勇者の一日 ~昼~
異形のモンスターにであったらそれは女の子でした。
「キルシュア」
ヘカテリーヌは慌てて少女にかけよっていく。
「ごっごめんなさいっ!!」
そして勢いそのままに頭を垂れた。
「いいの、慣れてるから」
キルシュアは事も無げに応対する。
「怪我はもういいの?」
彼女は先のディミストリでの戦いで負傷し、人間の味方をしたいというおかしな魔物に一時、身を預けていたのだ。
問い掛けにキルシュアはコクンと頷く。
「じゃあヨウのところに戻るのね?」
「………」
しかしこれへの反応は鈍い。
「どうしたの?」
「…何でもない、それより 特訓しよう」
キルシュアが剣を抜くとヘカテリーヌもそれに応じた。
「ぐっぬぅ…っ!」
腕を延ばして変幻自在の攻撃を仕掛けるキルシュア、ヘカテリーヌは防戦一方だ。
(もう慣れっこだけどね!)
しかしいつまでもやられてばかりの彼女ではない。
今朝教わった新しい技術を試そうと無理矢理にでも前進する。
「!」
『瞬天』
唸りをあげる長腕を掻い潜って懐まで突進する。
『天鳴斬 閃之龍』
『ブラックヘイブン』
しかしキルシュアのスキルにより死角から突き倒されてしまった。
「くっそー!」
悔しさを露にして倒れ込むヘカテリーヌ。
「最後 動き変わった?」
「そーそー、どうだった?」
「付け焼き刃ダメ 命に関わる」
「わかってるわよー、だから練習してるんじゃない」
そう言うと身を起こして再び剣を構えた。
「そういえばあんたの剣って誰に習ったの?」
「……ドゥガ」
「あー、あいつね」
人間の味方をしたいという魔物。
いまいち信用できないが、確かに剣の腕は今まで会ったどの剣士より上だ。
「確か…こうやって」
見よう見まねで動きを追ってみる。
「中途半端 ダメ」
「でも、やってみなきゃわからないでしょ?」
「……私が 教える」
「うん、ありがと!」
それから暫くして雨が降り始めた。
それでも平原に響く剣撃の音は止むことはなかった。
「はぁ…はぁ…少し 寒い」
濡れた体を抱えながらキルシュアが呟く。
「ちょっと冷えたわね、………そうだ!」
何かを思いついたヘカテリーヌはキルシュアを引っ張ってどこかを目指す。
「ほら、ここ!」
「は~」
やがて地平線の向こうから巨大な湖が現れた。
湖面からは白い湯気がたっている。
地熱で沸いた天然の温泉だった。
「はぁー、暖まるー」
ヘカテリーヌは鎧を脱いでお湯に浸かる。その顔は至福に溶けていた。
「危ない…」
ここは結界の外、魔物に襲われる可能性はゼロではない。
「私達なら大丈夫よ、ね?」
「………」
キルシュアは悩む。
しかし長く孤独に生きてきた彼女は人に頼られると弱く、またサトミと一緒に入ったお風呂の心地良さが記憶に強く残っていた。
ゴクリ。
やがて根負けすると手早く服を脱ぎ去った。
「暖かい?」
「ブクブク」
口まで湯に浸かりながらキルシュアはヘカテリーヌを値目つける。
そしてゆっくり近づくと抱きついてその豊かな胸に顔を押し付けた。
「なっ、何?」
「…まぁまぁ」
「あ?」
「サトミの方が柔らかい…」
「しょうがないでしょ!鍛えてるんだから!」
不躾な物言いにヘカテリーヌは困惑する。
しかしキルシュアが離れようとしないので仕方なく受け入れることにした。
「私はアウステラに帰るけどあんたはどうするの?」
「……約束」
「?」
「約束…破った…。ヨウを守るって 言ったのに…」
先のディミストリでの戦いの事を言っているのか。
だから戻れないと……。
「ヨウは守って欲しいなんて思ってないとおもう。そんなに柔わじゃないわ」
「でも…サトミが…」
「大丈夫よ、貴女は?帰りたくないの?」
「……帰りたい」
「ならそうしよう、私もついていってあげる」
「…ん」
ヘカテリーヌは顔を寄せてくるキルシュアの頭をそっと撫でた。
「もっと強くならないとね…」
「…うん」
温泉から上がるとアウステラの町へと帰還する。
外れにあるボロい工場に顔を出すとちょうど彼らが来たところだった。
「キルシュア!」
