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勇者の一日 ~夜~

「大丈夫?落ち着いた?」

佐竹先輩が紙コップに注いだ水を渡してくれる。

それを飲み下して一呼吸おいた。

「…すいません」

「ごめんね、私が意地悪しちゃったから」

「先輩のせいじゃないですよ」

急に記憶が戻り始めて混乱してしまった。むしろ近くに先輩がいてくれて良かったと思う。

「それでどうだったの?」

「……まだ良くわからなくて」

脳裏に浮かんだイメージはどれもはっきりしなくて、ぼんやりとした印象をあたえるだけだった。頭が混乱していることもあり整理するのに時間がかかりそうだ。

「そっか、けどさ、もしかしたら今後はもっと戻ってくるかもよ」

こんなふうにいきなり記憶に変化があるのは初めてだった。先輩の言う通り何かのきっかけになるかもしれない。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

意識が少し不安定になっただけで体は特に問題はない。

ベンチから立ち上がるとそのまま歩き出した。

「無理しちゃダメだからね」

先輩が荷物を持ってくれる。断ったのだが強制的に取られてしまった。

代わりに先輩の買い物にも付き合う事にした。

「先輩は何を買いに来たんですか?」

「下着」

あまりにあっさりした口調に、そうですか、と疑問も持たず追従する。

数分進んだところで違和感を覚えた。

「え?」

「着いたよ」

先輩はそのままデパートの一角に設けられたセクシャルな雰囲気を醸し出す店舗に入っていった。

「はわわわ…」

「里美ちゃんも来たことあるでしょ?」

予想だにしなかった展開に慌てふためく。その様子を見た先輩が苦笑しつつ言った。

確かに女の子同士だし問題はない筈なのだが妙に恥ずかしい。

「ここ、デザインが可愛くて好きなのよねー」

そう言いながら手慣れた様子で繊細なフリルやレースなどで飾り付けされた品物を物色していく。

あれを身につけるつもりなのだろうか?

