覚醒、そして…
巨大な岸壁に四方を隔たれた空間。
「ガワッハッハッハ」
巨大なモンスターの嘲笑が響くが、そこには陰鬱な空気が立ち込めたままだ。
「嘘…でしょ?」
金色の髪を茶色く汚した女剣士はその拳をいっそう握りこむ。
地べたには巨大な血だまりができ、その中央には奇妙な肉塊が落ちていた。
傍らに座り込んだ少女は微動だにせず、血まみれに横たわる男を見つめていた。
「ガワッハッハッハ、この俺様を無視するからだ!ん?!良いぞ!絶望が、絶望が体に流れ込んでくるぅ!!」
一人高らかに笑うモンスターは負の感情をエネルギーにかえ、その体を肥大化させていく。
「このかぐわしい臭い、今この場で最も絶望しているのはーー、お前か!」
モンスターがヘカテリーヌに近寄っていく。
「ひっ」
モンスターの影が覆い被さると彼女は腰を抜かして座り込んでしまう。
「よいよいよ、お前見込みあるぞ、俺様のペットにして一生いたぶってやろうか?」
「いや…」
少女が悲鳴を上げる度怪物の体は慶び溢れるがごとく膨らんでいく。
「グッフッフ、んー、それにしてもそっちの女は悲鳴の一つも上げんな。その男は貴様を助けにきたのだろう?それがこのようになってなんとも思わんのか?それとも心が死んでしまったのか?」
モンスターは血だまりに座り込んだままの少女にのっそのっそと近づいていく。
「仕方がないから食ってしまおうか」
するとようやく少女は動き出した。上半身だけになった少年の手をそっと握る。
「若い女の肉はうまいんだよなー」
「………ない」
「あ?」
「許さない」
少女はおもむろに立ち上がるとキッとモンスターを睨み付けた。
「お前だけは絶対に許さない!」
次の瞬間少女は黄金の輝きを纏った。
「グヲオオオオオ!?なんだこの光はアア!?!」
「嘘…これは御伽話の…勇者の…」
少女は少年を抱き上げると少し離れたところに転がっている下半身まで運んでいき二つをつなげあわせた。
すると少年までも金色に輝きだしまるではじめから無かったかのように傷口は消失した。
「ん…」
それを証明するように少年は重く塞がれていたまぶたを持ち上げた。
いったい何がどうなったのか。
敵の攻撃から里美を守ろうとしてそれから…。
目を開けると目の前で見知った少女が見たこともない程輝いていた。
「里美…それは」
「待ってて曜ちゃん、すぐに終わらせるから」
里美はその輝きに負けない光度で微笑むと俺から手を離す。
傍らに落ちていた剣を拾い上げモンスターに向き直った。
「帰ったら、おやつにしようね」
「なっ、なぁ、なめるなあアアアアアアアアアア!!」
何故か体積の増したモンスターは空高く飛び上がる。
青空の染みになった後、自由落下。その巨体で俺達を叩き潰さんと襲いかかってくる。
「ハアアアアアアア!」
里美は細い体から出たとは思えない気合いを迸らせて、てにもつ剣で一閃した。
そして剣の描いた軌跡が疾走しモンスターを真一文字に両断した。
二つに別れた巨体はやがて落下し地響きをたてた後に停止、不気味なあえぎ声を発しながら痙攣するのみだった。
「ぬぁ、ぬぁ、ぬぁぜ…だぁ~?」
カラン
その後里美の手から剣が 滑り落ちそれに追いするように体を纏っていた輝きも消失した。
力を使い果たしたのか里美は人形のように膝から崩れ落ちる。俺は慌てて彼女を抱き止めた。何故か疲労は完全に抜けていた。
「大丈夫か?」
「はは…、ちょっと疲れちゃった」
力なく笑う彼女は不憫に思えたが同時に達成感に満ちているようだった。
それにしてもあの輝きはいったいなんなのだろう。
「大丈夫?」
するとヘカテリーヌが声をかけてきた。
「たぶん…」
こうなったのはあの輝きが原因なんだろうがそれがどれだけ消耗するものなのか。
向こうに戻ってじいさんに見せれば何かわかるかもしれない。
「その子って…もしかして…」
「なんだ?何か知ってるのか?」
「…なんでもない」
ヘカテリーヌはそっぽを向いてしまう。
いったいなんなのか。
とりあえず今はここから脱出しなければならない。とはいえここにきた時に使った穴と、同じくらいの大きさの別の穴がいくつか空いているだけだ。
戻るにしても里美がこの状態では心配だ。
他に道はないかと辺りを見渡した時、不可思議なものが目に入った。
「?」
ブクブクと何かが膨らんでいく。
いや、それは、里美が真っ二つにしたはずのモンスターの片割れだった。
「なっなんだ!?」
こうしている間にも肉片はもとの大きさと同じくらいにまで膨張を続ける。
そして不気味な笑い声も聞こえてきた。
「ブエッヘッヘッヘッヘ」
「お前…!」
「驚いたか?だがもう遅い!既に俺の体の中ではエネルギーが暴走を始めている。いずれは限界を迎え、貴様らごと周囲一帯を吹き飛ばすだろう!!」
なんだと…!?
モンスターの体は中で何かが暴れているかのように奇妙に撓みながら膨らんでいく。いつ爆発するのか想像もできない。
くっそ…、どうすれば良い!?せめて里美だけでも…。
「逃げて…、曜ちゃん」
里美が俺の肩を借りて立ち上がる。そして仁王立ちすると再びその体は黄金に輝き始めた。
しかしその瞬間里美はバランスを崩してしまう。
「里美!?無理だそんな体じゃ!」
「大丈夫…」
里美はニッと笑って見せる。全然大丈夫じゃない。
「私は…勇者だから。守らないといけないの。誰かの…私の…大切なものを…だから」
「それじゃあ、お前のことは誰が守るんだよ!」
俺は里美を後ろから抱き締めた。
「俺が守るよ、どんなに頼りなくても、実力不足でも、お前を勇者なんていう孤独から守れるなら、俺がずっとそばにいる」
「曜ちゃん…」
里美をだく腕にいっそう力を籠める。
もう抵抗されることは無かった。
そして次の瞬間モンスターの体は限界を迎え、目映い閃光が世界を吹き飛ばした。
それでも腕の中の温もりは最後まで消えることは無かった。
 