ヨウはこちらを見つけると名前を呼んでかけよって来た。
「私もいるんですけど?」
「無事だったのか、心配したんだぞ」
そしてキルシュアの頭を撫でてやる。彼女はとても気持ち良さそうだ。
「………」
「羨ましい?」
「わっ」
突然現れたのはシズリ。ヨウが連れて来た、というか着いてきた?優秀な魔法使いだ。
「な、何が?」
「ごまかさなくても良いんだよ~ほれほれ」
そう言って面白がりつつ頭を撫でてくる。
「そっちこそ良いの?」
たぶんシズリはヨウの事が好きだ。
そういうのには疎い自覚はあるがおそらく合っていると思う。
「イイオトナは主導権を握らせてあげるものなのよ」
「なにそれ…」
「ヘカテちゃんにはまだ早かったかなー」
シズリはよくこうやって年下扱いしてくる。そんなに変わらないのに。
「それじゃ行こっか」
「うん」
シズリの移動魔法で空中国家ディミストリまで飛ぶのだ。
「曜君、行ってくるね」
「気をつけてください。お前もなヘカテ」
「はーいはい」
「なんだそりゃ…」
ヨウの気の抜けた顔を尻目に私達は空へと浮上する。
瞬く間に天に浮かぶ巨大都市へと到着した。
市街地の間をぬって中央の一際高い塔を目指す。
「あれ、ハルシャークさんじゃない?」
途中で何やら話し込んでいる勇者教の集団にであった。
「これは我が勇者にサタケ殿、御無沙汰しております」
こちらに気づいた鎧を纏った優男が光速で近づいて来た。
「あんたのじゃないけど、何やってんの?」
「勇者様は皆の勇者様です、『魔女の落とし子』について暫し協議を」
ディミストリは魔法適性の低い赤子を地上におとしていた過去がある。
確か勇者教の孤児院にもそういった境遇の子が何人かいた筈だ。
「どうなりそう?」
ヘカテリーヌは眉を潜ませてそう尋ねる。
「ご安心を、万事解決とはいきませんが生活は保障していただけるそうです」
「そう、良かった」
ヘカテリーヌはほっと胸を撫で下ろした。
「これから訓練ですか?申し訳ありません、こちらは今暫く時間がかかりそうで…」
「気にしなくて良いわよ、あてにしてないから」
「お気遣いの言葉、いたみ入ります」
そういうと再び集団に戻って行った。
「相変わらず面白い人ね」
「ぜんぜん、なにかんがえてるのかさっぱりよ」
軽口を叩きながら道を急いだ。
「お二方、御待ちしておりました」
中央塔に着くとエルフの現頭領であるラジュが出迎えてくれた。
色味の薄い魔法の国に彼女が居るとなんだか浮いて見えるがそれは素敵な事だと思う。
「聞いたよ、なんか説得してくれたんだって?」
「人間と共存するには我らの有効さをアピールする必要がありますから、ディミストリの方々が素直で助かりました」
端整な顔でクスッと笑うと美しさがさらに増すが、どこかうすら寒いのは気のせいだろう。
「聖なる気の共同研究を持ちかけられてな、真理を追求するモノとしては断れんよ」
突然現れたのは『先駆者』イルディーノ。姿を写す魔法でこの国のどこにでも現れる。意識を移す魔法で数千年を生きる古代人でありこの国の長である。
「では早速始めようかの」
別の部屋に移ると身体中に変なチップをつけられる。これで体内環境を計測しているらしい。
「それでは、いきます」
続けてラジュが二人の背中に触れた。
「うっ」
「あぁっ」
少し遅れて体に何かが押し寄せてくる。
ラジュを経由して聖なる気が送られているのだ。
《体温上昇 脈拍異常 意識レベル低下 危険度イエローデス》
「うぅ…うあぁ…っ………」
体が内側から焼け落ちていくような苦痛と耐え難い嫌悪感が襲ってくる。
何かが喉の奥からせり上がってくる。
「お"えぇ……」
「堪えてください、耐えて世界をお救いください、勇者様」
聖なる気とは世界を構築する神の元素。
意識が世界と混ざりあい溶けていく。
この衝動に身を任せれば全てから解放される、楽になる。
「…………!」
ぎゅっと、何かに捕まれた気がした。
末端の感覚はない、けれど、確かに、誰かの思いを感じる。
ふと横を見た。
苦痛に歪むシズリの顔。体から漏れでる光を通して彼女の思いが伝わってくる。
