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第5話 お掃除

「で、どうだったんだよ?」

波乱の出来事に翻弄された翌日、研究室の掃除をしながら同期の男子学生である林が訪ねてきた。

ふと窓の外を眺めてため息が出た。

言いたいことは分かる。

突然どこへともなく連れ去られた姿を集まった学生たちに見られて、そのどよめきの中を闊歩したことは恐らく一生忘れない。

どこへ行って何があったのかと聞きたくないはずがない。

けれど―――

「どうって何が?」

関係者以外に話すべき事でも無いだろう。

まだ彼女の頼み事への返事もしていないし、自分に話が来たことにも事情があるはずだ。

あとは、正直に言えば昨日の一件ではこの林という男に言ってやらねばという思いもあった。

「君に胸ぐらを捕まれた騒動の後ということかい?」

「いやいや、そうトゲトゲしなさんなって。あのときは俺も慌てて余裕がなかったんだ。本当にすまないと思っているよ」

この通り、と手を合わせて頭を下げる様子にじっとりと視線を向けると目が合った。

「仕方ない。代わりに今度何か頼み事でも聞いてもらおうか」

「おう、何でも言ってくれ」

すぐさま陽気な笑顔で請け負う林を見て、自分も甘いと思いつつ安堵も覚えていた。

お調子者で単純なところはあるが、悪やつではないのだ。

元々気の良い仲間だったのだからギクシャクしたままではいたくなかった。

「で、話を戻すと、あのお嬢さんとはどういった関係で?」

「またそれかい。あまり興味本位で首を突っ込みすぎるのは良くないと思うけれどね」

「あれだけ目立っておいて、気になっているのは俺だけじゃないんだ。俺も他の連中に催促されているんだよ。事情を聞き出せって」

そんなことだろうと思ったが、清二郎としてはこっちが聞きたいくらいの心境なのだから答えようがない。

今日にでもまたお呼びがかかるだろうから、その際に聞けた情報で判断すべき事のように思える。

「すまないが、お茶をご馳走になったくらいで期待しているような色恋の話は一切無かったよ」

「おいおい、あんなに情熱的に手を引いて行かれて何もなかったなんて納得できると思うかい?」

「事実そうなのだから、納得してくれないと困るよ。さあ、早く片付けないと」

苦しい言い分なのは承知しているが、いい加減焦げと水浸しの後始末をしないと日が暮れてしまうこともまた無視できない。

強引だろうとこっちに集中してもらわなければ。

「ぐっ・・・。分かったよ。今日のところはこの惨状をどうにかすることが優先だよな」

警察の封鎖が解かれてようやく掃除ができると思って見たら、資料などの紙類が器具やデスクなどに渇いて付着したり、本のページが溶けて開けないまま固まっていたりと、損害と手間を考えるだけでうんざりする。

灰になっていないだけ幸運と言っても、喜べる状況じゃない。

剥がしたり磨いたりの作業に黙々と取り組む内に気づけば夕方となっていた。

本の修復は・・・・・・誰か得意な人はいないだろうか。

絶対にすぐには新品の予算なんて下りようはずもない。

高価なものもあるだけに泣きたい。

そんな思いでいると、ドアをノックする音が聞こえた。

「失礼いたします」

穏やかな女性の声。

おかしい。

こんなところに何故女性が、しかも2日続けて。

まさかという思いとともに清二郎が視線を向けると、ドアの向こうから現れたのはエプロンドレスに身を包んだ同年代くらいの女性だった。

「初めまして。緋之坂こずえ様の使いで参りました」

後頭部で丸く結い上げた艶やかな黒髪、若干目尻の垂れた面立ちと柔和な微笑み、つま先から頭頂部まで綺麗に芯が通った無駄のないお辞儀の所作に見惚れそうになる。

背はこずえより頭半分ほど高いだろうか。

「えーと、俺に用ですよね。でもなんで海老原さんではなくお手伝いさん―――」

瞬間、女性は風のように素早く距離を詰めて人差し指を清二郎の言葉を遮るように唇に当てる。

「メ・イ・ドです!次間違えたら容赦しませんよ?」

前半は鈴を転がすように、後半は低い声音で言い聞かせるように清二郎の顔をのぞき込むように言った。

何故だろうか。

これほど笑顔が怖いと思ったのは初めてだった。

「ハイ、メイドサン。ヨロシク」

震えて言葉が片言になってしまうが、そんなことを気にしていられない。

というよりすぐに言い直さないと首を取りに来かねない迫力があった。

「はい、よくできました~」

一転して花が舞いそうなほっこり笑顔で一歩下がると、メイドはぱちぱちと手を叩く。

「では、お嬢様がお待ちなので付いてきてくださいね~」

そう言うとメイドは背を向けて歩き出した。

もはや逆らう理由もなく、緋之坂の関係者は曲者揃いなのかと悩ましい思いに駆られながらも清二郎は後を追うのだった。

またしても呆気にとられている林を残して。

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