可愛い彼女
川端康成著「化粧」をモデルにしています。(原型を留めてはいません)
五月最後の金曜日、大学の講義も終わり、足取りも軽く、難波にある映画館に向かった。リバイバルがあるのだ。巨匠タルコフスキーの名作「ストーカー」が18時から1回だけ上映される。この機を逃しては、いつ「ストーカー」が大画面で鑑賞できるか分らない。逃す手はない。ちなみに「ストーカー」は犯罪映画ではなくてSF映画である。
気分を高揚させながら、映画館専用エレベーターを1階で待つ。映画館は最上階にあり、専用エレベータが直通となっている。エレベーターを待つ時間と言うのはやたら長く感じる。1分も待っていないのに体感時間はもっと長く、2、3分はありそうだ。やっとエレベーターのドアが開く。エレベーターが無言で人を吐き出したかと思うと、今度は人を呑み込んでいく。人を呑み終えたエレベーターがドアを閉めようとした瞬間、スーツを着た女性がひとり飛び込んできた。
「すいません。ありがとうございます」
「開」のボタンを押していた男性に、その女性は頭を下げた。
その女性はよほど慌てて来たのか、セットしていたであろう髪の毛がだいぶ乱れていた。本人もその自覚があるらしく、髪の毛を手櫛で整え始めた。上手いもので、見る見る内に髪の毛は自分の居場所を思い出したかのようにセットが決まっていく。ちょっとした魔法だ。最上階に着く寸前に、その女性は自分の服装を確認し、大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせていた。
最上階に着き、エレベーターのドアが開く。
その女性はついさっきまでの慌ていた態度など微塵も見せず、おそらくデートの相手だろう、スーツを着た男性の方に上着を脱ぎながら優雅に歩いて行った。
「あれっ」その女性……ベルトループをひとつ通し忘れている。それに気付いたのは、私だけに違いない。
了