匠座
謎の痛みを顔面に抱えつつ、俺は今日も師匠の元で鍛冶師の鍛錬にはげむ。
しかし最近はどうもスランプぎみだ。
「あっ、くそ」
パッリーン、と甲高い音を立てて素材の鉄塊が霧散した。
額の汗を拭いつつ呼吸を整える。そのまま床に座り込んだ。
ぼーっと足元の鉄くずを数えた。
上手くいかないのは成長を感じない焦りが原因だとあたりはつけているが、それを意識してさらに焦ってしまう。
師匠はもっと鉄と呼吸を合わせろとか抽象的なことしか言ってくれない。そもそもレベルが違いすぎて参考にならないのだ。
カツーン、と澄んだ音が工房に反響する。
こうしている間にも師匠は数多の冒険者がノドから手が出るほど欲する一品を造りあげてしまう。
それすら気に入らないようで出来上がった白銀に輝く剣を無造作に放り投げた。
というか満足しているところを見たことがない。
にも関わらず毎日毎日、槌を振り続けている。感情も無く機械のように淀みなく同じ作業を繰り返す様は荘厳で狂気すら感じられた。
すると師匠がこっちを一瞥する。
座り込む俺に嘆息し嘲笑うように口を曲げた。
前言撤回、やっぱりただのクソジジイだった。
「ごめんくーださい!」
すると力強い声が来訪者を知らせる。
はきはきとしながら澄んだ声音、へカテリーヌだ。
「なんかね、案内してほしいって人を連れてきたんだけど」
「?」
へカテが横にどくとそこに二人の男が立っていた。
おそろいの紺染め着物を羽織った、一目で同じ組織に所属しているであろうとわかる出で立ち。いったいなんの用だろうか。
男たちは太い眉をキリリと釣り上げ、一歩前に踏み出すとこう言った。
「おうおう、おめぇら誰の許可を得てここで商売してやがんでぃ!」
不意の怒声にたじろぐ。
「こら!いきなり失礼でしょ!」
「さ、さーせん…」
そばにいたヘカテが注意するとヘコヘコと頭を下げた。
「知り合いか?」
「ううん、そこで道に迷ってたの」
迷子のくせにやたら図々しい奴らだ。
「人違いじゃないですかね?」
「ごまかそうったってそうはいかねえ、てめえらがやたらめったら武具を売りまくったせいで相場はガタガタだ。とっくに調べはついてんだよ」
そういうことか。以前、俺は金策の為に師匠の造った剣を適当に売り捌いた事があった。
「業界にも秩序ってもんがある。鍛冶師を続けてぇならケジメはつけてもらわねぇとな」
「それはおかしい」
俺は好きかって言う奴らに口を挟む。
「あぁ?」
「師匠の剣は超高級品だ、影響があってもせいぜい富裕層だけだろう」
業界全体というにはあまりにも需要がニッチだ。
「大方、顧客を奪われたとかそんなとこだろ。自分らの都合で喚いてるだけじゃねぇか」
「ぐぬぬ」
わかりやすく口ごもる男達。くみしやすし。
「わかったらさっさと帰りな、シェアを奪われたのはあんたらの実力だろ」
「どうかその技術を教えてください!」
「は?」
すると男達は180°態度を変えて、膝をついて額を床にこすりつけると、その体制のまま目の前まで滑ってきた。
そして俺を見上げながら続ける。
「我ら『匠座』、鉄を鍛えて幾星霜、他の追随を許さぬ技を求め続けた。そして出会ったのは貴方様の鍛え上げた一振りの剣でした」
俺が造ったんじゃないけど。
「先程の非礼はお詫びいたします。どうかその秘術お伝えくださりませぇ」
予想だにしない展開に頭が追いつかなかった。
「うそっ、匠座ってあの匠座!?」
するとヘカテが驚嘆の声を漏らす。
「知ってるのか?」
「当然よ!匠座といえば冒険者なら一度は手にしたいっていう程の一流メーカーよ!門外不出のジッポンガの技術を唯一受け継いだ100年以上続く老舗で、数々の名士と共に伝説を作り上げてきた不朽の鍛冶屋だわ!」
「お、おう…」
やたら鼻息荒く捲し立てるヘカテに新しい一面を感じつつ改めて足元を見る。
男達は褒められて得意気に鼻を鳴らしていたが、俺の視線に気づくと再び頭を垂れた。
ちじこまって土下座し続けるおっさん達がそんな凄い奴らには見えない、虚偽なんじゃなかろうか。
疑惑の目を向ける俺と真摯に見上げ続ける男達、数秒見つめ合ってあまりのむさ苦しさに思わず顔を背けた。
そこで床に押し付けられた彼らの手が目に入った。
肌は荒れ細かい傷は数えられない程だ。一流かは知り得ないが、長い間、鍛錬を続けてきた事がわかる。少なくとも俺よりはずっと長く。
「お前らプライドはねぇのか?」
すると今まで傍観していた師匠が口を開いた。
「我らの志は鍛冶道を極めること、それに比べればこれしき些細なことでございます」
二人は再び額を床にこすりつけた。
師匠はそんな二人を神妙に見つめる。
「めんどいからヤダ」
「そこは受け入れるところでは!?」
「だってめんどいんだもん」
子供みたいに駄々をこねる爺さんにちょっと同情してしまった。
「ならお前いってこい」
「俺?」
いきなり名指しされて思わず聞き返す。
「うむ、その小僧には俺の全てを授けてある。充分に資格があるだろう」
嘘つけジジイ、厄介ごとを押し付けたいだけだろうが。
しかしその言葉を聞いて匠座の男達は色めき出す。
「ぜひお願いしたい!」
「え~…」
人に教えている場合じゃないんだが。
