次の日
目覚めると真っ先に見えたのは見知らぬ天井だった。
「どこだ?ここは…」
体を起こそうとするが鈍い痛みに顔をしかめるだけにとどまった。
柔らかい掛け布が体に覆い被せられている。どうやらベッドに寝かせられているらしい。
横目で周囲を見やるとすぐそこには木の壁。反対側を見ると他の患者さんが治療を受けているようだった。
病人の腕を持って何やら作業している看護師さんと目があった。
ニコッと微笑んできたので、俺もニコッと微笑み返しておいた。
しばらくすると白衣を着たおじいさんがやって来る。
俺は看護師さんに支えられてようやく身を起こすことができた。
「えー、体の具合はどうですか?」
「ちょっと重いですし動かすと痛いですけど、何もできないって程じゃないです」
「そうですか、回復魔法が効いてるようですね、良かった良かった。それなら明日にでも退院できますよ」
医者のおじいさんもニコッと笑う。俺も笑い返した。
おじいさんは直ぐに真顔になると話を続ける。
「それとですね、憲兵さんが貴方と話がしたいそうなんですよ」
「はあ」
憲兵というのは警察のようなものだろうか?
なんの話をするんだろう?
ふと、今までの行動を思い返してみる。
たしか俺は里美を探して……。
「ああ!?!」
「なっなんじゃあ?」
「じいさん里美は!?俺の近くに女の子がいなかったか!?」
おじいさんの肩をぐらぐら揺らす。
「落ち着いてください!!」
「じいさん、教えてくれ!大事な、大事な人なんだ!」
「落ち着けっていってんだろーが!」
看護師の一人に首を絞められてようやく我にかえる。
「ごめんなさい…」
「やれやれ、危うく天に召されるところじゃったわい」
おじいさんは今一度向き直ると話を再開した。
「お主の側に倒れていた二人の娘さんだがね、命に別状はないよ」
「本当ですゲホゲホっ」
喜びのあまりむせかえってしまった。
「しかし片方の娘さんにはちと問題があってな…」
「…問題?」
「ちょっと起きたって本当?!」
すると甲高い声とともに病室の扉が開かれる。
入ってきたのは金色の髪をあわただしく揺らすヘカテリーヌその人だった。
特に問題があるようには見えない…。
「無事だったか」
「あんたもね」
ヘカテリーヌは安心したのかやんわりと口角を上げる。
俺も笑いかえそうとしたがうまくいかなかった。
「ヘカテリーヌ…里美は…」
「ああ…うん…」
俺の問いかけに彼女は口を紡ぐ。返ってくるのは曖昧な相づちだけだ。
「先生…」
「まあ、あってみるのがいいじゃろう」
そう言って里美のベッドまで案内してくれた。
ベッドの上では里美が身を起こして本を読んでいた。
包帯が痛々しくはあるが特に異常はなさそうだった。
「里美」
いつものように声をかける。
そしていつものように里美が笑いかけてくれる。
筈だった。
「あ、…こ、こんにちは」
そう他人行儀に挨拶を返す里美の笑顔は酷くぎこちない。
それでも精一杯取り繕っているのだろう。
親しげに声をかけてきた俺がそういう相手なんだと、だからそういう対応をしなければならないと。
記憶を失っても彼女の人を気遣う優しいところは少しも変わっていなかった。
それがどうしようもなく悲しかった。
涙が出そうになるがなんとか我慢する。
「あ…、ごっごめんなさい」
そんな俺の感情を汲み取ってか彼女も眉をひそませた。
「良いよ、君のせいじゃない」
これではダメだ、俺と彼女はこんな未来を望んだ訳ではないのだから。
「俺は片倉曜、君…里美からは曜ちゃんって呼ばれてた、よろしく」
「は、はい。よろしくお願いします、よっ曜…ちゃん?」
「別に無理しなくて良いぞ」
「…いえ、呼ばせてください。その方が良いと思うんです…」
「そっか」
「あの、もっと教えて貰えますか?私がどんな事をしていたのか」
「良いよ、でもまずは怪我を治してからな」
こうして俺は病室を後にした。
自分のベッドまで戻りそのまま崩れ伏す。
「大丈夫?」
「大丈夫…俺より里美の方が辛いはず…」
「はあ、あんたねぇ、綺麗事も良いけど、あんまり溜め込むと爆発するわよ」
そういうと何かが頭の上に置かれた。
何かは頭を優しく包み込むとそのまま左右に運動を始める。
少しずつはりつめられた心がほどけていくようだった。
それでもやっぱり気恥ずかしくて俺はただ撫でられるのが終わるのを待った。
「それじゃあね、何か困った事があったら頼りなさい」
そう言ってヘカテリーヌはベッドから腰を上げる。
なんとまぁ優しい女の子だろうか。
「お前、ほんとに勇者かもな」
俺がそう言うとヘカテリーヌは何故か気まずそうな顔をする。
「そう思う…?」
どういう類いの質問なんだろうか?
よくわからないので俺は素直に答えておくことにした。
「ああ、そう思うよ」
「そっか」
ヘカテリーヌは嬉しそうにはにかんだ。不覚にもドキッとしてしまった。
「お前は勇者などではない、だんじてな」
そこに割り込んでくる低い声。そっちを向くと扉の前でごつい顔のごつい格好をしたごつい男が立っていた。
鋭い目付きですべてを捌いてしまいそうな、見るからに強そうな奴だった。
「あんた何しに来たの?」
普段は優しいヘカテリーヌの口調に剣呑な響きが混ざる。あまり仲がよろしくないのは簡単に察せられた。
「相変わらず躾ができていないようだな、さすがは詐欺師の一族というわけか」
「なんですって!」
「ヘカテリーヌ、病室だぞ」
血気だつ彼女をなんとかなだめる。
「えーと、貴方は?」
「私の事を知らないとは随分と田舎の出らしいな、これは宛が外れたかな」
物言いを見る限りこの人は自分の出事にたいそう自信と誇りを持っているらしい。
貴族か何かだろうか?そんな奴が俺に何の用だろうか?
