから基本を学べと御頭に言われまして」
「…おじい様が?」
俺の言葉を聞いて不安そうに問い返す彼女。
「あ、私は…スズといいます。おじいさ、お頭の孫娘に当たります」
俺の自己紹介を聞いてか、慌ててレスポンスする。
「あの…本当に…お頭が…?」
「はい」
力強く答える。これ以上、時間を無駄にしたくない。気弱な彼女には申し訳ないが押させてもらう。
「わ、わかりました…」
そう言うと彼女は音もなく立ち上がる。俺も続こうとするが。
「うっ!?」
長く正座していたせいか猛烈に足がしびれて床に吸い込まれるように再び膝をついてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
スズが慌てて駆け寄ってくる。
「どうしました?どこかお怪我を…」
「あ、あし…」
「足ですか?足がどうして…」
「足が、しびれた…くっ」
「しびれ…?」
遅れて状況を理解したスズは目を丸くして、次にふふっとふきだした。
「…おい、笑ったな?」
出会ってから初めての笑顔、無邪気で鈴のように軽やかで涼やかな声。
「す、すみません、ついっ」
しかしすぐに膝をつくと今度は彼女が俺に土下座をし返した。
痺れが抜けるのを待ってから二人で廊下を歩く。
「まずは…お清め、を…しましょう」
「ああ、井戸の水ならもう被りましたよ」
「そ、そうですか、すみません、すみません」
そんなに謝らなくていいと思うのだが、とはいえすぐに直すのも難しかろう。
本当に大丈夫だろうか、少し心配になってきた。けどあの御頭の孫娘なんだ、きっと推薦されるだけの腕はあるんだろう。たぶん。
「ええと…私はまだなので…あの、ここで待っていてください」
そう言ってスズは更衣室に消えていった。
これからあの水行をするのだろう。
肌を刺す冷たさを思い出して身震いする。
と同時にヘカテリーヌの水に濡れた姿も思い出した。それと先程のスズの半裸も。
今頃、彼女も濡れているだろうか。
あの体に透けた布が張り付いて………。
いかんいかん、これではなんの為に清めたのかわからなくなる、心頭滅却、悪霊退散!
「お待たせしました……どうしたんですか?ほっぺが腫れてますけど…」
「大きめの虫がいたので、気にしないでください…」
その後、俺達は機嫌の悪そうな顔の匠の神様に祈り鍛冶場へと向かった。