けどよその工房がどんな感じなのか知りたい気持ちも確かにあった。
「んー、じゃあそっちのやり方も教えてくれるなら…」
「本当ですか?!ぜひぜひ!!」
そんな訳で俺は今、イルクシスという国及び都市に来ていた。
アウステラに並ぶ世界三大国家、ということしか知らない。なぜなら来たのは今日が初めてだからだ。
町並みはそう変わらないが、港湾都市らしく潮風が颯爽と吹き抜ける心地よい所だった。
「すごーい、海きれーい」
「なんでお前もついてきてんだよ」
隣ではしゃぐ勇者様に水をさす。
「いいじゃん、私も匠座がどんなとこか興味あるもん」
刀剣ヲタクなのか戦士としては当然なのか、いつにもまして興味しんしんな様子。
「ふーん」
「なによー」
未だヘカテは俺の打った武器を使ってはいない。
俺自身が納得のいくものを作れていないからだが、その間に他の鍛冶師に浮気、というのもおかしいが、興味を持たれるのも何だが心地のいいものではなかった。
恥ずかしいので口にはできないが。
「けど匠座がここまでするなんて、やっぱりあのおじいちゃん凄い人だったんだね」
まぁ師匠は凄い。偏屈でへそ曲がりだが腕は確かだ。だけど。
「どうしたの?」
「最近気づいたんだが、師匠の造るものには致命的な弱点があるんだ」
「そうなの?どんな?」
今、こいつに喋ると周りにバレてしまうかもしれない。
「後で教えてやるよ」
「うん」
海沿いの道をしばらく歩くと、先導していた男達、ドウとギンが立ち止まった。
「こちらでございます」
指し示された方を見ると石とレンガでできた町並みとは一線をかくす、木造建築の屋敷が門を構えていた。
そこだけ他所からくりぬいて持ってきたような異質な空間。清閑とした佇まいには自然と身を正してしまいそうな厳格さと同時に、老舗旅館のようなどこか懐かしい温もりも感じられた。
「ただいま戻りました」
扉の前で挨拶をし、中へあがる。
「おかえりなさい、そちらは?」
すると妙齢の女性が出迎えてくれた。
「こちらはカタクラ殿とへカテリーヌ殿です。お頭にお目通ししたいのですが」
「そうですか。呼んでまいりますのでどうぞ奥でお待ちください」
「こちらへ」
案内されるままに板張りの廊下をギィギィと歩く。その先にあった広間で待っているとやがてふすまが開いた。
「どうもどうも、よくきてくださいました」
男衆と同じ紺の着物を羽織った白髪の男が薄くなった頭を掻きながら挨拶してくる。
「お頭、こちら例の」
「うむ、話は聞いておる。カタクラ殿、此度の心遣いまことにいたみいります」
「ああ、いえ」
うやうやしく頭を下げられる。
お頭と呼ばれたこの男が業界のトップメーカー『匠座』を取り仕切る大人物なのか。
事前の予想に反してだいぶ物腰の柔らかい方のようだ。気難しいうちの師匠とは大違いである。
「さっそく腕前の程を見せていただけますかな?」
しかしその眼光は鋭く、俺を値踏みするようだった。
「こちらへ」
再び部屋を移動する。通されたのは鍛冶場、ではなく、たくさんの棚が並ぶ小部屋だった。
「こちらにお着替えください」
どうやらここは更衣室らしい。
渡されたのはフィクション作品で幽霊が来ていそうな白一色の着物だった。
ヘカテと別れて男達と一緒に服を着替えた。
続いて溶鉱炉、ではなく一度、中庭に出て竹藪の先にポツンと置かれた井戸の前に立つ。
「鍛冶場に上る前に身を清めてください」
どうやら作業に入る前に、老舗らしく色々な作法があるらしい。
下手につっこむと面倒なことになりそうなので、郷にいっては郷にしたがえ、とりあえず指示に従う。
「冷たっ」
指先を震わせながら冷水を被った。
「これ、毎回やるんです?」
「当然です、鍛冶場は神聖なものですから」
うへぇ。
心の中で悪態をついた。
「情けないぞ、ヨウ」
いやいや、現代っ子に精神論はハラスメントですよー。
「ていうかまだいたのかよ」
腕をさすりながら隣に来たへカテリーヌを見る。彼女も同じように白装束をまとっていた。
「お前は鍛冶師じゃないだろ」
「いいじゃない、面白そうだし」
そう言うと井戸の前まで駆け寄って水を汲み勢いよく頭からぶちまけた。
「気持ちぃ…」
水を滴らせながら彼女が戻ってくる。
その姿を見て思わず寒さを忘れてしまう。
「おまっ…」
「どうしたの?」
不思議そうに首を傾げる彼女の肢体は白装束が水を吸ったことでピッタリと張り付き、ボディラインが浮き彫りになっていた。
大きく前方に突き出たバスト、きれいな流線を描くウェストからヒップ。遮るものの無い滑らかな下腹部。
女性らしいシルエットがありありと主張されている。
さらに所々、血色の良い淡いピンク色の肌が透けていた。
薄布一枚しかまとっていない女体であることを強烈に印象づけてくる。
これは非常にまずい、何がまずいって、俺も同じくシルエットが丸見えということだ。いま興奮するのはとにかくまずい。
「もういいから、お前は出てけ!」
「え、ちょっと、何!?」
無理やりへカテを押して屋内に戻らせる。
鍛冶場は神聖な場所だ、雑念があってはいけない。
再び更衣室で着替えその後はお祈りをする。そしてようやく鍛冶場への入室を許された。
 