「里美ちゃんも好きなの選んで良いよー」

そう言われても着いていくだけで精一杯だ。

ランジェリーに囲まれた色鮮やかな森の中を二人で進んでいく。

「里美ちゃん、サイズ大きいから大変でしょ」

確かに可愛いデザインを探すのは一苦労で、ここまで凝った物は持っていないかもしれない。

「せ、先輩だって大きいじゃないですか」

「私くらいならまだぎりぎりなんとかなるから」

そうなのか。

程よく大きくて下着選びにも余裕があるのはちょっと羨ましいと思ってしまった。

「勝負下着の一つくらい持っておいて損はないわよ」

「しょ、勝負…」

まさか本当にそんな物が存在するのか。都市伝説か何かかと思っていた。

「私、ちょっと試着してくるね」

「あ」

そう言って店員さんと奥に消えてしまった。

一人残された事で逆に余裕が出てくる。考えて見れば自分がここにいることは別におかしくないのだ。誰かと一緒に選ぶのが特殊なだけで……。

改めて棚に飾られた商品を見返す。

すると、一際アダルトな雰囲気を放つスペースが目についた。

「うわぁ…」

思わず感嘆の声が漏れる。

そこに飾られてあるのはどれも、ヒラヒラでスケスケでピチピチでドキドキだった。

世の中にはこんな物を身に着けている人もいるのか。

先輩の言葉が脳裏に浮かぶ。

勝負……下着…。

顔が火照ってきて目をそらそうとするが、どうしてかまた戻ってきてしまう。

そんなことをしているうちになぜが少しずつ棚に近寄って行く。

そうして眼の前に来ると右手を伸ばす。

触るだけ…、触るだけ、だから……。

「お客様~、そちら気になりますか~~?」

「ひゃぁっ」

突然の声に驚いて飛び上がる。振り向くと佐竹先輩の姿があった。

「せ、せせ、せん、せせん…」

「里美ちゃんもすみに置けないなー、こんなエッチなの普段から使う訳ないし、誰かに見せる用かな?」

ニヤニヤと含み笑いを浮かべられていっそう体が熱くなる。

「ち、ちち違いますっ!私は、私は、そういうつもりじゃ…」

「みなまで言うな、可愛い後輩の為じゃ、儂が代わりに買ってしんぜよう」

片手でこちらを制すと有無を言わさぬ速度でレジへと向かう先輩。

「ま、待って、待ってください!」

慌てて追いかけて断固阻止を試みる。

「もう買っちゃった」

しかし時すでに遅し。恐るべきスピード決済。

「絶対着ませんからっ」

「えーあんなに欲しがってたのにー」

「っ、だから、それは…」

「いいからいいから」

そう言って包装されたそれを無理やり渡してくる先輩。つき返すこともできず捨てる訳にもいかず、なし崩し的に手中に収まってしまった。

「じゃあさ、お互いにプレゼントってことにしない?」

促されてなぜか私まで下着を選ぶことになった。

「って、これもう紐じゃん!?」

「先輩が悪いんですからね」

店の中で一番布の少ないやつを選んで渡した。

「も~う、許してよ~」

「別に怒ってません」

「里美ちゃ~~んっ」

本当に怒っていないのだが先輩の反応が面白かったのでしばらくこのままにしておこう。

その後はとりとめもない会話をしながら店を回った。

「いい時間ですし、そろそろ別れましょうか」

「えー、家までおくるよ?」

「大丈夫です」

これ以上お世話になると恐縮しきってしまう。きっぱりと断って出口へと向かう。

「あれ、サトミちゃんじゃーん」

「ホントだー」

そこで声をかけてきたのは学校のクラスメイトだった。

「あ…」

今朝のことがって少し後ろめたい。向こうはなんとも思っていないだろうが。

「お友達?」

「はい…」

「え?ウソっ、もしかして佐竹先輩!?」

少女達が急に色めき出す。

「サトミちゃん知り合いだったのー?言ってよー!」

「え、あ」

「私のこと知ってるんだ?」

「当たり前ですよ。ウチの女子で先輩のこと知らない人なんていないです!」

そういえば彼女は佐竹先輩の大ファンらしかった。

「あなた達も買い物?」

「あ、そんなとこです」

するとクラスメイトはバッグから何かのグッズを取り出した。

「これの特販があったんですけど…」

「こいつ変なもの集めてまして」

「あっ、それ…」

現れたのは毎日、朝、目覚めと共に目にするあれ。

目覚まし時計の上に鎮座する謎のキャラクターだった。

「サトミちゃん知ってるの!?」

急に距離を詰められてたじろぐ。

「えっと…家に目覚まし時計が……」

「うっそ、幻の奴じゃん…」

今度は目を見開いて硬直する。本当に忙しい人だと思う。

「ちょっと、先輩引いてんじゃん」

「は、すいません。これ10年以上前にちょこっと出回っただけの超マイナーキャラでして、知ってる人に直接会うのも初めてでして」

そう言われて思い出した。記憶の断片が組み合わさって一つの情景になる。

「確か…ヤンチャッピー…だっけ?」

「そうなの!おはっぴーが口癖なんだよね」

「なんだかよくわからない世界ね…」

そのまま少し話して解散する。気がついたら胸のわだかまりはなくなっていた。

家に帰ると曜ちゃんが出迎えてくれた。

「おかえり」

「ごめんね遅くなっちゃって、すぐに晩御飯の支度するから」

「いいよ、もうやっておいたから」

食卓を見ると白いご飯から湯気が立っていた。

おじいちゃんと音子ちゃんは既に食べ始めていた。

曜ちゃんと一緒に席についていただきますをする。

デパートで佐竹先輩に会ったことなどを話しながら夕食に舌鼓をうった。

「洗い物は私がするね」

「いや、今日は俺に任せておけ」

「むー」

「なんだよ」

自分の役割を奪われたようでなんとなく居心地が悪い。

しかしキッチンは占領されてしまったので代わりに洗濯機を陣取った。

洗濯かごを運んで中身を移していく。

「!」

バスタオルを入れ終えたところで手が止まった。

そこにあったのは曜の下着だった。

自分のものとは違い灰色のそれはシンプルで飾り気がなく無骨な面持ちだ。不意な出会いとその性差に思わず胸が高鳴る。

普段ならお互いの洗濯物は別けてあるのだが間違って混入してしまったのだろうか。

さらにはその下にあったのが自分の下着だったので鼓動はよけい速まった。

おそらく下半身に密着していたであろうそれが、いやパンツなのだから当たり前だが、おそらく汗などの体液が付着しているだろうそれが、同じく自分の使い終わったものに重なり合っている。