冷たい氷のようで頑丈な強い意思。
愛する人を支えようと涙を固めて造った氷柱。
気高くそして儚い、人の感情。
その奔流が思い出させてくれる。そうだ、私は人なんだと。シズリの手を強く握り返す。自分は人として悲しみや喜びを共有し、そんな豊かさ溢れる世界を救うのだと。
《危険度イエローデ安定》
「よし、第二段階に移項する、二人とも武器を構えよ」
イルディーノの号令と共に壁に開いた穴から数体の人形が出現する。
「離れます」
ラジュの手が背中から離れ体がスッと楽になる。
体内に残った聖なる気が漏れでないように神経を研ぎ澄ませながら、向かってくる人形を注視する。
「押さえ込むのではなく流れを汲むイメージで、出ていった隙間に自然と入ってきてくれます!」
整わない呼吸を整えて、動きの鈍い人形達に斬りかかった。
「はぁあっ!」
「お疲れー」
訓練が終わった後、二人でお互いの苦労を労う。
「プハー、やっぱ訓練後の一杯はサイコーね!」
果実酒を飲み下して感慨にふけるシズリ。
「年寄りくさいよ」
「何よー、どーせ私はおばさんですよーだ」
「シズリがおばさんなら私は大おばあちゃんですよ」
「ラジュ~」
齢500歳を越えるエルフの頭領が年の功で機嫌をとった。
「今回はどうだった?」
「お二人共に成長傾向ですよ。ヘカテリーヌは3,2% シズリは6,2%前回より数値が延びています」
「……むぅ」
「まあ魔法使いは動かなくていいから楽なのよ」
「別に…気にしてないし…」
明らかにへそを曲げているが二人は笑って流した。
こうして訓練を終えた二人は地上へと戻っていった。
「ただいまー」
「ここはお前んちじゃねぇ」
再びボロ工場を訪ねると偏屈なおじいさんが出迎えてくれる。
「まぁまぁ、ところで曜君知りませんか?」
シズリが肩を揉みながら尋ねるとお茶を一口啜ってから返事をした。
「…竜に餌をやるとか言ってたな」
「そうですか」
竜とは火山にすんでいる子供のドラゴンの事だ。
勇者の剣を封印した祠の近くに住んでいて、そこを通る際に親ドラゴンを殺してしまった。なので一人立ちするまで面倒を見ることにしたのだ。
「それじゃ、また明日ねヘカテちゃん」
「待つの?」
ヨウがいつ帰ってくるかわからないのに。
「甲斐甲斐しいでしょ?」
本当によくやるなーとヘカテリーヌは呆れ混じりに感嘆した。
シズリと別れて夕暮れの町を歩く。
「お母さ~ん!」
暫く行くと路肩で泣いている女の子を見つけた。
「どうしたの?勇者様に聞かせてごらんなさい」
「お母さん…いないの…」
「はぐれちゃったのか…、お家の場所わかる?」
「う…わかんない…お母さ~ん!」
再び泣き始めてしまった。
「どうしよう…」
「どした?」
すると男が声をかけてきた。
みるとそれはヨウだった。
「迷子か…」
「工場でシズリが待ってるわよ、この子は、私がなんとかするから…」
「んー………」
ヨウは数秒考え込んだ後、口を開く。
「この子がつけてるバッジ、アルバマ通りのパン屋さんで貰える奴だな。何回か通わないといけないからたぶん家もその辺りじゃないか?」
「え、ほんと?」
「ああ、里美に言われてポイントカード集めが趣味みたいになってるからな」
その後ヨウと別れて言われた通りの場所にやって来た。
「ここ知ってる!」
すると女の子が自発的に歩き始めた。
「ミーちゃんっ!」
「お母さん!」
そして無事に母子を再開させることができた。
「勇者様ありがとうございます」
「いえ、知り合いに助けて貰いまして…」
「さすがは勇者様、優秀なお友達が多いんですね」
「……ええ、はい」
本当に便りになる人達だと思う。
「つかーれたー!」
家に帰ると服を脱ぎさり一目散にベッドへダイブした。
「こら、行儀悪いわよ」
隣の部屋にいた母親が注意しに来た。
「だってー」
「まったく、お夕飯どうする?カレーライスだけど」
「カレーライス!食べる!」
「なら服着てから降りてらっしゃい」
「はーい」
こうして今日も陽は落ちておくのだった。