「もしかして話があるってのは貴方の事ですか?」
「ああ、昨日、町の近くで巨大な爆発があった。何人かの遺体も見つかった。そこに君達が倒れていたわけだ、関係を疑うのは当然だろう?」
「だから、私達は被害者なんだってば!」
「もちろん初めから疑っている訳ではない。だがね、喋る魔物が人々をさらい、それを君達が退治したら爆発したなどという御伽話を信じろという方が馬鹿げているだろう?」
この世界の常識はまだよくわからないが、まあ確かにぶっとんでると思わなくもない。
しかしそれでも事実な訳で、信じてもらえなきゃどーしようもない。
「残念ながら俺に聞いても同じですよ」
そう言うとごつい人は腕を組みため息をつく。
「カタクラといったか、失礼だが、君の出身はどこかな?調べても手がかり一つ出てこなくてね」
ギクッ
まずい。
本当の事を言える筈もないし、身元が不明ではよけい疑われてしまう。
「そういえば私も知らない」
「お前そんな相手と一緒にいたのか…」
「煩いわねー、人の勝手でしょ」
ヘカテリーヌが気を引いているうちに言い訳を考える。
「えと…、たっ旅、旅の途中に産まれたので故郷とか無いんすよ!」
「なるほど、旅人の子であったか。さぞ苦労しただろうな」
「いやー、俺は覚えて無いですけどねー」
なんとかうまく誤魔化せたみたいだ。
「そうだったんだ、それにしては世界の仕組みに疎いみたいだったっいったー、何すんのよ!」
「あれれー、でっかい虫がいたと思ったんだがー」
よけいなことを言うな!!
「一人は何も覚えていない、一人は詐欺師「だから違うっての」君が唯一の頼みだったのだがな」
どうやらごつい人はまだ俺達の言い分が信じられないらしい。
「俺から言えること以上です」
そろそろ辟易してきたのでご退場いただくとしよう。
「そうか、ではまた何かあれば」
そう言ってごつい人は出ていった。
ヘカテリーヌはベロを出していかくしていた。こっちにもそういう文化があるのか。
「はー、ほんといけすかないおっさん」
やはりどうしようもなく仲が悪いようだ。まああれだけ敵視されれば当然だが。
「詐欺師ってどういうことだ?」
「別に、私が勇者の末裔を名のってるのが気に入らないんでしょ。本当の事なのに…」
ヘカテリーヌは口を尖らせる。相変わらず表情が豊かだと思う。ころころ変わる様子は愛らしくつい目で追ってしまう。
「何よ、あんたも私を疑うの?」
「いや、信じてるよ」
「そ、そう。…ありがと」
嘘は言っていないだろう、騙されてる可能性はあるが。
「そういえば、結局さっきの人は誰だったんだ?名前も聞かなかったが」
「この町を治める三人の王の一人よ」
「え?……えええええええええ!?」
「こら!静かにしなさい!!」
怒られてしまった。
「王様って偉い人じゃないか」
「そうね」
「そうねっておま…、そんな人相手によくあんな態度とれたな」
「別に大した事ないわよ、勇者の末裔の癖に聖剣が抜けなくて支持が落ちてるんだから」
「聖剣?」
「勇者が突き刺したっていう伝説の剣、それを抜いた者が次の勇者になるって言われてるの」
「へー、勇者の血を引いてるのに抜けなかったのか」
「そ、ざまーみろよ、抜けるのは世界が危機に瀕した時だからむしろ僥倖とか言ってるけどねー」
ヘカテリーヌは満足そうに腕を組んで胸を張る。豊かな胸部がいっそうの繁栄をみせる。
「お前は抜かないのか?」
「簡単には挑戦できないのよ、3年に1回行われる聖剣祭で優勝しなきゃいけないの。しかも最近はあのおっさんが支持を取り戻そうと最後の関門として立ちはだかる事になったし」
「ほー、あの人強いんだな」
「一応クラウ家は軍事、治安維持担当だからねー。まあ挑戦者が王族相手に忖度してるのよ、きっと」
「三年に一度かー。次はいつなんだ?」
「10日後よ」
「はやっ!?」
「だから少しでも鍛えないと、だからもう行くわ」
そう言ってヘカテリーヌは離れていく。三人の中では最も軽傷らしく所々包帯が目に入るものの痛みは感じていないようだった。
後ろ姿を見ながらそんな事を考えていると彼女が不意に立ち止まり、踵を返して戻ってきた。
「そういえば貴方達はどうするの?」
「……」
きかれて考える。そういえば元の世界に帰る気満々だったが、里美の記憶が消えてしまった事でその手段もなくなってしまったんじゃなかろうか…。
「…どうしよう」
「ばか…」
この世界で暮らすのだろうか?生活相談所とかあるかな?
生活費はモンスターを退治していればなんとかなるだろう。里美と二人分稼がなくてはいけないがなんとかなるだろうし、なんとかする。
「まあ何かあったら相談してよ」
「ああ」
これ以上迷惑をかけるのは気が引けるが。
そんなこんなでヘカテリーヌとは別れることになった。
特にすることもないので俺は院内を回りこの世界の情報を集め始めた。