理性的な自分が何を考えているのかと警鐘を鳴らすが、本能的な部分が収まらない。

佐竹先輩との買い物もあって変に意識してしまっているのだろうか。

「ふー…」

吐息が熱い気がする。

一度、深呼吸してからゆっくりと手を伸ばす。洗濯を続けるにはあれを手に取らねばならない。仕方がないのだと言い聞かせてガっと掴み取った。

なんとなくまだ熱が残っている気がして落としそうになる。

なんとか脇に寄せると洗濯を再開した。

全ての衣類を入れ終え洗剤を投入してスイッチを入れる。これでいったん終わり。

なぜかいつもより疲れた気がした。

自室に戻ってベッドに寝転ぶ。

「今日はいろんな事があったなぁ」

目を細めて一つ一つの出来事を反芻する。

ふと視線を上向けるとついに正体の判明した目覚まし時計がある。

まさかクラスメイトにあんな趣味があったとは。いつも見ていたそれが何だが違うもののように思えた。

そこから視線を滑らせてテーブルを見る。

天盤には淡いピンク色の紙袋。

ランジェリーショップのロゴが刻印されている。

身を起こしてそれを手に取る。

口を封じてあるシールを剥がして中に手を入れる。

指先に柔らかい感触、気持ち優しくつまみ上げる。

ピンクの包装紙の後ろから、真逆の黒いショーツが顔を見せた。

最低限の部分しか覆う気のない布地は向こう側が見えそうなほど薄い。支えるだけの役割になった腰紐は細く伸びて、結び目は簡単に解けてしまいそうだった。

隠すべき時分ですら容易く舞い落ちてしまう様を想像しておヘソの下辺りが切なくなった。

ネットなどで存在は知っていたが、こんな物をまさか自分が手にしているなんて。

新世界に誘われるようで知らず鼓動が速まる。

しかしそれは禁断の扉だと理性は告げる。

期待と拒否感に挟まれて気持ちは高ぶり続ける。だがそれは冷静さを失うのと同義だった。であればどちらが優勢なのか。

別にこれ自体は恥辱ではあれど咎められることではない。

一人でに浸るだけなら、特段、気にするようなことはないのでないか。

ゴクリ、と生唾をのんだ。

緊張に胸が締め付けられる。

それですらもう快楽のつまみになる。

立ち上がる。

ズボンの縁に手をかけて、ゆっくりと下におろした。

中につけていた下着も一緒におろされ下半身は一糸まとわぬ姿となった。

火照った太ももをぬるい風が撫でる。

柔肌を擦らせて片足をあげた。

本当に履けるのかと見まごうほど細い腰紐を指で広げて、そこに足を通す。

ここまで来たらもう後には引けない。既に履いたも同然。

残る片足も広い穴に通し、最後に紐が解けないよう優しく持ち上げた。

心ばかりの布が足の間に、肉の形に沿ってわずかに丸みを帯びてピッタリと収まる。

それ以外の部分は腰紐を残して全て露わになっていた。

指を離してその様を観察する。

布の端、すなわち股関節をなぞるとその心もとなさを実感できた。

扇情的な姿をした自分に興奮を覚えた。

なんて格好をしているんだろう。

男を誘惑する為だけの姿。

脱がされるための着衣。

あまりの衝動に倒れてしまいそうだった。

早く脱がなくては、自分には時期尚早だった。

これは来たるべきその日までタンスの奥深くに封印しよう。

そう思い直して紐に指をかけたときだった。

「里美ぃ、勉強のことなんだけどさ…」

「あ」

思わず振り向いて目があってしまった。

目があった直後、曜の瞳が下に動くのもまじまじと見えてしまった。

間違いなく自分の下半身を見ている。

すなわちエロい下着に身を包み、かつそれを脱ごうとしているところを。

「あ…あ、あ…い」

「えと、これは、あの、スマンっ」

「いやあぁぁぁぁーーーーーーーー」

この日の出来事は片倉 曜の記憶からすっぽり抜け落ちたのだった。








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